第2話◇その日の内に無職の黒魔導士
仕事終わりにその店に行くのは、いつの間にかパーティー恒例になっていた。
冒険組合の関連者のみを客とする、通称勇者食堂。
僕らは円卓を囲んでいた。
乾杯の後、木樽ジョッキになみなみと注がれた酒を一気呑みする【戦士】アルバ。
ぷはぁと気持ちよさそうに顔をしわくちゃにし、ジョッキを卓上に叩きつける。
近くの給仕係におかわりを頼むと、早くも赤ら顔になった彼がギロリと僕を睨む。口の周りについた泡のおかげで凶悪さは半減されている。
「やっぱよぉ、お前足手まといじゃね?」
僕は内心で溜め息をつく。
これもまた恒例というか、最近ことあるごとに話題になることだった。
「アルバ……」
「庇うんじゃねぇよフェニクス!」
先に言っておくと、この話題において明確に僕の味方と言えるのは【勇者】フェニクスだけだ。
今まさにアルバを窘めるように口を開いたのも彼である。
燃える炎の如き赤髪に、柔和な笑みのよく似合う整った顔。長身で一見細身だが身体は鍛えられている。ダンジョン攻略という性質上荒事向きの人間が多くなる冒険者界隈において、珍しく怜悧さを感じる美男子だ。
そして僕と同じ村出身の幼馴染でもある。
小さい頃に一緒に冒険者をやる約束をして、それは今も続いている。
ここのところは、続行の危機に瀕しているわけだけど。
もちろん僕が理由で。
【聖騎士】ラークはもそもそとつまみの豆を食べていて我関せずという感じ。
【狩人】リリーは気品さえ感じる所作で果実酒を口に運びながらも耳は傾けているようだ。
僕といえば、不格好な愛想笑いを浮かべてジョッキを両手で包んでいる。
それがまたアルバを苛つかせたらしい。
「正直言うぜ? お前がこのパーティーにいられるのはフェニクスの昔馴染みだからだ。オレもラークもリリーも実力で入ってんだよ。毎回毎回結果も出してる。だがお前はどうだ? お前の使ってる黒魔法だがよ、恩恵が分かんねぇんだわ。そんなんで役に立ってるとか言えんのか? なぁ」
僕らの国では、【
簡単に言うと、神様が自分の適職を教えてくれるのだ。
冒険者でなくとも例えば【料理人】や【商人】【鍛冶屋】や【宝石職人】なんてものもある。
最も自分に向いている役割、職種を示してくれる。
それを選ばなければならないわけではないが、例えば【鍛冶屋】持ちが料理人になろうとしても誰も弟子にしてはくれないし、いきなり店を開いたところで繁盛するのは難しい。誰だって食うなら美味いものがいいし、【料理人】持ちに作ってもらう方が確実だ。
【
これが冒険者になると更に厳しくなる。
冒険者登録は、適性【
僕が冒険者をやるには、絶対に【黒魔導士】でなければならないということ。
だが黒魔法はほんと、とにかく効果が伝わり辛いのだ。もちろん僕にはどんな効果を及ぼしているかハッキリ分かるが、仲間や視聴者にピンとこないだろう。
そして僕が自分のしたことを主張したところで、言い訳としか思われない。
「いやぁ……あはは」
「笑い事じゃねぇんだよ!」
酒気を帯びた息と共に放たれる怒声。
「パーティー編成は五人までって決まってんのはお前も知ってんだろ。限られた枠に無能が居座ってんじゃあ上には行けねぇ。オレ達はな、四位で止まるパーティーじゃあねぇんだ。その為には五人全員が一流じゃなきゃならねぇんだよ!」
アルバの言っていることは正しい。
そんなことは僕にも分かっているし、自分がフェニクスに並び立つ価値がない二流だと思ったなら、言われるまでもなく身を引いている。
【黒魔導士】が不人気なのは事実だが、僕は自分の仕事が仲間に劣っているとは思わない。
だがアルバを説得することは出来ないだろう。
仮に僕の仕事を認めてくれたところで関係ない。彼が僕を追い出したい理由はそこにはないからだ。
僕が無能であるか否かよりも、【黒魔導士】がいることが嫌なのだ。
冒険者は実力主義であると同時に、人気商売でもある。
強くなければダンジョンを攻略出来ないが、華がなければダンジョンを攻略したところで注目されない。
人間中身が大事だが、美男美女の方がモテやすいというのと大体同じ。悲しいが世界とはそういうもの。
「だからよぉ、いい加減フェニクスに寄生すんのはやめてくれや」
人間が命懸けでダンジョンに潜り、人に仇なす魔物を討伐したりお宝を頂いたりしたのは遠い昔のこと。
現代ではダンジョン攻略は商業化されており、冒険者も魔物も一つの職業でしかない。
もちろんヤラセなしの真剣勝負だが、攻略は配信され、世界中で視聴が可能。
視聴数や評価に響くのは、派手な戦闘や見栄えのいい冒険者など魅力が分かりやすいパーティーなのだ。
【黒魔導士】は枠を埋めるに値しない【
魔物にはそこそこいるのだが、並の黒魔法を食らっても優秀な冒険者はゴリ押しで突破出来てしまうので、仲間に欲しいと思う人も少ない。
「アルバ、あまりに敬意を欠いた物言いだ。レメに謝れ」
フェニクスが怒りを隠さず言うが、それも単に友情によるものと思われている。
「あぁ、悪かったよ。言い方が悪かった。謝罪するぜ。でもな、内容が間違ってるとは思わねぇ」
