第34話◇仕事に困っていると思われてる黒魔導士、世界ランク第一位の誘いに……?(中)

 



 話が本題に入った。戻ったというべきか。最初に目的を言ってたし。


「……色々と、疑問が」


「もちろん、なんでも訊いてくれ」


 酒が運ばれてきたので、給仕が離れるまで待つ。

 エアリアルさんは一口ぐびりと酒を呷った。 


「あの……どなたが抜けられたんですか?」


 パーティーは五人まで。これが大前提。

 エアリアルパーティーはしっかり五人いたので、誰かを勧誘するということは誰かが抜けたということ。


「あぁ、パナの奴がね」


「えっ、パナケアさんが……?」


 パナケアさんは三十二歳の【白魔導士】だ。ハキハキと喋る綺麗な女性。

 そう、【白魔導士】なのだ。

 【黒魔導士】よりほんの少しだけ扱いがマシなだけの不遇【役職ジョブ】。


 実は僕が半ば追い出される形でパーティーを去るまでに七年も保ったのは、パナケアさんの存在のおかげでもある。

 サポート系の不遇【役職ジョブ】を抱えても世界一位になれる、サポート系もまったくの無能ではない。実力と運用次第。そんな考えが仲間達の頭の中にもあっただろう。


 パナケアさんは僕とまた事情が違い、突然変異的な天才だ。もちろん相当な努力も積んでいるが、とにかく白魔法のバフ効果と回復効果が凄まじい。

 僕をこき下ろす映像板テレビの実況者が、どうせ入れるならば【白魔導士】にすればいいと言うことがあった。あれはパナケアさんのイメージもあって出た言葉だろう。


「何があったんですか?」


「子供が出来たんだ」


「あ――よかった。それはおめでたいですね」


 彼女は同じパーティーの【サムライ】さんと結婚している。


「あれ、でも既にお子さんが二人いますよね?」


 一時的にパーティーメンバーが離脱することは間々あって、そういう時に臨時で雇われる冒険者もいる。


「あぁ、だが冒険者は各地を回るだろう? そろそろ腰を落ち着けたいと相談されてね」


 確かに。連れて行くにしても置いて行くにしても、大変な選択だ。

 子供の側にいる為というなら、応援したい。

 どうやら夫婦で相談して、【サムライ】さんはパーティーに残るようだ。


「じゃあ、補充要員は……」


「固定メンバー、ということになる。臨時雇いではないよ」


 本当に世界ランク一位パーティーに迎え入れられる、ということだ。


「……どうして僕なんですか?」


「そんなに不思議かい? 君は四位パーティーの【黒魔導士】じゃあないか」


「無能だから、出ていけと言われても反論出来なかった。みんなそう言ってますよ」


「私はそうは思わなかった。君ならばそれくらい、分かるだろう」


「……僕がパナケアさん程の遣い手だと?」


「正直に話そう、私には君の力の底が見えない。底知れないというよりは、どう計っていいかも分からないというべきかな。まず驚いたのは、脱退後に誰も君を発見出来なかったことだ。大騒ぎになって、君が不快な思いをするのではと心配だった。が、映像板テレビに出てくるのは不機嫌そうなフェニクスばかり」


 僕が抜けたことは結構なニュースになった。

 ファン大歓喜、ついに来たかと大騒ぎ。

 アルバが得意げに自分が引導を渡したと語り、普段温厚なフェニクスはカメラとマイクを無視。突撃インタビューが何度か試みられたが、フェニクスは沈黙を貫いた。


 僕を馬鹿にするようなインタビュアーの煽りがあった瞬間映像が途絶えたことがあったが、多分カメラとか諸々燃やされたんだろうな。


 世間は僕を嫌いでもフェニクスが大好きなので、やり過ぎたインタビュワーに同情が集まることはなかった。

 僕は黒魔法で撒いたが、フェニクスはそうはいかない。だから彼ばかりが映像板テレビに映った、ということ。


「更には目撃情報さえもほとんどなかったこと。正確には観測出来る場所が限られていた。組合などだね。帰郷したのかと思い訪ねたが帰ってもいない。そこで思ったんだよ。フェニクスの君への評価は正当なモノで、常人が及びもつかない黒魔法の遣い手なのではないかと。飛躍していると思うかい? だが私は君がこの街にいる可能性に縋り、探し歩いた」


