第211話◇死ぬよりも怖いことがあるとするなら
本当は、すぐに分かったのだ。
レメゲトンに生気が宿ったと分かった。
逆に、その瞬間までは人形のようだったと、彼がやってきたことによって気づけた。
けれど、気づかないフリをした。夢から覚めることを恐れて。
俺は彼に問うた。死ぬよりも怖いことがあるか、と。
しかし、答えを求めていたわけではない。
彼が口を開くよりも先に続ける。
「俺には無かったよ。俺とアーサーの話は知っているだろう? 死の恐怖を知っている自分に、もう怖いものはないと思っていた。でも年をとった今、一つの恐怖に取り憑かれている」
――『私とお前で一位になろう。二度と、片方だけなんて無しだ。一緒に、だぞ』
例の件のあと、俺達は初めて大喧嘩をした。そりゃそうだ。自分は友達を、友達は自分を救おうとして、それぞれ己の命を諦めたのだ。
自分のことは棚に上げて、二度とそんなことするなと互いに怒った。
俺とアーサーは生き残り、冒険者になった。共に一位になると誓った。
アーサーは昔と変わらない。正しく気高く、前を向いて生きている。
――『お前達が「奇跡の二人」か? ふぅん……話を聞かせろ』
マーリンは最初、俺達といれば『精霊の祠』を介さず精霊と接触する方法を探れると思ったようだ。しかし一緒にやっていくうちに、あいつなりに仲間にも愛着を持ったのが分かった。
でも、ずっと幼い頃の夢を諦めていない。純粋に精霊と再び逢える日を目指している。
――『あぁ? 冒険者だと? お前馬鹿かよ、オレは化け物だぞ』
モルドを見つけたのは、仲間を求めて旅をしていた時だった。
彼は自分の村で迫害されていた。彼は
見た目にも変化を及ぼすのだが、まだ若かったモルドはそれを上手く制御出来なかった。
ふとした時に姿が変わる彼を、村人は恐れていたのだ。
あの時、俺はなんて言ったのだったか。
――『君は異常じゃない、特別なんだ。俺達と一緒に行こう、君は素晴らしいんだと証明させてくれ』
モルドは最終的に、俺達の仲間になってくれた。
一度決めたら、彼は真っ直ぐだった。
――『僕を仲間に? ……やめた方がいい、互いの時間を無駄にするだけです』
ガラハは世にも珍しい【守護者】の持ち主だった。その希少性に目をつけた前パーティーはしかし、彼の能力を「攻撃力の低い【聖騎士】」としか認識出来ず、彼をパーティーから追い出した。
そのことで、ガラハは傷ついていた。簡単には仲間になってくれないと思った。
だから、俺達は戦うことにした。
俺達四人の攻撃さえ、ガラハは防いでみせた。
――『あらゆる脅威から、俺達を守って欲しい。君が守った俺達はどこまでも勝ち続けて、君の盾がいかに堅固であるかを世に知らしめてみせるから』
ガラハは驚いたような顔をして、それからくすぐったそうに笑った。
あれ以来、彼は約束を果たすべく努力を続けている。
みんな、俺とは違って凄いやつらだ。
彼らは信じている。必ず一位になれると。
俺は知っている。彼らの実力は一位と遜色ないと。
彼らは信じている。俺が一位に相応しい【勇者】だと。
俺は分からなくなってしまった。俺が一位に相応しいなら……なんでずっと二位なんだ?
だから、最も信頼できる仲間達にだけは、弱みを見せられなかった。
この苦しみを、相談することは出来なかった。
「レメ、夢に生きるというのは、楽なことばかりじゃない。それはいいんだ。自分で決めたことだからね。そうだろう?」
「……えぇ」
「でもそれは、懸けるのが自分の人生だけだからいいんだ。失敗しても自分だけが笑われるから、我慢出来るんだよ。だが、俺達冒険者は、パーティーとして活動している」
「……はい」
みんな、俺についてきてくれた。
一緒に一位になるという夢を共有して、もう長いこと。
これ以上望めないくらい、彼らの働きは素晴らしいんだ。
なのに、どうして、いつまでも――一位になれない?
