第264話◇レイスパーティーVSアスモデウスパーティー6/鎧角一蝕
「どうするレメ。今の私は、前回よりも少しばかり――強いぞ」
フェニクスパーティー時代の戦いでは、アスモデウスさんは
「前回と違うのは僕も同じです。それに、僕は一人ではないので」
「良いこと言うね、レメさん」
天井から氷の柱が複数生え、湾曲しながら伸びる。
僕とレイスくんは、それぞれ別々の柱へ飛び移る。
地面から伸びた柱は、飛んだ直後に黒い炎に呑み込まれた。
「空を飛ぶのは良いが、私達を見上げる観客のみなさんが首を痛めてはいけない。あまり長くなるのは良くないね」
『黒炎』の対象は地面に留めていたので、それ以外の部分は無事だ。
『ステージを対象に「黒炎」を放ったレメ選手! それによって地面は漆黒の魔力空間が覗く事態となりましたが、驚くべきことにアスモデウス選手、これに翼を生やすことで対応! 少なくとも私が知る限り、鎧角なる技が披露されたことはありませんが、それをここで披露!!』
アスモデウスさんが、来る。
レイスくんが咄嗟に発動したのは、無数の『水刃』が降り注ぐ魔法――『
雨ならば濡れるだけで済むが、これは一筋でも触れればたちまち裂傷を負うことになる。
しかし、翼で加速するアスモデウスさんは、その全てを避け切った。
『
実況さえ間に合わない速度。
レイスくんは聖剣を振り下ろすが、それはアスモデウスさんの爪によって遥か高くへ弾かれる。
そして、鎧角によって形成された彼女の五本爪が――レイスくんの腹部に深々と突き刺さった。
「君も、君が集めた仲間も強かったよ、【湖の勇者】レイス」
彼の体が、砕け散る。
僕は、氷の通路から飛んだ。
飛び移った直後から駆け出していて、つい先程予定地点までたどり着いたからだ。
真下には、アスモデウスさんの姿がある。
彼女は即座に体を反転させ、僕に向かって爪を振るう。
いや、構えただけだ。
彼女には、あらゆる攻撃から身を守る圧縮魔力の膜がある。
「ダーク……ッッ!!」
聖剣が黒き炎に包まれる。
「困ったな。相性が悪い」
幾重にも重ねられた魔力の膜は、刃を突き立てられた先から『黒炎』に灼かれ、消えていく。
「どうしようか。うん、こうしよう」
彼女が右手を開いて、僕へ向ける。
人の目には映らないが、手のひら付近の空間が歪んでいるのが分かった。
凄まじい魔力だ。魔力の膜を、更に展開したのか。
「分かるよ、レメ。聖剣に流した凄まじい魔力で、私に黒魔法を掛けようとしているね。君の魔法技術は素晴らしい。だから、受けることは出来ないな。優れた攻撃は、しっかり防がないと」
彼女は警戒している。僕の黒魔法を、『攻撃』なんて表現するくらいに。
僕は今、アスモデウスさんの真上に立っていた。
彼女が半球状に展開する魔力の膜の上で、剣を突き立てている。
「いいのかい? その精霊の限界は知らないが、使いすぎではないかい?」
ダークの魔力をここで使い切るわけにはいかない。
そんなことは分かっている。
だが今止めれば、待っているのは敗北。
迷っている暇はない。
僕は剣を左手だけで握り、右拳で膜を殴りつける。
『レメ選手、レイス選手を貫かれた悔しさからか、不可視のバリアを右拳で叩きます! 「黒炎」は確かに効いているものの、アスモデウス選手のバリアを完全破壊するには届かないようです!』
そうだ。その実況でいい。
真の意味など、想像しなくていい。
「……レメ、君は」
僕が鎧角を使えるなんて、まだ世間には知られたくないのだから。
ローブと手袋のおかげで、皮膚表面に角を展開しても見た目の上で変化はない。
【魔王】が角の魔力を解放している状況だし、そもそも観客席とこの空間は互いに見えるだけで物理的には繋がってはいない。
だから、角の魔力を解放してもバレない。
目の前の相手以外には。
殴りつけるごとに、魔力の膜が弾ける。
燃やし、破壊し、燃やし、破壊する。
「君は……そうか。
アスモデウスさんは、僕と師匠の関係に勘付いたのか。
だが、今はそれはいい。
それよりも、彼女の勘違いを正さねば。
「僕は、貴方に勝ちたいんだ! 目の前の強敵に!」
師匠と戦いたいか? そんなのは当たり前だ。
それでも、今考えるのは、目先の勝利だけ。
師から受け継いだ角を使うというのは、そういうことだ。
「……そうだね、レメ。私も同じ気持ちさ。君に勝ちたいと思うよ」
「
「――――」
僕とアスモデウスさんの驚愕が重なる。
それでも、僕は咄嗟に『黒炎』を解いた。
刹那、僕の聖剣のすぐ横に、彼が聖剣を突き立てた。
その切っ先からは、絶えず『水刃』が噴き出している。
【湖の勇者】レイスだ。
『ど、どういうことでしょう!! 先程退場した筈のレイス選手が今、レメ選手に加勢すべく出現いたしました! こ、これはもしや――』
「深奥だね。『同化』したのか」
アスモデウスさんが呟く。冷静な口調だが、表情から驚きが伝わってくる。
