第300話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』22/ガチ恋オタク

 



「そうら」


 僕が黒魔法を当てた師匠の星々の一部が、【六本角の魔王】アスモデウスの魔力放出によって、一部まとめて消し飛ぶ。


「これはいい。それ自体が意思を持たぬとはいえ、【魔王】相当の魔力と耐久力を持つ物体が、まるで焼き菓子のようだ。これがレメゲトンの黒魔術か」


 やや説明的なのは、意図してのことだろう。

 視覚的に『これは壊せるもの』と示すことで、仲間たちを鼓舞しようというのか。

 観客や視聴者への説明も兼ねているかもしれない。


 師匠の星々が、召喚された仲間たちを照準する。


「――『天空の箱庭』」


 だが放たれた魔力は、空へと墜ちていく、、、、、、、、


 空間の連続性は『編集』され、最早【嵐の勇者】エアリアルに掌握されているのだ。

 大地へと降り注ぐ魔力砲撃は、捻じ曲げられた空間を通り、空へと向かったのである。


「好きに動きたまえ。魔王の攻撃は全て当たらず、君たちの攻撃は全て当たる」


 一体どれだけの空間を常時入れ替え続けねばならないのか。


 途方もない作業に思えるが、エアリアルさんも星々の破壊を優先しているということ。


 そして、世界が青に染まる。


「――『深海の揺籃』」


 【湖の勇者】レイスくんの深奥だ。

 本来は擬似的な生命の『創造』を可能とする領域だが、この魔法には、ある効果が付随している。


「あら快適ね」


「あぁ、見事な海ですな」


 【水域の支配者】ウェパルさんと【海の怪物】フォルネウスさんだ。


 二人が、空間を満たす青の中を優雅に泳ぎだす。


「水であって水じゃない。つまりこの空間はさ、俺次第で歩けるし泳げる、、、、、、、んだよ」


 レイスくんの意思で、青で満たされた大地の性質と、水で満たされた海中の性質を切り替えることができる。それも、対象一人ひとりに対して個別に。


 二つの性質を同居させるという、通常であれば成立しない異常も、精霊術の深奥ならば実現可能なのか。


 水棲魔物が泳ぐ一方で、翼の生えた者達は同じ場所を飛んで移動している。

 それは同時に、飛行手段を持たないレイスくんが、水流を操って移動できるようになったということでもある。


 彼もまた、星々の破壊に直接的に参加できるようになったのだ。

 己の生み出した幻想生物と共に、少年が星を砕く。


 まるで夢の中のような光景だが、精霊と勇者が実現する現実だ。


「『神々の焔衝えんしょう』」


 【炎の勇者】のフェニクスが仕込み杖を変質させた聖剣を振るうと、白き炎の奔流が生じた。

 この世のものを問答無用で焼却する炎が、師匠を呑み込む。


 ――『神々の焔』を、放出しているのか。


 あれは精霊の力を借りてなお魔力消費が激しいので、身に纏わせる使い方に限定していた筈だ。


『あはは、火精霊ツンデレがブチ切れてる。あぁ見えてあの子、自分のひな鳥が大好きだからね。いっこ前の時なんかは、自分の力をぜーんぶ貸してあげてたな。それで百三十年も眠りについちゃったっていうのに、学ばないね。可愛いやつ』


 あぁ見えても何も、僕に火精霊の姿は見えない。

 だが、いつも以上の力をフェニクスに貸しているのは確かなようだ。


 ……そういえばさっき、ダークが火精霊をからかうような発言をしていたが。

 あれは、より大きな力を契約者に貸すよう仕向けるためのもの、だったりするのか。


『やだな相棒。自分の相棒を、そんな性格悪い子みたいに疑うものじゃあないよ』


 でも、と黒ひよこは続ける。


『これで水精霊ショタコン風精霊メンクイも本気を出すよ。精霊っていうのはさ、世界を廻すために存在しているわけ。でもね、それだけじゃあ寂しい。だから一時代に一人まで、可愛がってもいいって許しを貰っているんだ』


 ――許し?


『そんなもんだからさ、推しへの愛、重いよ~』


 ダークの言っていることの全てが理解できたわけではないが、三勇者の魔法出力が落ちていないのは確かだ。

 それどころか、魔力は高まり続けているようにも感じられる。


『君たちの時代に即した言い方をするなら……うぅん、そうそう! 精霊はみーんな――ガチ恋オタクなのさ』


 ガチ恋オタク……。

 【役者】【アイドル】他、冒険者やフィクションの登場人物に本気の恋愛感情を向けるファンを指す語、だった筈だ。


 フェニクスパーティー時代、僕以外のメンバーには熱烈なファンも多かったので、そういう人々がいることは分かっている。

 精霊も、似たような気持ちで己の契約者の人生を観ている?


