第302話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』24/愚かな人の子

 



 想像してみて欲しい。


 自分の父親が、世界最強だったら?


 子供心に、どれだけ誇らしいだろう。


 少し力持ちであるとか、背が高いだとか、顔がいいだとか。

 その程度でも、子供にとって父親はヒーローだ。いいや、本当は何もなくたっていいのかもしれない。


 けど、他の子供の親と比べた時に、自分の父さんの方が凄いんだ、と思える何かがあるとやはり違う。あの優越感は、子供時代特有のものだと思う。


 少し成長すると、親の凄さは、別に自分を凄くはしてくれないのだと気づくのだから。


 私がそうだった。


 世界最強の魔王の息子。

 亜人の者達が暮らす区画で育った私は、それはもう羨望の視線を一身に受けて育った。


 父の強さを知らぬ大人はおらず、それは当然子どもたちにも伝わる。

 父が誇らしくてならなかった。


 けれど、すぐに知ることになる。

 家族は父を誇りに思っているが、父は家族に興味がない。


 テストで満点をとっても。かけっこで一番になっても。同年代の誰にも負けない魔力量があっても。大人の魔法使いだって使えない魔法を覚えても。


 父は「そうか」としか言ってくれない。こちらに一瞥もくれずに、そのまま去っていく。


 私は天才で、私は【魔王】で、私は強く、私は賢く、私は勤勉で、私は――戦いに向いていなかった。


 才能があるのは自分でも分かったが、どうしても興味が湧かないのだ。


 もちろん、観るのは好きだ。

 けれど、全てのスポーツ好きが、スポーツ選手でないのと同じ。

 観るのとやるのとでは、違うのだ。


 それでも父に構ってほしくて、修行をつけてくれと頼んだことがある。


 返ってきたのは冷めた視線と「くだらん」の一言。


 あの時は絶望したものだが、きっと見抜かれていたのだ。

 本気で強くなりたいわけではなかったのだと。

 そして、父の本気の修行に、私の心は耐えられないのだと。


 私は、容姿にも才気にも環境にも恵まれているのに、あることに囚われた所為で、満たされることがなかった。


 父に、褒めてもらったことがない。

 父が、笑っているのを見たことがない。


 何をすれば認めてもらえるのだろうか。

 世界で一番強い人なのに、どうしていつも退屈そうなのだろうか。


 二つの疑問が、その後の人生まで縛っていくことになる。


 そしてある時、父が消えた。

 煙のようにふっと消え、父に仕えていた者もその多くが魔王城を去った。


 その頃には結婚して世界で一番可愛い愛娘も出来ていた私は、疑問の一つを解消していた。


 父が笑わないのは、この世の中の所為だ。

 父を退屈させている何かがあるんだ。


 どれだけ強くとも、魔物は魔物。倒されることを望まれる悪役。

 まずはこの理不尽を終わらせる。


 いつまで旧時代の価値観をエンタメに当て嵌めるのだろうか。

 その上、【勇者】はどれだけ強くても褒め称えて持ち上げるくせに、強い【魔王】は国に危険視される。


 何世代も前の遠い遠い親戚が起こした罪の影響を、何故後世の者が受けねばならないのだろう。

 なんて窮屈な世界なのか。


 その考えを払拭する第一歩として、エンタメの方から手を加えていく。

 業界人の仕事を奪わないよう配慮しつつ、ダンジョン攻略という娯楽ごと消すのが手っ取り早いだろう。


 そうすれば、父は世界最強の悪役ではなく、世界最強の男になれる。

 くだらない雑音を消せる。


 だが、再会した父はそんなことを望んではいないようだった。


 そもそも、父は世界のことになど興味はなかったのだ。

 それもそうか。最も身近な世界である、家族に関心を示さなかったのだから。


 だが無意味ではなかった。

 父の弟子を見つけることが出来たのだから。


 ――『角を使う価値のある敵が現れれば、あるいは』


 その呟きを漏らした時、父の視線は己の弟子が表示された端末の画面に向いていた。


 鍵は、彼なのか。


 ――レメ殿を強くせねば。


 既に相応の鍛錬を積んでいる者は、急に成長しないようにも思える。

