第63話◇一貫と柔軟、○○な勇者の悩み
「分かりました……って、どういう。だって、え?」
トールさんが困惑するのが分かった。
魔王様がどういう経緯で話をつけたか分からないが、魔王城から参謀が派遣されると聞けば、確かに『フェニクスを倒した魔物がいる』という触れ込みで人を集める作戦なのではと考えてもおかしくない。
というか、僕の中でも割合有力な案だった。
初級ダンジョンへのこだわりを聞くまでは。
祖母から受け継いだ、新人冒険者の為のダンジョン。これを歪めたくないという想いがあるのだと、聞くまでは。
「非合理でも、損しかしなくても、変えられないことはありますから」
僕自身がそうだったように。
でも、と僕は続ける。
「何かを貫くなら、そこに生じる問題を解決する責任があると思います」
使えないと言われる【黒魔導士】がパーティーに入るなら、せめて仲間を勝たせなければ。
自分が人気を得られない分、仲間がより人気を集められるよう戦闘をサポートせねば。
人気も得られず、勝利にも貢献出来ず、実力もないのにパーティーに居座る。これは不屈でも一貫でもなく、それこそ寄生だ。アルバがかつて、僕をそういう存在だと思ったように。
僕はちらりとケイさんを見る。
彼女は僅かに顎を引くと、カシュに声を掛けた。
「カシュ様、お二人の話は長引きそうですので、別室でお茶でも淹れましょう。美味しい焼き菓子もご用意していますよ」
「焼き菓子。自分も行く」
カシュより先に答えるフルカスさん。
童女の方は、僕の方をちらりと見た。頷くと、彼女もこくりと頭を揺らす。それからグッと両拳を握って、ふんすと息を吐いた。「がんばってください……!」のポーズ。
それだけで、元気が湧いてくるのだから不思議だ。
僕が微笑むと、カシュは笑みを返してからケイさんと共に退出した。
ケイさんとトールさんは上司と部下だけでなく、個人的な親交もありそうだ。聞かれたくないこと、彼女の前では言いにくいことなどもあるだろう。
「せ、責任って、その……部下を食わせること、とかですよね。一応、最後まで給料は払えるというか、そこは最低限守るべきとこだなって思ってて」
「ですね。でも、終わってしまえばみんな職探しを始めなければなりませんから」
「既に辞めた人もいるんですけど、そのあたりはこう……可能な限り紹介とか出来たらと」
良かった。トールさんは打ち拉がれながらも、ダンジョンが終わってしまった場合の部下の未来については考えている。
ただ絶望に膝を屈する人ではない、それが分かっただけでも充分。
「じゃあ、今残ってくれている人は、このダンジョンが好きなんですね」
「ど、どうかな……。そうだといいんですけど、まだ様子見してるのかも……」
「ケイさんもですか?」
その時ばかりは、彼がしっかりと僕の目を見た。
「ケイは、違います」
やはり、彼女との間には信頼関係が構築されているらしい。
「一人でも味方がいるなら、充分じゃあないですか」
僕がニッコリ微笑むと、トールさんはぽかんと口を開けたが、やがて溢れるように笑った。
「あはは……世間で言われてるより、すごくポジティブな方なんですね」
「ネガティブ思考で、四位パーティーに居られないですよ」
「そうかも」
彼の瞳に、少し光が戻ったように見えた。
よし、と僕は話を再開。
「冒険者育成機関を出るのが基本になってからは、初級を受けるメリットがあまりないんですよね。派手にデビューを飾る為とか、まずは【勇者】が地元の低難度ダンジョンをってパターンはあるんですけど」
僕は師匠に師事したので、育成機関には通っていない。
別に義務ではないので問題はない筈だが、機関出は非機関出を見下す傾向があったりする。
「そうなんですよね……。もう、ほんと初級の初級は時間の無駄って感じで。時代に置いてかれてる感がヤバくて……それでフェローさんが助けてくれるって言うから、馬鹿な僕は飛びついたんです……」
フェローというのは、確か魔王様のお父さんの名前だ。
