第316話 永遠に家へ帰れなくなる

 隊長と呼ばれた鳥人族の男――ダンブルドが目覚めたのは一時間後だ。


 両手両足、そして頭部にある小さな羽までも拘束されていて動かせない。里香の片手剣が首筋にぴたりとついていて、言葉が通じなくても少しでも抵抗しようとすれば斬られてしまと容易に想像がつく。


 仲間は気絶したまま冷夏とヒナタに踏みつけられて動けない。ダンブルドは仲間の援護は期待できないと悟った。


『聞きたいことがある』


 腕を組んでいる男――正人はスキル『尋問』を発動させながら鳥人族で話しかけた。


 ダンブルドは驚き、そして納得する。


『お前が正人か。まさか我々の言葉まで扱えるとは、噂通りめちゃくちゃな男だ』

『……私のことを知っているのか?』

『まぁな。何でもできる万能な人間として有名だぜ。』


 これがもし日本で最強の男とダンブルドが言ったのであれば、テレビやネットから情報を得たのだろうと思い、正人は今の言葉を無視していただろう。しかし万能となれば話は変わってくる。戦闘以外にも多彩なスキルを使い、サポートも含めて何でもできると知っていなければ出ない発言だ。


 探索協会ならともかく、出会ったばかりの鳥人族が正人を表す言葉として使っていいものではない。


『万能な人間か……誰が言い始めたんだ?』

『知らん。お偉方、まぁ長老たちだな。あれらが言っていた』


 前線で戦う兵士ではなく、組織の上層部から正人の本質を突くような言葉が出たのだ。さらに疑問は深まる。


 ダンブルドを追求しても嘘をついているとは思えないので、これ以上聞いても噂の発生源にたどり着くのは難しいだろう。狙うなら鳥人族の長老だ。詳しい話は彼らに聞くべきだと判断して話題を変える。


『聞きたいことは終わりか? だったらすぐに解放してもらえないな。家に帰りたいんだよ』

『それはこれからの態度次第だ。名前は?』

『ダンブルド』

『では、ダンブルド君。ここで何をしていたのか隠さずすべてを話せ』

『断ったら?』

『永遠に家へ帰れなくなる。それだけだ』


 相手に舐められないよう、正人はあえて強い口調で話している。


『見ての通りだよ。異世界からきてダンジョンに住んでいる』


 少しでも時間を稼いで地下にいる仲間が異変に気づくことを祈りながら、ダンブルドは嘘ではないが真実を完全には捕らえていない言葉を吐いた。


『それで私を納得させられるとでも思っているのか?』

『嘘じゃない。本当にここに住んでいるんだよ』

『だったら、人間が住む都市を襲う必要はないだろ。正直に侵略の拠点に使っていると言えよ』


 尋問のスキルを使っていればある程度、相手の嘘は見抜ける。余計なことは言わず、正人は反応をじっくり待つ。


『……一般人の俺には何を言っているかわからん』


 明らかに嘘をついているとわかった。このまま尋問を続けたところで敵は口を割らないだろう。少なくとも時間はかかる。もっと過激な方法を使うしかなさそうだ。


「尋問が長引きそうだから、三人は周囲の警戒に出てくれないかな」

「わかりました。お気をつけください」


 これからやることに気づいた里香ではあったが、何も言わず片手剣を鞘にしまうと素直に受け入れた。冷夏、ヒナタを連れて建物の外へ出てしまう。


 静かにナイフを持った正人はダンブルドの前でしゃがみ、目線を合わせる。


『お前たちの目的は何だ?』

『さぁな』


 探索協会の依頼を早く終わらせてラオキア教団を追いたい正人は、相手の口を手で押さえると無言でナイフを右目に突き刺した。


『んっーーーーー!』


 突然の痛みに襲われたダンブルドは涙を流しながら叫ぶ。


『拷問、拘束した相手に攻撃すると耐えがたい苦痛を与える』


 覚えたスキルを発動させながら、ナイフを抜いて左目を刺す。


 激しい痛みに叫ぶことすらできなくなり、目から血を流しながらのたうち回る。口や鼻から液体が流れ出ていて、失禁までしていた。まともに話せる状態ではないため、正人は『復元』スキルを使って回復させる。ダンブルドの視界は戻ったが、脳に刻み込まれた痛みまではなくならない。


『はぁ、はぁ……もう、刺さないでくれ……』


 一瞬にして心が折れたダンブルドは助けを求めるようになった。先ほどのような抵抗する態度は見せていない。


『私の質問に答えろ。お前たちはダンジョンで何をしている?』

『住処として使いながら同時にモンスターの調教も行っている』

『なぜ、そんなことを?』

『俺たちは数で負けているから、侵略するのに使い捨ての兵が欲しかったんだよ』


 ダンジョンからは定期的にモンスターが生まれる。減れば勝手に補充されるのだから、便利な道具として鳥人族は使っていた。


 兵はダンジョンで取れるというわけだ。


『で、札幌を襲ったのか』

『そうだ。悪いとは思ったが、族長の指示には逆らえん』


 正人が怒り狂ってナイフを振り回されたら恐ろしい。ダンブルドは辛い立場を理解してくれと、許しを請うような表情を浮かべていた。


 平時であれば鬼気迫る演技に欺されていただろうが、常に発動している『尋問』スキルが嘘だと看破した。正人はナイフの刀身を右目の前に持ってくる。


 逃げようとしても、ダンブルドは恐怖によって動けない。歯はガチガチとなって震えていた。


『お前たちは望んで侵略しに来たんだろ?』

『もう痛いのは嫌だ……』

『嘘さえ言わなければ、刺さない。約束しよう』

『……………………そうだよ。俺たちは故郷を追われ、世界に来て侵略をはじめた。反対なんて誰もしていない。俺たちは族長の命令に従って現地人を殺し、新しい土地を手に入れるんだ』


 尋問スキルが嘘ではないと教えてくれる。


 鬼人族と同じく鳥人族も侵略には積極的であった。異世界の人類に滅ぼされそうだったという悲しい背景はあるが、正人たちが許す理由にはならない。地球に住む人々を守るためにも外界からの敵は根絶しなければならないのだ。失敗すれば生存競争に負けて人類は絶滅するだろう。



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