第261話◇レイスパーティーVSアスモデウスパーティー3/黒き精霊よ

 



精霊よダーク


 精霊という存在は、気に入った人間の呼びかけに応じ力を貸してくれる。


 僕は精霊契約者ではないから、ダークの力は聖剣を通してしか使えない。

 世界ランク第二位パーティー【騎士王】アーサーさんが、聖剣を通してのみ光属性を扱えるのと同じ。


 【時読み騎士】エリゴスさんの剣と僕の剣が、ぶつかり合う。



 そして、僕の聖剣から――黒き炎が噴き上がった、、、、、、、、、、



「――――ッ!?」


 エリゴスさんの、開いた左目が歪む。


 それもその筈。

 彼らとて、僕が精霊術を使う可能性については考えていただろう。

 予測と対策も立てていたに違いない。


 だが、こればかりはそもそも候補にも入らなかった。

 当たり前だ。


 これは、この世界では基本的に、【魔王】のみが扱える魔法だから。


 理屈だけでいえば、【魔王】が扱う魔法にも、それを司る精霊はいるはず。

 だがそれを予測しろというのは酷な話。


 そんなものは、歴史の表舞台に現れたことがないのだから。


 そもそも四大属性に属する精霊分霊以外は、人間の世に関与したがらない。


 世界ランク第二位【漆黒の勇者】エクスさんの影精霊、【騎士王】アーサーさんの光精霊は例外的な存在。

 ダークもまた、そちら側。


『魔界の炎は、火が点いたら終わりだよ』


 剣を通じて、エリゴスさんの右腕に火が燃え移る。


 レイド戦や全天祭典競技予選で、うちの魔王様が使っていたものだ。

 見た通り、『黒炎』と呼ばれるその魔法は、命の源を糧に燃える。


 対象の生命力・魔力を薪とし燃え上がるので、それが尽きるまでは消火不可能。

 これが、【魔王】の使用する魔法としてはポピュラーだというのだから、いかに規格外な存在か分かるというもの。


「有り得んッ……!! 人間ノーマルが、この炎を使うなど!」


 えぇ、そう思います。


でも使える、、、、、


 だからこそ、極めて優秀な魔人である貴方の虚を突くことが出来る。


 魔力体アバターによる戦闘では、装備品も魔力で再現されたもの。


 彼の剣は既に黒き炎に包まれている。

 右腕を切り落として体全体への延焼を防ぐ、といった手段はもう使えない。


 『黒炎』に一度捕まってしまえば、その部位を切り離す他に生き残る道はない。

 だが、死までの時間を引き延ばす方法はある。


 魔力を薪に燃えるわけだから、燃料を減らせばいいのだ。

 つまり、魔力を極端に制御することで火の勢いを弱めることが出来る。


 だが、僕は【黒魔導士】だ。

 僕を前にして魔力を抑えてしまえば、抵抗レジストを放棄するのと同じ。


 この一連の思考は、エリゴスさんの脳内でも少し遅れて行われているはず。

 『思考力低下』が掛かっていても、歴戦の騎士は簡単には揺らがない。


 問題は、どちらを選んでも僕に有利になってしまうということ。

 彼が選んだのは――、


「燃え尽きるより先に、首を獲るまで!!」


 魔力をより大量に展開するという手だった。


 抵抗レジストに集中するわけだ。

 死を早めるが、弱体化は避けられる。


 考えられる中で最も、僕がとってほしくない手だった。


 さすがは魔王側近。自分の中の常識を破壊するような出来事に遇っても、即座に動けるとは。

 彼は燃える肉体を動かし、僕へ迫る。


 先程の一合ののち、既に引いていた聖剣をすぐさま迎撃のために振るう。


 だが、彼は自分の右腕を盾のようにし、骨に刃を噛ませた、、、、


 そのまま腕を器用に振るい、僕の斬撃を流す。

 咄嗟の身のこなしは、さすがに本職。体勢を崩した僕に迫る騎士。


 彼の伸ばした腕はしかし、僕に届かない。

 全身を黒き炎に侵されたエリゴスさんが、焼ける喉で叫ぶ。


「貴様ッ!」


子鬼、、でも、仲間は守れる!」


 ヨスくんが僕の体を横から掻っ攫い、エリゴスさんの腕は空を切った。

 エリゴスさんの計算では、ギリギリ間に合う筈だったのだろう。

 先程蹴り飛ばしたヨスくんが絶妙のタイミングで戻ってくるとは、今の彼には読めなかったのか。


「【黒魔導士】、レメッッッ!! 【白魔導士】、ヨスッッッ!」


 その声を最後に、【時読み騎士】エリゴスは真価を発揮出来ぬまま――光の粒子と消える。


「ありがとう、ヨスくん」


「いえ、余計な真似だったかもしれません」


「そんなことないさ」


 正直に言えば、回避する術は用意していた。

 だが、そもそも今回、エリゴスさんを倒す作戦は秘密にしていたのだ。


