第83話ね~。私は?

 探索協会からスキルカードを盗み出した犯人が根城にしているバーは、集合地点から徒歩で十五分ほど歩いた場所にあった。ユーリと別れた正人は、建物の裏手に回る。


 暗く、細い路地だ。街灯はなく、離れた場所から正人たちを見つけるのは困難だろう。夜になっても蝉の鳴き声がうるさく、多少の話し声や物音はかき消されてしまう。隠れ潜むのには都合の良い状況である。


「もうすぐ、ユーリさんたちが突入する時間ですよね……」


 不安げな声で里香がつぶやいた。

 冷夏やヒナタも声に出さないだけで同じ気持ちだ。ダンジョンではなく地上で戦うという状況に緊張しているのだ。


「もし犯人が逃げてくるようなら、私が先に出る。里香さんたちは、後ろで立っているだけで良いよ。それだけでプレッシャーを与えられるから」


 数は正義だ。人が三人並べば素通りできないほど細い道ではあるため、里香たちが横に並ぶだけでも効果は発揮する。むしろ、会話によって緊張や怯えといった感情を相手に気づかれる方が問題になるので、何もさせないというのは有効な手段であった。


「それに目的は時間稼ぎ。戦う必要はないんだから、相手が本気で迫ってくるようだったら逃げて良いからね」


 里香たちを人とは戦わせたくない。危険な犯罪者と戦うのは自分だけでよい。正人はそう考えての発言だった。


◇ ◇ ◇


 無機質なコンクリートでつくられたバー。そこから少し離れた場所に着くと、ユーリは中の様子を確認する。


 入り口は朱い屋根があり、外れかかった看板にはアルケミの文字があるが、かすれて消えかかっている。建物全体が色あせており、入り口のスイングドアは半壊していて、閉店してから長い歳月が経過していることを物語っていた。


 続いてユーリは視線を上にあげて二階を見る。


 割れた窓ガラスの奥は真っ暗だ。明かりはついていない。二階に上がる階段は外にある。部屋につながる鉄製のドアは閉まったまま。錆びてはいるが、バーとは違い形は保っている。スキルを使ったとしても、時間をかけずに破壊して突入するのは難しい。


「ターゲットは上と下のどっちにいる?」


 ユーリは後ろにいる川戸に声をかけると、無言で首を横に振って答えた。


 居場所を突き止めただけで、現在どこに居るのかまでは把握できていない。


 索敵スキルを使ったとしても、脳内に浮かぶレーダーは上下の差までは把握できないので、この場に正人がいても結果は変わらないだろう。


「だよな。仕方がない。一階を調べてから二階に行くしかないか」


 侵入しやすい一階に川戸だけを行かせて、ユーリは外から逃げ出す人間がいないか監視する。そんな作戦を脳内で組み立てていると、この場に似つかわしくない、ゆるい声が聞こえた。


「ね~、ね~、私には聞かないの?」


 ユーリの背中をつんつんと指先で触りながら、美都は不満ですといった顔をしていた。


「お前、まだいたのか」

「ユーリ君、冷たいんだ~」

「気が抜けるから、その話し方はやめろって」


 ペースを狂わされっぱなしのユーリが注意すると、美都は笑みを浮かべる。


「そんなこと言って、良いのかなぁ~。私なら居場所が分かるんだよ~」

「その話、マジだよな?」

「うんうん、マジだよ。熱探知、このスキルを使えば丸わかりです~」


 指でわっかを作って目に当てると、覗き見をしているようなポーズを取った。


 名前の通り、サーモグラフィのような視界に切り替わるスキルだ。


 近くに誰もいない、さらに機械が動いていないこの場所でスキルを使えば、犯人の熱源しか感知しない。スキルの性能は非常に高く、コンクリートの壁ぐらいであれば影響なく察知可能だ。


「そこまで言うなら、もう分かってるんだろうな?」

「もちろん! 二階に三人いるよ~。二人は寝てて、一人は起きているみたい」


 その言葉の裏を取る時間も方法もない。ユーリは美都の発言を信じることにした。


「外の階段から二階に上って窓から侵入する。突入は計画通り川戸、お前に任せた」

「おう」


 話はまとまった。静かに立ち上がると、ユーリは短槍を持って歩こうとする。そこを服を引っ張られて止められた。


「ね~。私は?」

「言わなくても分かるだろ。お前はここで待ってろ」

「は~い」


 小さく笑いながら美都は返事をすると、後ろに下がって地面に座った。ユーリに小さく手を振っている。


「行くぞ」


 短槍を軽く振って気合いを入れ直すと、音を立てないように二人はゆっくりと歩き出した。


 錆びて壊れかけた手すりのある階段を上がる。静かに進み、音を立てずに二階に到着した。


 ドアの前で立ち止まると、ユーリは耳を当てて音を確認する。何も聞こえない。美都がスキルで確認していなければ、全員寝静まっていると判断していたはずだ。


 ハンドサインで突入しろと伝えると、川戸は短くうなずくのと同時にスキルを使用した。


 ――自動浮遊盾。


 周囲に半透明の青い盾が四枚浮かんだ。使用者に対する攻撃を察知すると自動で防いでくれる、便利なスキルだ。


 ガラスが割れた窓の前に立って、横にスライドさせる。鍵はかかっていないためスムーズに移動した。足を下枠に乗せて、体を半分部屋に入れる。その瞬間、暗闇からナイフが飛んできた。


 青い盾の一枚が動いて、はじく。見つかったと察した川戸が、急いで部屋の中に入った。


「一人でも良い、捕まえろ!」


 続くユーリも窓に足を乗せながら指示を出す。


 フローリングの床に土足で上がった川戸は、脇目も振らずに奥へと進む。


 小さな部屋に男性が二人、女性が一人いた。男性の一人はナイフを構え、残りの二人はベッドから起き上がっているところだ。


 美都がスキルで予想していたとおりの状況に、川戸は感心しながら逃がさないようにとドアにつながっている通路をふさぐ。


 遅れて入ったユーリが、短槍を前に出してナイフを持った男に突進した。


 お互いに短槍術と短剣術のスキルを使用しているため、暗闇の中で刀身だけが光っている。位置が入れ替わりながら、激しい攻防が続く。ユーリはレベル三なのだが、相手もその動きについて行けている。予想できていたことではあるが、探索協会からスキルカードを盗めるような男が弱いはずがないのだ。


 経験豊富なユーリに一歩も譲らないほどの能力を発揮していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る