第301話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』23/愛しき人の子
『訊きたいことがあれば、なんでも訊くといいさ』
――ダーク、僕は勝ちたいんだ。
『ん? それは知っているとも』
不思議そうなダークへ、言葉を重ねる。
――
『…………』
アルバの件で確認出来た。
別に仲が悪くてもいい。過去に諍いがあったっていい。信じて、共に戦うことは出来る。
彼と僕は、同じパーティーにいた頃はちっとも仲良く出来なくて、彼は今だって僕を好きではないだろう。
それでも仲間だった時間は消えないし、この全天祭典競技では共闘もした。僕を助けてくれさえした。
仲良しこよしじゃなくていいんだ。
一つの目的さえ共有できたら、団結できる。
『……そうだね』
君が村の人にやったことは、きっとずっと許せないままだよ。
無関係な人をダンジョンに呼び込んで、誘惑し、残された者達を不安にさせた。
『まだ怒っているのかい? 君の村の子や、仲間たちを眠らせたことを』
でもね、僕が君を心の底で受け入れられないのは、それが理由じゃあない。
君は、本気なのかい?
『――――』
――楽しむのはいいよ。僕の人生を見て、君の退屈が紛れるならそれもいい。傍観者なら勝手さ。
けど、
『志……』
――勝ちたいんだ。
――相手が親友でも、尊敬する勇者でも、世界最強の師匠でも、関係ない。
勝ちたいよ、ダーク。
その気持ちを共有出来ないなら、僕はこれから先ずっと、君を認められない。
『つまり、訊きたいことっていうのは、相棒と同じ気持ちかってこと?』
本当は、僕の方から尋ねることだけはしたくなかった。
ダーク自身にそういう気持ちがあれば、ダーク自身の判断で振る舞いを変える筈。
気まぐれな精霊が、オリジナルダンジョンで村のみんなを困らせた精霊が、僕に向けて言う相棒という言葉。
それが本心かなんて、僕の方から確認などしたくなかった。
だからこれまで、ダークとは意図的に距離を持って接してきたのだ。
精霊に心変わりなんてものがあるかは分からないけれど。
同じくらい本気になってくれる存在でなければ、相棒なんて呼ぶことは決して出来ないから。
『そっか。なーるほど。なら……なら、さ』
瞬間。
全身に、凄まじい魔力が充溢する。
『これで相棒かい?』
精霊が【勇者】としか契約しないのには、理由がある。
並の生命体では、精霊の加護に耐えられないからだ。
そして、精霊は【魔王】の
そもそも精霊が人間に力を貸すようになったのは、魔族の侵攻に人類だけでは対処できないと判断したのがきっかけ。
精霊たちは、その時の縁で人の世に関わり続けている。
それは、先程ダークが言ったように、寂しいから、なのか。
『君の師匠の秘術に乗っかったよ。【魔王】の角を受容できるような肉体ならば、精霊の加護も受容できたって不思議じゃない。とはいえ……角の定着にはそれでも一年掛けたんだよね? こっちは一瞬で付けちゃったから、すぐに体が崩壊するよ。でも、丁度いいよね?』
元々僕の体は、師匠の秘術を崩したことで崩壊へと急速に進んでいる。
精霊の加護をこの身に受けたことによるデメリットは考えなくてもいい。
――いいのかい? 僕が戦うのは、最強の魔王だ。
『えー? 言わせたいの? 相棒ってば意地悪だなぁ』
そう言いつつ、ダークは続けた。
『精霊は傍観者のフリをして、契約者の人生に干渉する。もうわかるよね? 観たけりゃ観ればいい。でも、ハラハラしてしまうんだな。自分の推しに、勝ってほしいと思っちゃうんだ――
黒ひよこの姿が、小人の女性のような姿へと変わっていく。
『だから、契約者を見つけた精霊同士は仲が悪いのさ。全員の
彼女の顔は、ヴェールのようなものに隠れてよく見えない。
『敵が何者であろうとも、関係ありませんよ。貴方が求めるのならば、全て与えましょう。我々の世界にはこのような格言がありますからね。そう――推しは推せる時に推せ』
ダークの口調が、少し変化している。
彼女はふよふよと僕の肩に乗り、耳許で囁いた。
『より大きな力を引き出す時は、気持ちを込めて名前を呼ぶのですよ。可愛い人の子にそうされると、我々はとっても元気になりますからね』
もしかすると、この話し方こそが、ダークの元々の口調なのかもしれない。
そして彼女は、自分の本当の名前を教えてくれた。