レイドでは、最後の力を振り絞って発動した『同化』。
今も完全修得には至っていない。フェニクスでさえ、修得できたのは最近なのだ。
才ある者でも、簡単には扱えないのが『深奥』なのだろう。
それでも、持続時間を伸ばすことには成功しているようだった。
退場する時の魔力粒子と誤認するほどの水滴に変化し、あとは水蒸気となって移動。
真上に吹き飛ばされた聖剣を回収し、体を再構成。加勢に来てくれたわけだ。
「まぁね。それよりいいの? 今度は、俺が貫いちゃうよ?」
彼は細い『水刃』を、一点に向け放つ。切るというよりも、噴射部分を弾き飛ばすかのように、圧縮された水は放たれる。
対象が魔力の膜であっても、それは同じ。
ごく狭い範囲に高出力の精霊術を受けたことで、急速に穴が穿たれていく。
「待て。一体――どこまでが作戦なんだい?」
アスモデウスさんがレイスくんに気づかなかった理由は様々だ。
まず氷。継続して操るものでない限り、術者が死んでも消えはしない。
それでも魔法で作り出されたものだから、そこからは術者の魔力を感じる。
加えて、アスモデウスさん自身の魔力と、僕の魔力。
あまりに濃い魔力が空間を漂い、混ざり合っている所為で、魔力感知能力でレイスくんの生存に気づくことが出来なかったのだ。
「どう思う?」
貫通した。
『水刃』を、アスモデウスさんは右手で防いだが――魔力の膜は消失する。
「っ」
生じた穴を通じて、僕が黒魔法を掛けた。
思考力や認識力を低下させることで、彼女の精密な魔力制御を見出したのだ。
そして、そこで僕は気づく。
どこまでが作戦。
そうか、僕は――。
「レメ、君は……
レイスくんは仲間だ。
彼があそこで退場しないことを、普段の僕なら思いついた筈。いや、知っていた筈だ。
だが、僕自身がそれを前提に動いてしまえば、アスモデウスさんに悟られる。
僕は、僕一人でアスモデウスさんに勝つように動かねばならなかった。
それも心の底から、本気で。
それを成立させる方法は、ある。
自分に『混乱』を掛ければいい。
普段から黒魔法を己に掛けて鍛錬しているのだ。調整はお手の物。
自分自身の認識を弄り、レイスくんの『深奥』に意識が回らないようにしたのか。
だから、僕はレイスくんが退場していなかったことに、アスモデウスさんと同じくらい驚いた。
「レメさん!」
「あぁ!」
アスモデウスさんの右手は、レイスくんにかかりきり。
落下する僕とその聖剣は、彼女が翳した左手を貫き、そのまま胸まで届いた。
アスモデウスさんの瞳が大きく見開かれ、そして、微笑むように緩む。
「私の計算を、狂わせたわけだ」
精霊術を発動。聖剣から放たれた『黒炎』は、彼女の身を内側から焼いていく。
「――お見事」
【六本角の魔王】アスモデウスは黒き炎に包まれ、そして――魔力粒子と散った。
「あんたも、あんたが集めた仲間も強かったよ、【六本角の魔王】アスモデウス。なんてね」
レイスくんがそう言うと同時、彼の体も魔力粒子に変わる。
僕はと言うと、最後の最後、彼が天井から伸ばしてくれた氷の柱にしがみつくことで、落下を免れていた。
アスモデウスさんに勝つ方法は、彼女に認めさせること――ではない。
調整者とは言え、普段の彼女とは違うのだ。
パイモンさんほどの強者を、彼女は先に行かせないことに決めた。
角一本状態の彼女を満足させたところで、『合格』の判定をしてくれるとは限らない。
だから僕は考えた。
彼女は調整者として、力を調節しながら戦うことを得意とする。
観客を魅せる戦いのためにも、解放した角一本分は存分に使うかもしれない。
次、その次と、師匠と戦うことまで見据えて、魔力の計算をしているのは、みんな一緒。
鎧角にも驚いたが、問題は二本目以降を使われることだ。
それをされると、僕らも一気に苦しくなる。
だから、思わせる。
一本と鎧角で、レイスパーティーを全滅させられると、そう勘違いさせる。
その上で、一本状態の彼女の力を削り、最後に予想外の攻撃をぶつけるのだ。
今回で言えば、退場したと思わせたレイスくんからの、渾身の『水刃』。
『一本の角で勝てる』と判断した状態から、『二本目の角を解放しなければ』という意識に切り替えるまでには、ほんの僅かだが時間が必要になる。
それを、黒魔法で更に遅らせる。
そうして稼いだ時間で、トドメを刺すのだ。
僕は、角はあるが魔人ではなく。
聖剣はあるが【勇者】でもないが。
【黒魔導士】だ。
その全てが、戦いで使える武器なのだ。
『お、驚き疲れるほどの驚愕の展開、その連続の果てに、勝者が決定いたしました。全天祭典競技第二段階・黒組トーナメント第二回戦、勝者は――レイスパーティー!』
僕たちは、こうして勝利した。
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