 心配して助けに来てくれた仲間を責める理由などない。


「ここから大変だよ」


「はい……!」


 僕がエリゴスさんに『黒炎』を放ったのと同時、敵パーティーには激震が走った。

 そして、その隙を逃さず、エリゴスさんを含む四人を退場させることに成功。


 最後方にいた僕は、それらを把握していた。


 まず【湖の勇者】レイスVS【水槽の悪魔】クロケル。

 これもまた一瞬で勝敗が決した。


 クロケルさんが『黒炎』に目を剥いたその瞬間、レイスくんが極々短時間、精霊の力を引き出したのだ。


 『水刃』が、クロケルさんの胸を貫く。


「な――」


 『水への干渉』という属性特化の強力な魔法を持つクロケルさんにとって、水属性使いに敗れる経験とは今まで無かったのではないか。

 その表情には驚愕が浮かんでいる。


「どんだけ強くても、それ『魔法』だよね? 並の精霊術には効いても、俺の味方は水精霊本体なんだ。水に干渉する力で、この世界のやつがこいつ、、、に敵うわけないって」


 水への干渉という魔法も、全ての水の源である水精霊本体を従えるほどではない。

 彼女が力を貸すのは、この時代ではレイスくんのみ。


「この歳で水に裏切られるとは……。老骨には、ちと沁みるな」


 【水槽の悪魔】は悔しそうな、新たな楽しみを見つけたような、不思議な表情を浮かべて――退場した。


 最後は【破壊者】フラン&【鉱夫】メラニアVS【理の略奪者】シャックス&【雷雲の支配者】バエル。


 メラニアさんは、僕へ近づくエリゴスさんを阻むべく手を伸ばしていたが、それが失敗に終わると深追いせず反転。


 蜘蛛糸から脱しつつあったフランさんを一瞥すると、アラクネであるバエルさんに向かって――ダイブ。


 バエルさんもまた、『黒炎』に一瞬の動揺を隠せないでいた。

 そこにハーフサイクロプスであるメラニアさんが降ってきたのだ。


 『素早さ』を盗まれようとも、彼女の重量それ自体が武器になる。

 回避出来なければ、そのまま退場しかねないダメージ。


「――っとぉ!」


 しかし、メラニアさんが落下したにもかかわらず、大地はほとんど揺れなかった。


「『体重』、盗ったり! っとと、まずいまずい」


 シャックスさんが盗んだのだ。

 だが急にハーフサイクロプスの体重を得てしまったものだから、空中にいた彼女はグググッと地面に近づいていく。彼女の両翼では、現体重を支えきれないのだ。


 だがそれも下敷きになったバエルさんがメラニアさんから脱するまで。

 その考えが、彼女を敗北に追い込んだ。


 【破壊者】が、彼女に迫っていた。


「はぁ?」


 シャックスさんが呆けたような声を上げる。


 フランさんはメラニアさんのダイブに連動して跳躍し、メラニアさんの背中を蹴って更に急上昇、かつ角度を修正。大砲から打ち出されたような速度で、敵に接近していた。


「――ヒヤッとしたなぁ」


 シャックさんがフランさんに手をかざす。

 何を盗んだのか。


 咄嗟に【破壊者】から盗むとしたら――『攻撃力』か。


 一瞬の隙を突かれてなお対処できる実力は素晴らしいが――フランさん相手にはそれだけでは足りない。

 フランさんは彼女に拳を振るうモーションから、手を開く。


「え」


 今のフランさんに殴られても、シャックスさんにダメージは通らなかったかもしれない。

 『攻撃力』を盗まれてしまえば、いかにフランさんの怪腕であろうと、そよ風に頬を撫でられるようなもの。


 しかし【破壊者】とは、攻撃力の高い【役職ジョブ】ではない。

 『とにかく強い』という謎の多い【役職ジョブ】なのだ。


 そう謳われるほどに、適性を持った人間は勝利を引き寄せる。

 フランさんの聡さによるものか、それとも本能によるものなのか。


 【破壊者】は咄嗟に右拳を攻撃ではなく、相手の胸ぐらを掴んで自分の身を寄せることに利用。


 そして、フランさんが小さな口を限界まで開き――シャックスさんの喉に噛み付いた。


 悲鳴は無かった。声を上げる器官を、シャックスさんは損傷していたから。

 噴き上がる魔力粒子。


 いかに強い者だろうと、生物としての弱点は他とそう変わらない。

 【理の略奪者】が光の粒子と化すまで、そう時間は掛からなかった。


 一方、メラニアさんもまた――必死に戦っていた。

 彼女の下敷きになったバエルさんは、シャックスさんが『体重』を奪ったおかげで押し潰されることなく生存。そのまま抜け出したところを、メラニアさんの手に掴まれる。


「離しなさい、お嬢さん」


 観客たちが思わず目を瞑るほどの閃光。

 メラニアさんには、それに加えて強力な電流が迸る。