 だが、この世の中には、実戦の中でこそ急速に成長する人間というものがいる。


 レイド、オリジナルダンジョン、全天祭典競技。

 全てが全て計算通りだったわけではないが、全てのイベントに彼を巻き込むことが出来た。

 そして自分の想定以上に、レメ殿は強くなってくれた。


「旦那様」


 私は最終戦の様子を解説の席で見ていたが、もう我慢できなくなりガラス窓に飛びつくようにして眼下の光景を目に焼き付けていた。


 秘書のイルーネはすかさずマイクをオフにし、観客席に声が届かぬようにする。

 それを待っていたわけではないが、私は丁度そのタイミングで声を発した。


「見たかい、イルーネ」


 会場では既に、父の黒魔術深奥が炸裂していたが、そんなことよりも。


「父さんが笑った」


 ――『どうでもいい。儂は飽きた。あそこは退屈だ』


 だから退屈しない場を用意しなければ、と思った。

 だが私自身が父の敵になることは不可能だった。


 強さとは関係のないところで、私は父の眼中になかったから。

 何よりも、戦いを好まない自分が参戦したところで、父を楽しませることは出来ないだろう。


 最強の証明。

 たったそれだけのことに全身全霊で挑める者達だけを集めた、この祭典競技に意味があるのだ。


「笑ったんだ」


 レメ殿とフェニクス殿の一撃をその身に受け、反撃するまでの僅かな時だったが、見逃さない。


 父の弟子が、父の長年の退屈を、殺してくれた。


 感動に打ち震えると同時に、醜い嫉妬の念も湧く。


「レメ殿、君は素晴らしい。だが、まだ私には分かっていないことがある。何故君だったのか、という点だ。父が弟子にした以上、幼い君との間に何かがあったのだろう。その何かとは、一体なんなのだ」


 全世界で一番可憐な娘が言っていたように、あの父がこの戦いの場でレメ殿に修行をつけていたというのなら、それはおかしい。


 父らしくない。

 つまり、自分らしさがブレるくらいに、弟子を大切に思っているのだ。


 あの孤高にして最強の魔王が、人を気遣い、慈しんでいる。

 強くなること以外に、興味を持っていなかったのに。


「人が人を愛するのに必要な時間は、一瞬で充分なのですよ」


 イルーネがそんなことを言い出す。


「旦那様だって、ルーシー様を腕に抱いたその瞬間に、生涯変わらぬ愛が胸の内に生まれたと仰っていたではないですか」


「そう、だね。これから先何があろうと、ルーシーは世界に誇る愛娘だ」


 一目惚れでもいい、数年なんとも思ってなかったのにふとした瞬間恋に落ちてもいい、憎しみ合っていたのにある瞬間から愛し合ってもいい。


 知り合ってからの時間は問題じゃない。


 その瞬間でも百年後でもいいのだ。


 大事なのは、愛が生じる一瞬と巡り合えるかどうか。


 己の心が鷲掴みにされ、永遠に這い上がれぬ愛に落とされる、あの感覚に襲われるかどうか。


 では、その一瞬とは?


 家族愛も、友愛も、自己愛さえ感じられなかったあの男が。


 戦いに生きる魔王が、才なき少年を弟子として愛するに至った一瞬とは。


 父の心に師弟愛なんてものを産み落としたものとは、一体。


 なんなのだ。


「教えてくれ、レメ殿」


 己の妻も息子も孫も部下も城さえも、顧みない孤高の魔王が。


 たった一人の、人間の子供にだけ執着を見せるのは何故なんだ。


 君だけが魔王の一瞬に巡り会えた、その理由を。


「知りたいんだ、どうしても」


 ◇


『なぁ! いるんだろ! なぁってば!』


 ある時から、小童が家の近くをうろちょろするようになった。

 その度に適当な黒魔法で迷わせ、時に恥をかかせ、時に恐怖させた。

 直接尻を蹴り飛ばしたこともあったか。

 子供など、それで追い払えると考えたが、どういうわけかその小童は諦めなかった。


 だがある時、喧しい黒髪の小僧がやってこなくなった。

 静寂な日々が戻ってきたと思ったのも束の間、再び喧しくなる。


 だが、謎の家を探検しようなどという子供の遊びではなくなり、その声は真剣味を帯びていた。


『あんたさ、【黒魔導士】なんじゃないか!? 俺、調べたんだ! 道がわかんなくなったり、考えがぐちゃぐちゃになったり、いつの間にか時間が経ってたりさ、「混乱」と「空白」だろ!』


