第262話◇レイスパーティーVSアスモデウスパーティー4/魔王六分の一
アスモデウスさんは、すぐには仕掛けてこなかった。
止まった時が動き出すかのように、実況の声が聞こえる。
『な、な、なんとッ!! 今目の前で起こったことが、まだ信じられません! 「北の魔王城」を支える四人の
少し遅れて、観客たちの中にも驚愕が広がっていく。
『全てのきっかけとなったのは、間違いなく彼の聖剣から放たれた精霊術でしょう! 【黒魔導士】レメ! オリジナルダンジョン調査の際に、彼は精霊憑きとなりました! 正体不明だという精霊は、現代でも謎の多い「魔界の魔法」に関連する精霊だったようです!』
あまりに連続して驚くべきことが起こったために、実況も観客も状況に心が追いつけていない。
アスモデウスさんは、それが落ち着くのを待っているのだ。
『【魔王】が使うことで有名な「黒い魔法」の一つ、「黒炎」! 言われてみれば確かに! 「魔界の魔法」を司る精霊も、この世界には存在するはずなのです! ですがアスモデウス麾下の四名が動揺したように、理屈の上ではそうであっても、これまで我々が観測したことのない精霊! 驚くなというのは酷でしょう!』
この戦いもまた、ダンジョン攻略と変わらず、エンターテインメントだから。
観る者に媚びるのではなく、尊重する。
己の望む戦いを、どうすれば観る者に楽しんでもらえるかを考える。
冒険者にとっても、とても重要なこと。
だから僕らも手を出さない。
というより、僕らにとっては一息入れる時間はありがたかった。
メラニアさんには雷撃によるダメージが蓄積しているし、一回とはいえフランさんも直撃を受けた。
僕とヨスくん、レイスくんにとっては魔力を練る時間はあるだけいい。
それは、アスモデウスさんにとっても同じなわけだけれど。
『この黒組トーナメント優勝候補、【六本角の魔王】アスモデウスパーティーが、開始早々残り一名になるなどと誰が予想出来たでしょうか! かつては世界ランク第四位パーティーから戦力外を理由に脱退した【黒魔導士】が、この大舞台で「黒炎」を披露するなどと誰が予想出来たでしょうか! 全天祭典競技! 予選開始からここまで! 波乱の展開が止まりません!』
「大波を起こしている者の一人は――」
アスモデウスさんの言葉を継ぐように、頭の上の黒ひよこが言う。
『――君かな、相棒』
大げさだ。
けれど、僕の所属するレイスパーティーが、予選からずっと数々の強敵たちとの戦いを切り抜けてきたのは確か。
予選では『西の魔王城』四天王【竜の王】ヴォラク、同じく【獣を統べる義賊】バルバトス、世界ランク第十一位【灰燼の勇者】ガロパーティー、騎士団長率いる【正義の天秤】アストレアパーティー、世界ランク第四位【炎の勇者】フェニクスパーティーなどがいる中で、会場内一位の戦績で通過。
第一段階では『南の魔王城』四天王【火炎の操者】アイムとその副官【炎の槍術士】アミーを含むパーティー、『難攻不落の魔王城』四天王【吸血鬼の女王】カーミラパーティー、
そしてつい先程、『北の魔王城』を支える四人の猛者を打ち倒した。
レイスパーティーが、大きなうねりを生み出したきっかけの一つであるというのならば、それはそうなのかもしれない。
『第一回戦では黒組トーナメント優勝候補であった「万天眼の魔王」パイモンパーティーを破り、第二回戦へと駒を進めたアスモデウスパーティーですが、このままレイスパーティーを前に敗退してしまうのでしょうか! あるいは、【魔王】随一と言われる保有魔力を、ここで解放するのでしょうか!』
「このあたりでいいかな。君たちも、準備はいいかい?」
アスモデウスさんの魔力が、蠢くのが感じ取れた。
「とっくにね」
レイスくんが応えた。
ヨスくんの白魔法はメラニアさんを重点的に癒していたし、完治とはいかずも動き回れるくらいは回復している様子。
アスモデウスさんの本気ばかりは、僕にも計り知れない。
なにせ、フェニクスパーティーとの戦いですら、彼女は角の一本しか解放しなかったのだ。
彼女の理屈で言えば、角一本の彼女に勝てるならば、『難攻不落の魔王城』に挑戦する資格がある、ということになる。
だが今回、彼女が見定めるのは『難攻不落の魔王城』に挑戦する資格があるか、ではない。
最強の魔王、我が師ルキフェルに挑戦する資格があるか、だ。
フェニクスパーティー時代に戦った彼女とはまた別であると考えるべきだろう――。
『頭だ!』
脳が破裂するかと思うほど、大きく響いたダークの声。
反射的に聖剣で頭部を庇ったのと、
剣が弾かれ、その腹が僕の額にぶつかり、それでも衝撃を殺しきれずに体が吹き飛ばされ――ステージ壁面に叩きつけられる。
呼吸を再現する
魔力で出来た体は不思議で、痛みこそないが、感覚はある。
その体が動かないということは、それだけのダメージを負ったということ。
まだ混乱する脳を叱咤し、すぐに現状把握に務める。
額から血に相当する魔力が出ているが、魔力漏出はそこだけ。
体が痺れているが、折れた箇所はなし。
ならば、あともう少しで動けるはずだ。
そういった思考と並行して、フィールドを見る。
そして、僕は強く唇を噛んだ。
見えたのは、レイスくんと――アスモデウスさんだけ。
他は、魔力の光が漂うことから、退場したのが分かった。