「実際、援助はしてもらえたんですよね?」
「はい。みんなへの給料とか諸々の経費にほぼ消えましたけど」
「契約はどうあれ、借りたお金を返さなくてはいけないのは当たり前のことです。難しく考えず、期日までにお金を稼いで返済を目指しましょう」
「あ、あの。レメさんは本当に出来ると思うんですか?」
信じられないという顔。それも当然。いきなり現れた人間が手を差し伸べる、彼にとってこれは二度目。フェローさんの次が、僕。疑い深くならなければおかしいくらいだ。
「二つ、条件があります」
「な、なんでしょう」
「一つは、これです。僕の指輪の能力は、分かりますか?」
「あなたがレメさんで、レメゲトンと同一人物なら、その指輪が召喚魔法の正体ということですか? ……あれ、でも祖母に聞いたんですけど、それって魔王の装備じゃ」
「……魔王様から譲り受けました」
なんかおかしいとは思ったが、これは本来魔王様が装備するものなのか。
先代の映像はないし、先々代こと師匠は指輪なんか使っていなかった。それより前となると映像の入手が途端に難しくなったが、先々々代も使ってなかったと思う。
基本最強の存在なので、要らなかったんだろうな。
「僕と契約してもいいという方がいたら、契約してもいいでしょうか? もちろん、召喚時は事前にこちらでの予定を確認します」
正式に参謀に認められてから、魔王様が最初に言っていた「当面は魔王城内の契約に限る」という部分は解除された。
僕が誘ったわけではないが、フェニクスとも契約してしまった。だがあれも命令無視にはなっていないわけだ。
「あ、え、はい。それは、本人も納得してのことなら」
「ありがとうございます。もう一つは、とても難しいです」
「な、なんでしょう」
ゴクリ、と唾を呑む音が聞こえたきた。
「決して諦めないこと」
「へ?」
「ダンジョンマスターってことは、あなたがリーダーだ。ついていくべき人が引きこもってるなんて、ダメですよ」
僕は、彼が返事するまでずっと待った。
どれだけ経ったろうか、一分? 二分? 沈黙は長かった。だが、永遠ではない。
「あ、諦めなければ、このダンジョンを、守れますか」
「分かりません。でも、諦めたらただ失うだけです。僕らは此処に来て、その存続の為に力を貸すつもりでいます。後は貴方が決めないと」
決断するのは、いつだって自分だ。
彼は震えていた。震えていたが、それを抑えた。
「お願いします、レメさん。いや、レメゲトンさん。僕に出来ることならなんでもします、だからこのダンジョンを守る為に、力を貸してください」
その決意に満ちた瞳に、僕は。
「えぇ、もちろんです」
と、応じた。
◇
「おっつかれさまー! あたしの王子様~」
ショーを終えて控室として用意されたテントに戻ると、少女に抱きつかれた。
控室には、
「キミのじゃないよ、レイラ」
レイラはボクのパーティーの【盗賊】だ。字面がよくないし、どちらかといえば不人気職なのだが、【黒魔導士】や【白魔導士】ほどではない。
足音や気配を消して移動可能で、斥候に立った場合は視聴者も緊張を共有出来るし、敵に気づかれぬままに背後を取っての『暗殺』は手際が見事である程に見る者を興奮させる。
地味だが、その活躍を好む者が一定数いるタイプ。
「なんだよぉ。人気者になったらあたしはゴミ箱にポイかよ~」
引き剥がそうとするボクに抵抗し、彼女はぐいぐい顔を押し付けてくる。
「まさか、ダンジョンでは頼りにしてるよ。ボクはキミのものじゃあないというだけさ」
「もっと優しくしておくれ~。日常でも頼っておくれ~」
嘘泣きするレイラをなんとか引き剥がす。
「まぁまぁだったな。だがまだ演技が硬いぞ」
テントに入ってきたのは、くすんだ銀髪にメガネの青年。
ボクの兄で、【勇者】だ。
「【役者】さんには敵わないよ」
今のボクのスタイル……『白銀王子』を考案したのも兄である。
冒険者として燻っていたボクと兄さんは、ボクの王子キャラを確立した途端にグングン人気を伸ばした。