 実体験をもとに、異変の原因を特定するとは。


 怯え惑う普通の子供とは違うようだ。

 だからといって、なんだという話だが。


『俺を弟子にしてくれよ!』


 そこで、喧しい小僧が、十歳そこらだと気づく。


 ――【役職ジョブ】が判明したか。


 これまでは勇者だなんだと喚いていたが、どうやら望む【役職ジョブ】は得られず、【黒魔導士】に覚醒したようだ。

 しばらく姿を現さなかったのは、現実の厳しさに絶望でもしていたのか。


『俺はすごい【黒魔導士】になるんだ! 俺の黒魔法で仲間は敵をバッタバッタと倒してさ、魔王だって倒しちゃうんだ! そうしたら……そうしたらさ、【黒魔導士】でも勇者に……』


 どれだけ無視しても、その子供は弟子にしてくれと頼みにやってくる。

 諦める気配のない子供が鬱陶しくなり、こちらの側から声を掛けた。


『何故勇者に拘る』


『おぉ、お師匠!』


『貴様の師などではない』


『けち!』


『質問に答えろ』


『勇者は、格好いいから!』


『……かっこう、いい?』


 あまりに意味不明な回答だった。

 戦いにおいて重要なのは、強さの一点のみだ。勝敗を決する行為を、戦いと呼称するのだから。


『だってさ、だってさ、普通は自分より大きなやつには勝てないだろ? でも勇者は挑むんだ。そして勝つ! どんな亜獣にも、どんな種族にも、そして魔王にも! 勝つんだ! きっと怖いのに、勝てないかもって思うこともあるだろうに、立ち向かって、勝っちゃうんだ!』


『全ての戦いで勝利するわけでもあるまい』


『それでもいいの! 勝つまで挑戦するのが格好いいんだから。お師匠知らないの? 最後に必ず勝つのが、勇者なんだぜ?』


『貴様の師などではない』


『超けち!』


 年相応に無礼で喧しいガキだが、見れば目許が腫れており、涙の跡も残っていた。

 表に出している感情ほど、元気が有り余っているわけではないらしい。


『貴様の【役職ジョブ】は【勇者】ではなかったのだろう。それでも勇者になるとは、どういうことだ』


『……っ。あぁ、俺は【黒魔導士】だったよ。でも、それで気づいたんだ。勇者のかっこうよさってさ、強さとは直接関係ないって』


 やはり、意味不明だ。

 強さに惹かれるのならば、まだわかる。

 だが、【勇者】から強さを引いた上でなお、それに惹かれるというのは。


『勇者ってのはさ、かっこういい――生き方なの! 困ってる人がいたら助ける! 悪いやつがいたらとっちめる! 人に優しくする! 正しいことをする! そういうこと全部を、諦めない!』


 確かに、ふるき時代の勇者とは、そのような存在であったと聞く。


 最初から【勇者】という格があったのではなく、勇ましく正しく強き者を人々が勇者と呼び、それが神殿で判明する【役職ジョブ】の一つとして固定されるようになった。


 時代の変化に伴い珍妙な【役職ジョブ】が増え続けていることからも、【役職ジョブ】先行ではなく『才覚と在り方』先行であることが分かる。


 つまりこの小僧は、才能の欠如が確定してなお、在り方だけは憧れを体現しようというのか。


 そんなことをしたところで、世界が自分に報いてくれるわけではないと、知りながら。


『諦めない、か』


『そう!』


『儂に師事し、全ての鍛錬をこなしてみせると?』


『そう!』


 子供の戯言だ。

 適当にしごいてやれば、泣き喚いて家に帰るだろう。


『よかろう。だが、わっぱと言えど男。二言はないな?』


『どういう意味?』


『諦めぬと一度ひとたび口にした男が……「出来ない」だの「無理」だのほざいた日には、信を失うということだ。加えて、軟弱な者も要らぬ。修行で涙を流そうものならば破門だ』


