第266話◇エアリアルパーティーVSエクスパーティー/相見える




 目蓋を閉じれば、簡単に闇が訪れる。

 暗闇を怖いと思う人もいるようだが、俺にとっては味方だ。


 世間もそれを知っている。

 なにせ、【漆黒の勇者】なんて呼ぶくらいだから。


「エクス、時間だ」


 友の声がする。


 全天祭典競技、第二段階。トーナメント白組一回戦。

 その控室。


 目を開くと、既に魔力体アバターへの切り替えを済ませた金髪碧眼の白騎士がいた。

 街を歩けば黄色い声があちこちから上がるような、甘いマスクのこの男は、俺の幼馴染だった。


「そうか」


 俺は頷く。


「まだビビってんじゃねぇだろうな」


 からかうような声を上げたのは、オリジナルダンジョン攻略の際、不参加を決めた二人の内の一人。


 足許まで届きそうなくすんだ金の髪は、寝起きそのままといった感じにボサボサ。

 二十代も後半に差し掛かった年頃だが、見た目は出逢った頃と変わらず若々しい。

 荒々しい態度と鋭い目つきもあいまって野生児といった雰囲気だが、彼が仲間思いであることを俺は分かっている。


「大丈夫だよモルド。もう、大丈夫さ」


 自然と微笑むことができた。


「けっ、ならいいけどな。こんな機会そうそうねぇ、全員ぶっ殺して、オレたちが最強だって証明してやる」


 モルドは拳を打ち鳴らしながら、好戦的に笑う。


「君はまた、殺すだなんて野蛮な……」


 苦言を呈したのは、灰色の髪をした、優しげな青年だ。


「あんだよ。魔力体アバターだろうが真剣勝負なんだ、殺る気でいかねぇでどうする」


「気概は素晴らしいよ。表現の問題さ」


「あーあーうるせぇ。じゃあぶっ潰す、ぶっ倒す、ぶった斬る! これでいいかよ守護者サマ」


「先程よりはマイルドになったね」


「言ってろ」


 こう見えて、二人は仲がいい。

 俺たちがオリジナルダンジョンに向かっている時も、二人で修行していたようだし。


「無駄話はそれくらいでいいかい? いい加減、スタッフの子が困っているじゃないか」


 俺たちのパーティー唯一の女性メンバーである、妖艶な【魔法使い】が呆れたように言う。

 控室の外からこちらの入場を待っている競技スタッフが、困ったような顔をしていた。


「よし、それじゃあ行こうか」


 控室を出る。

 照明に照らされた通路を進んでいく。


 まだ俺たちはステージにいないというのに、凄まじい歓声が聞こえてくる。


「ネガティブ勇者のことだ。これも『全部エアリアルたちの応援かも』とか思ってんじゃねぇだろうな」


 うちの【超越者】は、俺が悩みを隠していたことをまだ怒っているらしい。


「どうだろうな。六割くらいは、彼らの応援かもしれない」


「チッ」


「今日の戦いで、全員の喝采を掻っさらうつもりさ」


「……ハッ。それでいいんだよ」


 機嫌は直ったようだ。

 彼だけでなく、他の仲間も笑っているのが分かった。

 通路を抜けて、俺達はステージへと進む。


『全冒険者ファン待望の一戦が、今まさに始まろうとしています!』


 実況の言葉に応じて響くのは、肌がビリビリと震えるような、観客たちの声。


『さぁさぁ! いよいよ選手入場となりました!

 まずは世界ランク第二位! エクスパーティー!!!

 リーダーの【漆黒の勇者】エクス選手は、四大属性以外の精霊の加護を受けたという、特異な【勇者】として有名です!

 影を操る精霊術は多彩の一言! 唯一無二の魅力で、これまで多くの視聴者の心を掴んできました!』


 観客席を見回して、手を振る。

 歓声がひときわ大きくなったのを感じる。


 そうだ。俺たちを応援してくれる人たちも、大勢いる。


『そんな彼の相棒とも言うべき騎士がこちら!

 【騎士王】アーサー選手!

 エクス選手と同じく四大属性外の精霊に見初められた彼は、精霊憑きに!

 光精霊の加護を受けた聖剣を振るう姿はまさに騎士の中の騎士!

