第263話◇レイスパーティーVSアスモデウスパーティー5/氷撃大炎上

 



 簡潔な問い。

 だから僕も、短く応じる。


「一分、任せてもいいかい」


「角を解放した魔王相手に一分って、相当じゃない? 軽く言ってくれるね」


 言葉に反して、レイスくんの声は楽しげ。


「勝つためだ」


「なら仕方ない」


 レイスくんの周囲に水球が浮かぶ。人の頭部よりも二回りほど大きいサイズのものが、複数。

 それらから一斉に、『水刃』が放たれた。


 任せた以上、ここから一分間、僕にアスモデウスさんの攻撃は及ばない。


 試合開始時からノンストップで働かせている魔力器官から、どんどん聖剣に魔力を流す。

 聖剣や魔法使いが使う杖には、魔力を長期保存こそ出来ないが圧縮・純化する機能が備わっている。

 聖剣ともなれば、一度に流し込める魔力の総量も普通の杖とは比較にならない。


 考える。

 【六本角の魔王】アスモデウス。彼女は、調整者とも呼ばれる。

 先に進む者を選定する魔王だ。自分の城だけでなく、この大会でも同じことをしている。


 普段との違いは、進む先が他のダンジョンか、最強の魔王との戦いか。

 基準が厳しくなっているのは、言うまでもない。


 なにせ、【万天眼の魔王】パイモンパーティー相手に、道を譲らなかったのだ。

 彼女の中では、同じ五大魔王城の君主さえ、師匠との戦いに進む資格なしということなのか。

 いや、自分たちの方が進むに相応しいという判断か。


 【勇者】や精霊憑きは精霊の魔力を、魔人は角の魔力を、それぞれ温存している。

 それらは有限だからだ。


 レイスくんも、アスモデウスさんも、僕だって、それは同じ。

 フェニクス戦の時のように角の魔力を空っぽにして勝利しても、その次で勝てなければ意味がない。


 全天祭典競技を勝ち抜くための、いわば戦略なのだ。

 その意識は、角を六本持つアスモデウスさんにだってある。


 ただでさえ一回戦でパイモンパーティーと激戦を繰り広げたのだ。

 レイスパーティーへの反撃にも角の魔力を使った。


 ここで六本全部を解放するのは、彼女にとっても最後の手段。

 彼女自身、師匠に戦いを挑むべくここにいる。


 ならば、見極めろ。


 互いに有限の魔力を消耗したあと、万全から遠ざかった状態でどちらかが勝ち抜く。

 それが、彼女の考える最悪。


 で、あるならば、この勝負の勝ち方は――。


 ◇


 そして、一分が経った。


 と同時に、彼女の瞳がこちらに向く。

 レイスくんを相手取りながら、寸分の狂いもない時間感覚で僕へ知らせているようだった。


 ――『時間だよ?』と。


 応じるように僕は動き出す。


 今、フィールドはレイスくんの氷で満たされていた。

 凍土に転移したような幻想的な光景に、観客は息を呑んでいる。


 あるいはこれだけの結果を引き起こす攻撃に対し、一歩も動くことなく無傷で対応した北の魔王を恐れているのか。


 どちらにしろ、今再びの静寂が会場を包んでいる。


「来たね」


 レイスくんはこちらを見ずに言う。

 僕も彼を見ないままに応えた。


「いけると思ったタイミングで」


「りょーかい」


 多少予定は狂ったが、元よりこの戦いは越えるつもりだったのだ。

 今更作戦会議など不要。


完全抵抗フルレジストは解かず、私の黒魔法への警戒は万全。人間らしからぬ魔力器官を酷使して、聖剣に流し込んでいる。さてどうしたものか」


 僕を殴りつけたとき、彼女は完全抵抗フルレジストの展開範囲に踏み込んだ。だが黒魔法がかかった様子はない。角の魔力で相殺されたのだ。


 僕の弱点は、肉体があくまで人間ノーマル基準ということ。

 角が有っても魔人じゃない、聖剣が有っても【勇者】じゃない。どこまで行っても、【黒魔導士】だということ。


 ――分かっているさ、そんなこと。


 レイスくんに並ぶ。

 彼が地面から、氷の塊を出現させた。それはぐんぐんとアスモデウスさんに向かって伸びていく。


「ふむ」


 こちらの意図を探るような視線を向けながら、彼女が首を傾けた。


 氷撃が掻き消される寸前、蒼氷が黒く燃え上がる、、、、、、、

 氷の魔力を、アスモデウスさんの魔力防御までの通り道としたのだ。


「ほぅ。だがこの程度では――」


 そう、この程度では彼女を倒せない。

 既に『黒炎』は既知の魔法となっている。知っているなら対応できる。彼女は歴戦の【魔王】なのだから。