「いいや、間違っている。レメは――」
「いい加減よ、擁護すんなよ。オレはお前となら上に行けると思って入ったんだ。足手まといと報酬を山分けする為じゃねぇ。お前にとって親友だろうと、他の三人がコイツを
ギリ、フェニクスが歯を軋ませる。
「何故分からないんだ。レメは無能などではない。このパーティーに必要だ」
「オレはそうは思えないね。なぁお前らはどう思うよ」
それまで黙っていた二人の意見を求めるアルバ。
「別に……まぁ、いてもいなくても変わらない、かな」
ぼそぼそと答えるのは【聖騎士】ラーク。
「ハッ、それならいない方がいいだろ! そしたら少なくとも使える奴を入れられるんだからよ」
「……んー、まぁ。動けるのが入れば、もっと楽には……」
「だろ!? 最悪見た目がいいだけの【白魔導士】でもレメよかマシだ。おいリリーお前はどうなんだよ」
美しいエルフの【狩人】リリーは蔑むような視線でアルバを見る。
「貴方の口から吐き出される下品な言葉は、酷く不愉快です」
「あーあーはいそうかよ。育ちが悪くてな。んなことより内容について意見を聞かしてくれよ、リリーサマよ」
「……フェニクスが個人的感情を理由に力の足りない者を仲間にしておくとは思いません。ですが黒魔法の効果が実感し辛いのは事実。それにわたしたちは高い攻撃力で迅速に攻略を進めるタイプですから、正直サポートよりも直接的な戦力が欲しいとは思っています」
意見に多少性格が反映されているが、基本的に結論は一致。
僕を入れておくくらいなら、もっといい人材がいるだろうと三人は考えている。
アルバはパーティーに入ってきた時から僕を嫌っていて、追い出す機会をずっと狙っていた。
この話が出るのも一度や二度ではない。
「なんか言えよレメ。オレは別にお前が憎くて言ってるんじゃねぇんだぜ? お前の黒魔法がダンジョン攻略に役立つってんなら謝るさ。あぁそうだ、試しにオレに掛けてみろよ。どんだけのもんか体験させてくれ」
そうやってからかわれるのも何度目か。
一瞬挑発に乗ってやろうかと思うも、実行には移さない。
それは師匠に禁止されていたし、僕は自分の為に師匠の教えを破るつもりはない。
そんな説明をしたところで笑われるだけ。どうせ笑われるのだから、黙っていた方がマシ。
師匠まで含めて馬鹿にされるよりも、僕一人が見下されて済む方がいい。
「ほら、出来ねぇんだろ? 結局お前は自信がねぇんだよ。そんな奴がいていいパーティーじゃねぇんだって分かれよ。な?」
肩を叩かれる。
アルバは立ち上がり、周囲を見渡しながら大声を上げた。
「なぁ、【黒魔導士】の代わりって何入れりゃあいいかね! コイツがうちを抜けるらしいんだわ!」
アルバの声に僕らの卓に注目が集まる。
しばらくして状況を理解したらしい。周囲の酔っぱらい達は口々に戦闘系の【
「こいつ今から無職だからよ、どっか拾ってくんねぇか? 報酬は山分けがいいとか抜かしんてんだけど、そこは応相談ってことで頼むわ」
誰も興味を示さないどころか、満場哄笑を博する。
それを見て、アルバが笑みを深めた。
「分かるかレメ。オレらは世界四位だからよ、当然注目されてる。ここにいる同業者共も、オレらの動画くらいチェックしてる。その上でこの反応なんだぜ? お前は要らないんだよ。需要、ゼロなワケ。頼むよ、お前一人の都合でオレ達四人の人生の足を引っ張らないでくれ」
「……アルバ、いい加減にしろ。それ以上は私が許さな――」
「いいんだ、フェニクス」
僕はフェニクスを止めた。気持ちはとてもありがたいが、彼が言葉を尽くしても他の三人に響きはしないだろう。
こと僕に関してだけ、フェニクスの信用は揺らいでいる。
友達だから雑魚を庇っている、と。
間違いだと証明したところで無駄。
何故なら僕は【黒魔導士】だから。
彼らは僕が要らないんじゃない。【黒魔導士】が要らないのだ。
「分かった……抜けるよ」
「な――」
「ハッ! よぉく決断してくれたなレメ!」
肩を組んでくるアルバの手を、払いのける。
確かにこれ以上このパーティにいても仕方がない。
僕がかつて目指したのは、こんな屈辱に塗れた日々ではなかった筈だ。
「フェニクス。僕は違うパーティを探して、その上で君達より上を行くよ」
「レメ……」
親友と別れの会話にまで、アルバは入ってきた。
「お前を入れたがるパーティなんてねぇよ。話題ほしさでも長続きしねぇだろうさ! ってかもう他人なんだからそこどけよ」
そう言って席から立たされる僕。
フェニクスはアルバの態度が相当頭に来ているようだったが、叫びだしたりはしない。僕が望まないと分かっているからだろう。
「……レメ。待ってくれ――」
「いいんだ、フェニクス。いいんだよ」
僕らは友達。だがこれからはライバルだ。
他の仲間から言葉はない。
ラークは笑いこそしないが反応もせず、リリーはアルバの粗野な振る舞いに嫌悪を示しながらも僕の脱退そのものには反対ではないようだ。
僕は一度も振り返らず店を後にした。
その日、僕は無職になった。
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