第106話◇四大精霊持ち三人が求めた黒魔導士は、魔王軍参謀です

 



 最強。シンプルで、あまりに遠く、それでいてどうしようもなく心惹かれる称号。


 子供じみた憧れだと馬鹿にする人もいるが、何年経っても真剣に高みを目指す人を、僕は格好いいと思う。別に、目指す先が『最強』でなくとも。


 目の前の少年は、共にそれを目指そうと言っている。


 正直、その気持ちはとても嬉しかった。

 僕は一度再就職に失敗している。それはもうズタボロに。


 ミラさんの誘いがあって魔王軍に入ることが出来たけれど、冒険者としての再起に失敗したという事実は心の奥に重石みたいに残っていた。


 エアリアルさんもそうだが、四位パーティーから追い出された【黒魔導士】にも関わらず、僕を評価して迎え入れようとしてくれることがとてもありがたかった。


 ただエアリアルさんの時と同じく、その誘いを受けるわけにはいかない。いや、同じではないかな。あの人は既に一位で、そこに入るのは違うみたいな断り方をしたのだし。


「僕は……」


「いや、答えるのは今じゃなくていいよ」


 レイスさんは僕の言葉を遮るように、そう言った。


「第一、俺の方に信用がないだろうし。さすがにそこまで馬鹿じゃないから。今日は挨拶と、俺の気持ちを知ってもらえればそれでいいんだ」


 賢い子だな、と思う。

 四大精霊と契約したことで気が大きくなっている……というわけでもないようだ。

 自分に力があると知りながら、それで全て思い通りになるとは思っていない。


「そう、なんですね」


「後さ、敬語要らないよ。レメさんは仲間になるんだし」


 ……自信家だなぁ。

 返事はまだいいと言いつつ、成功することを確信している。

 でもまぁ、こういうことを素で言える心の強さは、結構大事だ。


「えぇと、うん。仲間になるかはともかく、君がそう言うなら」


「うん。あぁ、あとこいつはフラン。【役職ジョブ】は【破壊者】」


 ぺこりと頭を下げたのは、彼と同年代くらいの少女。

 色の抜けたような白い髪と、赤い目。肌も白く、人形と言われた方がしっくりくるような美しさだ。

 マントで首から下が隠されていて、見えるのは足首からしたくらいだ。


 ――【破壊者】か……すごく珍しいな。


 戦時中、一部の亜人に発現者が多かったという【役職ジョブ】だ。

 速くて武器の扱いも上達しそう……なら【戦士】という風に決まるのが【役職ジョブ】だとしたら、【破壊者】は少し特殊。


 技術的に何々が得意ということはないが、とにかく強い。

 剣術を修めず、デタラメに剣を振るうが――強い。

 身のこなしが雑で、思うままに動くが――強い。

 と、たとえばそんな感じ。


 戦闘に特化した、分類不能の才能を持った人間に発現する【役職ジョブ】……と言われている。


「よろしくお願いします、レメと言います」


「……レイスと同じように、敬語、要らない……です」


 声が小さいが、聞こえないほどではない。


「うん、じゃあそうするよ」


「あれ、驚かないんだ? 【破壊者】見るの初めてじゃないの?」


「初めてだけど、【役職ジョブ】は【役職ジョブ】でしかないから」


「……へぇ、さすが【黒魔導士】で勇者を目指す人は違うね。俺も同感だよ。【勇者】でも雑魚はいるし、【黒魔導士】でも強い人はいる。大事なのは何を持ってるかじゃなくて、何を成した人か。その点、俺はまだ足りないよね」


 ニコニコとしている。上機嫌のようだ。


「俺が結果を出したら、きっとレメさんは仲間になりたくなるよ」


「表には出ないけど、僕は今働いているところがあるから」


「うんうん、生きてくには仕事しないとだしね。でも仕事なんだから辞めればいい。で、俺んとこに再就職しなよ。あっ、安心して? 俺は仲間を見捨てない。絶対に、何があってもね」


 ……。


「ありがとう。でも……前のパーティーは自分で抜けるって決めたんだ」


「何も言われずに、自分から抜けたの?」


「…………」


「世間の噂なんて信じないけどさ、なんだっけ【戦士】の……」


 レイスさん……いやレイスくんか、彼がフランちゃんを見る。

 彼女が答える。


「アルバ」


「そうそれ。その人が言ってたじゃん、追い出したって。なんかどっかから急に言わなくなったけど、あの人が切り出したのは本当なんでしょ?」


「……そう、だね」


「俺がリーダーなら、そんな議題は却下だ。まぁ前パーティーに関しては、レメさんの実力がよく分からなかったってのはあるけどね。仲間なら、見抜かないと。リーダーなら、まとめないとだよ。世間がどうとか、見栄えがどうとか、俺は気にしない。一度仲間になったら、最後まで仲間だ」


 彼は僕の事情や、それを汲んでくれたフェニクスの気持ちを知らない。

 だからその評価は間違っていないし、彼の姿勢は素晴らしいものだ。


 そんなに甘くないよ、なんて理屈を並び立てることは出来るが、しようとは思わない。

 レイスくんは分かっていて発言しているだろうから。


 彼の言葉はスラスラと出てくるが、だからといって軽く響くわけではなかった。

 言葉の節々に、強い感情が乗っている。


 ――冒険者に対して、業界に対して、何か思うところがあるのかな。


 そういえば、彼にはどことなく見覚えがある。

 彼自身ではないが……どこかで、似た誰かを見て……観て、、いたような。


「……僕とフェニクスは、今でも友達だ」


 結局、そう言うに留める。


「優しいね、レメさん。でも優しい人は、損する人だ。みんながみんな優しい人ならいいけど、違うし」


 ……本当に十歳? と思うが、いやでも【役職ジョブ】が判明した後なら、こういう考えくらいは出来るようにもなるか。


 僕も【黒魔導士】って判明した後、気持ちに大きな変化があったし。


 子供が子供でいられなくなる、最初の大きな現実が、【役職ジョブ】判明の儀式だ。

 彼の場合、それだけではなさそうだけど。


「親友フェニクスはそのままでも、【勇者】フェニクスはあなたをパーティーから外した。俺はそんなことしないよって、話」


 ……あぁ、そうか。

 僕が次のパーティーに入ることに尻込みしていると思ったのか。


 四大精霊契約者とパーティーを組んで、ランクを駆け上がり、そして捨てられる。

 その道をまた辿ることはないよと、安心させようとしてくれているわけだ。


「そっか。ありがとう。話は、分かったよ」


「他に聞きたいこととかある? あ、お金は山分けね」


「あはは、大事なところだよね。でも大丈夫」


「ふぅん。まぁ、のちのちでいっか。あとさレメさん――」


「来たばかりのレメを、いきなり独占するでない」


 ぽこっと、レイスくんの頭が叩かれる。


「いったいなぁ、なにすんだよエアおじ」


 エアリアルさんだ。

 そういえば、彼の言ってたおじさんって彼のことか。


 というか……エアおじ……?



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