「俺が、俺が、我慢出来ないのは、仲間が笑われることだ。どれだけ結果を出しても、馬鹿にする者が絶えないんだよ。分かるかい? 二位だからだ。上がり調子ならいい。拮抗しているならいい。けれど、不動の二位じゃダメなんだ」
称賛や尊敬の方が多い、というのは分かる。
冒険者業界は厳しい。そもそも不人気なら、長く二位にはいられない。
贅沢な悩みと言われるのも分かる。
だが、レメさえ、第四位パーティーのメンバーさえ、【黒魔導士】という理由で馬鹿にされる。
第二位だろうと、最高のメンバーを揃えていようと、心無い批判は山のようにあった。
二位になって十年経つ。
十年間、越えられない壁に挑戦し続けている。
こちらの心をナイフで削ぐような、否定の言葉を浴びながら。
「アーサーもマーリンもモルドもガラハも、最高の冒険者なんだ。どうしても、思ってしまうんだよ。ついていくリーダーが俺ではなかったら、と。だってそうだろう? 仲間の誰もが最高で、一位に相応しいなら、そんなメンバーを抱えて一位になれないのは――【勇者】の所為だ」
「エクスさん……」
「俺が怖いのはね、レメ。俺と組んでしまったばかりに、仲間達の人生が失敗に終わってしまうことなんだ。俺を選んだ仲間の選択が、間違いになるかもしれない。いつか来るかもしれないその時が、堪らなく怖いんだよ……」
だからこの夢は、俺がリーダーのまま一位になっているのだろう。
大切な仲間の人生を失敗に終わらせずに済んだ、そんな世界なのだ。
俺は自分の恐怖を、今まで誰にも言えなかった。
一位のエアリアル達はもちろん、自分達の背を追う三位以下の冒険者達にも。
当然、ファンにだって言えない。応援してくれているのだ。俺達が一位になることをずっと望んでくれている人達がいるのだ。
心優しい後輩は、情けない先輩の言葉に、苦しげに表情を歪めた。
俯き、拳を握り、肩を震わせ、そして、息を吐く。
どれだけ悩んだだろう。
苦しげな表情のまま顔を上げた彼は、俺を見上げて言った。
「
――あぁ、やっぱりこの子は。
「君は強いな。……俺は、弱い」
彼の生き様そのものが、懸命に努力する者達へのエールだ。
みんなが無理と笑う。お前には無理だ。才能がない、適性がない、向いてないと嘲笑う。
そういう夢を抱えた者達が、彼にどれだけ励まされることか。
【黒魔導士】に目覚めても勇者になると公言し、仲間にさえ足手まとい扱いされながらも第四位まで駆け上がった。世間から好意的に扱われることはなく、動画のコメントには批判の嵐。
親友に寄生しているとまで言われ、それでも彼は仲間を勝たせようと頑張り続けた。
そんな彼さえ、パーティーを追い出されてしまった。
彼がフェニクスパーティーを抜けたと聞いた時は心から残念に思ったが、タッグトーナメントで冒険者を続けているのが分かって、とても嬉しくなったものだ。
誰に何を言われても、どんな高い壁も、道を閉ざされたって、諦めない。腐らない。屈しない。
ずっとずっと、直向きに進み続ける。
この子もまた、俺とは違う。
「
「……なに?」
「貴方は強い」
彼が本物のレメであることは、もう分かっている。
俺を連れ戻そうと、精霊への願いを消費したのだろう。
だからその言葉も、俺を元気づけるためのものに過ぎない。
そう思った。
だが、彼の瞳には曇りがなかった。それどころか、燃えていた。熱く熱く、炎のように。
強き視線で、俺を見上げている。
「エクスさんの心が弱いなら、どうして夢でも冒険者になっているんですか」
「――――」
「冒険者にならなければ、仲間と出逢わなければ、まったく違う人生が歩めたのに」
彼のその言葉に、俺は衝撃を受けていた。
あまりに、その通りだったから。
これが精霊の作った世界なのだとしても、俺の記憶と心を覗いて、抗いがたい夢の世界を構築したはず。
なのに。
俺は結局、アーサーと崖に落ちて、精霊と契約して、同じ仲間を集め、彼らと一位を目指した。
ほとんど同じような苦しい人生を歩み、一位になったということだけが違いだった。
何故?
