第272話◇祭典進行

 



 僕たちとレイスくんは、宿の食堂に集まっていた。


 その宿の食堂には大型の映像板テレビが設置されており、今は全天祭典競技の特集が流れている。

 他の三人は最近、トレーニングに励んでいる。


『既に第三回戦までが終了した全天祭典競技第二段階ですが、振り返ってみていかがでしょう!』


 司会の人に話を振られたのは、これまで数々の実況を務めたミノタウロスの男性。


『そうですね、あまりに魅力が多くて語りきれないのですが、自分は幾つかの「新しさ」を感じることが出来るものだと思います』


『新しさ、ですか?』


『はい。まずは冒険者と冒険者の戦いですね。一部の都市で種族無用のタッグトーナメントなどがありましたが、ここまで大々的に行われたのは初でしょう』


 『初級・始まりのダンジョン』のある街で行われたものだろう。

 僕もニコラさんと共に――彼女は【蟲人】ベリトとして――出場した。


『確かにそうですね。第一段階では乱戦のハラハラ感が楽しめましたが、第二段階ではより明確にパーティー同士の戦いとなりました』


『既存のダンジョン攻略では勇者パーティーが正義、魔物が悪という設定のもと戦っていましたから、基本的に勇者パーティー同士が敵対することは有り得なかったわけです』


『レイド戦にて魔王軍に協力したエリーパーティーという例外もいるにはいますが、通常では考えられないことですよね。ですが冒険者ファンの間では長年盛んに議論されていたことでもありますよね? たとえば一位と二位が戦ったらどっちが勝つんだろう、と言ったような』


 ミノタウロスさんの瞳が輝いた。


『まさにそこです! 全ての参加者を「選手」として括ったことにより、既存の設定に囚われない様々な対戦カードが成立することになりました。一位と二位などは実際に激突し、その試合内容から一時は「ルーシーテレビ」への接続が困難になった程です』


『現役最強のパーティー対決ということもあり、世界中の注目が集まりました。実際の試合内容も凄まじかったですね。長年トップに君臨する十人の猛者たちが、今もなお成長を続けている姿に多くのファンが心を揺さぶられたことでしょう』


 その件ならば覚えている。

 組合とルーシー商会が早急に対処したのと、今は時間が経っているのでさすがに落ち着いたが、一時は全天祭典競技の試合映像を配信する特設サイト『ルーシーテレビ』にアクセスが集中し、繋がらなくなったのだ。


 今のところぶっちぎりの再生回数第一位。世間がどれだけ注目し、また観戦・視聴したことで熱狂したことか。


「二人のアレさ、レメさん倒す用だよね? どう倒す?」


 魔王城の第十層で当たるのか、また違う競技で当たるのかによっても変わるだろう。


 『同化』の深奥だけでも厄介だというのに、強力な精霊術も同時に展開するというのだから隙がない。


 攻撃力防御力共に、業界最高峰の技と言えるだろう。

 そんな技を対僕用に考えたというのだから、光栄でもあり、恐ろしくもある。


「考え中かな」


 レイスくんを見ると、目をぱちぱちと瞬かせている。

 それから、彼は笑った。


「やっぱいいね、レメさん。あれ見て、もう当たった時のこと考えてるんだ?」


「……うん、まぁ。でも、今は目の前の試合に集中しないとね」


 あの試合だけではない。

 僕らが生で観戦できるのは、同じ黒組の会場で行われる試合だけ。


 第二段階は白黒赤青の四組に分かれて行われている。

 世界四箇所で行われている様々な試合を観る度に、外に飛び出して体を動かしたくなるような、胸の内に抑えきれぬ熱が生じるような、そんな感覚に襲われる。


 大きな熱量を持って物事に取り組む人の姿は、見る者の心を震わせる。


『――魔物……いえ亜人というべきでしょうか、亜人対亜人の戦いもまた必見です。特に【魔王】同士の戦いというのは四大精霊契約者同士の戦いくらい目にする機会がありませんからね』


