第35話発表までは安全に暮らして下さいね

 その後もしばらくは談笑が続き、気が付くと17時を過ぎていた。そろそろ家に帰って宿題をしなければいけない時間だ。


 もう少し残っていたいと思いながらも、春は席から立ち上がる。


「さて、いい話も聞けたし僕は帰ろうかな。これから二人はどうするの?」


「まだ予定が残っててね・・・・・・探索協会の本部に行かなきゃいけないんだ。悪いけど先に帰ってもらえるかな?」


 探索協会とは、日本各地で活動している探索士が助け合うために設立した組織だ。


 ほぼすべての探索者が所属しており、魔石の買取所や探索者専用オークションの運営元である。またダンジョンの地図やモンスター、スキルの特性といった情報も集めており、協会の会員限定でそういった情報も公開している。


 逆に探索協会に所属していない探索者は、魔石やスキルカードの合法的な販売はほぼ不可能になる。最新の情報も手に入りにくくなるので、もし所属していない探索者がいるのであれば、それは後ろ暗いことをしている人々だろう。


 そんな探索者の総本山ともいえる場所に、本日最後の用事――打ち合わせの予定が入っていた。


「了解。頑張ってね~」


 正人の回答を聞いた春は、返事をしてから里香を見る。


「じゃ、里香さん。また明日のお昼に会いましょう」


 笑顔のまま軽く頭を下げてから、その場から立ち去った。


 再び二人っきりになる。探索協会までは、ここから徒歩で十五分ほど。ほどよい時間なので、二人も席を立ってレジに向かう。今回は正人のおごりだ。


「さて、もうすぐ時間になるし、そろそろ行こうか」


 喫茶店を出ると、二人は仲良く並んで探索協会へと向かって行った。


◆◆◆


 全面ガラス張りの十階建てのビル、全フロアに探索者協会が入っている。


 入り口の前で立ち止まった正人が見上げると、ちょうどガラスが夕日を反射して、赤く燃えているように見えた。敷地面積も広く、人が多く入れそうだ。屋上にはちょっとした緑園がある。


 しかも賃貸ではなく、探索協会が保有している土地・建物なのだから驚きだ。尽きることのない需要に支えられた、資金力の強さを感じさせる。


 里香を連れて正人はビルに入った。

 中はダンジョンに併設された魔石買取所と似たようなレイアウトだった。違いがあるとしたら、建物全体が新しく清潔感があるという部分だろうか。


 各種手続きを受け付けているカウンターには、「免許更新」「再発行手続き」などわかりやすい看板がぶらさがっており、順番待ちの探索者が行儀良く、簡素な椅子に座っている。探索協会の職員は老人ばかりで手際が悪い。苛立っている探索者も見受けられた。


 このような事務手続き系の窓口は二階まで続いている。その上の三階~五階までは、資料室となっていてた。会員であれば、無料で誰でも入ることが可能。インターネットにも公開されていない、探索者のレポートや統計情報などもある。またカフェスペースも併設されているので、人も多く人気の場所だ。


 六階~七階は会議室となっており、協会の職員と探索者が打ち合わせをするエリア。エレベータで七階まで上がった二人は、702のプレートがある会議室に案内されていた。


「ご足労いただきありがとうございます」


 正人と里香の正面に座る男性が、担当窓口となっている協会の職員の谷口。坊主頭だ。スーツの上からも分かるほど筋肉が盛り上がっている。手の甲には二本線があり、彼がレベル二の元探索者だということが分かった。


「この前は丁寧なレポートありがとうございました。おかげで確認が早く進みましたよ」


 探索者はダンジョン内でイレギュラーな出来事に遭遇した場合、探索協会に報告する義務がある。正人はそのルールにのっとって、強制転移のトラップからオーガの特殊個体について報告をしていたのだ。


 今回はその結果報告を聞くために訪れたというわけだった。


「いえいえ。それで、結果はどうでしたか?」


 先ほどまでにこやかだった谷口の顔が引き締まった。

 眼光は鋭く、修羅場を何度もくぐり抜けてきたといった風格がある。


「結論から言います。探索者協会はボスにも特殊個体が存在すると、認めることにしました。今までの特殊個体はフィールド限定で、たまに出くわす事故。もしくは災害のような存在でしたが、その影響範囲がボス部屋まで及ぶと、正式に発表することになります」