自分に都合のいい夢を、いくらでも見れただろうに。
いや、これこそが、俺の夢なのだ。
「エクスさんの恐怖を、僕が理解しきれるとは思えません。でも、本気で挑戦したから、失敗が怖いんです。そんな人の心が、弱いわけないでしょう。僕の大好きな【漆黒の勇者】を、馬鹿にしないでもらいたい」
「……! …………!!」
一位になる以外に、この恐怖を解消する方法はないと思った。
この夢で俺は解放されたと思ったが、その夢自体が証明してしまった。
どんな自由を与えられても……俺は結局、冒険者になってしまうんだ。
自分が思う最高の仲間を集め、苦しむって分かっていても一位を目指すんだ。
俺がこの夢に屈してしまったのは、もう恐怖しなくていいからじゃない。
恐怖を抱えても諦められなかった頂点に、立てた夢だからだ。
そして……そんな俺を、『願いを叶える権利』を使ってまで助けに来てくれる後輩がいる。
「諦められないくせに、立ち止まるフリをしないでください。目指す場所があるなら……走り続ける以外の選択肢なんてないんだ」
「……ふ。はは、ははははははッ!」
こんなにも心から笑ったのは、いつぶりだろう。随分と久しぶりに感じる。
『巨兵装甲』を解く。
「レメ、俺は勘違いしていたよ。君は優しいだけじゃない、かなり厳しいやつだなぁ」
人の苦悩を諦めるフリとは、言ってくれる。
更には、まだ走れだなんてスパルタにもほどがある。
彼の言葉を正しいとは思わない。
けれど、正しさが人を救うわけじゃない。
諦めず突き進めばそれでいい、なんてことは現実にはほとんどないのだ。
世界は無駄な努力に溢れているし、叶った夢よりも叶わなかった夢の数の方がずっと多い。
頑張って疲れ切った人に、「まだ頑張れ」なんて酷だ。彼だってそれは分かっている筈。
優しい彼が、厳しい言葉を吐くのは、お見通しだからだ。
俺達は、一位になれないかもしれない。
だって一位になりたいから、なると約束したから、走り続けるしかない。
立ち止まったらたちまち足場が崩れて、真っ暗闇に落ちてしまう。
「……崖に落ちるのは、もう嫌だなぁ」
つい昨日レメと話した、たとえ話を思い出す。
走り続けるしかない。自分が定めた目的地に向かって。
辿り着けないかもしれなくとも、自分で決めたんだから。
「……俺が冒険者を選んでいなかったら、どうするつもりだったんだ?」
そうなれば、レメは俺の人生に登場出来ない。
役柄を与えられていたかどうか怪しいし、違う形で逢えても俺に現実を思い出させることは難しかっただろう。
【最良の黒魔導士】は、ぽかんとした。
そして、
「そんなことあるわけないって、分かってましたから」
なんて、簡単に言い切るのだ。
戦闘時にはあれだけ思考を巡らせるくせに、大事なことには細かい理屈がなかったりする。
格好いいから勇者を目指す。
エクスは絶対冒険者になってるだろうから、レメゲトンとして登場してやる。
「……ありがとう、レメ」
彼はただ、微笑んだ。
「帰ったら、礼をしないとな」
レメは遠慮するだろうが、こちらの気持ちの問題だ。
「……今でも構いませんよ?」
と、思いきや、そんなことを言う。
だが彼の言いたいことは、すぐに分かった。
「いいのか? 直接戦うまで手の内を隠しておかなくて」
「【漆黒の勇者】の全力を体験出来るなら、惜しくはありません」
「全力……全力か、そうだな。この世界なら、現実の制約は受けずに済む。お互い、全力を出しても後に響かない。よし、やろうか」
そうと決まれば早い。
『
影の精霊術、その深奥。
これまで触れてきた全ての影を強制召集し、自在に操る精霊術。
様々な使い方が出来る。それこそ、軍隊のように操ることだって。
だが、ここは――拳でいこう。
シンプルな正面突破が、一番勇者らしい。
再び『巨兵装甲』を纏う。今度は、まさにという規模だ。
オリジナルダンジョンで戦ったグレンデルやスプリガンよりも、今の俺は大きい。
全ては、更に巨大な腕を振るう為のもの。
「これは……見たことがないですね」
レメは好戦的に笑いながら、そんなことを言う。
「見せるのは君が初めてだ。俺からの、礼の気持ちだよ」
あまりに大きくて、画面に収まらないのだ。仲間が豆粒に見えるほど。
あとは無闇にダンジョンを破壊してしまうので修繕費が掛かるとか、展開までに時間と魔力が掛かるとか、様々な理由がある。精霊の力を借りる技なので、ほいほい使えないというのも大きい。
しかし、それら全ての問題が、今は存在しない。
何故なら、夢だから。
「では、ありがたく」
彼の魔力が、更に増大した。
――黒い何かを、全身に展開しているのか!
