第271話◇エアリアルパーティーVSエクスパーティー6/最も強い




 まずは、四つの決着に触れるべきだろう。


 【剣の錬金術師】リューイVS【騎士王】アーサーでは、アーサーが勝利しリューイが退場。


 【疾風の勇者】ユアンVS【守護者】ガラハでは、ガラハの攻撃でユアンは片腕を喪失。のちに致命的な魔力漏出で退場。


 残る二つについて――。


 【サムライ】マサムネVS【超越者】モルドは、相打ち。


 モルドは、マサムネが対象ごとに適切な『斬り方』を選んでいることを見抜き、斬撃が放たれたあとで自分の体を別の生物に変化させることで、彼の斬撃を不完全なものとすることに成功。


 だがこれに対し、マサムネはモルドの変化後に斬撃を再調整するという技を編み出した。

 互いに未知の攻撃を受けた両者は、高まり続ける戦意に魔力体アバターが追いつかず、ダメージの限界を迎えて魔力粒子と散った。


 【紅蓮の魔法使い】ミシェルVS【先見の魔法使い】マーリンでは、マーリンが勝利。


 恐るべきは、ミシェルの魔法だ。

 才覚では、明らかにマーリンが上。

 火属性に限定しても、技量でミシェルが大きく勝っているとは言い難い。


 それでも、豪炎の塊と火の鳥は、世界を赤に染めた後で相殺された。

 あの瞬間、『最強の火属性使い』の名を掛けた勝負の最中、ミシェルの魔法は進化したのだ。


 天底に匹敵する威力を叩き出した。


 だが、限界を越えた力の放出に、ミシェルは魔力が枯渇。

 余力を残していたマーリンを前に、更なる戦いを続ける余裕はなかった。


『火属性使いとしてどちらが上かは、またの機会に決めようか』


 マーリンは最後、楽しそうに言った。

 火力勝負は引き分け。


 勝敗を分けたのは、既にその力を我がものとしていたか、ギリギリの戦いの中で覚醒したかの違い。


 長らく世界最強に君臨しながら、このパーティーはまだ限界に達していない。

 それでも、今日、彼らを超えるのは――俺たちだ。


 こちらは俺を含め、【騎士王】アーサーと【先見の魔法使い】マーリン、そして【守護者】ガラハの四人が残っている。


 対して、あちらは【嵐の勇者】エアリアルのみ。


「『嵐纏』」


 エアリアルが、嵐を纏う。

 レイド戦で猛威を振るった、破壊の風渦巻く拳だ。


「ちょうどいい、ここであれを試す。ほら男ども、時間を稼ぎたまえ」


 マーリンが杖を振るい、魔力の生成に入る。


「了解。時間を稼ぎます」


 震える手で盾を構え、ガラハが走り出す。

 アーサーも既に駆け出していた。


「アーサー。賢い君が突っ込んでくるくらいだ、その鞘は本当に破格の能力を有しているのだろうね。たとえば、負傷を完全に否定するような」


「ならばどうします」


「どんな攻撃も通さない盾の話があるだろう? あれをどう攻略するなんて話は興味深いが、ズレていると思うんだよ。だってそうだろう、人は盾と戦うわけじゃない」


「えぇ、無敵の盾はそういうものと認識し、いかに使い手本人に攻撃を通すか。考えるべきはそこでしょうね」


「そうだ。見るに、聖剣を鞘に収めている間、君を傷つけることは出来ないんだろう。構わないよ、理解した。訊くが、それで君は無敵か?」


 眼前に迫るアーサーを、エアリアルは殴りつけた。

 魔法の鞘は効力を発揮し、衝撃を含めてあらゆるダメージから所有者を守る。


 その筈だった。


「過信……いや、先の戦いのため、エクスに力を温存させたかったのかな? だから、今の君はいつもより少しだけ、性急だった」


 魔法の鞘が守るのは、所有者のみ。

 纏う衣装も装備も、守ってはくれない。


 それはリューイの槍が服だけを貫いたことからも明らか。


 だが、だからといって――魔法具そのものを精霊術で破壊しようと試みるとは。


 凝縮された嵐の刃が暴威を振るう。


「魔法具を、破壊するおつもりか!?」


「そうする他ないなら、そうしよう」


 魔法具は、今は滅びた古の種族のみが創り出せたという、特殊なアイテムだ。


 この時代になっても冒険者たちが戦闘で使っているように、時代を経ても劣化しない。


 乱暴に扱っても壊れることがなく、人の手では破壊できないとさえ言われている。


 あぁ、だがそうか。


 【勇者俺たち】は、人より上の存在の力に手が届く。


 エアリアルは特に、この世全ての風を統べる精霊の契約者だ。

 彼の研ぎ澄まされた精霊術ならば、壊せるというのか。


 鞘に罅が入り、砕け散る。

 それを悟ったアーサーは聖剣を抜き放ち、自分に致死のダメージが及ぶ前にエアリアルを斬ろうと動くが――。


「君の剣技を味わうのは、次の機会に」


 無数の風刃によって一気に切り裂かれた【騎士王】は、そのまま魔力の粒子と消えてしまった。


「……さすがに、かなりの魔力を使ってしまったな。さて、次はマーリンかな」


「行かせません」


「君は素晴らしい【守護者】だが……二度も私の全力を防ぐことは出来ないよ」


 エアリアルが拳を振るい、ガラハはそれを盾で防――げなかった。

 一度目を防げただけで奇跡。


 盾は二度目の攻撃に耐えられず、砕け散る。


「言ったでしょう! 僕の後ろに――」


「攻撃は届かせない、だったね。――実に見事だ、【守護者】ガラハ」


 ガラハは変化の魔法剣を鎧に変化させ、真正面から『嵐纏』を受け止めようとしたのだ。

 そのため、エアリアルは再び、魔法具を壊せるだけの魔力を注ぐ必要に迫られた。


 拳に凝縮された嵐が鎧ごとガラハを粉微塵に切り裂いたのと、マーリンの魔法完成は同時。


「よくぞ私のために時間を稼いだね。あとで褒めてやらないと」


「……マーリン、それはなんだい?」


 世界最強が見ても、それが何かは分からなかった。

 俺でさえ、事前に聞いていなければ理解が及ばなかっただろう。


 白い、球体だ。


 光っているように感じられる。

 また、波打っているようにも。

 雷電を纏っているようにも、火炎が唸っているようにも見えた。


「複合魔法さ。四大属性全ての天底を調和させたら、どういうわけかこうなった」


 各属性において、頂点はいる。


 風属性――【嵐の勇者】エアリアル。

 火属性――【炎の勇者】フェニクス。

 水属性――【湖の勇者】レイス。

 土属性――【泥の勇者】は空位。現状では【大地の勇者】ヴェーレ、あるいは今大会で圧倒的な能力を見せつけた【正義の天秤】アストレアが頂点にあたるか。

 同一の属性において、本霊と契約した【勇者】に匹敵する使い手は存在しないと言えるだろう。


 だが、マーリンだけは違う。

 彼女は四大精霊の本霊と契約した者にも劣らぬ魔法を使いこなす。


 それも、四属性分。

 それを、一纏めにしたのがこの魔法だ。

 これだけは、世界でただ一人、マーリンだけの魔法。


「名を――『エレメンタル』と言う」


 それは、小さな世界に等しい。攻撃に特化した世界。

 触れた者は嵐に見舞われ、炎に包まれ、水に溺れ、土に沈められ、凍てつき、雷槌に打たれ、爆発し、その全てによって存在を否定される。


「魔王用にとっておいたのだが、お前に試すのもいいだろうと思ってね」


「光栄だよマーリン」


 『エレメンタル』が流星のように落下し、エアリアルを呑み込む。


 視界が白に染め上げられる。

 聞いたこともない音が会場に鳴り響き、フィールドの半分が消し飛んだ。


 あとに残ったのは、むき出しの魔力空間。

 フィールドの半分には暗い穴が開き、そこには無限の闇が広がっている。


 ちょうど、フェニクスとレメゲトンの一騎打ちあとにカメラが捉えた映像が、こんな感じだった。

 ダンジョンの魔力で形成された地形が消滅したことで、魔力しかない空間が露わになった状態だ。


 部分的とはいえ、その規模の破壊を引き起こす天底級の極地。

 さすがのマーリンも、極度の集中と魔力消費からか、額に汗を掻いている。


「さて、これで生きていたら人間ではないが……」


「――傷つくことを言うね」


 エアリアルが、いた。

 マーリンの背後に、彼が立っている。


 いや、存在しているというべきか。

 彼の姿は、まるで風が意思を得たかのような幻想的なものへと変じていた。


 ――深奥……『同化』か!


 マーリンの言葉は正しい。

 あれを受けて生きていたら人間ではない。


 だがエアリアルは今、人間であると同時に風でもある状態。

 風は殺せない。


 あの瞬間、エアリアルは確かに吹き飛んだ。

 しかし精霊術によって生きた風となった彼は自身の力で吹き荒び、マーリンの背後に降り立ったのだ。


 マーリンが振り返りざまに杖を振るおうとするが、遅かった。

 彼女の体は既に、暴風に切り裂かれてバラバラに分かたれ、魔力粒子と化していた。


「予定が狂ってしまった……そして、それはお前もだろう?」


 エアリアルが笑う。

 俺の自慢の仲間たちを圧倒的な力で刻んだ男が、獰猛に笑う。


 エアリアルは既に、精霊の魔力に手を出している。

 こうなっては最早、互いに力を温存したまま……とはいかない。


 このエアリアルに勝つためには、こちらも精霊の魔力を使う他ないからだ。


「覚えているかい、エクス。私がいかにして彼らに負けたのか」


 それが誰のことを言っているのかは、訊かずとも分かった。


 【隻角の闇魔導師】レメゲトンと【不死しなずの悪魔】ベヌウ。

 もっと言えば、『難攻不落の魔王城』の魔物たちの力の結集。


 それによって、世界最高峰の勇者パーティー連合は、レイド戦にて敗北を喫した。


 エアリアル個人に限って言うなら、そう。

 空間に黒魔法を展開するという超常の魔力と技量によって『嵐纏』の操作を狂わされ、彼は片腕を捨てざるを得ず、それによって敗北した。


「私は――俺は考えたよ。どうすれば勝てるかと。そして思い至った。黒魔法の基本だ。魔法に黒魔法、、、、、、は掛けられない、、、、、、、。俺自身が風となれば、最高峰の黒魔法も意味はないとね」


 フェニクスが最近会得し、レイスは未だ完全修得には至っていない『同化』も、エアリアルからすれば既に極めた技術。


 前回は『天空の箱庭』と『嵐纏』を選んだが、今回は――。

 彼の右腕が、嵐となって渦巻く。


「『嵐纏一極』」


 『同化』と『嵐纏』の組み合わせ。

 確かにこれならば、黒魔法以外の方法も含めて、彼の精霊術を乱すことは出来ない。


「ふっ……はははっ、あははは!」


 気づけば、俺は笑っていた。


「……エクス?」


「いや、済まない。どうにも、おかしくて。奇遇だなエアリアル。俺もなんだ。ある勇者、、、、に負けた経験から、俺も同じ結論に至ったんだよ」


 負けた相手まで、俺たちは同じだ。

 魔王軍参謀レメゲトン。我が友レメ。最良の黒魔導士。勇者を救う勇者。


 彼と再び戦う機会が訪れた時、いかにして勝つか。

 考え抜いた果てに編み出したのが、これだった。


 どろりと、俺の体が闇に染まる。

 影が立体を得たような姿になる。

 俺は人でありながら、影を統べる影そのものでもある。


「君に倣って、『暗影一極』としようかな」


 試合開始からずっと練っていた魔力と、精霊の魔力を注ぐ。


 俺の右腕に纏わりついた影の装甲は、心なしレメゲトンの鎧角がいかくに似ていた。

 それを見たエアリアルは、子供のように笑った。


「……ふっ、世界一位と二位が、同じ戦法に辿り着いたわけか。ははっ。――だが、強さとはそういうものかもしれないね。頂きを目指す者同士、道が重なることがあっても不思議ではない」


