第263話 お姉ちゃん、おおきいねっ

 翌日の早朝。東京都品川区のとある場所にある埠頭に正人たちは来ていた。


 他にも探索者が四百名ほどいる。神津島を奪還するべく鬼族と戦う探索者だ。


 平均年齢は五十歳前後、女性はいない。大半は探索者になって一年未満の人たちばかりで戦力として期待できるかと言われれば、残念ながら首を横に振るしかないだろう。スキルすら覚えていない者ばかりで、直接戦闘になれば足を引っ張るのは確実だ。


 他でもモンスターが暴れているため、どうしても強い探索者が集まらなかったのである。


 その代わり、近くに積み上げられているコンテナには魔石で動作する銃器を用意されている。遠距離から一方的に攻撃するぐらいであれば、スキルはなく経験が浅くてもなんとかなると、探索協会は判断したのだ。


「ジロジロ見られて気持ち悪いですね」


 里香が自信の体を守るように抱きしめながら、嫌悪感たっぷりに呟いた。


 探索者として有名な正人のパーティを盗み見る人が多いのだ。特に里香や冷夏、ヒナタは若い女性であるため注目されている。中にはスマホで写真を撮影する人がでるぐらいだ。


 適度にリラックスしているのであればいいが、経験の浅い探索者は緊張感が足りないだけだ。気が緩んでいると言い換えてもいいだろう。一体何をしに来たんだと叱られても仕方がない状況である。


 本当に戦力として使えるのか?


 正人は疑問に思いつつも小さくため息を吐いた。


「全力で戦い、危なくなったら……わかってるよね?」


 ホテルで過ごしていたときに撤退の合図を決めていた。勝てないと思ったときには周囲にいる探索者を見捨てて島から脱出し、第二次奪還計画に参加すると四人は決めている。


 危険を冒してまで他人を助けるつもりはなく、撤退に従えないようであれば置いていく覚悟はあった。


「もちろんです。優先するべきは情報の収集。そのためには生きて帰らないといけませんからね」


「そうだね。適当な鬼族を一体確保できれば、なおよしって感じ」


 里香の言葉を肯定しながら、正人は捕虜についてはレイアにこだわる必要はないと考えている。先ずは一体、それ以上は欲張ってはいけない。


 探索協会の思惑とズレてしまうが、許容範囲だという判断である。


 パーティ内の作戦を確認していると、海から船が見えてきた。砲台が乗っていて一見すると軍艦のように見えるが、探索協会が所有している最新船である。


 動力源はすべて魔石で、ダンジョンでも動作する設計だ。


「船が来たよーーー! お姉ちゃん、おおきいねっ」


「だね。思っていたよりすごい」


 話には聞いていたが実物を見ると改めて大きさに驚く。


 千人以上が乗れるサイズなのだから無理はないだろう。


 しかも銃撃にも耐えられる装甲が取り付けられ、甲板には砲台がずらりと並んでいるため威圧感すらある。周囲にいる探索者は、これなら勝てると口々に言っていた。


「協会が誇る最新鋭の船を見た感想を聞いても?」


 周囲が船に注目している間に、山田が正人の隣にきた。


「地上でも動くような機能はないんですか?」


「あれを見て最初にそんな質問をしたのは正人君が初めて。変わった感性をしているんですね」


 楽しそうに山田は小さく笑った。


「残念ながらそのような機能はありません。戦車や装甲車を使うことも検討しましたが、民間人が使用するのは難しいため断念しています」


「楽はさせてもらえないんですね」


「想定外の出来事が起きすぎて、法や慣習の調整が追いついていないんです」


 事件解決のスピードを優先した弊害だ。制限が多く、重要な計画でも最高戦力は用意できない。


 使えるカードは少なく、探索協会が用意できたなかで最も強いスペードのエース的な存在が正人であった。


「いつも偉そうなのに、こういうときは役に立たないんですね」


 里香が二人の間に割って入った。


 近づきすぎだと警告するように山田を睨みつけている。


「お嬢さんにはわからないと思うけど、大人の世界は複雑なの」


 ピクッと里香の眉がはねた。


 いつも正人からは子供、もしくは妹の様な扱いをされていると感じているため、若いという話題は触れて欲しくない話題だったのだ。


「鬼族との戦いの前に言い訳ですか?」


 この集団の司令官として相応しくないと、言外に伝えると山田も反撃をする。


「言い訳ではなく事実ね。現状を正しく認識した上で、周りが驚くような次の一手を打つ。それが私のお仕事なの。おわかり? お嬢さん」


 静かに様子を見ている正人だが、内心は焦っていた。


 どうして里香と山田の仲が悪いかわからないからだ。まさか原因が自分なんて想像できず、相性が悪いんだなとしか考えられていない。そんな彼が自体を丸く収めること何で不可能であり、無言を貫くしかない。


「では次の一手というのは、どういうことを考えているんですか? まさか銃をようしただけなんて言うつもりじゃないですよね?」


「……ええ。もちろん」


「じゃあ具体的なことを――」


「船が着いたみたい。お話はまた後で」


 会話を途中で切り上げると、山田は去って行ってしまう。


 他にどのような計画をしているのか、知ることはできなかった。

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