僕は全身を巡る魔力を『完全鎧角』で更に圧縮・純化しながら、心の内で彼女に言う。
――力を借りるよ、
『――――』
――君の選択が間違いでなかったと、結果で証明しよう。
『……ふふ。えぇ、いや――おうとも相棒! 最高に面白い戦いを見せておくれ』
「【嵐の勇者】よ」
僕はそれだけ口にして、角の翼から魔力を噴射。
次の瞬間には景色が切り替わり、目の前に【湖の勇者】レイスを発見。
その襟首を掴み、更に飛ぶ。
「ちょっ……」
レイスくんには申し訳ないが、説明している暇はない。
それに一瞬あれば、彼も理解するだろう。
次はフェニクスだ。
今度もエアリアルさんは正しく理解してくれたようで、目の前に幼馴染が出現。
「来い」
「あぁ」
フェニクスは迷わずついてくる。
丁度いい。
師匠の左右は魔王様とパイモンさんが封じている。
僕らが出るのは、師匠の正面。
「ここで斬る」
その一言で、全員が状況を理解。
「勇者使いが荒いなぁ……っと!」
レイスくんの『悲嘆の氷』が師匠の足許から腰までを覆うが、先程までよりも氷が分厚い。
「――『悲嘆の氷獄』」
フェニクス同様、深奥の出力を更に上げたのか。
「――『神々の焔』」
フェニクスはそれでいい。放出せずとも、敵は目の前にいる。だが、火力自体は上がっているようだ。
「無駄なことだ」
「そう思うのか?」
師匠の言葉にそう返しながら、僕はフェニクスの聖剣に、手を掛ける。
二人で一振りの聖剣を握る形だ。
『ぎゃー!! 何すんのよやめなさいよ!』
突如として甲高い声が脳内に響く。
『あっはっは、そうそうツンツンしなくてもいいじゃないか』
ダークが会話に応じている……ということは、これは火精霊の声か。
『ばかばかばか有り得ない! その人間、一体何考えて――』
『相棒はね、勝つこと以外は考えていないのさ。君の愛しのひな鳥が負けてもいいのなら、手を離すよう言ってみるけど?』
『~~~~ッ! こ、今回だけだから!』
ダークの加護を、瞬間的に聖拳からフェニクスの聖剣へと移行。
二体の精霊の加護を宿した刃は、師匠に触れても、折られることはないだろう。
本来ならば絶対に起こり得ない、精霊の同居。
それだけではない。
聖剣化した武器は、深奥の力を受け止めることが出来る。
『神々の焔』で自身の聖剣が灼けぬのがその証拠。
ならばこの瞬間、この聖剣は――異なる二つの深奥を宿すことの出来る、世界ただ一つの武器と化す。
「――
彼女の本当の名前を呼ぶ。
契約したことで、僕はサラクエルが何の精霊かわかった。
いや、実のところよくわからない。よくわからないということが、わかったわけだ。
彼女は神秘の精霊。
人間がまだ『よくわからない』ことを、余すことなく知っている者。
『わたしは深奥を授けない。
黒魔法とは、黒魔術を劣化させたもの。
では、黒魔術とは一体、何なのだろうか。
その答えのヒントとなるものがある。
魔法とは、精霊術を劣化させたもの。
精霊の力の全てを使いこなせない人間の為に、その効力を抑えて人間用にしてくれたもの。
では、黒魔術もそうなのではないか?
一部の【魔王】が到達した尋常ならざる力を、凡人でも使えるように劣化させたものだとしたら?
つまり、黒魔術とはそれ自体が――精霊術と同等の力。
精霊の加護がなくとも、黒魔術が扱える者ならば――黒魔術の深奥に辿り着けるのではないか。
『ただただ、魔力を貸しましょう。――相棒には、それで充分だろう?』
「――『魔神の
白き滅却の焔に、黒き終焉の影が纏わりつく。
ただの足音だけで、人々に死を思わせた魔界の神。
その名を冠したこの深奥は、全ての黒魔術の到達点。
『生命の否定』――すなわち『死』の強制だ。
「ちっ……やれッ!」
「ボケジジイの目を覚まさせてやるのだ!」
二人の魔王が叫ぶ。
僕らの一振りは、避けられることも、受け止められることもなく。
そして我が師の鎧角さえも、灼き、崩し、その肉体を斬り裂いた。
この戦いが始まって初めて、最強の魔王から出血を再現した魔力粒子が流れ出る。
「――認める」
それでも、彼を殺し切ることは、出来ず。
「貴様らを、敵と認める」
彼もまた、黒魔術の使い手。
故に、同様に深奥に至っていても、おかしくはないのだ。
魔界の神の足音が、向こうからも聞こえてくるようだった。
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