第122話どうにかできませんか?

 ノートパソコンを購入してから数日後、正人は里香の住む独身向けのワンルームマンションの前にいた。


 オートロックや監視カメラといった設備があり、高級とまではいかないが、前に住んでいたボロボロのアパートより快適な生活が過ごせている。


 エントランスに入ると、パネルの数字を押してから呼び出しボタンを押す。しばらくまつと、


「はーい! 今、開けますねー」


 機嫌の良さそうな声が聞こえるのと同時に、エントランスの自動ドアが開いた。


 正人は通路を進み二階に移動して目的のドアの前に立つと、横にあるベルを鳴らす。すぐにガチャと音を立ててドアが開いた。


 来客を待っていた里香は、玄関で待機していたのだ。


「お待ちしていました」


 普段は動きやすい格好をしている里香だが、今日は珍しく太ももあたりまで伸びた黒いスカートをはいている。上着はLサイズの大きめなTシャツだ。髪は少し濡れているように見える。いつもとは違う姿を見て正人は女性として魅力的だと感じたが、今はそんなことを考えている場合ではないと思い直す。


「休み中にごめんね」

「いえいえ。暇してたから気にしないでください。ここで話すのもなんですから、中にどうぞ」


 家主の許しが出たので、スニーカーを脱ぐと里香の背中を見ながら短い廊下を歩く。


 通路の右側には台所がある。反対には風呂場と洗面台、そしてトイレが並ぶ。こじんまりとした場所に水回りがまとまっていて、通り抜けると少し広めな部屋にたどり着いた。


 天井には白熱球の照明が付いていて、部屋を温かい光りで照らしている。床は白い絨毯が敷いてあり、ダークブラウンのフローリングとのコントラストが大きい。部屋の中心にはガラスのローテーブルと二人がけのソファーがあり、隅には淡い青色のベッドが置かれていた。枕元には古びた猫のぬいぐるみがあり、子供の頃からずっと愛用していることを物語っている。


 ダンジョン探索に使っている道具は、すべて押し入れに入れているため一般的な女性の部屋と比較しても、大きな違いはない。あるとしたら化粧品の類いがほとんどないことだろうか。それも里香の年齢を考えれば、不要だから使ってないとも考えられるので、やはり普通と表現しても良いだろう。


「ここに座ってください」


 正人を案内した里香はソファーを指さした。


「里香さんはどこに座るの?」

「私は床で……」

「いやいや、それなら私が床に座るよ」

「ダメです。正人さんはお客さんなんですから!」

「それだと私が落ち着かない」


 まるで里香より上の立場にいると錯覚するような気持ちになるため、正人は自分だけソファーに座ることに強い拒否感があるのだ。どんなにお願いされても、意見を撤回するつもりはない。


「「…………」」


 お互いに見つめ合うこと数秒。二人の視線はソファーに移った。


「ソファーは二人座れるね」

「はい。一緒に座ります……か?」


 少しためらいがちに里香が聞く。


「うん。里香さんが嫌じゃなければ」

「嫌なはずないです!」


 食い気味に返事をして里香は正人に近寄った。


「そ、そっか。なら一緒に座ろうか」


 緊張した声で返事をすると先に正人が座る。里香はコップとお茶の入ったペットボトルを持ってきてから、服が接触するような至近距離に腰を下ろした。


 いつも一人で使っているときより狭く感じる。服ごしから正人の体温が感じられるような気がして、里香は幸せな気持ちに包まれていた。


 しばらくは物理的な距離が近いことに戸惑っていた正人だったが、今日話さなければいけないことを思い出すと、唾を飲み込み覚悟を決めて例の件について尋ねることにした。


「今日は冷夏さん、ヒナタさんについて聞きたいことがあるんだ」

「はい。なんでしょうか?」

「前に二人の家に泊まったことがあるよね。その時に保護者のこととか聞いてなかった?」

「……聞きました」


 ついに正人も知ってしまったのか。そう思った里香は、ためらいながらも事実を伝えると決める。


「二人の保護者に会って話したんだけど、探索で手に入れたお金は全て奪われているように思えた。その考えは正しいよね?」

「はい。ほとんどを渡しているみたいです」


 沖縄に行く前日に七瀬家でお泊まり会をした際、お菓子やジュースを買い込もうとした。そのときにヒナタが「お金がない」と呟いたので、不思議に思って里香が問いただしたのだ。


 最初は渋る様子を見せていたが、最後は保護者にお金を奪われていることを伝えてしまう。一度言ってしまうと、言葉は止まらない。


 お金のことだけでなく、離婚した両親に連絡しても「新しい家族がいるんだから邪魔をするな」と言われてしまい、里香は双子が自分だけで何とかするしかない状況まで追い詰められていることまで知ってしまう。


 このことを正人に相談しなかったのは二人から止められていたからなのだが、既に知ってしまっているのであれば黙っている必要はない。二人の環境を良くするために、里香は聞いたことをすべて正人に伝えたのだった。


「なるほどね……」


 里香から話を聞いた正人は、腕を組んで難しい顔をしていた。

 両親は離婚して、それぞれ新しい家庭を作っていて双子を邪魔者扱いしているのだ。頼れる大人がいない状況がどれほど辛いか、正人は身を以て実感しているので、境遇について強く同情してしまう。


「どうにかできませんか?」


 むろん、里香も同様だ。情報を共有し合った二人は、お互いに話し合うが、すぐに解決できそうな案は出てこない。


 双子の親族であれば話は変わるだろうが、正人と里香は他人である。取れる手段は限られていた。


 たいした意見は出せずに時間は過ぎていき、出した結論は至ってシンプルであった。


「英子さんは投資と言ってたから、二人は借金をしていることになる。先ずは、その返却から始めるべきだろうね」


 今の生活でもお金が足りないと感じている英子が受け入れるとは思えないが、正人と里香は双子の借金をどうやって返却していくのか、それについて夜遅くまで語り合うのだった。


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