 ダンジョン内のフィールドで特殊個体に出会うケースは、稀だが確実にあった。


 正人が出会った巨大なスケルトンも例外ではなく、他にも多彩なスキルを使うゴブリンや全長三メートル近いグリーンウルフなど、過去に何度も報告されている。こういった情報は、探索協会の資料室にひっそりと公開されており、インターネットだけでは情報収集に限界があった。


 そのため巨大なスケルトンに出会ったときのレポートは不要だったのだが、ボスになると話は変わる。今まで一度も、特殊個体が出現した報告がなかった。


 正人は、まさか自分が第一報告者になるとは夢にも思わなかった。

 唖然としてしまい言葉が出ない。


「オーガの報告を受けてから、とある協会の職員が過去二十五年に遡って全滅したパーティーを調べました。すると、五階層だけではなく、十階層のボス部屋でも、勝てるはずのパーティーが全滅したケースがいくつもあったんです。ボスを倒すまでドアが開かないことを考慮すると、そういったパーティーは特殊個体に遭遇して全滅したと考えられます」


 通常であれば、ボス部屋のドアに鍵がかかることはない。戦っている最中に逃げ出すことは可能である。正人のように初見で勝つ方が珍しく、何度も戦い、情報を集めて勝つのだ。


 十五階層を突破した隼人ですら例外ではない。


 それほど一般的な戦法だったが、今回の発見により、特殊個体のボスには使えないことが分かった。


「探索協会では注意喚起のメッセージを出す予定です。今までは確固たる証言がなかったので動けませんでしたが、ようやくといった感じです」


 探索者にとっては一大事であり、腰の重い探索協会も発表しなければいけない状況になったのだった。


「それは、大事になりましたね・・・・・」


 正人が想像していた斜め上の展開についていけず、一気に力が抜けていく。

 椅子の背もたれに体重をあずけて、ため息を吐いた。


「ええ。フィールドで出会ったのであれば、逃げるという選択肢もありますが・・・・・・ボス部屋では不可能です。特殊個体のときだけ開かなくなるなんて、悪辣すぎますね」


 谷口の眉間にしわが寄り凶悪な顔面に磨きがかかる。

 彼は今どのような表情をしているのか分かっているようで、指でつまんでほぐしていき、元の厳ついだけの表情に戻すと話を続ける。


「発見者と証拠品としての特殊個体の魔石も公開する予定です。ちょっと騒がしくなるかもしれませんが、我慢してください」


 正人と里香が同時にうなずく。

 谷口は同意したことを確認してから、紙を二枚取り出してテーブルの上に置いた。


 報告した内容に虚偽がないこと、そして協会の職員との会話を外部に漏らしてはいけないといった、機密保持に関する内容が含まれた契約書だった。


 老人が多く変化を嫌う探索協会は、いまだに電子署名が認められていない。


 電話やメールで済む話なのに探索協会の本部まで呼び出された理由が、この紙にサインするためだったのだ。


「では、ここにサインと捺印をお願いします」


 二人は印鑑を取り出してから名前を記入。その後、朱肉をたっぷりつけた印鑑を紙に押しつけた。


「はい。これで大丈夫です。ありがとうございました」


 記載内容に虚偽がないことを確認すると、谷口は契約書をしまった。


「発表は一週間後です。それまでは、今まで通り探索はせずに"安全に"暮らしてください」


 安全を強調するには理由がある。

 ボスの特殊個体と戦って生き残った貴重な目撃者だ。発見者として名前も公開されるため、発表があるまで生きてもらわないと、問い合わせが探索協会に集中してしまい、協会の職員が困るのだ。


 むろん、公表されるのは正人や里香だけではない。誠二、冷夏、ヒナタも同様だ。さらに同タイミングで、五階層の最短突破記録保持者としても紹介される予定だった。


「「はい」」


 二人は異議を唱えることなく、声をそろえて返事をした。


 個人の事情を一切無視した非常に身勝手な話ではあるが、探索協会の影響力を考えたら無視するわけにもいかないのだ。


「ふぅ。これで大きな仕事が一つ終わりました・・・・・・」


 谷口は文句の一つでも言われると覚悟していたため、安堵の息をついてから話を続けるのだった。

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