第122話◇マニアとの交渉
「オタクはやめて頂戴。どうしても言うなら、マニアね」
ウェパルさんがつまらなそうに唇を歪めて言う。
「それって、何が違うのかしら」
ミラさんが首を傾げると、ウェパルさんは言い切る。
「語感よ」
オタクとマニア。
特定の分野に熱中する者という意味合いの言葉だが、明確な差異はあるのだろうか。あっても人によって違っていたりして、辞書的な意味での差異はよく分からなかったりする。
「そう。よく分からないけれど、分かったわ。魔物マニアのウェパル」
「ご理解をどうもありがとう。【黒魔導士】レメの熱心なファン、カーミラ」
ウェパルさんも知っているようだ。あるいは、こう、マニア仲間的な存在なのかもしれない。
ミラさんのことは既に知っているとはいえ、何度言われても照れくさいものがある。
「それで? ワタシは参謀サンとどんな話をすればいいの?」
「レイド戦の件よ」
「あぁ、あれ。そういえばみんなを集めているそうね。ワタシもお呼ばれするのかしら」
彼女の視線が僕に向く。
「あぁ、そのつもりだ」
「ふぅん」
彼女の表情は読めない。
「ワタシ、この部屋が好きなのよね。正直、あまり出たくないわ」
そう言いながら、彼女は水の柱を操る。それは僕を中心に渦を巻くように走り、彼女がその中を泳ぐ。丁度、彼女と僕と頭の位置が同じになるくらいでウェパルさんは止まる。
「彼女は引きこもり気質なのです」
「インドア派と言って頂戴」
「それも語感の好みかしら」
「ニュアンスの違いよ」
二人の掛け合いは軽やか。
「ではインドア派のウェパル。いい加減レメゲトン様から離れなさい。ちょっと近過ぎるのではなくて?」
「最近のアナタより?」
「……わ、私は許可を得てから、ちゃんと……」
「ふふふ、【吸血鬼の女王】がまるで乙女ね。アナタの信者達が見たら、どう思うかしら」
「……折角用意したこれは、要らないようね」
ミラさんが
「落ち着きなさい。……まったく冗談の通じない子ね」
ウェパルさんの口調は冷静だが、焦りが滲んでいるのがわかる。
「話は聞くわ。まずはそこからでしょう?」
僕は頷き、新生第十層の構想を彼女に話す。
それを聞いた彼女は――。
「これは参謀サンが考えたの?」
顎に手をあてがいながら、彼女が尋ねる。
「あぁ」
「そう……」
何かを考えるように視線を落とすウェパルさん。
次に顔を上げた時、彼女の瞳の中は――光り輝いていた。
実際に発光しているのではなく、わくわくする子供みたいな目。
「面白いわ。聞いたこともないし、そもそも実行出来る者なんて世界に五人といないでしょう。えぇ、実現すればとても楽しそう。認めるわ。けれど問題もそこよ、実現出来るの? というところね」
彼女の言う通り。
新生第十層の実現に必要なのは、多くの仲間、指輪、膨大な魔力、そして僕の立ち回り。
大きな問題は魔力と、僕の動き。
「魔力はなんとかする」
「そう、分かったわ」
表には出さなかったが、僕は内心驚いた。
魔力をなんとかすると言っても、方法など無い。普通は。僕だって魔王様に聞くまでは知らなかった。
彼女がその方法を知っていたとしても、それは通常人が習得できるものではないので、やはり考慮に入れるものではない。
そして、僕の魔力不足は誰でも想像出来ること。
【炎の勇者】フェニクスに一騎打ちで勝利するということは、そういうこと。
全ての魔力を賭して挑まねば、あの結果は得られなかっただろうと考えるのは普通のこと。
となると、だ。
ウェパルさんは今、不可能事を口にした者の言葉を、ノータイムで信じたことになる。
「アナタがなんとかすると言うのなら、するのね。だってそうでしょう? 出来もしないことを語るような男に、カーミラが惹かれるわけがないもの」
理由が判明。
彼女は僕を信じたのではない。当然だ。僕と彼女の間に、個人的な信頼関係はない。築けてもいないものを、どう活用出来ようか。
ウェパルさんは、ミラさんの人を見る目を信じたのだ。
「けれど、それと協力するかどうかは別の話よね」
「……あぁ」
それもまた、当然の話。
僕に協力するということは、仕事が増えるということ。
たとえばフェニクスパーティー戦だ。
フルカスさんは一回の協力に一回の食事という契約が始まりだし、【死霊統べし勇将】キマリスさんは【氷の勇者】ベーラさんの
他の人達だって、彼ら自身が再戦を望んでいたから共に戦ってくれたというところが大きい。
それでいいのだし、その形が健全だ。
どちらか一方だけが利を得るのは、好ましくない。利の部分は満足するとか、楽しむとかに置き換えてもいい。
魔王様や僕からの命令となれば聞く他ないが、そんなことをするつもりはない。
感情的にも合わないし、そもそも嫌々戦って十全の力は引き出せまい。
一緒に働くなら、気持ちよく全力で、というのがいい。それだけ。
「幸い、参謀サンは取引材料に困らないでしょう? なんといっても、元フェニクスパーティーなのだから」