 うちの黒組でも実現した対戦カードだ。

 【万天眼の魔王】パイモンパーティー対【六本角の魔王】アスモデウスパーティー。


 勝ち進んだアスモデウスさんとその仲間のみなさんは、僕たちと戦った。

 そしてあの試合では、僕たちが勝利を収めた。


『五大魔王城の君主の内、残るは二名となりました。四大精霊契約者の三人は現状全員勝ち残っていますが……』


『【魔王】は【魔王】同士による激突が早期に起こってしまったので、それだけで四大精霊契約者と魔王城君主どちらが上かは決められませんね』


 そう。魔王対決は一戦だけではない。

 青組でも魔王城君主をリーダーとするパーティーの戦いが勃発。


 【魔王】ルシファーパーティーと【空振脚くうしんきゃくの魔王】アスタロトパーティーだ。

 結果は、我らが魔王様率いるルシファーパーティーの勝利。


 この戦いで、一層魔王様の実力は世に広まったことだろう。

 師匠が王座を去り、その息子であるフェローさんはダンジョン攻略を無くそうとしている。

 そんな中、幼い魔王様は、有能な魔物が数多く去った魔王城の再建に務めた。


 そして、『難攻不落の魔王城』は名を落とすことなく、世界第四位【炎の勇者】フェニクスパーティーを撃退し、レイドでは世界一位、世界三位、世界四位、そこに【湖の勇者】レイスと【破壊者】フランを加えた勇者連合を撃退してみせた。


 そこに加えて、全天祭典競技が始まってからは、彼女自身の圧倒的な実力も示されるようになった。

 最早、誰もが彼女を認めざるを得ない。


 彼女は、当代の魔王城君主に相応しい強者である、と。


『なるほど。【六本角の魔王】アスモデウスパーティーは【湖の勇者】レイスパーティーと激突し、試合としては負けましたが、魔力を解放したのは角六本の内、一本だったとか』


『そこも全天祭典競技の面白いところです。【勇者】には精霊の魔力、【魔人】には角の魔力と、自らの魔力器官で生成するものとは別に、研ぎ澄まされた魔力を使うことが出来ます。ですがこれもまた有限なのですね』


『精霊は魔力を消耗し過ぎると存在が薄まりますし、角の魔力は過去の自分が溜めたものなので使えば減っていきます』


 フェニクスが百三十年ぶりの火精霊契約者になった時に、話題になったことの一つだ。


 こんなにも【炎の勇者】空位が続いたのは、かつての契約者が精霊の魔力を消費し過ぎたあまり、精霊がその回復に膨大な年月を要したのではないか、との説があった。


 精霊の魔力は膨大だが、無限ではない。


『回数限定の強力技なわけですね。であれば当然、みんなそれを最終戦に使いたいわけです。なにせ最後に待ち受けているのは、最強の魔王と最高の勇者が率いるメンバーなわけですから』


 【魔王】ルキフェル率いる旧魔王軍、【不屈の勇者】アルトリート率いる伝説の冒険者たち。


『魔力器官が生み出す魔力だけで戦い抜ければ、それが一番だと』


『そうです! そこに駆け引きが生まれます! これがまた面白い! 先程例に出たレイスパーティーが実に巧みだったのは、頭脳戦においてアスモデウス選手の上を行っていたことなんです!』


 解説のミノタウロスさんが興奮気味に語る。


『というと?』


『アスモデウス選手は、どれだけの力の解放が必要かを見定めながら戦っていました。そしてレイス選手が退場――これは偽装だったわけですが――したことで、一本の解放を維持するだけで済むと判断したわけです』


『残るはレメ選手のみ。聖剣や「黒炎」など世間を驚かせ続ける選手ですが、さすがに五大魔王城君主を単身では突破できない、そう考えたわけですね?』


『そこです! 試合映像を確認すると分かりますが、アスモデウス選手は試合最終盤にこう発言しています「自分に黒魔法を掛けたのか」と。つまりレメ選手は相手の思考を読み切った上で、自分の思うように誘導するべく、自分の思考さえ騙したのです!』


『レイス選手が生きている可能性に気づかないよう己を「混乱」させ、その状態のレメ選手を見ていたアスモデウス選手は、自分の思惑通りに試合が進んでいると勘違いしてしまった。試合後のインタビューで語られていましたね』


『あの試合は、全天祭典競技だからこそ生まれた名試合と言えるでしょうね!』


『確かにそうですね。今大会では【黒魔導士】のみのパーティーや、騎士団、普段異なる競技で活躍する人々の参加など、「ここでしか見られない」が目白押しとなっています』


『これまで、冒険者が名を上げるには動画投稿しか方法がありませんでした。どれだけ才能があっても、まず視聴者に見つけてもらうことが難しい。この問題は、限定的ではありますがこういった催しで解消されます。フェニクスパーティーVSエリーパーティーや、ヘルヴォールパーティーVSニコラパーティーなど、ランク上位者との戦いで奮闘を見せたパーティーは、必然的に多くの人々の興味を引くことになるでしょう』


