第325話 ちょうどよい。駒が増えた
大教祖が『転移』のスキルで正人と会いに行った直後、里香と冷夏は二階層に侵入してきた人たち――ラオキア教団の関係者に見つかってしまい戦っていた。
全員、大教祖の力によっていくつかのスキルを分け与えてもらっており、レベルは低いが戦闘能力は高い。中堅探索者ぐらいの力はあるだろう。日本でトップクラスの実力を持つ二人でも苦戦は避けられず、盾になるよう動いていた里香は致命傷に近い傷を何度も負ってしまう。『自己回復』がなければ死んでいたはずだ。
それでも勝てたのはレベル差による生物としての格の違いがあったからだ。
同レベルであれば負けていたのは里香たちの方だっただろう。
「ケガは大丈夫?」
「うん。全部スキルで治した。冷夏ちゃんは?」
「かすり傷ぐらい。問題ないよ」
戦いを終えて無事を確認した二人は死体を漁る。ラオキア教団の関係者たちは身分を証明するものはなく、持っていたのは武器と水ぐらいである。ダンジョン探索するような準備はしていない。共通するのは褐色の肌と見慣れない顔立ちぐらいだ。
なんの成果も得られなかった冷夏は『スキル(限定)』を発動して、ヒナタに話しかける。
『敵の一人がそっちに行ったみたいだけど大丈夫?』
『ころ――ダメ――!!』
脳にヒナタの殺意と悲しみ、言葉になりきらない感情のノイズが走った。
念話したのは一瞬だったが、冷夏は激しい痛みによって頭を押さえて顔が歪む。
「向こうでなにかあったみたい」
「消えた男のが何かしたの!?」
「ヒナタがまともに返事できる状況じゃないみたいでわからないけど、もしかしたら正人さんに何かあったのかも……」
殺意と悲しみが混ざった感情は、大切な者の死をイメージさせる。冷夏は焦っていた。
「すぐ助けに行かなきゃ!!」
顔色が悪くなりながらも慌てて駆け出した里香と冷夏は、正人たちが行ったであろう方角へ走りだす。しばらくすると鳥人族の死体が見えてきて、それを道しるべとして砂漠の地下を進むと遠くから戦闘音が聞こえてきた。
竜巻まで見えるので、あそこに正人がいると二人は確信を持ち、走るスピードをさらに上げていく。
冷夏は移動中にも『スキル(限定)』を使ってヒナタとの連絡を何度も試みたが反応はない。心が張り裂けそうなほど不安は膨れ上がり、最悪の未来が脳裏から離れず焦り、泣きそうになって、思考がぐちゃぐちゃになっている。
いつもなら里香が励ましたりするのだが、今回ばかりは彼女も冷静ではいられず、戦闘が発生しているであろう場所へまっすぐに進む。隠れるようなことはしなかったこともあって、現場にはすぐに到着。正人を襲うヒナタとペルゾの姿を確認したが、同時に大教祖に姿を捕捉されてしまった。
「ちょうどよい。駒が増えた」
ニヤリと悪意のある笑みを浮かべるのと同時に、里香と冷夏は目があってしまう。
――精神支配。
二人の内部に大教祖の言葉が入り込んでいく。耐性系統のスキルをもたず無防備であるため抗う手段はない。毒のように、じわりと精神を蝕んでいく。
『私の敵を殺せ』
理性が必死に引き留めようとしても体は勝手に動いてしまう。
二人の顔が正人の方を向く。ヒナタの攻撃を『自動浮遊盾』で防いでいる姿が視界に入った。連絡が付かなくなった彼女も『精神支配』によって大教祖の命令に従っているのだ。そこに里香たちとアンデッド化されたペルゾまで参戦しているのだ。非常に戦いにくい状況である。
「みんな! 元に戻ってくれ!」
攻撃を避けながら正人が叫ぶと、三人の動きが遅くなった。必死に抵抗しているのである。
「くくく、ふはははっ! さすが高レベル探索者! 一度の支配では抵抗するかっ!」
大教祖が使用している『精神支配』は対象に何度も使用することによって完成する。短時間で二度、三度と使われてしまえば、元には戻れないだろ。
「呼びかけて希望でも見いだしたか? 私の精神支配は使えば使うほど抜け出せなくなる!」
策にハマって順調に進んでいると思い込んでいた大教祖は、ミスを犯していることに気づけていない。
正人は『精神支配』が発動する瞬間を三度も見ており、戦闘中でも常に発動させている魔力視によってスキルの動きは把握している。さらにこの場はダンジョンでありスキルを覚える条件を満たしているのだ。魔力の動きを再現すればすぐにスキルを覚える。
『精神支配、相手を思うように操れる。長期間、対象に何度も使えば効果は永続化する』
「お前に本当の絶望を教えて――」
――精神支配。
饒舌に話している間に、正人は大教祖に向けて発動させた。即座に『スキル無効化』を発動させてしまい操ることはできない。しかし他のスキルは使えないため三人に重ね掛けさせるのを防ぐことには成功した。
計画を邪魔された大教祖は冷静だ。自身に起こった現象を分析する。
「『精神支配』のスキルカードが、ダンジョンから発見された報告は聞いていない。正人が覚えるには別の手段が必要になる。我から強奪したか? ……いや、違うな。奪われてはいない。するとコピー系統のユニークスキルを使って覚えたか」
推測は間違っていない。ほぼ正解と言って良いだろう。
現在使用している『スキル無効化』もすぐに覚えられてしまう危険はあるが、どれほど強力な能力があっても何らかの制限はあるものだ。大教祖は、その条件を見つけようとしていた。
=====
【あとがき】
Kindleにて電子書籍版1~7巻が発売中です!
購入してもらえると更新を続けるモチベーションになります!
(Unlimitedユーザーなら無料で読めます)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます