第273話◇レイスパーティーVSジャックパーティー

 



『さぁさぁさぁさぁ! ついにこの時がやって参りました! 世界四都市で同日に行われる全天祭典競技第二段階! その決勝戦! この地で決まるのは――黒組の頂点ですッッッ!』


 選手用の通路を進む僕たちの耳に、実況と観客席の声が届く。

 割れんばかりの歓声が、ここまで響いていた。


『双方共に、ここまで来るのに数々の強敵を倒してきました! 特に【湖の勇者】レイス! 彼の戦ってきた強敵は非常に興味深いです!』


『というと?』


『まずはレイド第十層戦! ここで彼が戦った【不死の悪魔】ベヌウ氏は、【魔王】に匹敵する実力の持ち主でした! あの火属性魔法は、【炎の勇者】フェニクス選手に劣らぬ威力があったのではと言われるほど! レイス選手はここでまず、最高の火属性使いと戦い、敗れました!』


『全天祭典競技予選では、【炎の勇者】フェニクス選手と同会場になっていますね』


『ですがそこで彼と仲間たちが激突したのは【正義の天秤】アストレア選手率いる騎士団パーティーでした! このアストレア選手が使用した精霊術はまさに土属性の極地! これまで土属性と言えば世界ランク第九位【大地の勇者】ヴェーレ選手でしたが、そこに劣らぬ実力者が出現したわけです! レイスパーティーは最高の土属性使いと熱戦を繰り広げ、予選を突破!』


『あぁ、なるほど! 四大属性の火と土、最高峰の使い手たちとの戦いを経験しているということですね?』


『まだあります! 魔王パーティーを倒したことで話題となった黒組二回戦! 対アスモデウスパーティーでは、彼は水属性殺しとも言われる【水槽の悪魔】クロケル選手を水属性で圧倒! その精霊術が魔王パーティーの固有魔法をも凌駕すると世に示しました!』


『あれは驚きましたね。水への干渉という強力な魔法をどう攻略するかと思えば、そもそも干渉させないとは、四大精霊契約者の格と意地を感じました』


『そして準決勝では、かつて水属性最強と謳われていた世界ランク第十位【波濤はとうの勇者】率いる――ブルームパーティーと激突!』


『フィールドが半ば水に埋まるという特殊な戦いとなっていましたね。途中まではブルームパーティー優位に進んでいたものの、激しい戦いの末に勇者対決を制したレイス選手の活躍もあり、戦況は逆転。レイスパーティーが勝利を収めました』


 ブルームパーティーは世界ランクトップテンの中でも特殊なパーティーだ。

 自分たちの実力やダンジョンとの相性を考えて攻略先を選ぶのはよくあることだが、ブルームパーティーは水場のあるダンジョンにしか挑まないのだ。


 攻略先を偏らせる、というだけならば誰でも真似できる。

 だがそれでは、視聴者も飽きやすい。


 ブルームパーティーは、大きな特色がある。


 波に乗るのだ、、、、、、


 リーダーのブルームさんは海を愛する波乗りとしての面も持っており、普段は自然の海が生んだ波を、冒険者としてはダンジョンでの戦いで生じる波を、それぞれ制するのだ。


 水棲魔物が作り出す大波を楽しみ、魔法による嵐を喜び、暴風にも負けず、雷雨にも挫けず、水面下より来たる魔物たちの襲撃さえものともせず、彼は、彼らは波に乗る。


 ブルームさんはボード型の聖剣を乗りこなし、仲間は人魚の血を引いた者――見た目は人間ノーマルと変わらない――が男女一人ずつと、【魔法使い】が二人という構成。


 【魔法使い】はそれぞれ風属性と水属性を得意とし、世界を滑る、、


 猛る大波が崩れる中、サーファーの頭上を波が覆うことがある。

 そのまま呑まれてしまうのではないかと不安になるような、自然の猛威。


 ダンジョンの魔物たち、あるいは仲間の【魔法使い】たちは、時にそれ以上のものを作り出す。


 眼下に海があり、目前に開けた景色があり、頭上にも海がある、といったような。

 天空が海になったかのような異常事態も、魔法の世界では起こり得る。


 ダンジョン攻略だからこその波乗り。

 それは同時に、彼らだからこそ出来るダンジョン攻略でもある。


 冒険者育成にも携わる第一位、【嵐の勇者】エアリアルパーティー。


 オリジナルダンジョン攻略にも参加した第二位、【漆黒の勇者】エクスパーティー。


 仲間の商売の手伝いという名目で、商隊の護衛などを行う第三位、【魔剣の勇者】ヘルヴォールパーティー。


 異例のランク上昇と容姿に優れたメンバー――もちろん僕は除く――から様々な企業のコマーシャルに引っ張りだこの第四位、【炎の勇者】フェニクスパーティー。


 リーダーが世界的にも有名な絵本作家でもある第六位、【雪白の勇者】スノーパーティー……などなど。


 冒険者家業に専念している者もいれば、活動の場を広げたり、違う分野でも才能を見せる者もいる。


 ブルームパーティーはその融合の極地といえた。


 レイスパーティーには、レイスくんとフランさんという二人の天才がいる。

 この二人の戦力は、十歳ながらにして世界レベルと言っていい。


 だからこそここまで来られたのだが、逆に言えば、この二人が突出してしまっているのだ。


 メラニアさんもヨスくんも有望だが、たとえばこの時点で世界ランク上位の強さがあるかと問われれば、頷くのは難しい。


 冒険者として活動していた僕だからこそ、その高い壁は知っているつもりだ。

 一朝一夕で超えられるような、そんな生易しいものではない。


 それでも、、、、、勝たねばならないのが勝負というもの。


 そして、仲間を勝たせるために僕はいるのだ。

 仲間と勝つために僕はこの大会に参加したのだ。


 ブルームパーティー戦は、結果だけを言えばレイスくんとフランさん以外が退場した。

 メラニアさんも、ヨスくんも、僕もだ。


 だがそれは戦力として劣っていたことが理由ではなく、挑戦の結果。

 【六本角の魔王】アスモデウスパーティーとの戦いを経て、フランさん、メラニアさん、ヨスくんの三人は更なる強さを求め、僕とレイスくんに助言を求めた。


 すぐに強くなるような近道はないが、意識することで取り入れられる技術はある。

 さすがはレイスくんが選んだ仲間、みんなの成長は恐ろしいほどに早い。


 早ければこの試合で、その成果を見せられるだろう。

 僕もブルームパーティー戦で退場してしまったが、角の魔力を使うことなくリーダーをギリギリまでサポートすることが出来た。


『それでは、選手入場ですッ!』


 僕の思考中にも、実況の二人はジャックパーティーの戦績について語っていた。

 気づけば、入場の時が迫っている。


 まずは、対戦相手からのようだ。


 ジャックパーティーは、冒険者として遊びのない【役職ジョブ】構成をしている。

 いや、堅実とか、王道とか、そういうふうに表現すべきか。


『まずは頼りになる前衛職! 鍛え抜かれた巨体は巨人に例えられることもあるほど!

 彼が振るう戦斧は大樹も! 鋼の如き防御も! 竜の首さえ! 叩き切ってしまいます!

 単純明快! 体が大きく、鍛えられた者が、サイズが大きく、鍛えられた武器を使えば――強いのだ! 

 ――【豪腕の重戦士】ゴライア選手ッ!』


 ゴライアさんは、筋骨隆々な強面の大男だ。

 腕などは丸太のように太く、がっしりとした肉体は容易なことでは揺らがない。

 さすがに巨人ほどではないが、僕でも見上げるほどに背が高い。


 その存在感は何も身長だけが理由ではない。生身の体でどんな修練を積んだのか、鍛え抜かれた肉体は傷だらけ。肌も日に焼けており、髪は短く、顔は怖い。


 そして、戦斧だ。それ一つで城門を粉砕することも可能なのではないか。

 ゴライアさんが持つと、そう思わせるだけの圧力が、彼の斧にはあった。


 彼と目が合った一般人は、子供だけでなく大人でも泣き出す……なんてエピソードがあるくらいだが、実際はよく笑う剛毅で優しい人だ。


『続きましては守りの要の盾役タンク! 生身で犯罪者を相手に生き抜いた経験が、彼女の守りの精度を支えます! 

 しなやかな腕! すらりと伸びる足! それらを柔軟に操る戦闘技術! 