『よくわかんないけど、俺が諦めない&泣かなかったら、弟子にしてくれるってこと?』


『……そうだ』


『やったー! ありがとお師匠!』


『……まず貴様には、口の利き方を教える必要があるようだな』


 話し方などどうでもいいことだが、目の前の子供は距離感が近すぎる。

 他者をそこまで近づけさせるつもりはなかった。


『はい! お師匠様! わたくしを最強にしてくださいまし!』


『そうではない』


 引き受けたことを早くも後悔しながら、長くとも数日の辛抱だと己に言い聞かせる。


 ◇


 予想に反して、子供は一週間経っても修行に食らいついてきた。


 黒魔法に見取り稽古はない。魔力は目に見えぬからだ。

 故に出力を上げた黒魔法を浴びせることで、体に覚えさせる。


 だがそれは同時に、師と己との絶対的な差を自覚することにもなる。

 これだけで諦める者もいるくらいだ。


 だが、その子供は違った。


『す、す、すげぇ! 師匠の「速度低下」、全然動けなかった! 自分が石になったかと思った! え? 黒魔法ってこんな凄いの? あ、師匠が超絶すごいだけ? ――お師匠様が超絶すげぇんですかい?』


 相変わらず敬語は壊滅的だが、意欲が損なわれるどころか関心が増している。


 それ以外にも、死なぬよう最低限の加減をしつつ、心折れるであろう鍛錬を課したが、子供は一向に諦めない。


 何度転び、倒れ、嘔吐し、一からやり直しになっても、決して諦めず、涙せず、言われた量をこなす。


 どうやら、根気に関しては、並々ならぬものがあるようだ。


 しかし、こんな子供の相手をいつまでもするつもりはなかった。


 修行の段階を上げ、子供を獣の棲む森に放り込む。


 水筒と笛を渡し、数日生き残れと指示。

 笛を吹けば助けるが、その時点で修行も師弟関係も終了。


 老人の理不尽な指示にも、子供は『わかった!』と大きく頷いた。

 一々修行の理由を問いただす者もいる中で、随分と素直なことだ。


 その、師への疑いを持たぬ瞳も、これで終わるだろう。


 森に囲まれた田舎の生まれというだけあり、食える野草や茸の知識はあるようだった。


 だが調理の腕はないらしく、自力で火を熾し、野草はそのまま、茸は炙っただけで口に入れる。

 行動に迷いがないように見えたが、余裕があるわけではないようだった。


 夜、子供に気づかれぬ位置から見下ろしていると、啜り泣くような声が聞こえる。


 いいや、子供は、二度と涙するなという禁を破ってはいなかった。

 服の袖を強く噛み、顔を天に向け、必死に涙を堪えていた。


『……うぅっ……くそ……諦めない……諦めない……。絶対、師匠に黒魔法を全部教えてもらって、勇者になるんだ……。自分で、そう決めたじゃないか』


 だが翌日、その子供は笛を吹くことになる。


 熊に襲われた。

 だが、それで助けを求めたわけではない。


 その子供は咄嗟に熊に『空白』を挟み、それが効いている内に距離を確保。

 更に『混乱』を叩き込み、道に迷わせることで、完全に自分に辿り着けなくしたのだ。


 そう、出来ぬことを強制することは修行ではない。

 これまで獲得した知識と技術を総動員し、己の頭で答えを導くことで課題を突破できる。

 そして、己の力で導き出した答えを、人は失わない。

 それこそが血肉となり、強さとなるのだ。

 だが、それを理解できずに投げ出す者も多い。


 とはいえ、たった十の子供がここまで出来るとは、正直考えていなかった。

 この次の修行を考えることになりそうだ、と憂鬱になったその時。

 正常な意識を乱された熊は足を誤り、斜面を転落。


『あ!』


 何を思ったのか、子供は熊の方向へと走り出した。

 見れば、転落した熊は酷く体を打ち付けたようで、弱々しく痙攣している。

 じきに死ぬだろう。


 そして、子供は笛を吹いた。


『師匠! 師匠!!』


『……なんだ』


『あの熊を助けて!』


 まったく意味が分からない。


 慌てる子供の説明は要領を得なかったが、つまりこういうことらしかった。


 熊が、己の領域で獲物を狙うのは当然のこと。そこに悪はない。

 人間もまた生き物を頂いて生きているのだから、自分がその対象になるのは単なる公平。


 だが今回、自分は食物連鎖とは無関係な、単なる修行として森に赴いた。

 勝手に棲家に入った挙げ句、懸命に生きていた熊を魔法の影響で死なせるのは――正しくない。


