第265話◇悔しさを糧に




「俺たちの勝ちだね」


 魔力体アバターから生身の肉体に精神を戻し、リンクルームの『繭』から出た僕に、レイスくんの声が掛かった。


「うん、僕たちの勝ちだ」


 突き出された拳に、自分のそれをコツンと当てる。


僕たちは、五大魔王城の一角を担う、【六本角の魔王】アスモデウスで率いるパーティーとの戦いに、勝利したのだ。


「指示通り、『いけると思ったタイミングで』で行ったよ」


「ばっちりだったね」


「グダグダ言うやつもいるかもしれないけど、今回のは俺たちの勝ちだ。あっちが勝ちを譲ったんじゃない。レメさんが読み勝ったんだからね」


 調整者としてのアスモデウスさんを納得させ、二本目以降が出てこなかったのではなく。

 彼女が二本目の角を解放しようとする、その切り替えに掛かる思考を遅らせ、稼いだ時間で勝利を得たのだ。


「ありがとう。仲間あってこそだよ」


「そりゃ大前提」


 レイスくんが朗らかに笑う。


「あはは、そうだね」


「――で、さ。レメさん」


 一転、彼が真面目な顔になる。


「ん?」


「その仲間たちなんだけど……」


 彼が指差した方向に視線を向けると、そこには仲間たちの姿があった。


 膝を抱え、ずーんと落ち込んでいる【鉱夫】メラニアさん。

 口許に握った手を当てたまま、ぶつぶつ呟いている【白魔導士】ヨスくん。

 床にうつ伏せに寝て微動だにしない【破壊者】フランさん。


「あぁ……」


 パーティーを組んでいると、いつかは敗北を知る時がくる。

 フェニクスパーティー時代にも、何度もあった。


 公式無敗を貫いていたフェニクスパーティーだが、それはパーティーとのしての勝率。

 ダンジョンを攻略する中で、リーダー以外が退場することはある。


 負けた時に心を襲う敗北感、悔しさ、苦しさ、恥ずかしさは、筆舌に尽くしがたい。

 泣き叫んだり、どこかへ駆け出したり、記憶が飛ぶまで酒を飲んだり、塞ぎ込んだり。


 人によって、色んな行動で、その心の痛みに対処する。

 これは本当に、とてもとても大変な痛みで、ここで立ち上がれるか否かで、冒険者としてやっていけるかが分かれるといっても過言ではない。


 自分の好きなことで生きていくというのは、自分の好きなことで苦しむことになっても逃げない、ということだ。


 好きなことで上手くいかなくても。好きなことで馬鹿にされても。好きなことで自分より格上の存在を目の当たりにしても。好きなことで挫折や敗北を経験しても。

 それでも、『好き』を原動力に、再び挑戦することを選択できるか。


 そういう意味では、才能よりも重要な適性。

 心とは、それだけ大事な要素なのだ。


 これで挫けてしまう人もいる。それぐらい、敗北とは大きな出来事。

 だが、僕は心配していなかった。


 レイスパーティーの者はみな、リーダーが選んだ仲間。

 共に勝利を目指す、その志を持った者だけが集まったパーティー。

 挫けてしまうことはないだろう。


 むしろ、感動していた。

 【六本角の魔王】アスモデウス。この世界最高峰の戦闘能力を誇る彼女の力を目の当たりにして、彼らは落ち込むことが出来るのだ。悔しいという気持ちを抱くことが出来るのだ。