 焦げるような臭いが周囲に漂い、メラニアさんから悲鳴が上がる。


「は、離さない!」


「さすがに頑丈ね。けれど次で――」


 再び、閃光。

 ハーフサイクロプスといえど、【雷雲の支配者】とまで称されるバエルさんの魔法を何度も食らってはただでは済まない。


 それでも、メラニアさんは手に込める力を緩めなかった。


「離さないっ! わ、わたしはまだ、弱いけどっ! な、仲間だって、頼りになるって、言ってくれるみんなと、勝ちたいから!」


 それどころか、メラニアさんはもう一方の手も合わせ、バエルさんを押し潰す。

 バエルさんは電流を放ち続けるが、それがふと、止まった。


「……いいえお嬢さん。貴方は弱くないわ」


 そう言って、メラニアさんの手の中で、バエルさんの姿が掻き消える。

 魔力の粒子となったことから分かるのは、退場相当のダメージを受けたということ。


 バエルさんを逃すまいと力を込めたことが、それだけのダメージとなったのだ。

 大きく、勇気があって、力強い。

 バエルさんの言う通り。


 僕らの仲間であるメラニアさんは、弱くない。


 そして、ほとんど同時に四人の配下を欠いた【六本角の魔王】は――拍手した。

 僕らを称えるように。


 その音は、思いの外大きく響いた。

 観客だけでなく、実況の者さえ状況についていけずに声を発していないからだ。


 それもそうだろう。

 魔王城を名乗る五つのダンジョン。


 『北の魔王城』と呼ばれるそこから集められた、四人の精鋭が。

 【湖の勇者】を含むとはいえ、世界ランクにさえ入っていない新パーティーに敗れたのだ。

 それもほぼ同時に、極々短時間の間に。


 そのきっかけが、世界ランク第四位パーティーを追い出された【黒魔導士】、その聖剣から放たれた『黒炎』だというのだから、言葉を失うのも無理はない。


「実に見事だね。正直、戦力の足し算ではこちらが圧倒的に優位だった。君たちが我々を上回っていたのは二点」


 アスモデウスさんはそう言って、指を二本立てる。


「一点目は言うまでもなく、レメの『黒炎』だ。これはやられたね。驚かない者はいないだろう。最初の一撃をぶつけられた私たちは本当に不運だった」


 これは事実。

 一回目の発動だけが、完全に敵の虚を突ける最初で最後の機会。


 逆に言えば、この切り札を温存する余裕がないくらい、アスモデウスパーティーは脅威だった。


 師匠との戦いに進むまで、僕らは四回、強敵たちに勝利しなければならないのに。

 一回目で、ダークの精霊術を使うことになった。


「二点目は、パーティーとしての完成度だ。パーティーの結成時期自体はそう変わらないが、意識の問題かな。私のパーティーは強者を集めた。個として優れた者をね。けれど君たちは、仲間と一位になりたい者を揃えた。我々の連携は場当たり的で、君たちのそれは美しかった」


 アスモデウスさんのパーティーは、普段別の層で活躍する者たち。それもエリゴスさん以外はそれぞれが自分の層の長を務めている。


 優秀なリーダーを沢山集めれば、優秀なチームが生まれるわけではない。


 それでも、彼らとて一流の魔物。連携自体は可能だし、普段は付け入る隙などない。

 『黒炎』で生んだ一瞬の動揺が、彼らの優秀さからくるカバー力を、狂わせたのだ。


 だがたとえば、このやり方は長年組んでいる冒険者パーティーには通じなかったかもしれない。

 五人で勝つ。五人で勝利を目指すという意識が根付いているパーティーなら、乱れはしても崩れはしなかったかもしれない。


 普段は層ごとに、数の限りなく、冒険者を待ち構えるように戦う魔物と、冒険者との、意識の違い。

 良い悪いではなく、それは確かにあるのだ。


「もう一つ、俺たちが上回っている点とやらがあるよね」


 レイスくんの言葉に、北の魔王は首を傾げる。


「おや、それは何かな?」


「そっちは四人だった。肝心のリーダーが、棒立ちだったからね」


「これは手厳しい」


 アスモデウスさんは微笑む。


「けれどその通りだね。部下たちには後で詫びるとしよう」


「後でって、負けた後でって意味?」


「それは、これから決まることだよ、少年」


 瞬間、大気が悲鳴を上げる。

 六本あるアスモデウスさんの角の内、一本。


 その一本から解放された魔力に、世界が軋んでいるようだった。


「君たちがあの御方と戦うに値するか、見定めようと思う。一本のこの私に勝てないようでは、先に進むだけ無駄だろうからね」



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