明らかに、あれは角と同じ能力を有している。
魔力を溜め込み、研ぎ澄ます能力を。
魔人の二本角でも脅威だというのに、もしそれが全身に回っているというなら、一体どれだけの――。
彼の左角がひび割れ、砕け散る。かと思えば、そこには右角と同じ黒い角が生えていた。
変化はそれに留まらない。
彼の翼が、広がった。いや正確には、大きくなったと言った方が分かりやすいか。
骨の翼がどんどん拡張され、もはや鳥人の真似事どころではない。
もし巨人の鳥人がいれば、この規模の翼を有するのかもしれない。
それくらいに大きな、両翼。
俺の視線は天井付近にあるというのに、彼と真っ直ぐ目が合う。
「……それは、角か? 君は、体内になんてものを……」
「ちょっと色々あって……僕の成長? に合わせて量が増えているみたいなんです」
彼自身よく分かってなさそうだ。しかし、実際扱えている。
ならば、深くは尋ねまい。
「【漆黒の……――いや。エクスだ。ただのエクス」
ちゃんとした名乗り上げは、いつか現実で戦う時にとっておこう。
彼は笑い、応じた。
「レメ。ただのレメ」
影越しにも分かる、異質で膨大な魔力。
明らかに、彼の人生で自然に溜められる魔力量を超えている。
精霊契約者なら、精霊の魔力を借りられる。
彼にも、そういった特別な方法があるのかもしれない。夢だし、遠慮なしにそれを引き出しているのだろう。
拳を、振るう。
巨人の拳と魔人の拳が、正面から激突した。
たとえ山でも、硝子細工のように砕ける拳だ。
だというのに。
衝撃で大気を揺らしながら、俺達の拳は――拮抗していた。
上位の魔人が、角の魔力を最大出力で放出しても、こうはならない。
――【魔王】の角、なのか。
レメは魔人ではない。ならばモルドのような特殊な先祖返りか、そうでもなければ――継承したかだ。
魔人が別の種族に角を継がせるなんて話は聞いたことがないが、どんな可能性もゼロじゃない。
世の中には、死にかけの状況から影精霊と契約する人間もいるのだ。
最高の仲間を得たのに夢に呑まれる馬鹿もいる。
そして、そんな馬鹿を助けにくる青年も。
「レメ! 君に逢えたことを光栄に思う……!」
吹っ切れた、と言い切れるか分からない。自分はそう簡単に変わらない。
だが、自分のどうしようもなさに気付くことが出来た。
どうせ諦められやしないのだ。ならば、恐怖に震える時間は無駄だ。
だからって恐怖は消えてくれない。
仕方ないから、持ったまま走ろう。
「正直に言う……! 俺はやっぱり、自分を弱いと思うよ! だってそうだろう! 俺がぐーすか眠ってたら、現実の四人はリーダーを失うのに! なのに、一度は夢に屈してしまった!」
強い心を持ち続けていれば、すぐ現実に戻れた筈だ。
「誰だって心が弱ることはあります……! 自力では立ち上がれないことだって! だから助けに来たんだ……! 貴方がその強い心で今までどれだけの人を元気づけたと思う! どれだけの心を救ったと思う! そんな人が、たまに救われるくらいなんだっていうんだ……!」
――…………ッッ!!!
「おっ、俺は……! 冒険者になると決めた時から一位になりたかった……! エアリアルを越える! 俺の仲間は最高なんだ! その仲間を率いる俺も、最高の【勇者】だって証明してやる……! あぁ、そうさ! 君の言う通り、諦めるフリをしていた!」
そのことで、モルドとガラハを怒らせてしまった。
「君の問いに答えよう! レイド戦の参加を見送ったのは、怖かったからだ……! エアリアルと肩を並べて戦うことでもしも、彼に敵わないなんて思ってしまったらと、怖くてならなかった……! 今だって怖いよ! 自分の限界を悟るのが、怖くてならない……!」
もちろん、仲間にそんなことは言えなかった。
彼らは俺の強さを心から信じてくれているから、誤解させてしまった。
モルドとガラハは自分達の実力不足からレイド戦参加を見送ったのだと考え、修行すると言って別行動をとることになった。
違うと言っても納得はしてもらえなかった。
それはそうだ。そのためには、本当の理由を話さなければならない。
俺の中の恐怖を晒さなければならない。だが、出来なかった。
仲間達の信頼を壊すこともまた、怖くて。
俺は、怯えてばかりだ。
いつからこんなに臆病になったのか。
幼い頃は、次の一歩を踏み出すことに躊躇いなど感じなかったのに。
「だけど、気付かされたよ! もしあいつに敵わなくとも構うものか! どうせ諦められやしないんだ! 走り続けるしかない……! 今敵わないなら、明日勝てばいい! 明日が無理ならその次だ! 勝つまで挑戦し続けてやるとも……ッ!」
仲間達の人生が失敗に終わるのが、怖いよ。とてもとても恐ろしいんだ。死ぬよりも。
だから、挑戦を続けないと。