 フェニクスパーティーとエリーパーティーの戦いは、超短期決戦だった。

 しかしその試合展開は会場を沸かせるのに充分で、彼女たちの魅力を世に知らしめるのに充分だった。


 ヘルヴォールパーティーとニコラパーティーの戦いは、逆に長期戦だった。

 世界ランク第三位【魔剣の勇者】ヘルヴォールさんと、世界ランク九十九位【銀嶺の勇者】ニコラさんは、実のところ既に対戦経験がある。


 レイド最終戦で、【銀砂の豪腕】ベリトとしてレメゲトンと共にヘルヴォールさんと戦った。

 その時はなんとか勝利したが、今度はパーティー戦。


 ヘルヴォールパーティーは五人全員が揃っており、あの時とは違う戦い方が求められる。

 ヘルヴォールさんとニコラさんは最終的に一騎打ちとなり、乱打戦に持ち込まれた。


 激戦の末、勝利したのはヘルヴォールさん。

 だが『白銀王子』の確立した新たな戦い方は、世界三位にも通じるのだとファンのみんなに証明した。


『これは魔物役の亜人たちにも言えますね。冒険者の攻略動画の登場人物でしかなかった彼ら彼女らは、こういった形式の競技であれば「主役」として活躍することが出来ます。全天祭典競技の主催者であり最大の出資者でもあるフェロー氏の理念が反映されてる大会と言っていいでしょうね』


『既存の設定では救われない者たちをも、掬い上げるという理念ですね』


 フェローさんは、魔物が悪という考えを否定したいのだという。

 それは僕も良い考えだと思う。


 そもそもダンジョン攻略に勇者と魔物の設定が盛り込まれたのは、当時の背景あってのこと。

 平和になって久しい現代においては、設定の更新はあっていいのかもしれない。


 だがフェローさんはダンジョン攻略という娯楽を無くすことで解決を図ろうとしていた。

 それは最強の魔王を、再び玉座に戻すためか。


 今回、それは限定的とはいえ叶ったと言えるが、果たしてフェローさんは今も考えを変えていないのだろうか。


 しばらく番組は続き、まとめに入った。


『最後に、改めて各組を勝ち抜いた十六パーティーについてご紹介しましょう!


 赤組――【星霜拳の魔王】ベルゼビュートパーティー、【炎の勇者】フェニクスパーティー、【刈除騎士】フルカスパーティー、【迅雷の勇者】スカハパーティー


 青組――【魔王】ルシファーパーティー、【大地の勇者】ヴェーレパーティー、【魔剣の勇者】ヘルヴォールパーティー、【永遠の乙女】ペルセフォネパーティー、


 白組――【正義の天秤】アストレアパーティー、【聖賢せいけんの射手】ケイロンパーティー、【嵐の勇者】エアリアルパーティー、【不可触の悪魔】プルソンパーティー、


 黒組――【波濤の勇者】ブルームパーティー、【十弓の勇者】ジャックパーティー、【不死身の獅子】レグルスパーティー、【湖の勇者】レイスパーティー、


 各組の優勝パーティーのみが、全天祭典競技最終段階へと駒を進めます! 世界ランク上位者や五大魔王城君主さえも脱落していく中で、一体誰が最終段階への切符を手に入れるのか! 

 今後も目が離せませんね!』


 全体で見ると、


 五大魔王城からはルシファーパーティー、フルカスパーティー、ベルゼビュートパーティー、プルソンパーティーと四パーティーが残っている。


 我らが『難攻不落の魔王城』君主である魔王様と、我が剣の師であるフルカスさんが率いるパーティー。

 ベルゼビュートさんは『東の魔王城』君主で、プルソンパーティーはその配下で構成されている。


 【竜の王】ヴォラクさんを含む『西の魔王城』勤務バルバトスパーティーは赤組で、フルカスパーティーと激突し、敗退。


 冒険者からは世界ランク第一位エアリアルパーティー、第三位ヘルヴォールパーティー、第四位フェニクスパーティー、第五位スカハパーティー、第八位ジャックパーティー、第九位ヴェーレパーティー、第十位ブルームパーティー、ランク外からは僕たちレイスパーティーが残っている。