『そうだよ。一番愛した人の子を、世界で一番にしてあげたいから、自分の全てを与えてあげるのさ。可愛いでしょう?』


 ダークが話している間にも僕の黒魔術は星々を捉え、弱体化している。


 そして――、


 【人狼の首領】マルコシアス、【寛大なる賢君】ロノウェ、【銀砂の豪腕】ベリトの拳が、


 【串刺し令嬢】ハーゲンティの生み出した血の槍が、


 【闇疵の狩人】レラージェ、【零騎なる弓兵】オロバス、【深き森の射手】ストラスの矢が、


 【地獄の番犬】ナベリウス、【火炎の操者】アイム、【炎の槍術士】アミーの豪炎が、


 【絶世の勇者】エリー、【雄弁なる鶫公】カイムの疾風が、


 【水域の支配者】ウェパル、【海の怪物】フォルネウスの水流が、


 星々を破壊していく。


 【黒き探索者】フォラスは己の判断で更なる黒魔法を掛け、【魔眼の暗殺者】ボティスの振るう刃が星を裂く。


 【不可視の殺戮者】グラシャラボラスは的確に味方を不可視化し、特に【怪盗烏】ラウムはずっと姿を消している。


 彼は特定の魔法陣を描くことで、その地点への転移を可能とする力を有している。

 今は魔法陣を刻んでいるのだろう。


 【死霊統べし勇将】キマリスは、大量の死霊を操ることで、全ての味方陣営に助力していた。


 師匠の即死攻撃に等しい魔力照射も、エアリアルさんが仲間の被害が出ない箇所へ飛ばしてくれている。


 それによって僕らは、一方的に星を駆逐することが出来ていた。


 師匠自身の参戦を阻めているのは、食い止めてくれている仲間たちがいるからだ。


 【炎の勇者】フェニクスに加え、【万天眼の魔王】パイモンと魔王様も師匠への猛攻を続けている。


 『神々の炎衝』の通り過ぎた跡は残らず消滅しており、魔力空間が露わになっていた。

 それだけの精霊術を受けても、師匠は健在。


 いや、攻撃を相殺するべく突き出した右腕の装甲が剥がれたようだが、即座に再展開された。


 やはり、この世の攻撃を問答無用で無効にしているわけではない。

 尋常ではない耐久力によって、攻撃が通りづらいだけなのだ。


「いい加減にしろ、クソジジイ!」


 魔王様が怒りの形相で叫ぶ。

 紅蓮の鎧角が師匠に躍りかかり、彼女の拳がその左手によって防がれた。


「貴様――修行でも、、、、つけているつもりかッ、、、、、、、、、、!」


 その言葉に、僕はハッとした。


 そうか。

 僕にとって、師匠が教え導いてくれることは、師事していた日々の中の当然。

 だから気づくのに遅れてしまった。


 だが言われてみれば、その通り。

 おかしいではないか。


 魔王時代のレイド戦、その時代の最強メンバーが集まっている中に下りてきて、瞬殺した男が。

 この業界に何の期待も持てなくなり、表舞台から去った男が。


 目を開き立ち上がって以降、あまりに丁寧に戦ってはいないだろうか。


 師匠が戦いの最中さなか、僕へのヒントとなるような発言をした時点で、気づくべきだった。


 師匠が即座に僕を殺さなかったことで、僕は己に不足しているものを知り、己に掛けられた秘術を部分的に解除することが出来た。


 師匠がパイモンさんの『眼』を模倣したことで、師匠の角を継いだ己にもそれが可能だと確信することが出来た。


 師匠の星々は、まるでゆっくりと体に慣らすように段階を踏んで威力が強まっていった。


 そして、星を連結させてのあの一撃。魔力空間を穿つほどの攻撃は、一度しか使っていない。


 何故か。何度も放ってステージを破壊してしまえば、観客席との繋がりが絶たれてしまうからだ。

 フェニクスの『神々の焔』や『神々の焔衝』を頑なに回避せず、相殺を選んでいるのも同様。


 師匠は、自分が誰かに観られたいなんて欲を持っていない。


 なのに、ステージを気にするとしたら、それは。


 弟子の戦いを、最後まで途切れることなく世界に届けねば、という意識が働いてのことか。


 ――『……戦いの中で、敵を殺すこと以外を考えるな。うつけが』


 あんなこと言っておいて、余計なことを考えているのは、どっちだよ。


 怒りが湧いてくる。

 師匠に、ではない。


 その状態の師匠にさえ、勝てぬ己の力量に、だ。


 意味がないのだ、これでは。

 倒すのは、世界最強の魔王でなければならない。


 素直じゃない、心優しき師から一本とるような戦いでは、ダメなのだ。


 師匠の意識を本気の戦いに切り替えねばならない。


 あと何が足りない。


 世界最強の魔王の角による『完全鎧角』。オリジナルダンジョンの魔力。『難攻不落の魔王城』コアから抽出した魔力。己が生み出した魔力。


 魔王の力を受容する眼と脳。【万天眼の魔王】が持つ魔力効率を『100パーセント』にする眼。


 三人の【魔王】、三人の【勇者】、これまで縁を繋いできた強者たち。


 そして、精霊の加護を宿した右拳――聖拳。


 これ以上、何を――。


 ……。

 …………。

 ……………………。


 ぎり、と奥歯が砕けるほどに、歯を食いしばる。

 これを言うことに、僕はそれだけの抵抗があった。


 ――ダーク。


『……なんだい、相棒』


 ――訊きたいことが、あるんだ。

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