第105話◇引く手数多だねレメくん

 



「ほぉ……これは中々……やっぱりあたしの目に狂いは無かったね」


 世界三位の勇者が僕の身体をペタペタ触っている。


「え……っと……? お久しぶりです、ヘルヴォールさん」


「ヘルで良いって前に言ったろう、レメ。あぁ、久しいね。しかし……前は訊かなかったが、相当鍛えてるね。【黒魔導士】でここまでとなると……あたしは見たことがない」


「あの……はぁ、どうも。くすぐったいかな、とか、他のみなさんの目が痛い、とか……色々えぇと」


「その妙に遠慮した喋り方だけは頂けないね。何事も相応に、だよ。口のデカイ雑魚は論外だが、謙虚過ぎる強者ってのもつまらんだろう。それなりの振る舞いをしな」


 バシンッ、と背中を叩かれる。


「……ありがとうございます。気をつけます」


 【魔剣の勇者】ヘルヴォ――ヘルさんは今年で二十八になる。


 二十歳のフェニクスが四位なので勘違いしてしまいそうになるが、これは相当に若い部類。

 エアリアルさんが今年四十二歳だが、現役勇者では彼より年上もいる業界。


 上位十パーティーの内、二十代勇者は彼女とフェニクスだけ、と言えば凄さが伝わるか。

 しかもフェニクスはまだ四位になって二年目だが、彼女は十八で上位十位に入ってから、ずっとランクインしている。そして今は三位。


 日に焼けた健康的な肌に、鍛え抜かれた肉体。髪は灰色で、これは意外かもしれないが手入れされている。ただもちろんというか、彼女がしているわけではない。パーティーメンバーが面倒くさがりなヘルさんのケアを担当している、というのは有名な話だ。