そう。フェニクスパーティーの攻略映像ならば僕も所持しているし、コピーしたものを差し出すことは出来る。ノーカット版で、色んなダンジョンの様々な魔物たちを拝むことが出来るだろう。
だが。
「あれは渡せない」
「あら、何故?」
「【黒魔導士】レメだけのものではないからだ」
あれはフェニクスと、アルバと、ラークと、リリーと共に戦った記録。
僕が誰かに頼み事をする為に、利用していいものではない。少なくとも、僕にとっては。
フィリップパーティーの攻略映像は、ニコラさんを通して全員の許可を得ている筈。
また始まりのダンジョンの指導映像に関しては……おそらくだが、ミラさんがトールさんにこう持ちかけたのではないか。
レメさんとフルカス、ひいては魔王城の為です、とか。そうすれば、あのダンジョンで提出を嫌がる人はいないだろう。みんな良い人だし、僕らに恩義を感じてくれている。
そうなると、元々の用途だったという別の取り引きとやらが気になるが、今は横に置いておく。
「そう、残念ね。じゃあ、ワタシをどう説得するつもり?」
「説得が必要とは思わない」
彼女が首を傾げる。
「何故そう思うの?」
「貴様だけが欠けた第十層防衛を、のちに観た時。魔物マニアのウェパルは何を感じる?」
ウェパルさんは目を丸くし、そしてすぐに――微笑んだ。
「……あぁ、そういうこと。確かに、それはとても嫌ね。折角面白い試みなのに、人魚一人いない所為で不完全に終わるなんて、そんなの美しくないし、苛立たしい。ワタシが参加することで、視聴者としてのワタシは満足を得る。なるほど、これはむしろワタシの方からお願いしなければならなかったのね」
彼女は魔物ファン。
新しい試みに参加しないことで、新生第十層が不完全に終わる。
そんなものはなによりも、彼女自身が認められないだろう。
「いいわ。協力しましょう。今から出来上がりが楽しみね」
そう言ってウェパルさんが僕の手を掴み、恋人のように絡ませる。
指輪に魔力を流し、彼女が協力の意思を表明。
契約は此処に完了した。
「よろしくね、参謀サン」
「よろしく頼む」
「……ウェパル。その手は何?」
「指輪に触れただけよ。必要なことでしょう?」
「絡ませる必要はないのだけれど?」
「そうね。でもそれをアナタが言うのはおかしいわ? だって自慢していたじゃない? 自分は指輪に口づ――」
「吸血鬼と人魚のどちらが強いか、此処で試してみましょうか?」
ウェパルさんが僕から離れた。
ミラさんから伸びた血の刃を回避する為だ。
「うふふ、それは魅力的な提案ね。でもやめておくわ。それよりもほら、話は終わったわよ?」
ウェパルさんが手を出すと、ミラさんはまだ不機嫌そうではあったが、応じた。
「ありがとう。良い取引だったわ。じゃあワタシは早速これを観るから――」
「ウェパル」
「あら、なにかしら参謀サン」
水の柱を海に向けていたウェパルさんが、振り返る。
「貴様を説得する必要は無かった。だが、それはこちらが何も与えなくていいということにはならない」
そもそも魔物マニアだと知ったのは此処に来てから。
説得に必要なものがあるなら、しっかりと用意するつもりでいたのだ。
「律儀なのね。……他に欲しいのはベリトとかいう魔物とのタッグ戦の映像だけれど、同じ理由でダメなのでしょうし。参謀サン単体となると……あぁ、一番聞きたい話を忘れていたわ。【炎の勇者】フェニクスをどう倒したのか。カメラが破壊された後の戦いについて、知りたいわ」
「……いいだろう」
角を持った人間だということは、既にバレている。
師匠の角だということやあの戦闘について、魔王様と四天王は知っている。
そもそも師匠は魔物に角を隠すなとは言わなかった。カメラを破壊し、攻略後に黙っているよう脅せとは言っていたけど、さすがにあれは冗談だろう。あとはそう、師匠の角だと分かれば誰も口外はしまいというようなことも言っていたか。
僕とフェニクスの会話内容だとか、あのあたりはとても人には語れないが。
戦闘内容ならば構うまい。
「だが……」
「もちろん口外しないわ。お宝映像や情報は、持っていることに意味があるの」
「そうか」
「今からでもいいかしら? ワタシの部屋に来るといいわ。お茶くらい出すから。この下にあるのだけど、快適性は保証するわよ。じゃあ、行きましょうか」
ウェパルさんは目を輝かせながら、僕の手をぐいぐい引く。
この下というのは、海中か。
「待ちなさい、ウェパル」
「あらカーミラ、まだいたのね」
「レメゲトン様、私もお供します」
「アナタは別に要らないのだけど」
「お供します」
ミラさんからの圧が凄い。
「……まぁ、いいわ。行きましょうか」
もう片方の手でミラさんの腕を掴んだウェパルさん。
その後、僕はあの戦いについて語った。
ウェパルさんは、それを実に楽しそうに聞いていた。
そうしてその日、僕はまた一人契約者を得たのだった。
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