 騎士団出身の女傑はあらゆる攻撃を防ぎ、痛烈な反撃を決めます!

 ――【堅固なる聖騎士】ミルドレッド選手ッ!』


 冒険者は、育成機関に三年通ってそこからスタート、という経歴が多い。

 僕のように通わず冒険者になる者もいるが、割りと珍しいタイプだ。


 みんながみんな【役職ジョブ】判明後すぐに通うわけではないので、前職持ち自体は珍しくないが、騎士団からの転職は稀だ。


 生身の体で日々犯罪者と戦う騎士からすると、エンタメとしての戦いは遠いものに感じるのかもしれない。


 ミルドレッドさんは騎士団仕込みの戦闘技術を活かして戦う優れた聖騎士だ。

 くすんだ赤の髪は肩に届かないくらいの長さ、どこか冷たい印象を受ける面差し、鎧と大盾、そして長剣という聖騎士の装備。


 長身で細身の彼女だが、鍛錬を積んだ肉体は鎧を纏っても機敏で柔軟な動きを損なわない。


『中遠距離から戦場を掻き乱すのはこの人!

 その弓の腕は全天七弓しちきゅうに数えられるほど!

 魔法抜きの弓の腕に限れば、【魔弾の射手】カリナ選手に次いで世界二位と言われる実力者は、今日も目標過たず敵を射抜くことが出来るのか!

 優れた目! 風を読む肌と耳! 強弓を自在に操る肉体!

 ――【必中の射手】シオ選手ッ!』


 冒険者に限らないが、世界有数の何かを数でくくることはよくある。

 観光名所何選とか、四大精霊だとか、戦時中は高名な将軍たちを数でくくったこともあったのだとか。


 世界五指の剣士職を五剣、槍使いを六槍むそう、魔法使いを十法じっぽうなんて言ったりするのだが、世界五指の剣士が一番有名で、他は比べると知名度が低い。


 冒険者や一部のファンがその分野で最も優れた者は誰かと話すことはよくあるのだが……。


 この全天祭典競技が始まってから、メディアで取り上げられることも増えてきたが、これもまた師匠の息子でもある主催者・フェローさんの考えなのだろう。


 冒険者業界の競技化に向け、各分野の優れた人材を世界に知らしめようとしている。

 それ自体は素晴らしいことだと思う。


 七弓に関して言えば、世界ランク第五位パーティーの【無貌の射手】スーリさんをトップに、同パーティー【魔弾の射手】カリナさんや、フェニクスパーティーからはリリーなども取り上げられている。

 魔王城からも、第二階層の副官魔物【闇疵あんしの狩人】レラージェさんが食い込んでいた。


 レイド戦でレメゲトンに召喚された【深き森の射手】ストラスも入るのではないかと話に上がったこともあるらしいのだが、表舞台に現れたのが一度だったり本人と連絡がつかないなどの理由から流れたようだ。


 ストラスの正体は魔物アバターを用意したリリーなので、一人で二人分数えられるところだった……。


 そんな優れた射手が集まる中、カリナさんとシオさんは魔法を使わずに戦う。

 風魔法による補助や制御、または矢に魔法効果を付与するといったことが出来ないのだ。


 純粋な弓の腕だけで、世界上位七名に数えられていることになる。


 シオさんは細身の男性。線のように細められた目許が特徴的で、温和な印象を受ける。

 狩人としての機動性と、強弓を扱う射手としての剛力のどちらも維持するため、服の下では上半身が特に鍛えられていることを、冒険者ファンは知っている。


 ここまできて、僕は思った。

 違う。再確認した、と言うべきだ。


 戦士、狩人、聖騎士、そして勇者。

 ここまでの構成、フェニクスパーティーと同じなのだ。


 それもその筈。

 僕もジャックさんも、同じ人に憧れて冒険者になった。


 同じ勇者に憧れ、その人のようになりたくて努力を積んだ。


 ジャックさんは【勇者】に目覚め、憧れのパーティーと同じ構成で仲間を集めることが出来た。


 けれど僕は【黒魔導士】だったから、自分を含むパーティーを、憧れと同じにすることは出来なかった。


 元世界ランク第一位【不屈の勇者】アルトリートパーティーは、【勇者】【戦士】【狩人】【聖騎士】……そして――【魔法使い】という構成だったから。


『そしてパーティーの火力担当!

