第107話あれは何だ……

「さて、そろそろ出発しよう」


 三人が遊んでいる間に次の予定を立てた正人が立ち上がった。


「これから、どうするんですか?」


 里香が見上げながら質問をした。

 双子の二人も正人の返事を待っている。


「アイアンアントは、小部屋付近に集まったままだと思う。出口に向かうのは危険だから、もう少し奥に行こう」


 探索者を倒した後、集まったアイアンアントは、しばらくはその場にとどまり続ける。まだ危険な状態は続いているので、来た道を戻って出口に向かうのは無謀だ。奥に進んで先ほどの小部屋のように、休める場所を捜そうとしていた。


「探索再開だねー!」


 元気よくヒナタが返事をして立ち上がると、里香と冷夏が続く。

 遊んだことで髪が乱れていいたので、三人は髪を直していた。

 

「巣の地図を作りながら休憩場所を探す。付いてきて」


 休憩を終えた一行は歩き出す。


 巣の最奥に近づくと罠も見かけるようになってきた。沖縄ダンジョンで遭遇した落とし穴から、強酸が飛び出す罠などがいくつもある。正人はそれらを罠解除のスキルで無効化していく。


 男性四人の探索者を襲うために、大量のアイアンアントが移動したこともあって、巣の奥に残っている敵は少ない。


 罠を的確に解除する正人たちは、想像している以上に奥へ進んでいると気づけていなかった。なんと、休憩できる場所が見つからないまま、最奥の大部屋までたどり着いてしまったのだ。


 大部屋には、壁や天井に白い蟻の卵がびっしりとついている。そのうちの半分は壊れていて、アイアンアントが生まれた後だというのがわかる。


 部屋の中央には黒い靄があり、うごめいていた。


「あれは何だ……」


 初めて見る光景に正人は思わずつぶやく。


 モンスターを倒すと、実体が維持できずに黒い霧になって消える。何度も見たこともある光景だ。だが今回はその逆。何もない空間から黒い霧が集まり一つの形を作り出しているのだ。


「もしかして、モンスターが出現する予兆?」

「!!」


 後ろにいる里香の言葉を思わず否定しようとした正人だったが、目の前の光景がそれを許さない。黒い霧から鈍く光る金属のような外殻が出現した。大きさは目算で二メートルを超える。背中には透明な羽根が一対あり、尻の部分には液体やガスを噴出する穴があった。


「アイアンアントクイーン……」


 冷夏が漏らした言葉によって、この場にいる全員が実体化したモンスターの正体に気づく。


 単体生殖という形で、アイアンアントを増殖させる個体の総称である。巣に出現するタイプは、十階層のボスより弱いが、油断できる相手ではない。


「ちょうどいい。練習相手になってくれそうだね。逃げずに戦うよ」


 出現する瞬間を目撃して驚いていた正人たちだが、既に気持ちは切り替わっている。これから十階層のボスに挑む彼らにとって、よい予行練習になるだろう。周囲にアイアンアントが存在しないという好条件も重なって、即座に戦うことを決意した。


「私が気を引くから、三人は足を破壊して動きを鈍らせてほしい。できる?」

「もちろんです。正人さん、気を付けてくださいね」

「里香さんもね」


 短い会話が終わると、里香とヒナタはアイアンアントクイーンの右側を、冷夏は左側に回り込む。


 実体化が終わって大顎をガチガチと鳴らしながら威嚇しているアイアンアントクイーンに向けて、正人はスキルを放つ。


 ――エネルギーボルト。


 周囲に浮かんだの光の矢は三本。アイアンアントクイーンの頭部に向けて高速で進む。


 アイアンアントを仕留めてきた頼もしいスキルであったが、アイアンアントクイーンには効果は発揮せず、外殻によって弾かれてしまった。


「思っていた以上に硬い!」


 ダメージを与えるどころか、攻撃されたと認知すらされなかった。正人のことを無視して、アイアンアントクイーンの頭部が里香の方を向く。


 このままだと囮役として失敗してしまう事を悟った正人は、再びスキルを使った。


 ――短距離瞬間移動。

 ――短剣術。


 移動先はアイアンアントクイーンの頭上。ナイフを逆手に持った正人が、重力に従って落下し、頭部を突き刺した。


 刀身が半分ほど刺さったまでは良かったが、そこで止まってしまう。押し込もうとして力を入れるが、動かない。正人がスキルを使って肉体を強化する前に、アイアンアントクイーンが暴れ出した。 


 暴れ馬のように上下に激しく動く。投げ出されないようにとナイフの柄を持つ手に力を入れるが、刀身が抜けてしまった。宙に投げ出されそうになる。


 ――肉体強化。


 頭部と胸部のつなぎ目の部分を足で挟む。アイアンアントクイーンは、邪魔な異物を落とそうとしてさらに頭を強く振る。


 里香たちの存在が忘れられた瞬間であった。。


(ヒナタいくよ!)

(うん!)


 念話(限定)のスキルを使ってお互いのタイミングをあわせて、左右から後ろ足を攻撃した。


 ヒナタのレイピアは足の関節に突き刺さる。横に振るって足を一本斬り飛ばした。一方の冷夏は怪力スキルを使った力任せの一撃で叩き潰すようにして足を破壊する。その後、すぐに後退すると入れ替わるようにして里香が前に出た。


「たぁあああ!!」


 可愛らしいかけ声と共に片手剣の刀身がアイアンアントクイーンの腹部に直撃した。

 硬い金属音とともに一本の傷がついたものの、浅い。硬い外殻をもつアイアンアントクイーンは、スキル以外の攻撃で傷つけるのは難しい。やるならヒナタのように柔らかい関節の部分を狙うしかないのだ。


 さらに攻撃を続けようとした里香だが、刀身が当たっている腹部が細かく痙攣していることに気づく。事前情報で聞いていた毒霧を噴出する兆候だ。


 攻撃を中断して横に飛ぶのと同時に紫色の霧がアイアンアントクイーンの腹部から噴射された。


「ッ!!!!」


 直撃はしなかったが、里香の右腕に当たってしまう。肌が焼けるように痛く、力が入らない。苦痛で顔がゆがみ、全身から汗が流れ落ちていく。力が入らず、持っていた片手剣を落としてしまった。

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