 薄く青み掛かった灰色の瞳は生命力に満ち、佇まいからして只者ではないと伝わってくる。


「姐さん! そ、そんなっ、男にベタベタするものではありません!」


 同パーティー【拳闘士】の女性が、ヘルさんの腹に抱きついて、僕から引き離す。


「男も女もあるか。あたしは強い奴が好きなんだ」


「わ、わたしも強いです!」


「知ってる」


 ヘルさんに頭を撫でられると、女性はふにゃっと身体から力が抜けてしまう。

 第三位パーティーは、全員女性ということでも有名。


「へぇ、ヘルさんってば良いこと言うじゃん。俺も同感だね、大事なのは強さだ」


 僕の前に進み出た少年には、見覚えがない。

 彼の後ろに控える、表情に乏しい少女にも。


「初めましてだねレメさん。俺はレイス。おじさんにあんたを呼んでもらったのも、俺さ。用件だけど――俺の仲間モノになってよ」


 少年……十歳くらいの美少年に、俺のモノになってよと言われた。


「…………ん?」


 どうしてこんなことになったかというと――。


 ◇


 きっかけはエアリアルさんからのメールだった。


 一般にも浸透しているし、冒険者には必需品ともいえる。

 世界各地を周る冒険者にとって、固定の連絡先というのはメールアドレスくらいだ。


 電網ネットに接続出来る環境と端末が必要ではあるが、連絡を取り合うことが可能。

 これは個人で取得するものなので、パーティーを抜けたり仮に冒険者登録を抹消されても使い続けることが出来る。

 僕のアドレスは変わっていないので、かつての知人からメールが届くのもおかしくない。


 最近だとニコラさんからよく届く。出張時はミラさんから日に何通も来ていた。

 あとは……まぁ、フェニクスかな。パーティーを抜けた時ほどではないが、たまに連絡を寄越すのだ。

 師匠の家にも端末はあったが、人と関わらないようにしていた師匠にアドレスはない。かつて持っていたことはあるだろうけど、僕は知らないし……。

 そんなわけで、手紙で連絡している。


 で、エアリアルさんからのメールだ。

 魔王城のある街にまた来たので、まだいるなら逢おうというもの。


「もう来てるんだ。いやまぁ、他のパーティーとの連携とか色々調整しないとってのもあるもんな」


 魔王城はなんと寮の各部屋に端末が配備されている。ちょっと待遇が良すぎるのではないか。

 メールを読んでいくと……なにやら紹介したい人物もいるのだとか。

 お誘い頂いたのは大変光栄だし、時間なら作れる。仕事の後だし。


「誰からですか?」


 後ろから画面を覗き込んできたミラさん。


「あぁ、エアリアルさんだよ」


「まぁ、第一位から。あの方いいですよね。大会の解説も素晴らしかったです。今回は敵なわけですが」


「あはは、だね。既に街に来てるらしいよ」


「そうなのですね。有名なパーティーが訪れると、それを見に他所の街からも人が集まるといいます。魔王城のレイド戦であのメンバーとなると、大変なことになりそうですね」


「経済効果とか凄そうだよね」


 電網ネットに目撃情報が書き込まれただけで、熱心なファンは動いたりする。

 フェニクスなんかはそういう追っかけが何人もいたようだ。というか、いる。


 今回は公式に告知も打つらしいので、凄まじいことになるだろう。

 ……それ込みで資金集めとか根回しとかしたんだろうな、フェローさんが考えそうな策ではある。


「それで、お食事のお誘いですか?」


「まぁ、そんな感じ。逢わせたい人がいるとも書いてあるけど」


「……そうなんですねぇ。女性でしょうか」


 ミラさんの声に冷気が混ざる。


「いやいや……そういう系じゃないと思うよ。前にミラさんといるところを見てるし」


 寂しい後輩に恋人候補を紹介……なんて話ではないだろう。


「ふふふ……誤解が本当になるのはいつなのでしょう」


 ぽふっ、とミラさんが僕の両肩に優しく手を乗せた。


「日にちが決まったら教えて下さいね。その日のお夕食は一人分にしなければなので」


「うん……ミラさんも来るかい?」


「ありがとうございます。でもやめておきます」


 ミラさんは、自分が吸血鬼であることを気にしている。吸血鬼の自分が冒険者レメと一緒に歩くことを。

 普段は変装したりするのだが、エアリアルさんには見抜かれた。

 他に冒険者がいたら……と思っているのだろう。


「……僕は気にしないよ。大会でもベリトと組んで出場したんだし」


「恋人として紹介して下さるならご一緒します」


「あー……」


「冗談ですよ。わたしの方の事情です」


「そうなんだ……?」


「はい」


 なんて会話があったりして、当日。


 待ち合わせの酒場にいったらエアリアルさんだけでなく、ヘルさんパーティーや、第五位パーティー、そして美少年がいたのだ。

 で、現在。


「大会観たよ。面白かった。魔王城四天王まで倒すなんてね、最高だ」


「ありがとう……ございます。えぇと、レイスさん?」


 ぴくりと、少年の眉が揺れ動いた。

 深海のような暗い青の毛髪と瞳。幼さの残るというか、実際十歳の顔と身体つき。ただ平均よりはずっと恵まれているのかな。


 あと、対峙しただけで分かる魔力器官の凄まじい性能。

 普通は隠したりするものだけど、彼にはそのつもりがないようだ。


「……へぇ、良いね、、、。凄く良い。俺みたいなガキにも敬意を払うんだ?」


「冒険者なら、同業者でしょう? 普通の子供であることを辞めて此処にいるんだから、当たり前ですよ」


 仕事に年齢は関係ない。

 冒険者として此処にいるなら、そのように扱わねば失礼というもの。


「ますます気に入っちゃった」


「はぁ……それで、さっきの話ですけど」


「あんた……いや、あなたは今無所属なんでしょ?」


「そうですね」


「俺のパーティーに入りなよ。知ってるかな、俺、【湖の勇者】なんだ。レメさんは強い。だから資格がある。俺と一緒に最強にならないか?」



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