第140話それで、今日は話があるとか?

「おじゃまします」


 正人と里香は玄関で靴を脱いで家に入ると、冷夏とヒナタにリビングまで案内された。最低でも30畳以上はあるだろう広い場所だ。濃い緑色のラグが敷いてあり、その上にローテーブと挟むような形で革張りのソファーが置かれていた。壁には大型の液晶テレビが埋まっている。左右にはスピーカーも設定されていて、映像だけでなく音にまでもこだわっていることが一目でわかった。


 大きい窓からは芝の敷かれた庭が見えた。

 パトカーのサイレンが聞こえており、周辺は厳戒態勢に入っていることがわかる。


 厚い化粧と宝石の付いたネックレスをした英子は、リビングの中心で立ち、ニコニコと笑みを浮かべながら正人と里香を出迎える。


「こんなご時世だというのに、わざわざ来ていただきありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ世間が騒がしい中、お時間をいただきありがとうございます」


 お互いに上辺だけの挨拶をすると、英子は「どうぞお掛けください」と二人をソファーに座らせる。向かい合う形で英子もソファーに腰を下ろした。ニコニコと笑っているが、目は欲望によって濁っていた。


「現役の探索者が来てくださるなら歓迎ですよ。何かあっても守ってくださいね」

「もちろんですとも」


 この家の周辺でもモンスターの目撃情報は多い。昨日も人が襲われて病院に送られたと、ニュースに報道されるぐらい危険なエリアとなっている。


 冷夏とヒナタは外出禁止となってしまい、英子の護衛をするために引きこもりの生活を続けている状況だ。


 先ほどの発言どおり、英子は強い探索者がくることは歓迎している。どうせなら数日、家に泊って私を守れとすら思っているほどだ。


「それで、今日は話があるとか?」

「はい。実は冷夏さんとヒナタさんの借金についてご相談があります。と、その前にこの会話を録音してもよろしいでしょうか?」


 正人は電源の入ったボイスレコーダーをテーブルの上に置いた。

 話がまとまった後に文句を言わないよう、証拠を残しておこうと思っていたのだ。


「もちろんよ」


 やましいことはしていない。そんな自信があるのだろう。英子は即座に許可してから話を続ける。


「正人さんは双子の事情を知っていたんですね」

「はい。パーティー内で売上を分配する際、話題に上がりまして」


 正人は二人が助けを求めに来たとは言わず、あくまで業務の一環で気づいたことを主張した。もし酷い借金を背負わせたと英子を糾弾してしまえば、気分を害してしまい、交渉が早期で終了してしまうと懸念していたからである。


 相手の気持ちになって落としどころを探し、交渉をまとめる。絶対に引かないとの強い決意をもって、この場にいた。


「そう。それで、何かご意見が?」

「私たちはいつ死ぬか分からない仕事をしています。返済が途中で止まってしまわないように、私が二人に代わって一括でご返済したいと思っています」


 これは正人が用意した建前だ。死んだら金は返済できない。だから先に返させてくれ。シンプルなメッセージなので英子には確実に伝わった。その証拠に、正人の言葉を聞いてから、英子は顔が緩んで笑顔になりっぱなしである。


「あら、いい心がけね」


 今回の話し合いで、英子はいくつか相手の出方を予想していた。保護者失格として訴える、暴力で解決するなどだ。


 問い詰められても言い逃れするパターンはいくつも用意しており、暴力に訴えかけられたら家に仕掛けた監視カメラによって逆に脅す準備までしていた。


 入念に準備した結果が全て無駄になるほど、正人の提案は英子にとって都合のよい話であった。


「金額を確認したいので、借用書を見せていただけないでしょうか」

「ないわよ。未成年に借金させるわけないじゃない。あくまで二人がで、今まで教育にかかった費用を家に入れてくれているのよ」


 上手く逃げられた。


 もし借用書という形が残っていたのであれば、未成年の借金は無効だと問い詰めることも出来たが、お金を家に入れているいわれてしまえば贈与になり、家庭の問題になる。


 双子の両親は英子に一任しているため、親の許可は取れている。わかりやすく脅迫しているわけではないので、税金の問題を除けばなんら違法性はない。第三者である正人が文句を言える立場ではないのだ。


 やはり当初の予定どおり借入先を変更する方法がよいと、正人は結論をくだす。


「それは生活費ですか?」

「それと探索者になるためにかかった費用もね」

「総額は――」

「一千五百万円よ」


 こいつさらっと、上乗せしやがった。思わず正人は心の中で突っ込んだ。またそれと同時に英子が油断成らない相手だと改めて理解する。


 冷夏から聞いた借金の総額は一千万。その金額を正人が知っていると理解した上で、当然のように要求金額を上げたのだ。これは単純にお金が欲しいだけではなく、正人を試す発言だった。


 借金ギリギリの金額しか用意できなかった場合、ここで引き下がらなければいけなかったのだが、アイアンアントクイーンを倒して手に入れた金額をあわせれば、払えない額ではない。正人は英子の読みに勝ったと思った。


「そのお金をお支払いすれば、今後、二人はお金を入れなくてもよいと?」

「うーん。検討してもいいわね。もしかして、正人さんが二人の代わりに支払ってくれるのかしら?」

「ええ。先ほども言いましたが、私たちはいつ死ぬかわからない仕事をしているので、お支払いできる時にしておきたいと思ってます」

「いいこころがけね」


 上乗せした金額にも動揺せず、支払うと宣言した正人に驚きながらも、英子は内心で笑いっぱなしだ。カモがネギをしょってきたと思っている。


「問題ないようでしたら振込先の口座を教えてもらえませんか」

「ここにお願いするわ」


 英子は口座番号の書かれた紙を取り出した。

 金の話になるとわかっていたので、事前に用意していたのだ。


 口座番号を確認しながらスマホで振込の手続きを進める。正人は必死に貯めた貯金と、アイアンアントクイーンの討伐で手に入れたほぼすべての売上、合計で千五百万円を指定された口座に振り込んだ。


「振り込みました。ご確認ください」

「あら、本当に増えているわね」


 スマホを取り出して英子は金額を確認すると、いやらしい笑みを浮かべる。


 悪いことが起こる。探索者の直感が働いた正人は警戒心が上がる。同時に、外から聞こえるサイレンの音が大きくなったように感じた。

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