第48話誘ってもらえてうれしいです
里香にとって、人生で最も美味しく楽しかった焼肉を食べた二日後の夜。
家具がほとんどないワンルームの畳張りの小さな部屋。その中心で彼女は、薄いタンクトップとハーフパンツを着ていた。
あぐらをかき、ナイロン製のタオルでダンジョン鉄製のブーツを磨いて泥を落としている。探索の準備だ。装備の点検は怠ることはできない。毎日繰り返してきた作業だった。
畳には携帯電話が置きっぱなしになっていて、グループチャットアプリが立ち上がっている。ディスプレイにはアイコンが二つ表示されており、名前は冷夏とヒナタと表示されている。
作業中なのでハンズフリーモードのまま話しかける。
「でねー。一緒にパーティー組めないかなって思ってるんだけど、どうかな?」
人前では決して見せることのない、砕けた口調だ。
もし、こんな姿を姿を正人に見られてしまったら、彼女は卒倒して倒れてしまうだろう。完璧であり続けたいからこそ、親しみを込めた態度が取りにくいのだった。
「いいよー! 賛成ー! お姉ちゃんはどう?」
携帯電話の向こう側にいるヒナタが元気よく返事をした。
同室にいるであろう冷夏にも話を振る。
二人ともパジャマ姿だ。ヒナタは花柄のかわいらしいピンク色。冷夏は青を基調としたチェック柄。それぞれの携帯電話を持ちながら、里香と通話をしていた。
「うーん。その話はすごく助かる。前にも言ったけど、二人だけだと色々とトラブルも多くて……」
現役の女子高生がたった二人で活動していると分かった瞬間、男がゾンビのように無限に湧いて出てくるのだ。落ちた飴に群がるアリと表現しても良いだろう。
断っても断っても近寄ってくるのだ。それも集団で。「俺なら断らない」といった自信でもあるようで、諦めることを知らないのだ。一日平均で二回。最大で五回、ナンパされたことがあるほどで、二人は精神的に疲れていた。
ついには、ダンジョン内で声をかけてくる探索者も出てくる。
その時は一階層だったので大きな問題はなかったが、探索者としての意識の低さに双子の姉妹は驚く。あの誠二ですらマシな部類だったのかと、日本の広さを感じたのだった。
このまま探索者として続けるのが困難になってきた。男性をパーティーに加えなければいけない。仲間を攻撃するような誠二は論外だとしても、妥協できる相手が話しかけてきたらパーティーを組んでもいいかもしれない。
そんなことを考えるほどまで追い詰められていたので、里香の提案はちょうど良いタイミングだった。
だが、すぐ承諾するには少しだけ気がかりなこともある。
「でも……色々あったのに、本当に私たちで良いの?」
冷夏が躊躇する理由は明白。オーガの特殊個体と戦い終わった後の事件を気にしているのだ。
直接手を下したわけではないが、それでも誠二がやったことはパーティーメンバーである姉妹も同罪だと感じていた。
「里香ちゃんが、それでも良いって言ってるんだから、いいんだよ!! 姉さんは、いつも考えすぎなの!」
姉の冷夏とは違い妹のヒナタは一切気にしていなかった。
相手が良いというのであれば、それを素直に受けいればいいといった考え方だ。
「そうなのか……?」
「そうだよ! ね! ね?」
「ワタシも同性がいると助かるし、一緒にダンジョン行こうよー」
「そうかぁ……わかった、わかった、賛成。これから、よろしくね」
小さくため息をつく。今回は彼女が折れたのだ。
渋っていた冷夏だったが二人にそういわれてしまえば、反対し続けることはできなかった。
「「やったー!」」
里香とヒナタが声をあわせて喜んだが、冷夏は静かなままだった。
パーティーメンバーになるのであれば、別の懸念。いや、心配事がある。もしかしたら余計なお世話なのかもしれないが、それでも冷夏はこの場で確認せずにはいられない。
「でも、本当にいいの?」
ためらいがちで、わかりにくい質問だった。
「どういうこと?」
質問の意図が分からず、手を止めて聞き返す。
騒がしかったヒナタの声が止まる。
「正人さんの近くにいる女性が増えるってことになるけど……」
冷夏からそんな言葉が出るほど、里香の態度はあからさまだった。
恋愛かどうかは別として、好意はいだいている。正人に依存していると言い換えても良いだろう。
そんな男性に、仕事とはいえ近くにいる女性が二人も増える。この事実に、冷夏はどう対応すればいいか分からないのだ。
精神的にベッタリとくっついている彼女にたいして、ライバルが増えたと思われたくない。邪魔だと思われるぐらいであれば、この話は断って友人関係を続けたいとも考える程度には、里香のことを大切だと思っていた。
どのような反応をするのか予想がつかず、冷夏はじっと待つ。
「確かにちょっとだけ、本当に、ちょっとだけ気になるけど、正人さんが先に進みたいって考え方だからね。反対はしないかな。そんなことで迷惑や邪魔だと思われた方が悲しいし、捨てられたら死ぬしかないし……これからもずっと付いていきたいから、必要なことかなって思うようにしたんだ。ね、だからお願い。一緒にパーティーを組もうよ」
想像していた十倍重い。冷夏は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
断ってしまえば絶対に恨まれる。かといってパーティーを組んでもやや不安は残る。前に進むにしても後ろに下がるにしても、リスクばかりだ。
冷夏はアドバイスを求めようとしてヒナタを見るが、いつものように笑っているだけで、何も考えていないように見える。これから火薬庫に入るようなものなのに、気づいていない。幸せな思考をしている妹に羨ましさを感じるほどだった。
「うん。一緒にダンジョンに入ろう」
結局、冷夏はそう言うしかなかった。
「ありがとう! これで正人さんに良い連絡ができる~! すぐに通話しなきゃ……って、そうだ。言い忘れてたことがあるんだった!」
「どうしたの!?」
「え、他にも?」
「さっき話したけど、正人さんってスキル結構持っているの。前に見せたファイアーボールの他にも、短剣術や投擲術、さらに探索や隠密ね。どうやって手に入れたかは秘密。絶対に、誰にも言ったらダメだからね。もし誰にも言っていないスキルの一つでも漏れてたら、まず最初にワタシは二人を疑うし、絶対にユルサナイから……」
「「!!!!」」
能天気なヒナタですら言葉が詰まった。
それほどまでに声が冷たかったのだ。二人とも同時に、里香が無表情のまま切り殺すシーンが思い浮かぶほどである。
「あれー? 二人ともどうしたの? 声が聞こえないのかな??」
いつも通りの声に戻ってはいるが、先ほどの印象が強く、脅しにしか聞こえない。
「あ、ごめん! わかったよ! 電池切れそうだから、ヒナタは先に落ちるね。じゃーねー!」
危険を察知したヒナタが、苦し言い訳をしながら会話から離脱した。
「残念だけど、またね」
里香はなにも気にしていない様子だ。
これから同じパーティーメンバーになるのに、冷夏まで通話を切るわけにはいかない。逃げ出したヒナタの代わりに返事をする。
「ごめん! ちょっと電波が悪かったみたい。もちろん同じ仲間なんだから、秘密は守るよ」
「そうだよね! やっぱり冷夏ちゃんは、最高の友達だよー!」
機嫌よく笑う里香と、ほほが引きつる冷夏。
綱渡りのような二人のおしゃべりは、夜遅くまで続いた……。
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