第270話◇エアリアルパーティーVSエクスパーティー5/守り抜く

 



 ユアンがリューイに加勢出来なかった理由は単純。

 ガラハに阻まれたからだ。


 防がれたのではなく、阻まれた。


「く、ぅっ……!」


 最初の風刃以降、ユアンは魔法一つ使えていない。

 今は必死に、ガラハの攻撃を聖剣で凌いでいる。


 ガラハは試合開始直後、仲間の状況を把握。

 己が相手すべき敵をユアンに設定。


 迷わずユアンに向かって疾走した。

 無謀ともとれる急接近はしかし、結果的に成功。


 その裏には無数の思考と駆け引きがあった。


 マーリンとミシェル双方から放たれる莫大な魔力、俺とエアリアルの魔力生成、マサムネとアーサーの対戦カードが成立せずモルドが割り込んだこと、それによって急遽ピンチとなったリューイ。


 それだけのことが起これば、誰であっても意識がそちらに向いてしまう。

 一瞬未満の時間であっても確実に。


 いまだ経験の浅いユアンは、他の者よりも意識の切り替えまでに時間が掛かることだろう。

 それが一秒未満だとしても、意識の隙には違いない。


 ガラハはその時間を使ってユアンとの距離を詰め、彼がリューイに風刃を放った直後には肉薄していた。


 装備の重さで速度を犠牲にしがちなタンクとは思えぬ、積極的な高速攻撃。

 それからのユアンは、防戦一方。


「よく反応しているね」


 剣を振るおうとすれば盾で弾かれ、距離を取ろうとすれば槍が身を掠め、接近を試みれば剣を振るわれる。

 ユアンの動揺は計り知れない。


「こん、なの……ッ!」


 ガラハの武装は二つ。


 極めて高い防御力を誇る、白銀の盾。


 もう一つは、使用者の意を汲んで様々な武器へと変化する――変形の魔法剣。


 ガラハは世界五指の剣士にこそ含まれていないが、ありとあらゆる武具の扱いに長けている。


 そこに、この盾と剣だ。

 接近戦で彼の行動を読み切るのは至難の技。


 長剣使い、短剣使い、弓使い、斧使い、槍使い、果ては棍棒などの打撃武器から暗器まで。

 一瞬ごとに、自分の対応や間合いに応じて敵のメイン武器と戦法が変わるのだ。


 その厄介さは想像するまでもない。

 だが、それさえも彼の能力の一つでしかないのだ。


 ユアンの中で、魔力が高まる。

 魔法発動の前兆。


「――ッ!?」


 だが、それは失敗に終わる。

 正確には、やり直し、、、、になったのだ。


 魔法式を構築し、そこに魔力を流す瞬間を狙って、ガラハによる攻撃が起こったからだ。

 魔法式とは詳細なイメージ図。それを、魔力を流して現実とする。


 魔法式と魔力を繋げるのは、術者の意識だ。

 発動の直前、その接続段階で攻撃を受ければ、集中が途切れてしまう。


 だが魔法職ならばそんなことは百も承知。

 【魔法使い】が中衛から後衛に配置されるのは、仲間が守ることで魔法発動の邪魔をさせないため。


 【勇者】は自身の戦闘能力で、交戦中であっても魔法発動のタイミングを見出す。


 だがガラハは卓越した観察能力で、そのタイミングを察知可能。

 更には突出した戦闘能力で、そこを突くことが可能。


 敵の攻撃から仲間を守るのはもちろんのこと、彼にはもう一つ、特異な守り方がある。


 彼は世界で唯一、敵にそもそも攻撃させないという、超攻撃的な守りを得意とするタンクなのだ。


 彼こそは、脅威を未然に防ぐことで、仲間を守護する者。


「なんで、こんな……ッ!」


「経験だよ」


 ユアンの魔法発動が阻止されるのは、これで七度目だった。

 今現在、彼の強さを支えるのは魔法の能力が大きい。


 剣技や身体能力でガラハの相手を長時間務めるのは困難だろう。

 たとえ精霊の魔力を借りようと、精霊術を構築するのは術者である【勇者】自身だ。


 今、ユアンにガラハに対抗する術は――いや。