 彼は世界五指に数えられる剣士の一人でもあります!』


 騎士鎧に純白のマント。金髪碧眼の美丈夫は、幼い頃からずっと一緒にやってきた親友だ。


『続きまして、全魔法使いの憧憬を集めるこのかた!

 【先見の魔法使い】マーリン選手!

 通常魔法使い職といえば、【勇者】でさえ得意属性に偏るものですが、マーリン選手はあらゆる魔法を高いレベルで使いこなします!

 四大属性に至っては、本霊との契約者に匹敵するというのだから驚きです!』


 体にぴちっと張り付くような扇情的な衣装に、魔女帽、そして杖。

 杖は先端がカーブしており、そこに赤い宝石が収められている。


 幼い頃に見た精霊に憧れ、再会を望む過程でここまでの力を付けた、努力家の天才。


「適正者の稀少なものを俗に【稀少役職レアジョブ】と言いますが、中でも極端に適正者の少ないものは【特異役職ユニークジョブ】と呼ばれます。エクスパーティーにはそれがなんと二人もいます!」


 【役職ジョブ】の希少性は時代や地域によっても左右される。


 大戦時は多く存在したという【破壊者】は、今は【特異役職ユニークジョブ】指定されている。

 また、極東では珍しくないという【サムライ】も、この国では【稀少役職レアジョブ】だ。


「一人目はこのかた!

 あらゆる生物・種族の特性をその身一つで自在に再現可能な驚異の人類!

 ――【超越者】モルド選手!

 鳥人の翼も! 獣人の爪と牙も! 鬼の剛力も! 人馬の豪脚も! 彼に再現できぬものはなし!  

 この星の神秘を内包する彼の戦いは、いつだって予想不可能!」


 そうだ。モルドは特別な人間だ。

 そんな彼は、故郷の村では迫害されていた。

 まるで化け物みたいに、排斥されていた。


 それがどうだ。

 彼が雄叫びを上げると、呼応するようにファンが叫ぶ。


 狭い村に収まるような男ではなかったのだ。

 世界は彼を受け入れ、その戦いに胸を躍らせる。


「最後はこの人!

 【破壊者】と対をなす、必ず守る者、、、、、

 ――【守護者】ガラハ選手!

 前パーティーでは【聖騎士】的動きを求められ、上手く真価を発揮できなかった彼ですが、エクスパーティー加入後の活躍は業界を震撼させました!

 彼のようなタンクは、世界広しと言えど二人と見つかるものではないでしょう!」


 前パーティーの人間はガラハを【聖騎士】のようなものと捉えていた。それが上手くいかないと分かると、ガラハを追い出した。


 確かに、伝説に残る【守護者】の活躍を聞いても、詳細は語られていない。

 敵軍の侵攻から自国の門をたった一人で守り抜いたなんて話はあるが、誇張されたものと考えている者が大半だろう。


 だが彼を見つけた時、『こんなものではない』と感じたのだ。

 彼には、自由に動いてもらおうと決めた。


 【破壊者】はとにかく強い、、、、、、のだ。

 ならば【守護者】もそうなのではないか。


 既存の枠に押し込もうとするのではなく、彼だけの、輝ける方法があるのではないか。

 そして、その結果が今の評価だ。


 世界一位にも劣らない。それが、俺の自慢の仲間たち。


 歓声が爆発する。

 対戦相手が入ってきたからだ。


『世界ランク二位パーティーと戦うのは、世界ランク第一位パーティー!!!

 リーダーである【嵐の勇者】エアリアル選手は四大精霊「風」の本霊と契約!

 人類最強と聞けば誰もが彼を思い浮かべることでしょう!

 その武勇は並ぶ者なし! 数々の難関ダンジョンを踏破し、最高の攻略映像を世界に届けてきました! まさに冒険者の代表格!』


 嵐を思わせる緑の毛髪と、優しさの中に燃える闘志を秘めた翠玉の瞳。

 老いと無縁な容貌と鋼の肉体。


 彼のパーティーが一位にいる間、俺たちはずっと、ずっと二位だった。

 それは、今年始めのランク更新でも変わらなかった。


『そんなエアリアル選手と数々の戦場を共にした盟友

 ――【サムライ】マサムネ選手!

 彼のカタナから繰り出される「バットウジュツ」は範囲内に踏み込んだ全てを切り裂く、目にも留まらぬ必殺の剣技として有名ですね!