「あぁ、そうかもしれない」


 まして、負けた相手も同じとあっては、講じた対策が同じになってもおかしくない。


 影の精霊術、その深奥『一握の万軍』を用いた『巨兵装甲』は、レメの鎧角による一極集中を前に破れた。


 彼に対し、自分の体を大きく広げるべきではなかった。

 彼を前に、生身で戦うべきではなかった。


 大きさは、変えなくていい。存在を組み換え、彼の強みを活かせなくする。

 攻撃力を一点に集中させ、最大火力を以って叩き潰す。


 本霊の力を惜しみなく使い、極めて精緻な魔力操作の果てに実現させるのは、シンプルな答え。

 全力で、殴る。


 俺たちは、レメを倒すための技で、互いを倒そうとしている。


「影を刻んだことはないな」


「風を殴ったこともないよ」


 瞬間、俺達は大地を蹴って互いに急接近。

 迷いなく、駆け引きも必要とせず、互いの拳をぶつけ合う。


 一度目、互いの体を駆け巡ってなお殺しきれぬ衝撃はフィールドに流れ込み、大地を割る。


 二度目、俺の胴体に風穴が空き、やつの頭が潰れる。

 互いに即再生。


 三度目、やつが右拳を突き上げるように放ち、それを受けた俺の頭が吹き飛ぶ。


 頭部を再生した頃には天井の照明が全て砕け散り、意識を失う直前に放っていた拳によってやつの体が壁面にめり込んでいた。


 再生まで含めて事前に魔法式を組み魔力を流すことで、意識の断絶からの復活後も精霊術を維持することが可能。


 四度目、突風と化したエアリアルの突進を真正面から受け止め、地面が大きく陥没。


 五度目、同時に頭突きを放ち、目が合う。


 どちらも、バカみたいに笑っている。


「楽しいなぁ! エクス! 楽しくてならないなぁ!」


 ――あぁ、そういうふうに冒険を楽しめるお前が、ずっと羨ましかった。


 最強の座を得て十年。レイド戦を迎えるまで、どこか退屈を覚えていたようで、悔しかった。

 俺の仲間は強いのに、俺が不甲斐ない所為で、一位の座を脅かすことも出来ない。


 一位と二位、たった一つの順位の違いが、世界の断絶にも思えた。


 ――俺は弱い。

 ――心が、弱い。


 今でもそう思う。

 だがその度に、心の中で彼の言葉が響く。


 ――『誰だって心が弱ることはあります……! 自力では立ち上がれないことだって! だから助けに来たんだ……! 貴方がその強い心で今までどれだけの人を元気づけたと思う! どれだけの心を救ったと思う! そんな人が、たまに救われるくらいなんだっていうんだ……!』


 俺の弱さは、でも、絶望的な欠点ではないのだと、ある勇者が教えてくれたから。


 抱えたまま走り続けるしかないのだと、覚悟を決めることができた。


 地獄の中を走っているような十年だったよ。

 これからもそうなのかもしれない。

 あぁ、でも、そうだな。


「あぁ、そうだなエアリアル! 楽しいなぁ!」


 苦しいと楽しいは矛盾しない。怖さを感じながらも挑戦することは出来る。


 分かってる。分かっているよ。忘れてなんかいない。

 誰だって最初は、一番になりたくて頑張るんだ。

 そんな簡単に、諦められないよ。


 六度目、再び互いの右拳が激突し、衝撃でどちらもぐらつく。


 会場にはヒビが入り、この空間と観客のいる空間の接続が絶たれようとしていた。


 互いに見えるだけで、空間は地続きではない。

 全力を出してもお客さんたちを巻き込まなくて済むのは、本当に助かる。


 あぁ、でも、これ以上壊れたらみんなに戦いを見せることが出来ないのか。

 ごめんみんな、だけどもう少しだけ。


 自分のために戦わせてくれ!