 こちらも全天十法に名を連ねる名【魔法使い】!

 使える魔法の種類は、世界ランク第二位【先見の魔法使い】マーリン選手に次ぐほど! まさに膨大と言える数です!

 多彩な魔法で敵を撃滅し、時に幻惑する様は見る者の目を飽きさせない!

 ――【七色の魔法使い】レズリー選手ッ!』


 レズリーさんは知的な印象を受ける、寡黙な長身の男性だ。

 魔法使いふうのコートに身を包み、書物型の魔法具を手に持っている。


 彼の魔法は、実に繊細。その魔力操作精度は業界随一。


 十法は、世界ランク第一位【紅蓮の魔法使い】ミシェルさん、世界ランク第二位【先見の魔法使い】マーリンさんなどの他、元世界ランク一位【大聖女】パナケアさんなど、魔法において類まれな才覚と実力を持った人たちが名を連ねている。


 ちなみに【勇者】や【魔王】など総合的に突き抜けている人たちや、固有魔法持ちは対象外のようだ。


 魔王城からは第六層フロアボス【水域の支配者】ウェパルさんが加わっているが、これは水属性使いとしての評価。


 魔法を扱うというだけなら第九層フロアボス【時の悪魔】アガレスさんなども食い込みそうなものだが、あれは固有魔法。


 もしかすると今後、優秀な固有魔法持ち、種族ごとの最強ランキングなんてものも世間を賑わすのかもしれない。


『最後はパーティーを纏めるリーダーの登場です!』


 やはり【勇者】がパーティーの顔ということか、歓声が一際大きくなる。


『精霊の誘いを断ったエピソードはあまりにも有名!

 精霊の加護と引き換えに属性を縛られることを嫌った彼は、様々な属性を使いこなす万能型の【勇者】へと成長し、今日こんにちまで多くの視聴者を沸かせてきました!

 強敵のいるダンジョンを探してはドンドン挑み、時にボロボロになりながらも、決して諦めずに数々の名勝負を生み出してきた彼を、一部のファンはこう呼びます。

 ――【不屈の勇者】の再来、と!

 【勇者】の魔力と本人の技量で放たれる、多彩かつ高火力の魔法を見よ!

 ――【十弓の勇者】ジャック選手ッッッ!!!!!』


 ジャックさんは三十も半ばを過ぎた男性だ。

 銀の髪は後ろに撫でつけられ、鋭利な視線は刃を思わせる。


 最初は無愛想だと反感を持つ人も、攻略映像を見えれば彼の虜になっている。

 彼は、ファンサービスを得意としない。


 世界ランク第十一位【灰燼の勇者】ガロパーティーなどは、観客の盛り上がりと自分たちの燃え上がりをリンクさせるように戦うのが非常に上手いし、そこをよく意識している。


 現代の冒険者は、多かれ少なかれ、客の目線を意識しがちだ。

 それを間違っているとは思わない。

 エンタメなのだから、お客さんに楽しんでもらえるよう努力するのは良いことだ。


 けれどジャックパーティーの戦いは、まず勝つためにある。

 あくまで、その結果として、多くのファンを獲得したというだけ。


 彼は客に配慮しない、客に媚びない、客に微笑まないし、感謝なども口にしない。


 ただ、僕らに見せてくれる。


 勇者は最後に必ず勝つのだと、証明し続けている。


 その格好良さに惹かれた者達の声が、ダンジョン攻略のみに集中するパーティーを、数万組のライバルがいる中で――世界で八番目に押し上げたのだ。


「さて」


 僕の横で、【湖の勇者】レイスくんが言う。


「今日も勝とうか」


 その言葉は、僕の心を見透かしてのものか。

 視線を遣ると、彼はこちらを見てニヤリと笑っている。


 僕は思わず吹き出した。

 弱気になったわけではないけれど、ジャックパーティーに思うところがあったのは事実。


「あぁ、誰が相手だろうと、先に進むのは――僕たちだ」


 誰にも負けない相手だろうと、僕らは負かして先に進むのだ。


 僕らもまた、勇者という生き方を目指す者なのだから。


 そして、もう一つ、今回は。

 進んだ先で、師匠と戦うために。


 ――相手が誰であろうと、勝つ。



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