レイラとの絡みも、何故だか人気に拍車を掛けた。
彼女のことを『盗賊姫』なんて呼ぶ人たちもいるくらいだ。
……なんだか、どんどん遠くなる。
最初の頃に憧れた勇者から、どんどん離れている気がする。
順位は上がっているのに、なんでかな。
「あ、レイラ。そういえばさ、その、観客の中に彼がいなかったかな」
「彼? 誰?」
「えぇと……その、だから、あの人だよ。ボクが尊敬してる」
二人にはそれで通じたようだ。
レイラは呆れるように、兄さんは理解出来ないといった風に、表情を変える。
「えー、【黒魔導士】レメのこと?」
「そ、そう……人馬と犬の亜人と……あと、人間の女の子? と一緒にいた気がして。職探しで来てる、のかな。なんか変なメンバーだなと気になって」
「しらーん。っていうか、何度聞いてもわかんない。なんで憧れ? あんな冴えない奴に」
「そんな言い方ないだろ。格好いいじゃないか、自分を貫いてるっていうかさ。誰に何を言われても、いつも瞳が燃えているんだ。そして、自分の仕事をしてる。みんな無能だっていうけど、実際彼が抜けてからのフェニクスパーティーは、動きに精彩を欠いてると思う。ということはだよ――」
「おい、ニコラ。それ外で言うなよ。四位パーティーから追い出された奴を擁護なんかして炎上するのはゴメンだ。厄介事は避けるに限る」
兄さんの言葉は、いつも冷たい。
そして、それに逆らえないボクは、心が弱い。
「い、言わないけど……」
「それでいい。お前にはあの男が自分を貫いて結果を出してるヒーローにでも見えてるのかもしれないが、実際は【勇者】の親友に寄生してるクズだ。フェニクスパーティーは調子を落としてるんじゃない、魔王城がそれだけ厳しいダンジョンなのさ。フェニクスはともかく、仲間のレベルが足りなかった」
あまりに無礼なその物言いに、さすがにカチンとくる。
兄は悪人ではないのだが、どうにも言い方が酷い。酷すぎる時もある。
「ぼ、ボクらよりずっと優秀な人達だ」
「違うね、俺たちより人気のある奴らさ。だがそれは従来のダンジョン攻略しかアピールの場が無かったからに過ぎない。このショーを足がかりに、俺たちは最先端を行く」
「その意気や良し。ですが、同じ舞台で懸命に働く者を見下すのは頂けませんな」
テントに入ってきたのは、赤髪の魔人。
名前はフェロー。ボクらにショーの仕事を持ってきた人だ。
「これはフェロー殿。失礼しました、身内だけとなるとどうにも言葉から配慮というものが抜けてしまいまして。表に出る際は立場を弁えた発言を心掛けます故」
「ふむ……。まぁ、心の内で何を思うかまでは縛れませんからな。ただし、私と仕事をする以上は、他者への敬意を忘れないようお願い致します」
「えぇ、それはもちろん」
兄さんが嘘くさい笑顔で頷く。
「それで、立場不問のタッグ・トーナメントへの参加は決められましたか?」
「それが、妹はまだ悩んでいるようで」
「全てが新しい形では観客も入りにくいでしょう。初回は冒険者と冒険者、亜人と亜人という組み合わせを多めにしようと考えています。この企画にも協力してくださったニコラパーティーの皆さんには、優先的に枠を確保しようと思っているのですが……?」
「俺は是非参加させて頂きたいんですがね」
「【勇者】兄妹というのは珍しい、注目も集まるかと思いますが」
「えぇ、フェロー殿の言う通りです」
兄さんは、人気取りに取り憑かれてしまった。
でも、それはボクが憧れた格好いい勇者とは、ズレている。
どうすればいいんだろう。
貴方なら、誰に何を言われても我が道を貫いた貴方なら、こんな時にどうしますか。
レメさん。
それとも、貴方への憧れは、ボクの願望が生み出したものなのでしょうか。
この時のボクは、思いもしなかった。
ボクが彼とタッグを組み、優勝を目指すことになるなんて。
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