精霊よアポリュオンッッッ!!!」


 もう一段回深く、精霊の力を引き出す。


 俺の精霊が現れた。

 黒い毛玉みたいなやつだが、目と口はちゃんとある。


『わたしは見ていたよ。

 君は証明した。何度人生を繰り返しても、同じ選択をすると。

 それが叫びだしたくなるほど苦しくても、震えるほど怖くても、逃げ出しくなるほど辛くても。

 君は迷わない。

 己の命よりも友の命を救けんと願い、仲間と共に一位を目指すんだ。

 漆黒の勇者。わたしの愛しき、最も尊き者よ。

 一位なんてものがあるのなら、それは君にこそ相応しい。

 今日ここで、君こそが一番になりなさい』


 黒い靄のようなものが腕に纏わりつく。


 七度目、エアリアルの拳だけが弾かれ、彼の胴ががら空きとなった。


 拳を叩き込む。

 やつの体を突き抜けた拳から靄が広がり、やつの体に纏わりつこうとする。


「……! 影に触れれば、対象に干渉できる、か。今の私は、風であると同時に人でもある! こんな姿になっても、君の精霊術の対象というわけだ!」


 先程までの力ではそんなこと出来なかった。


 今この瞬間、俺の権能はアポリュオンとほぼ同等の域まで引き上げられている。


 この世全ての影の源。


 形あるものが、永劫逃れることが出来ない対の相棒。

 通常であれば、形あるものに影が追従する。


 しかしアポリュオンは、その逆を可能とする。

 影が形を変えた時、本体の形を同じように歪めるという、関係性の逆転を可能とする。


精霊よシルフィードッッッ!!!」 


 エアリアルもまた、己の存在を限りなく風に近づけることで、人のしがらみから逃れようとしていた。


「勝つのは俺たちだ……ッ! 今日ここで、証明する! 証明してやる! 俺たちのやってきたことは無駄なんかじゃなかったのだと、今日! この場所で!」


「全ての命がそうさ、エクス! 無駄などではない! それでも、競えば勝者と敗者は生まれるものだ!」


「ならば俺は勝者になりたい! 他の誰でもない、俺自身がそれを求めているからだ!」


「俺も同じだ! だからこそ、勝利には価値がある!」


「いい加減、一位それを寄越せ!」


「奪ってみろエクス! 倒してみろ、この私を!」


 八、九、十度目と続き、俺達の体が崩れ始める。

 一撃ごとに互いを構成する膨大な魔力が消し飛び、干渉できないほどに散っていく。


「俺の仲間を! いつまでも二位には置かせない! みんなすごい奴らなんだ! お前の仲間にも負けない! 負けてない!」


「ならば君が勝て、エクス! 残っているのは俺とお前、二人だけなのだから! 俺はそれを、全力を以って阻止する、何故ならば、俺こそが――」


「俺は、一位になりたい! そうだ! なってやる! エアリアル! お前を倒して、俺はなるんだ。俺こそが――」


「最強の勇者なのだから!!!!」


 十一度目。


 拳が激突し、そして――俺の体だけが、崩れていく。


「まだだ――ッ!」


 もう一歩、踏み込む。

 足が消えた。


 でも、跳躍は既に済んでいる。

 もう、体のほとんどが残っていない。右腕と、胴と、頭くらいか。


 力を出し尽くしたやつの体目掛けて、最後の一撃を――。



 ◇


 気づけば、繭が開いていた。

 聞き慣れた機械音が、魔力体アバターから生身の肉体へと精神が戻ったことを告げる。


 ――退場、したのか。


 俺はすぐさま繭から出る。

 仲間たちの姿があった。


「どうなった!」


 最後の一撃は、届いたのか。

 リンクルームにはフィールドの様子を映すモニターがある。


 そこには、破壊し尽くされた会場の中で、一人佇むエアリアルの姿があった。


「……間に合わなかったのか」


「馬鹿め、よく見ろ」


 マーリンが、杖で俺の腰を叩く。

 落としかけた視線をモニターに映し、俺は瞠目する。


 エアリアルが膝を付き、そして――彼の体が掻き消えた。


『こ、これは……ッ。……え、えー、お、思わず言葉を忘れる大激戦の果て……これは……ルール上は、え、エアリアルパーティーの勝利となります!』


『数秒ッ……、たった数秒、魔力体アバターが耐えられたかどうか! その差で勝敗が分かれました! エアリアルパーティーの勝利ですが、両パーティーに上下を付けるのは非常に難しいでしょう!』


『世界最強、不動の一位、世間にはエアリアルパーティーを超える勇者パーティーは現れないと考えるファンのかたも多いでしょう。ですが今日! エクスパーティーは証明、、しました! 彼らの強さは一位に匹敵するのだと!』


「ふむ。甘めに採点して引き分けか……万年二位よりは、少しマシになったな」


 マーリンが再度杖で俺を叩く。

 それは、先程より優しい痛みだった。


「だーくそ! スッキリしねぇ! 次は完全勝利だかんな!」


 モルドがガシガシと頭を掻きながら叫んでいる。


「……仲間を最後まで守りきれる強さを身に着けねばなりませんね」


 ガラハは静かに闘志を燃やしている。


 隣に、アーサーが立っている。


「エアリアル氏の言う通りだ。私は決着を急いでしまった」


「いいんだよ。勝つためにしたことだろう?」


「幾つになっても、自分の未熟さを恥じるばかりだ」


「そう思う内は、強くなれる」


「そうだろうか」


「どうだろうな」


「……おい」


 互いに笑う。


「冗談だ。どこまで行けるかは分からない。でも、どこに行きたいかは分かってる。じゃあ、頑張るしかないじゃないか」


「ふっ、そうだな。うん、頑張ろう」


 アーサーが腕を立てた。

 彼の手の甲に、自分のそれをぶつける。


「次は勝つ」



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