 ガラハの斬撃がユアンの左腕を切り落としたその瞬間、彼の体を疾風が包んだ。


「――確かに、一瞬に二度攻撃はできない」


 うちの【守護者】が、どこか楽しげな声を漏らす。


 魔法の発動が乱されるのなら、それを見越して二つの魔法式を用意しておけばいい。

 一つ目が邪魔されたなら、直後に二つ目の魔法式に魔力を流す。


 ただ、接近戦でそれは自殺行為だ。

 戦いに集中しながら複数の魔法式を構築するのも至難であるし、発動が阻止されて乱れた意識を、再度集中させねば二つ目の魔法式は起動出来ない。


 戦いか魔法式か、どちらか選ばねばならないほどの覚悟が求められる。


 だがユアンは選んだのだ。

 自身の片腕を犠牲にしてでも、風の精霊術で自分の身を運ぶことを選んだ。


「だが――」


 ガラハの剣は既に弓と矢に変形しており、盾を離した彼はすぐにユアンに矢を放った。


 それを防いだのは、ユアンではなかった。

 ユアンには防げぬ軌道だった。


「頑張ったね、ユアン」


 【嵐の勇者】エアリアルの聖剣が、ガラハの矢を弾く。

 もう片方の腕には、ユアンが抱えられていた。


「すみません……! 僕は……っ!」


「いいんだ。私も数え切れない敗北と失敗を経験して、ここにいる。それらは無能の証明には決してならないんだよ」


「でも!」


「君は自力でガラハの『絶対攻防』から逃れ、私のところまで来た。自分の実力を受け止めた上で、パーティーに貢献する方法を探し続ける。君のそれは、立派な強さだ」


 ガラハは引き続き【狩人】顔負けの鋭い弓術を披露するが、その全てはエアリアルに届くことなく軌道が逸れる。


 うちの【守護者】が得意とする魔法阻止への対処として、事前に自分を守る風魔法を用意していたのだろう。

 悔しそうに表情を歪ませるユアンに、エアリアルは優しく語りかける。


「あと少し、力を貸してくれるかい?」


「……っ! はいっ……!」


「ガラハ! 避けろ!」


 俺は咄嗟に叫ぶが、その頃にはユアンとエアリアルが複合魔法で『嵐衝』を発動。


 嵐を凝縮したような、触れたもの全て斬り裂く風魔法。

 それを腕に纏って戦ったのが、レイド戦の第十層だ。


 片腕を失い魔力漏出の止まらないユアンは、退場する前に全ての魔力を使い切ろうとしている。

 そこに自分の魔力を加え、魔力制御を一手に引き受けたのがエアリアルだ。


 砲弾のごとく発射された嵐に、ガラハは拾った盾を構える。


 激突。


 まるで万の軍勢から剣で切りつけられているかのように、彼の盾から悲鳴が上がる。


 彼の体がみるみるうちに後退していく。


 嵐の通り過ぎたあとは、まるで巨人が踏み荒らしたかのように無残にえぐれている。


「く、ぅっ……!!」


「……防いでみせるか、これを」


「僕より後ろに、攻撃は届かせない!」


 やがて、敵陣に大きく食い込む形で進んでいたガラハの体が、フィールド中央からこちら側に押し戻されたあたりで、『嵐衝』は解けた。

 エアリアルの腕の中にいたユアンの体が、砕け散って魔力粒子と化す。


「参ったな……エクス、お前の仲間は本当に強いね」


 エアリアルが呟く。


 エアリアルパーティーの全員が、一位に相応しい才覚と能力を備えている。

 だがそれでも、俺はずっと思ってきた。


 自分の仲間は全員、一位に劣らない、すごい奴らなんだって。

 一位になれないのは自分の所為だと追い詰められるくらいに、仲間の強さには自信があった。


 そこだけは一度も疑ったことはない。不安になったことはない。

 一流同士の戦いでは、たった一つの判断で勝敗が逆になることも有り得るが、それでも。


 今、優勢なのは間違いなく俺たち。

 魔力が、体内を巡る。


「決めよう、エアリアル」


「あぁ、どちらが強いかだな、エクス」





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