 八パーティーと、全体の半分を占めていた。

 第二位エクスパーティーは白組で、エアリアルパーティーと激突し、敗退。

 第六位スノーパーティーは同じく白組で、アストレアパーティーと激突し、敗退。

 第七位デメテールパーティーは赤組で、ベルゼビュートパーティーと激突し、敗退。


 高ランクの冒険者が数多く残っているように思えるが、これは先程話題に出たように、五大魔王城君主同士がぶつかる試合が早期に行われたことが影響している。


 仮に五人の【魔王】率いるパーティーがバラバラにトーナメントを勝ち進んでいたら、最終十六組に残る勇者パーティーはもっと少なくなっていたかもしれない。


 トーナメントの性質上、組み合わせによってはこういうことも起こり得る。


 残るは騎士団からだ。

 十二組の騎士団パーティーが第二段階に進んだが、残ったのは四パーティー。


 僕らが予選で戦ったアストレアパーティーも勝ち残っている。


 注目すべき点はいくつかあるが、僕が気になったのはこれまで残っていた『冒険者ではない者たち』で構成されたパーティーがみな敗退している点だ。


 理由は様々だろうが、分かりやすいのが一点。

 経験だ。


 冒険者と魔物は魔力体アバターでの戦いに慣れている。

 騎士団は犯罪者と命がけの戦いに身を置いている。


 故に、死に相当するダメージを与えると退場する、という魔力体アバター同士の戦いへの適性が高い。

 他の競技者たちは、擬似的とはいえ殺すことを織り込んだ戦いなど未知のものだろう。

 それを思えば、ここまで残った人たちは本当にすごい。


 新しい大会ではあるが、そういった意味ではダンジョン関連の職種の方が向いていると言えた。


 とはいえ、今後魔力体アバターによる試合が一般化されれば、そこに適応してくる者は増えていく筈だ。

 あくまで今回は、僕らや実戦経験豊富な騎士団に有利に働いたというだけ。


「あと二回、勝てば最終段階だね」


 レイスくんが言う。


「あぁ」


 僕らは三回戦で騎士団長率いるパーティーの一つと当たり、激戦の末勝利を収めた。

 残すはトーナメントの準決勝と決勝のみ。


 師匠やアルトリートさんとの戦いまで、あと二勝で届く。


 だがやはり、考えるべきは目の前の一戦だろう。

 先を見据えた上で、今を見る。


 【湖の勇者】レイス、【破壊者】フラン、【白魔導士】ヨス、【鉱夫】メラニア。

 年齢という意味でも、業界歴という意味でも、僕の仲間は若い。


 若いから拙いというわけでは決してないけれど、僕は経験の蓄積や技術の研鑽を舐めていない。

 それらはとてもとても大事なもので、人の強さを支える要素。


 世の中には、僕らがここまで勝ち残っていることを不思議に思っている人も多いだろう。


 レイスくんとフランさんは若すぎるし、ヨスくんとメラニアさんは無名もいいところで、僕なんかは少し前まで無能な【黒魔導士】と有名だった。


 それでも僕らは勝ってきた。


 今回の大会で勝利に必要なのは、個人が積み上げた研鑽だけではないから。


 アスモデウスパーティー戦のように、『全天祭典競技』であることや『アスモデウスさんの性質』を織り込んだ作戦によって、勝利を引き寄せたこともあった。


 何よりも重要なのは、これがパーティー戦ということだ。


 レイスくんは若いかもしれない。才能は飛び抜けているが、三人いる四大精霊契約者の中で唯一、『深奥』の完全修得に至っていない。

 フランさんは【破壊者】の適性の赴くままに戦っている面があり、ヨスくんは【白魔導士】として優等であっても飛び抜けてはおらず、メラニアさんの【鉱夫】はそもそも戦闘職ではない。


 それでも、だ。

 僕らは勝ってきたし、勝つのだ。


 パーティー戦では、五人の力を結集し、敵を上回った方が勝つ。

 歴戦の猛者をただ五人集めれば、強い『パーティー』が出来るのではないのだ。


「勝とう、最後まで」


 そして後日、僕らは世界ランク第十位【波濤の勇者】ブルームパーティーとの戦いに勝利し。


 黒組決勝戦にて、世界ランク第八位【十弓の勇者】ジャックパーティーとあたることになる。


 彼は一部で、こう呼ばれていた。

 【不屈の勇者】の再来、と。



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