仲間が信じてくれた自分の人生もまた、失敗させるわけにはいかない。
そんな当たり前のことに気付くのが、こんなにも遅れてしまった。
帰ったらモルドとガラハに謝らねば。
アーサーにはなんで相談しなかったと怒られそうだ。親友に弱音は吐けないだろと言っても、きっと更に怒られるだけだろうな。
マーリンにはきっと全部お見通しだろう。なにせ【先見の魔法使い】だ。それでも何も言わないでくれた。感謝……なんてしても馬鹿にされるだけだろう。でも、言わないと。
でも、まずは目の前の友に。
「感謝する、レメ……!」
俺達の戦いの決着は、近い。
◇
なんて精霊術だ。確実に『深奥』級。
僕の方は、ダンジョンコアから吸えるだけ魔力を吸った自分の角をイメージした。
さすがは師匠の角ということか、実のところ溜められる魔力に限界を感じたことがないのだ。
だから魔王城のコアから吸う時も――相当量を吸ってはしまったが――限界ギリギリは目指さなかった。
だって、どこまでも溜められそうだったから。実際はどこかに限界があるんだろうけど。
そんなことをしたら、魔王城の機能が停止してしまう。ダンジョンの運営のためにあるコアを、個人の戦闘の為に全部消費するとか許されるわけもない。そもそもダンジョンを守る為にダンジョンを機能停止に追い込むって本末転倒だ。
僕だけのものではないのだから、当たり前のこと。
しかし、この夢に限ってはそんな制限は無い。
制限無しの夢だからこそ出来る、限界なしの魔力展開。
それはエクスさんも同じ。
だが、こちらは師匠の角を使っているのだ。
だというのに、押し切れない。
「……うぉ、ぉおおおお――ッ!」
どちらのものか分からない叫び声。どちらのものでもあるのだろう。
エクスさんの悩みを、僕が完全に理解することは出来ない。
でも、仲間を勝たせられないことがどれだけ苦しいかなら、想像がつく。
一位になれないというのは、エアリアルパーティーに負け続けるということ。
ランクで言えば一つしか違わない。あと一つで、業界の頂点。
見えているのに、届かない。
そんな日々が続いても、エクスさんは仲間の所為にはしなかった。
全てを自分で背負おうとするあまり、己を責めるようになってしまった。
永遠に若くはいられない。年齢を重ねるごとに、ランク更新は過ぎていく。
残り何年挑戦出来る? 一位になれる日はくるのか? 来年は二位ですらいられないかも。
それらの不安全てで、エクスさんは自分を責め続けたのか。
弱っていた心に、偽物の救いは染み込んでしまった。
僕が何を言ったって、彼が心から僕を否定すればそれで終わりだった。
でも、そうはならなかった。
心が弱っているなら、奮起させればいい。元々は強い心の持ち主。
少々強引だったが、己を取り戻せば試練を乗り越えられると分かっていた。
いや、信じていた。
「レメ……!
世界ランク二位が、憧れの勇者が、僕を倒すために死力を尽くしている。
「相手が誰であっても、この角を使って負けるわけにはいかない……!!!」
「俺も同じさ……! こいつは命の恩人でね……! この相棒の全力を借りて、負けるわけにはいかないんだ!」
双方にとって負けられない戦いでも、どちらかが負ける。
僕が、押され始めた。
「今度は、仲間と共に魔王城へ挑む……!」
僕は翼を畳む。仕舞うのではない。広げた状態の翼が、僕の真後ろで重なるように配置。
今まで、彼の拳に打ち負けないよう魔力を放出してきた。
それでダメなら、一点集中だ。
彼の拳全体ではなく、僕の拳と触れている部分だけに、勝つ。
そうするとどうなるか――沈むのだ。
「――――ッ!?」
巨人の拳に巨人の拳をぶつけるのではなく、杭を打ち込む。
影の拳に、僕の拳が沈んでいく。進んでいく。骨の翼から放たれる膨大な魔力の後押しを得て、僕の体はどんどん進む。影の拳を穿ち、引き裂きながら進む。肘、上腕、そして上体を薙ぐ。
夢の第十層最終エリアに出現した影の巨人の上半身が、弾ける。
魔力さえあれば影は修復されるけど、そんな余力があるとは思えない。
僕らは全力でぶつかると決め、そうしたのだから。
エクスさんが空中に放り出された。
彼は、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「いつしか、負けるのが怖くなった……だが、あはは、そうだった。敗北ってのは肉体が裂けるほど苦しくて……だから、次は勝つぞって頑張れるんだ」
彼と目が合う。
彼の体は、影と共に、崩壊している。
「それじゃあレメ、また
その笑顔は、翳を感じさせない、僕らの知るエクスさんのものだった。
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