第116話流石に疲れました

 翌朝。ベッドで熟睡したことで完全に疲れが取れた正人たちは、補給所を出て九階層の探索に出た。


 地図スキルを使って現在地を確認しながら荒れ地の中を進んでいく。


 他の探索者に出会わないようにと人の少ない場所を選んでいるので、トラブルは未然に防げているが、その代わりにモンスターとの遭遇が増えていた。


「冷夏ちゃん、そっちに行った!」


 緊張した声で里香が叫んだ。


 大型のカブトムシ型モンスターであるビッグビートルが二匹、アイアンアントを薙刀で叩きつけた直後の冷夏に向かっていた。


 正人は上空から襲ってくるファイヤーフライをエネルギーボルトで撃ち落としていて、ヒナタは里香と一緒にワームと呼ばれるミミズのようなモンスターと戦っているので、三人とも助けに行けない状態だ。


 アイアンアントが黒い霧になって消えたことを確認すると、冷夏は近づいてくるビッグビートルに向かって構える。ボス戦でメインアタッカーとして期待されている今、ビッグビートル二匹程度であれば一人で倒せなければならない。冷夏は柄を握る手に力を入れると、駆け出した。


 怪力スキルは使用したまま薙刀を振り下ろす。ビッグビートルの角と衝突した。

 キィンと硬質な音を立てて角にヒビが入る。たたき折ろうとして力を込めた冷夏だが、横から角を出して突進してくるもう一匹のビッグビートルの姿が目に入ったので、小さく後ろに飛ぶ。


 高速で進むビッグビートルが目の前を通り過ぎようとする。その一瞬を狙って、冷夏は薙刀を振り下ろし、


「たぁぁああ!!」


 狙い通りに頭部を切断した。


 攻撃した直後で動けない冷夏を狙って、角にヒビの入ったビッグビートルが羽を高速に動かし飛翔したまま迫ってくる。回避は不可能。


 薙刀で弾き飛ばすか? 冷夏が次の行動を考えていると、横から援護が入る。


 ――水弾。


 横っ腹に正人が放った水の塊が衝突し、ビッグビートルの軌道が変わる。冷夏の横を通り過ぎていった。

 

「助かりましたッ!」


 短く礼を言ってから、冷夏は反転して後ろにいるビッグビートルの姿を見る。大きく旋回して上空に浮かんでいた。


 地上にいる冷夏に向かって、角を前に出して突進してくる。


「ハッ、ハッ、ハッ」


 緊張によって短い呼吸をする冷夏は、視線はそらさずに敵をじっと睨みつける。薙刀を下にさげて後方に置き、じっと構えて待つこと数秒。距離が数メートルにまで近づくと、息を止めて下半身に力を入れる。腰をひねり、薙刀を振り上げた。


 フッっと、風を切る音と共にビッグビートルが上に弾き飛ばされた。頭部は半壊している。激しく動いていた透明な羽の動きは止まっている。


 ぼとりと地面に落ちると、冷夏がビッグビートルの腹部に薙刀を突き刺す。しばらく六本の足を動かしていたが、何も出来ずに黒い霧となって消えた。


 モンスターが完全に消滅したのを確認してから、冷夏は周囲を見る。


 里香やヒナタと戦っているワームは、全身から緑色の液体を流しており、瀕死の状態だ。ファイヤーフライを倒し終えた正人が、二人を助けようとして腕を前に出してスキルを使おうとしていた。


 ――ファイヤーボール。


 火の玉がワームに着弾すると爆発し、片手剣でついた傷をえぐる。肉片が飛び散り、ワームは苦悶の声を上げる代わりに全身を激しくくねらせて、緑の体液をまき散らす。


 不用意に近づけばダメージを受ける可能性があるため、里香とヒナタは後ろに下がり正人がスキルを連発する。しばらくしてワームは力尽き、魔石だけを残して黒い霧になって消えた。


 地面には数十の魔石が残っていてる。


「お疲れ様。大丈夫だった?」


 歩きながら正人は近くにいた里香とヒナタに声をかけた。


「はい。でも流石に疲れました」

「もーむり! 帰ろー!!」


 乾いた笑いを浮かべた里香と、あぐらをかいて地面に座っているヒナタが、それぞれ返事をした。


 三人に近づいた冷夏が口を開く。


「私も疲れちゃいました」


 正人はまだ戦えるが、残りの三人が限界というのであれば潮時だろう。帰還すると判断した。


「これを回収したら戻ろうか」


 索敵スキルを使って警戒しながらも、四人は残された魔石を拾う。

 補給所で一泊してから地上に戻るのであった。


◇ ◇ ◇


 三連休の最終日の夕方。ようやく地上に戻った正人たちは、東京ダンジョンに併設された魔石買取所にいた。


 既に、魔石やアイアンアントの巣で見つけた卵の買取手続きは済ませている。


 惜しくもモンスターの素材やスキルカードは手に入らなかったが、三日間探索した成果と考えれば十分だ。


「お会計ですが協会の手数料を引いて四百三十五万三十円になります。すべて正人様の口座にお振り込みいたしました」


 予想していた以上の売上が手に入り、正人たちは喜んでいた。


 このまま同じ階層を何度も探索するだけで、普通に暮らす分には十分な金額が得られる。正人は九階層で停滞してしまう探索者の気持ちがわかった。


「ありがとうございます」


 職員に礼を言ってから、買取所の休憩室に移動した四人はスマホを取り出す。


 正人は銀行のアプリで先ほど入金された金額の内、三人の口座に百万円を振り込み、端数は金額はパーティーの資産として別の口座に移動させる。


「三日で、この金額……」


 探索者になった時、月に十万円でも稼げれば良いと思っていた里香は、一回の探索で十倍もの金額を手に入れたことに驚く。閉ざされていた未来は開け、将来について考える余裕も出てきた。


 こんなに稼げるなら、ちょっとした贅沢ぐらいは許されるだろう。

 そう思って、里香は双子に声をかけようとして止まる。


 スマホの画面を見る顔が暗かったからだ。大金を手に入れたという嬉しさなどなく、口座の情報を無感情のまま眺めているだけであった。


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