 こちらも世界五指に数えられる剣士ですが、アーサー選手との勝負は実現するのか!』


 東国に伝わるという和装の剣士だ。

 単に剣一本だけ与えられて腕を競うなら、マサムネがこの世界の誰よりも優れているだろう。


 だが、戦いはそう単純なものではない。

 アーサーと彼がぶつかって、我が友が負ける姿は想像できない。


『【炎の勇者】フェニクスが登場するまで、彼女はこう呼ばれていました。「最強の火属性使い」と 

 ――【紅蓮の魔法使い】ミシェル選手!

 エアリアル選手と並んでパーティーの火力を担う彼女もまた、世界有数の魔法使いです!

 火属性特化の可憐な魔法使いと、四大属性を統べる妖艶な魔法使いのバトル勃発か!?』


 ミシェルは普段は無邪気で可憐な女性なのだが、戦闘になると少々性格が変わる。

 そのギャップ含め彼女の魅力だが、驚嘆すべきは過去の異名だ。


 『最強の火属性使い』。フェニクス台頭前とはいえ、この評価は【勇者】含めた全火属性使い含めてのものだ。

 マリーンの敵となる【魔法使い】がいるとすれば、冒険者ではミシェルくらいだろう。


『【役職ジョブ】こそ珍しくないものの、冒険者に限れば稀有な例でしょう

 ――【つるぎの錬金術師】リューイ選手!

 ダンジョン内のものを武器して戦う彼は、フィールドごとに様々な戦い方を見せます! 特別な環境設定のない今フィールドでは、どのようなものを錬金するのでしょうか!?』


 リューイは、魔力の込められたものを材料に武器を生成できる。

 火属性フィールドなら燃える剣、水属性フィールドなら水の盾、といった具合に。


 このフィールドから作れるのは精々が土属性の何かくらいだろうが、第一位パーティーのメンバーがそのあたりのことを考えていないはずがない。

 なにかしらの対応策を持っていることだろう。


『最後はこの人! 【大聖女】パナケア氏と入れ替わりで入隊した気鋭の新人

 ――【疾風の勇者】ユアン選手!

 【勇者】はその多くが自分でパーティーを結成しますが、ユアン選手は育成機関スクール卒校後すぐにエアリアルパーティーに加入しました。

 高位の風の分霊と契約した彼の力は日増しに増しており、レイド戦、全天祭典競技予選、第一段階とどんどん強くなっているのが分かります。

 若さ故の成長力が、世界第二位にどこまで通じるか期待が掛かりますね!』


 ユアンとは、まだちゃんと話したことがない。

 攻略映像やこれまでの戦いを見るに、実直という印象を受けた。


 世界第一位パーティーに加入したことで掛かる重圧もあるだろうに、それを感じさせない堅実な戦いは実に見事。

 エアリアルパーティーは、実に有望な少年を迎えたものだ。


『一回戦からこんな夢のような対戦カードが成立していいのでしょうか!!!

 冒険者パーティーの頂上決定戦が、今!

 私たちの前で始まろうとしています!!!』


 エアリアルと目が合う。

 彼は笑った。友好的なのに、好戦的な微笑。


 きっと、俺も同じような顔を浮かべていただろう。

 俺たちはライバルで、同業者で、友人で、けれどこれまで、直接戦ったことはなかった。


 今日、ここで決まるのだ。

 戦えばどちらが強いのか。


「いい目をするようになったね、エクス。いや、いい目に戻った、というべきかな」


 エアリアルは嬉しそうに言う。

 俺が弱気になっていたことも、彼にはすっかりお見通しだったわけだ。


ある勇者、、、、に気付かされてね。どうせやめられやしないんだ。突っ走るだけさ」


 夢の世界にまでやってきて、目を覚まさせてくれた、勇者を救う勇者を思い出す。

 彼に気付かされた。


 自分は、何度繰り返しても冒険者になる。

 何度でも同じ選択をして、頂点を目指すのだ。


 最高の仲間達と共に。

 ならば、一度しかないこのチャンスで、それを果たすしかあるまい。


「俺の仲間たちは強いよ、エアリアル」


「分かっているよ、エクス。そしてそれは私の仲間も同じだ」


「今日、勝つのは俺たちだ」


「それを、今から決めるんだろう?」


 互いに聖剣に手を掛ける。

 戦いが始まった。



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