メラニアさんも、ヨスくんも、フランさんも、一瞬でやられてしまったのか。
レイスくんも僕と同じように攻撃を受けたのか、壁面近くにいる。だが彼は咄嗟に水のクッションを作り出して衝撃を和らげていたのだろう、既にアスモデウスさんに向かって駆け出している。
アスモデウスさんの立ち位置は、僕が記憶しているのと逆側の、ステージ端だった。
たった一瞬。
そんな時間で、五人に致死の攻撃を叩き込み、ステージ反対側に悠然と立つ。
見た者は最初、目を疑うだろう。
何があった? と。
そして次第に理解する。
ここまで上がってきた勇者パーティーを、刹那で壊滅に追い込む力が、この魔王にはあるのだと。
レイスパーティー有利から一転、強烈な反撃を決めたアスモデウス選手。
やられたことを、たった一人でやり返すかのような動きに、会場は――。
興奮に包まれる。
彼女がやったのは、圧縮した魔力を噴出することによる、高速移動。
角を解放した際に僕が出来ることは、【魔王】にも出来る。
「【鉱夫】メラニア。大きな体はもちろん、自分の弱さを自覚しながら直向きに努力する姿が素晴らしいね。とはいえ戦闘技術は拙いし、まだ気持ちで戦っているところがある。感情は人を強くも弱くもするけれど、それに振り回されているようではまだまだ未熟。感情による上乗せは、確かな実力を身に着けてこそ、効果的に機能するものだからね」
感情、気持ち、意志。それらは人を強くしてくれる。僕だってそう思う。
けれど、それは無制限の強化ではない。
他の誰かがコツコツ積み上げてきた努力を、自分の感情一つで覆すことは出来ない。
だからこそ、勝つには『素の自分』を磨き上げることが重要。
メラニアさんは有望な冒険者だが、経験不足なのは確か。
それでも悔しくて、聖剣の柄を握る手に力が入る。
「【白魔導士】ヨス。
ヨスくんは、鬼として見ると戦闘適性が低い。【白魔導士】に目覚めたくらいだ。
【白魔導士】として見ると、体は丈夫だし動きも俊敏で頼りになる。
けれど、それだけでは『鬼の【白魔導士】』を入れる決定的理由にはならない、とそういうことか。
確かに、もしそんな何かを見つけられたら、それはヨスくんの強みになるだろう。
だが、今の彼が弱いとは思わない。
「【破壊者】フラン。本当、驚嘆すべき才覚だね。獣の本能と、人の理性どちらも感じさせる、恐ろしいまでの戦士だ。この歳でこうなのだから、将来が楽しみでならないよ。だが意識が破壊に向き過ぎている。壊すだけではない立ち回りを覚えねばね」
フランさんは、十歳という年齢からは考えられないほどに頼りになる前衛だ。
その破壊力は、『難攻不落の魔王城』レイド戦でも通じるほど。
しかし、全天祭典競技カーミラパーティー戦では、吸血鬼の足止めを喰らい。
先程のバエルさんの糸と雷撃も、メラニアさんの助けがなければ脱出は困難を極めただろう。
ある程度ならば、絡め手だろうと破壊して進む力がフランさんにはある。
だが実力者の中には、彼女の強みを活かせぬよう立ち回れる頭と能力を持つ者もいるだろう。
そうなった時、今まで以上に柔軟な対応が求められる。
破壊を際立たせるために、それ以外の立ち回りも豊かにする必要があるのだ。
アスモデウスさんの言っていることは、正しい。
それでも、仲間がやられたら悔しい。悔しいのだ。
「【黒魔導士】レメ。君の采配も立ち回りも、手を叩いて称賛したくなるようなものだよ。本当にね。途方もない努力に裏打ちされた腕前、低い戦闘適性を補ってあまりある知略。なによりも、適応力だ。戦う場所、共に戦う仲間、敵対する者、それら全ての要素を考慮した上で、勝ちまでの道筋を描く力。だがねレメ。それだけではあの御方には届かない」
どこまでを、分かって言っているのか。
アドバイスとも挑発ともつかない言葉。
「精霊のきまぐれに、毎度頼るわけにもいくまい?」
僕が彼女の攻撃に反応して防いだのではないと、気付いているようだ。
『気まぐれとは酷いな。相棒思いの精霊に向かって』
ダークはそんなことを言うが、戦いに干渉するようなことはこれまでなかった。
あくまで、僕を観て楽しむ。そのために、精霊の力は貸すというスタンスだったはず。
『君の心が負けていないのに、体だけ負けるところを見せられても楽しくないよ。君の一番面白いところは、その心なんだから』
ということらしい。
とにかく、助けられたのは事実。心の中で感謝する。
『もっと感謝してもいいよ?』
そろそろ無視しよう。
「じゃあ俺は?」
アスモデウスさんの足許から氷の円錐が伸びる。
それは彼女を貫くことなく、その手前の空間で溶けるように消えた。
高純度・高密度の魔力による防御膜。
僕がフェニクスの『神々の炎』を相殺するのに使ったものだ。
「【湖の勇者】レイス。君は、うん。現状特に言うことはないかな」
「そりゃどうも」
「君の抱える致命的な問題は、レイドで解決されたようだからね」
父のようになりたいという思いを抱えたレイスくんは、見失っていた。
彼に加護を与えた水精霊本体も、彼の仲間であることを。
「……レメさん」
視線はアスモデウスさんに向けたまま、リーダーが僕を呼んだ。
「あぁ」
「動ける?」
「もちろん」
「じゃあ、どう勝とうか」
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