第107話◇怪物の集まり(前)

 



 僕が呼ばれたのは、冒険者御用達の酒場だ。


 実際に行ってみると貸し切りとのことで、僕以外にはレイド攻略の参加者しかいなかった。

 全員集合というわけではないみたいで、この場にいない人も何人かいる。


 【勇者】は揃っていて、さてエアリアルさんに挨拶しようと思ったところでヘルさんに捕まったというわけだ。

 そして今、そのエアリアルさんがレイスくんの後ろに立っている。


「いや、すまないねレメ」


「いえ……大丈夫です」


「そうだよ。普通に話してただけだって」


「お前のことだから、逢っていきなり勧誘したのではないのか?」


「ぐっ……したけど?」


「そんなことされれば、誰でも困惑するというものだろう」


「だから、返事は今度でいいって言ったし」


 見ていると、二人は気心の知れた者同士という感じだ。

 昨日今日ではなく、前から知り合いだったみたいな……。


「お二人は、以前から面識があったんですか……?」


「おや、鋭いね」


「おじさんが俺に馴れ馴れしいからでしょ」


 ぽこっ。


「叩くな!」


 レイスくんはそう言うが、避けようと思えば出来る筈。しないということは、コミュニケーションの一環として受け入れている、のか。


「友人の息子でね。その縁でこの子が小さい頃から何度も逢っているんだ」


「友人じゃない。敵だろ敵」


「私は友だと思っているよ」


「そりゃあんたが勝者だからだ」


 一瞬、エアリアルさんは悲しげな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻る。


「……彼は――。いや、今はよそう」


「ふんっ。まぁ、そうだね」


 つまらなそうな顔をしながらも、納得した様子のレイスくん。


 ――彼のお父さんは、冒険者だったんだろうな。


 敵というと魔物を連想しがちだが、レイスくんは人間ノーマルだ。

 僕のように人間の魔物という線もないではないが、そんな例外を考慮するよりも冒険者と考えた方が自然だろう。


 それに、冒険者ならばレイスくんに感じた既視感というか、面影のようなものにも納得。

 彼のお父さんの攻略を、僕は観ているのだ。まだ、誰か思い出せないけど。


「父親が誰とか、誰の知り合いとかもどうでもいいことだ」


 彼はそんな風に言うが、本心とは思えなかった。

 お父さんの話題になった途端、感情的になっていたし。


「またお前はそんなことを言って……。まぁいい。それで、レメ」


「はい」


「紹介したい者というのは、この子でね。もう聞いたと思うが、君を仲間にしたいと言って聞かなかったものだから」


「俺をわがままな子供みたいに言わないでよ」


「わがままな子供だぞ、お前は」


「……いつまでも一位にいられると思うなよ、おじさん」


「私はいつでも、脅威を待ち望んでいるよ。互いに高め合うライバルの出現は、素晴らしいことだ」


「その余裕ぶったところが、嫌いなんだ」


「そうかそうか、お前は可愛い弟子だよ」


 ――弟子……!?


「弟子じゃない」


「ふむ、お前が頼み込むものだから、訓練をつけてやったじゃないか」


「訓練じゃない……! あれは勝負だ……!」


「はっはっは、ならば私の全勝だな」


「……最後に勝つのは、俺だ」


「それは楽しみだな」


 聞けば、【役職ジョブ】判明前から、時々エアリアルさんが稽古を付けていたのだという。

 彼も多忙なので一般的な師弟関係とは違うが、その友人宅を訪ねた時は必ず相手をしていたのだという。


 全冒険者が羨む環境だ。

 ただ、それだけに恐ろしくもある。


 エアリアルさんは元々、有望な冒険者の育成にも力を入れている。

 タイミングが合った時などは、フェニクスにも稽古をつけてくれた。


 友人の子供だからという理由だけで、彼が『稽古』を付けるだろうか。付けたとして、それは子供の為にうんっと優しくしたものになるだろう。

 けど、エアリアルが冗談っぽくではあるものの、弟子とまで言うなら。


 【役職ジョブ】判明前の幼い頃から、剣なり魔法なりの稽古を付けてもらったなら。

 レイスくんの才覚は、それほどまでに――。


「……喧しいガキだ。黙らせて下さいよ、エアリアルさん」


 と、立ち上がったのはグラスを持った男性。

 金髪に黄色い瞳。目つきは鋭く、表情は無い。

 【迅雷の勇者】スカハさんだ。


「ごめんね、四位センパイ。あ、間違えた……五位センパイ。【炎の勇者】パーティーに抜かれて順位下がったんだったね」


 ……レイスくん。

 確かに、同業者をガキ呼ばわりはよくないけども……。


「……世間を知らねぇガキが、よく吠える」


「世間を知ったら強くなれるの?」


「四大精霊に気に入られてご機嫌なんだろうが、あんまり冒険者を舐めるな」


「あー、なんか勘違いしてるね。こいつは観客なんだよ。俺は精霊術なんて使うつもりはない。俺が勝つとこ見たい奴はついて来いって言ったら、来ただけ。だからね、元四位センパイ。俺は元々こうなんだ」


 ――精霊術を、使うつもりがない?


 ……確かに四大精霊は中々契約者を選ばないし、選んだとしても理由が独特だ。


 火精霊も、当時勇者に興味なかったフェニクスと契約したわけだし。


 自分の力を借りるつもりがない【勇者】に、興味を示してもおかしくない。


 一瞬、空間が揺れたと思った。違う、スカハさんの魔力が漏れ出しただけだ。

 だが彼も大人、すぐに収める。


「エアリアルさん、このガキ本当に入れるつもりですか? これじゃあ勝てるものも勝てない」


「うぅむ、君の懸念は尤もだスカハ。だが実際に戦うところを見れば、納得出来ると思う」


「それほどですか、これが」


「私が保証しよう」


「……分かりました」


 この場に、四人の【勇者】がいる。

 レイスくん以外は、全員が画面越しに観たことのある人達。

 そのレイスくんは、第一位が攻略に役立つと保証する強さの持ち主。


 魔王軍参謀ということを考えると、僕は今敵地にいる。

 頭の中で、仲間とどう勝とうか考える自分がいた。



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