第33話◇仕事に困っていると思われてる黒魔導士、世界ランク第一位の誘いに……?(上)

 



 【嵐の勇者】エアリアルさんは今年で四十二歳になる壮年の男性だ。

 だがその鍛え抜かれた肉体は若々しく、まさに剛健といった印象。

 なのに態度は柔らかく、年に関係なく優秀な者は高く評価する。


 フェニクスと同じく、この時代に二人いる四大精霊の契約者でもあった。


 僕が彼の言葉に呆けたのも一瞬のこと、すぐに慌てて黒魔法を展開。

 というのも、周囲の客や注文を取りに近づいてきた給仕のお姉さんが「あれ? もしかしてそこにいるのって【嵐の――」というところまで思考が及んでいるのが分かったから。

 思考を読んだとかではなくて、表情とか腰を浮かす動きで。


 気付きかけた者達の思考に空白を挟み、すかさず『混乱』させる。

 自分が一瞬前に誰を連想したかをど忘れした彼ら彼女らは、首を傾げた後に各々の席や仕事に戻った。


 ……こんなところで騒ぎになったら困る。

 今はミラさんもいるし、折角ブリッツさんが開いてくれた再就職のお祝い会なのだ。


「ほぉ……やはり」


 僕が何をしたか気付いたのか、エアリアルさんが興味深げに自分の顎を撫でた。


「お久しぶりです」


「あぁ。おや、少したくましくなったかな」


「そうだといいんですけど」


 僕は腰を上げ、彼と握手。

 四大精霊の契約者は現在、二人。【湖の勇者】と【泥の勇者】は空席だ。

 エアリアルさんは同じ四大精霊の契約者として、フェニクスに目を掛けていた。

 その縁で、僕も面識がある。


 フェニクスの前で僕を馬鹿にするのはアルバくらいで、ほとんどの者は『【炎の勇者】の親友』をあいつの前で批判したりしない。


 だが言葉に出来ない分、思いっきり顔に出るのだ。あいつのいないところで言われたりとかもあったかな。陰口はもちろんだ。僕に聞こえてしまっているので、正確には陰口になっていなかったが。


 そんな中、エアリアルパーティーの皆さんは優しかった。

 僕の能力に気付いている様子はなかったが、全員人間が出来ていたとでも言おうか。

 いや、でも……エアリアルさんは何か勘付いているのか。


「それで……先程の話ですが」


 エアリアルさんを『体格のいい中年男性』としか認識出来ていない給仕のお姉さんに、彼が酒を注文。僕に許可をとってから、空いていた椅子に腰を下ろした。

 給仕が去ったタイミングで切り出した僕を、エアリアルさんが手で制す。


「うむ。だが少し待ってくれ。ご挨拶が遅れましたな、お二方。私はエアリアルという者です。一応、冒険者をやっています」


 世界一位で一応だったら、それ以下はどうなってしまうのだろうと苦笑する。

 ただ、彼のこの姿勢に僕は好感を覚えていた。敬意を抱いていると言っていい。


 少しランクの高い冒険者は「俺のこと当然知ってるだろ?」という態度をとる者がとても多いのだ。意識的無意識的という差はあるが、大体みんな。

 だがエアリアルさんは常に、相手が自分を知らない可能性を考えて自己紹介する。


 有名な冒険者ではなく、一人の人間として相手に接する。

 そういうところが、すごく格好いいと思う。


「レメのご友人ですかな?」


「あっ、そ、そうですっ。あの、オレ、ファンですッ! そんでですね……サインとかって……」


 ブリッツさん……?


「あぁ、もちろんですとも。ありがたいことによく頼まれるものですから、こうしてペンを持ち歩いているのです。さて、どこに書きましょう」


 ブリッツさんが上着を脱いで、中に着ていた服の背中にサインを書いてもらっていた。


「レメ……オレ、お前と友達でよかったぜ!」


 僕もですよブリッツさん。このタイミングじゃなかったら感激したんだけどな。


「ははは、愉快なご友人じゃあないかレメ。フェニクス以外の友人が出来るのはよいことだよ。この街に来て、いい出会いに恵まれたのかな」


「そう、ですね」


 エアリアルさんが、興奮しているブリッツさんの握手に応じた。

 それから彼はミラさんを見る。

 ミラさんはビクリと震えた。


「ふむ……そちらのお嬢さんは吸血鬼だね」


 さすがは一位と言うべきか。上手な変装を一瞬で見抜いた。


「……えぇ」


 警戒の色を隠せないミラさんに、エアリアルさんは朗らかな笑みを向ける。


「素晴らしい女性じゃあないかレメ。彼女は君と共に過ごす為に、自らの種族的特徴を隠してくれているのだね。己の種族を秘す価値が、君との一時いっときにはあるのだと考えている。一体どこで、こんな素敵な女性に出逢ったんだい?」


 ポカンとした顔になるミラさん。


 ――うん、この人はこういう人なんだよ。


 冒険者の中には露骨に亜人を嫌ったりする者もいるが、彼は違う。


「先程の様子を見るに、二人は恋仲なのかな?」


「友達以上かつ、恋人より遥か上の関係です」


 ミラさん……? それもう妻しかなくない? 事実に反するよ……。 

 心の中でツッコミつつ、ドキドキする僕だった。


「あっはっは。レメは優しく芯の強い男ですからね、惹かれるのも頷けるというものだ」


 エアリアルさんのすごいところの一つに、自然に人を褒められる、というのがあると思う。

 たとえばレメはクソカス【黒魔導士】なのに好きなんですか? とか出てきても何もおかしくないが、彼は【役職ジョブ】ではなく性格面に触れて僕を褒めた。

 能力面については、多分……いや絶対に全ては把握されていない。

 悪い点が目についても、良い点に目を向けられる。


「君がフェニクスのところを抜けたと聞いて心配していたが、素敵な友人と楽しく酒を呑めるなら無用だったな」


「いえ、気にかけてもらえるのは、嬉しいです」


 これは本当。

 まさかエアリアルさんが僕を気にしているとは、夢にも思わなかった。


「お二方、少しレメと話をさせて頂いても? もちろん、席をお立ちになる必要はありませんよ。レメの方が構わなければ、ですが」


「僕は、問題ないです」


「私はレメさんの側にいます」


「ん~、まぁ聞いちゃいけねぇ話じゃねぇなら、邪魔しないで座ってますかね」


 三者それぞれの答えを聞き、エアリアルさんは一つ頷くと僕を見た。


「それでは。……気を悪くしないでほしいのだが、今仕事は何を?」


 魔王軍参謀やってます、とは言えない。


「まぁ……その、冒険者ではないですね」


「あぁ、だが働いてはいるんだね。立ち直りが早い。君の精神力には感服するばかりだよ」


 ……まぁ、七年近く世間に叩かれまくってもフェニクスと組み続けた【黒魔導士】ですからね。世間的には僕はかなり図太い神経の持ち主と思われていることだろう。

 エアリアルさんの場合は皮肉や嫌味ではないと分かるので、僕は曖昧に笑った。

 世界一にこうもストレートに褒められると、どんな顔をすればいいか分からない。


「さて、風の噂で君が次のパーティーを探していたと聞いた」


 探していた。過去形。そして正解。

 抜けてからパーティー探しはしていたし、ミラさんに逢えなかったら今でもしていただろう。


「えぇ、そうですね」


「もしまだ探しているなら、私達のところに来ないか?」



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