 あれは別格だ、仕方ない、どうしようもない、なんて考えることも出来るのに。

 敗北の痛みを、真正面から受け止めることを選んだ。


 実に誇らしく、頼もしい仲間たちだ。

 そんな仲間が落ち込んでいる姿を見て、何か声を掛けねばと思うのだが……。


 こういう時に限って、最適な言葉というのは浮かばないものだ。

 そんなものはないと、かつて敗北を経験した己自身が思っているからかもしれない。


「レメさん!」


 最初に復活したのは、ヨスくんだった。


「一朝一夕といかないのは承知の上です。鬼で、【白魔導士】の僕が、これまで以上に強くなる方法はあるでしょうか!」


 続いて、メラニアさん。


「わ、わたしも! もっとみなさんの役に立てるように……強く、なりたいですっ!」


 そして、フランさん。


「……次は倒す」


 ヨスくんが、僕らを見据える。


「簡単なこととは思いません。でも……経験が浅いから仕方ないで済ませたくない……! レメさん、レイス。二人に何か見えているなら、教えて欲しい」


 不要な心配だったようだ。

 三人は、自力で立ち上がる心の強さを持っている。


 では、仲間として出来ることをしよう。


「わかった。話し合おうか」


 ヨスくんは優秀な【白魔導士】だ。

 勤勉で、理知的で、仲間思い。


 鬼という種族が持つ、近接特化の戦闘能力に関しては、残念ながら適性が高くないようだ。

 白魔法に関しては、年齢を考えると中々のもの。

 ただし、平均を上回るという意味の優等さであって、元世界ランク第一位所属の【白魔導士】パナケアさんのような、稀代の才覚とは違う。


 僕とレイスくんは顔を見合わせ、頷き合う。


 誰しも経験があるかもしれないが、アドバイスが効くタイミングというものがある。

 ある時に誰かが教えてくれたことに、長い時間が経った頃になって実感を得る、ということがあるように。

 ただ伝えれば、それで何もかもを改善できるということではないのだ。


 ヨスくんに関しては、まさに今。

 彼自身が、従来のやり方ではダメだと感じた、この瞬間。


 ヨスくんは良い子だから、前々から伝えても実践はしてくれたかもしれないが、今この時ほど前のめりにはなってくれなかっただろう。

 なにより、押しつけはしたくない。


 僕はヨスくんに、考えを伝える。

 それはアスモデウスさんも言っていたことにも通じる。


 白魔導士としても鬼としても中途半端なのではない。彼だからこそとれる、戦法。


 ――と、そこでレイスくんが声を上げた。


「あー、そういうの打ち上げの時にでもしない?」


 三人は今すぐにでも話をしたいという雰囲気だったが、反対はしない。


 リンクルームは、あくまで試合を控える選手たちの部屋なわけだし。

 試合が終わった今、早めに撤収した方がいいだろう。


 そんなわけで、会場を出るべく、僕らはリンクルームを退出。

 廊下を進んでいたのだが。


「【黒魔導士】レメ」


 関係者専用の出入り口に、その人はいた。


 ロングコートを纏った、切れ長の目の麗人。否、彼は男性だ。 

 南の魔王城君主――【万天眼の魔王】パイモンさんである。


「またこのパターンか。俺、慣れてきちゃったな」


 レイスくんが冗談めかして言う。

 ここ最近、試合後に僕に声をかける人たちが多いからだろう。

 パイモンさんはそれに反応することなく、カツカツと僕の前まで歩いてくると、名刺を差し出した。


「必要になったら、連絡しろ」


 僕は、それを受け取る。


 彼の言う必要な時というのが、果たして僕の考えていることと同じものなのかどうか。

 彼はそれだけ言うと、僕の返事を待つことなく踵を返す。


 しかし出口をくぐるその瞬間、彼は立ち止まり、小さく笑った。


「レイスパーティー。貴様らの勝利、痛快だったぞ。いずれ中央に挑む際は、まずうちに来い」


 難攻不落の魔王城』に挑戦するには、まず東西南北いずれの魔王城を突破すべし、という暗黙の了解がある。

 パイモンさんは、その時に南の魔王城で戦おう……と言ったのか。


「いいね。そのときは俺たち、今よりもっと強くなってるよ」


 パイモンさんは小さく肩を揺らし、その場を去った。


「よし、この感じだとアスモデウスもレメさん探してそうだけど、打ち上げ行こう打ち上げ」


 僕らはそうして、勝利を祝い、より強くなるための話をすべく、会場をあとにした。

 ……打ち上げの最中、どうやって探り当てたかアスモデウスパーティーが現れたのだが、それはまた別の話。



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