『食物連鎖は自然の常。そこに則った熊の行動を責めるつもりはなく、そこに反したこやつの死を出来ることなら回避したいということか』


『なんでもいいから治して! お願いします!』


 まだ訊きたいことはあったが、熊に白魔法を掛け癒やしてやる。

 起き上がった熊は子供の隣に立つ魔人を見るや、怯えたように去っていった。


『すごい! 師匠はなんでも出来るんだね!』


 そう言ったあと、少年の顔が暗くなる。


『あ……もう、師匠って呼んじゃだめか……』


 そう、笛を吹いたら、そこで師弟関係は終わりだ。


『何故、それを理解しながら笛を吹いた。何をおいても勇者になりたいのではなかったのか』


『なりたいよ! なりたいに決まっている!』


『では何故だ』


 強くなりたいのならば、その目標だけを見据えていればいい。


『俺のなりたい勇者は、目の前で死にかけてる生き物を見捨てない』


『――――』


 その瞬間、理解する。


 この子供が常日頃から口にする『勇者』という語の、重みを。


 勇者への到達を目標に生きているのではない。

 勇者という在り方を、実践し続けているのだ。


『師匠の弟子になれないのは嫌だけど、弟子でいるためにあいつを見殺しにする方がずっと嫌だから』


 あぁ、この子供には――才能がない。


 才能だけ、、が、ない。


 不運以外に、彼が勇者になれない理由はない。


 運命という目に見えぬ圧力は、容易く人の生を縛りつける。

 抗えぬのだと、ほとんどの者は悟るのだ。諦めるのだ。


 己の才覚に見合った生き方をすべきだと、己を納得させて生きる。

 その方が賢明。よっぽど幸福の道に近いだろう。


 しかし、この世界には極少数、茨の道を征く者達がいる。

 自分の全てを一つのことに懸け、望む未来が為に努力をやめられない者達がいる。


 そういう馬鹿は何人か見てきたが、この歳でそれほどの執着……熱を放つ者は見たことがない。


『……貴様、名はなんといった』


『え? ……レメだけど、なんで急に?』


『そうか、レメか。今日の修行は合格とする』


『え!?』


『貴様自身が助けを呼べば不合格と言ったのだ。だが貴様は、何の為に助けを呼んだ』


『く、熊……。え、じゃあ、セーフ?』


『今日で終わりにしたいか?』


『ううん! やるやる! やったー!』


 ――いつだったか、やつに直接聞いたことがある。


 何故諦めないのか。

 そうすると、こんな答えが返ってきた。


 格好悪いからだ。


 たったそれだけの理由に、人生を懸けられる愚か者。


 この子供には才能がない。


 才能だけがない。


 不運以外に、彼が勇者になれない理由はない。


 ――もし、、備わっていたら、、、、、、、


 こやつに、戦う力があったなら?


 齢十にして、勇者の心を携える子供。


 天が押し付けた不運を、僅かばかり歪めてやることで、この者の人生がどう変化するか。


 才能だけがない子供の人生が、さいわいに傾くことがあるのか。


 角をくれてやった理由は、それだけだ。


 馬鹿な弟子が、このくだらん世界でどこまで至れるのか。

 強き意志を持つ者の行く末を見物するのも悪くない。


 そう思っただけだ。

 それだけだ。


 ただ、それだけのことだ。


 ◇


 あぁ、だが一つの誤りを認めねばならない。

 この者は一切の才能を持たぬ。これは正しい。


 だが、不運では決してない。

 いや、それさえも正確ではなかろう。

 天に刻まれた不運は確かに有ったのだ。


 それを糧に成長したからこそ、この者は与えられなかった幸運以上のものを手にした。


 それは、どれだけ幸運な者も、どれだけ強き者も、ただそれだけでは獲得出来ぬ力。


 己が窮地に陥った時、何をおいても駆けつけてくれる者達との、縁。

 己の勝利と成功を信じ、全てを託す者達との、繋がり。


 ――レメ、我が生涯唯一の弟子よ。


 ――貴様のそれは、魔王にも届きうる、輝かんばかりの――人望カリスマだ。


 人間ノーマルも亜人も関係なく。

 勇者も魔王も関係なく。

 お前の勝利に全てを懸けることを、一切迷わない。


 そのような者達の信こそが、貴様の人生の戦果だ。


 儂が無価値と断じたものを結集し、貴様は儂に刃を届かせた。


 誇れ。

 貴様は、貴様たちは、強い。


 その上で――、


「儂には届かぬと知れ」



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