第264話 現場に来れば異常に気づくのに?

 船に探索者や防弾機能を施された補給用の車が乗り込むと出発した。


 神津島に着くまで時間があるため、しばらくは休憩時間だ。集団のトップである山田は操舵室にいるため会えない。


 里香たちは他の男から性的な視線で見られるのが嫌だといって、用意された個室から出ない。正人は一人で船内を歩いている。


 元は富裕層向けに作られていたようで、全室個室な上にプールやバーなど完備されている。


 さらにカジノルームもあるので、嫌な予感をしつつも正人はドアを開けて中へ入ることにした。


 入り口付近にはスロットがあり奥にはブラックジャックやバカラ、ルーレットをする台がある。


 戦いの前だというのに、時間を持て余した多くの探索者が集まって遊んでいた。


「やったー! 勝ったぜ!」


 ポーカーテーブルで遊んでいる探索者の一人が叫んだ。両手を挙げて喜んでいる。賭に勝ったのだ。チップをかき集めて数えている。


 緊張感のなさに叱りつけたくなるが、今さら何を言っても手遅れだ。短時間で人の考えは変えられないと諦め、正人は注意するのを止めた。


 ディーラーは誰がしているのか気になり、視線を移す。なんと谷口が黒服を着て立っていた。


 本来は正人と一緒に気の抜けた探索者を叱る立場でなければいけないのに、こともあろうか一緒に遊んでいるのだ。驚きを超えて呆れてしまう。


「なにをやってるんですか」


 正人がポーカーテーブルに近づくと、遊んでいた探索者はトランプを手放して別の場所へ移動していった。悪いことをしている自覚はあったので、小言を言われる前に逃げ出したのだ。


「遊びに来たんですか?」


 ディーラーをしていた谷口はニコニコと笑みを浮かべながら聞いた。


「現場の指揮官として様子を見にきただけです。これから鬼族との戦いが控えているのに、みなさんは緊張してないようで安心しましたよ」


 周囲に聞こえる程度の声で嫌みを言うと、カジノを楽しんでいる探索者たちの手が止まった。


「今の彼らなら普段以上の実力が発揮できそうですね。私は後ろで指示を出すだけにしようかな」


「それもありだと思いますよ。カジノで遊べるぐらい余裕があるみたいなので、正人さんの代わりに率先して戦ってくれることでしょう」


 意図をくみ取った田口が話に乗ると、居心地の悪くなった探索者たちは静かに去って行く。


 頼りなさを感じた正人は、深くため息をついて椅子に座るとポーカー台に肘をついた。


「協会はなぜあんな人たちを集めたんですか?」


 日本の国土が侵略されているのだから、もっと質の良い探索者を用意できなかったのか。そういった抗議の視線を送っている。

 

「必死で集めてアレだったんです。圧倒的に人手不足なんですよ」


「蓮さんや宮沢愛さんといったベテラン冒険者は何をしているんですか?」


 せめて名前に上げた人たちは一緒に行動するだろうと思っていたが、船内を歩いても姿は見かけず、今回の計画には参加していないと気づいた。


 物は最高級なのに人材だけ最低であることの理由を知りたいのだ。


「これは極秘の話になりますが、地上にいるモンスターの活動が活発になっているんですよ。積極的に人を襲うようになり、蓮さんやベテラン探索者の多くが対応に追われています」


「そんな話聞いたことありませんが……」


「これ以上、社会を不安にさせたくないので情報規制が行われています。だから極秘と言ったんです」


「だからといって関係者である私たちには教えて欲しかったですね。いい加減、秘密主義は止めませんか」


「気持ちは痛いほど分かります。自分も正人さんと同意見なのですが、協会は神津島奪還計画に集中してほしいから伝えなかったみたいですね」


「現場に来れば異常に気づくのに?」


「上はそう考えたみたいです」


 呆れた声で谷口が返事をした。


 世界が悪い方向に進み続けているのに、探索協会の隠蔽体質が変わらないことに失望感すらある。


 縦どころか横のつながりすら弱いので必要な情報すら教えられないこともよくあるのだ。


「山田さんは?」


「彼女は……経歴も不明で異例のスピードで出世して埼玉支部長になったぐらいしか情報がないんです。あ、付け加えると最近になって、副会長補佐にも任命されています」


「出世の理由はわからないんですよね?」


「会長の孫娘もしくは愛人、裏金でのし上がったなんて噂は流れていますが、正確なところは不明です。ただ一つ気になることがあるとしたら、彼女の周りには不審死が多いと言うことでしょう。埼玉支部長になるまで、ライバルが次々と死んでいったんですよ」


 当然ではあるが埼玉支部長の椅子は一つしかない。壮絶な奪い合いをしなければいけないのだが、ライバルが死ぬか退職してしまう。さらに当時、埼玉支部長だった男性は泥酔して湯船に入り、気を失って死んでしまった。


 ぽっかりと空いてしまった椅子に導かれるようにして、山田は三十代という若さで地域のトップになったのだ。


 蹴落とそうと裏を探ろうとした人もいたが、しばらくすると行方不明になってしまい、誰も手を出さなくなる。しばらくは死神なんて呼ばれていたこともあった。

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