 まぁ、どこぞへ消えたのだろうなと考えた場合は捜索の手がかりがなくなってしまう。それならばすごい黒魔法が使えて隠れているんじゃないか? と考えた方が希望が持てる……という話、なのか。多分。


「結果、君は本物だと分かった。私が入店した直後の対応も見事だ。正直どういう理屈で誰も私に気づかないのか、まったく分からない。対象人数を多くすることで効力が下がっているだろう黒魔法で、抵抗レジスト用の魔力が一気に削られた時は驚いたよ」


 あのエアリアルさんが、僕を評価してくれている。

 なんだか現実感がないくらい、すごいことだ。

 だが。


「どうしてそこまで僕を? エアリアルさんのところなら、他にいくらでも候補はいるでしょう」


 エアリアルさんは質問を予想していたのか、淀みなく答える。


「ふむ。一つはタイミングだな。一位と四位のサポートメンバーが同時期にやめ、君の方は働くことには問題がない。後はフェニクスの君に対する信頼が、気になった。無能などは有り得ないが、君らの攻略はあまりに自然だったからね。君がどう凄いのか、確かめたかったわけだ。他の三人に明かせない理由にまでは、もちろん深く聞かないつもりでいたよ」


 ……秘密があるところまでは、見抜かれていたのか。


「あと……うぅむ、これは仲間には笑われてしまったのだが……」


 エアリアルさんが恥ずかしそうに顎を撫でる。


「君は、魔王城先々代【魔王】ルキフェルを知っているかな?」


「それは、もちろん」


 ……僕の師匠なんです、とは言えない。


「私はかつて新人の頃にレイド戦……複数パーティーによるダンジョン攻略に参加したのだが……」


 あぁ、師匠が全滅させたというやつですね。

 僕に対しては黒魔法や、訓練の時に謎の魔法を使っていた師匠だが、【魔王】時代は超攻撃的な魔法でガンガン冒険者を退場させていた。


 ……多分だけど、黒魔術使いだとバレて国に目を付けられるのが面倒だったのだろう。

 今の時代、別に殺されやしないが、厳重な監視がつくことになる。

 それでも魔物側ならば悪役として人気が出そうだが、冒険者側でそれは無理。

 人々が冒険者に求めるものと、『魔王が使っていた黒魔術』はあまりに掛け離れている。


「ルキフェルを見た時には震えたよ。これは違う生き物だ、とね」


 のちに世界一位になる男をして、勝てないと思わせた魔王に師事していたのか、僕は。

 改めて師匠のすごさを再認識する。


「そして君を初めて見た時、一瞬だが同じ震えが身体を襲った」


「――――」


 ……すごいな。


 鋭い、、


 魔王が子供に課すという訓練を僕がこなしたから、というだけではない。

 僕から師匠の気配というか、片鱗を感じる理由はちゃんと存在するのだ。

 だが、隠している状態でそれを一瞬とはいえ感じ取るとは。

 さすがは世界一位。


「私達は君を歓迎する。君に報われてほしいと思うが、どうしても力を秘匿したいのであれば協力しよう。だが私達の攻略次第ですぐに知れ渡るだろうがね」


 パナケアさんが抜けてもパーティーの総力が落ちず、もし上がったりなどすれば。

 誰でも気づく。

 あれ、この【黒魔導士】は無能じゃないぞ、と。


「と、いうわけだ。私はフェニクス達と同じ宿にいる。七日待とう。検討してみてくれ」


 そう言って彼は立ち上がる。

 邪魔をした詫びにということでお金をいくらか置いて、彼はゆっくりと店外に向かう。




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