 今だって即座に魔力の膜を一枚切り離していた。火炎は彼女に及ばない。

 だがそれで構わない。


 氷は燃えた。地面から生え、彼女のもとまで伸びた氷は燃えたのだ。


 一つ、黒炎は対象を燃やし尽くすまで消えない。

 一つ、黒炎は魔力・生命力を糧に燃え上がる。

 最後に一つ、この全天祭典競技、僕らが戦うのは全て――魔力空間だ。


 ぼぅ、、、と。


 大地が、黒く猛る豪炎に包まれる。

 アスモデウスさんが目を見開いた。


「レメ……そうか、君はこの魔力空間を対象に『黒炎』を発動したのか! ははは! 大胆なことだ! 実に君らしい!」


 彼女の笑顔が喜悦に染め上げられる。


 『黒炎』は【魔王】が使う魔法の中では基本的なもの。

 だが【魔王】は通常、自分のダンジョンの最深部で冒険者を待ち受ける存在。

 そして圧倒的強者。


 冒険者を倒すのに、自分の職場を焼き尽くすようなことはしないし、する意味がない。

 全天祭典競技のいつもと違う点に、フィールド破壊のペナルティがないことが挙げられる。

 ダンジョンは魔物側からすれば職場なので、無茶な破壊をされては堪らない。だから破壊には罰金のルールさえある。


 しかし今回は、勝利のためならば何をしてもよい大会。

 費用は全部、大会運営持ち。


 予選でフェニクスのやつが使っていた周囲を焦土に変える精霊術『炎神の憤激』も、破壊力が高くて普段は使えないものだ。


 簡単にまとめると、フィールド破壊を作戦に組み込んでもいいのだ。


 強すぎる【魔王】では選ばない、ダンジョン攻略では選べない。

 人間ノーマルだからこそ、この大会だからこそ、選択できる『黒炎』の使い方というわけだ。


「レメさん!」


 レイスくんが僕へ手を伸ばす。

 それを掴むと同時に、浮遊感。

 地面から氷の柱が立ち上り、僕らを空高くまで運ぶ。


 眼下では、アスモデウスさんが炎に囲まれていた。

 一分間の間に周囲に展開されたレイスくんの氷が全て薪となり、今や彼女を囲む氷の檻と化していた。


『な、な、なんとー!! レイス選手の氷魔法は、全てこの策のための下準備だったのか! レメ選手の「黒炎」がアスモデウス選手を囲んで逃しません! あぁっと観客のみなさまはご安心を! 観客席とフィールドは、地続きに見えて空間が隔たっているので、「黒炎」がみなさまに被害を及ぼすことはありません!』


 魔力空間ならではの作りだ。臨場感たっぷりに観戦出来るが、たとえば観客席からフィールドに乱入することは出来ない。逆にフィールドから観客席に干渉することも出来ない。

 言わば、迫力満点の巨大スクリーン越しに観戦しているのと同じ。


 こうしておくことで、選手たちは心置きなく全力で戦うことが出来る。

 そうでもしなければ、大規模な魔法など怖くて使えまい。


「見事だご両人。風魔法で飛ぶのもいいが、折角だ――とっておきを披露しよう」


 次の瞬間、アスモデウスさんから――翼が生えた。

 それは、彼女の角と同じ質感で、まるで骨で形作られたようなものだった。


「――――ッ」


 僕は、それを知っている、、、、、、、、


 体内に角を移植された僕は、その解放によって一本の角が生えてくる。

 しかしそれだけではなく、角を構成する物質を、体外に様々な形で展開することが出来るのだ。

 骨の翼、硬質の右腕といったように。


 てっきり、師匠が僕に角を定着させる過程で起きた、副産物のようなものだと思っていたが。

 れっきとした、一技術だったのか。


 展開された彼女の角は、その右腕を包み込み、鋭利な爪を与える。


「【魔王】の中でも、これを可能とする個体は極めて稀だ。高性能の角を持ちながら、それでも足りぬほどの魔力を生み出してしまう者の体内で、時折、あることが起こる。より多くの魔力を溜めておけるように、自分の体そのものに、角の機能が備わるんだ」


 彼女は骨の翼から魔力を噴射し、空高く舞い上がる。

 視線が、僕らと合った。


 ――師匠は、その現象から着想を得て、僕の体内に角の機能を刻もうとしたのか。

 ――そして、それは成功したわけだ。


「これは、内在する角の力を体外に展開する技でね。名を鎧角がいかくという」


 こんな時だというのに、僕は思ってしまう。


 ――師匠、知ってたなら教えておいてくださいよ。



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