第四章◇レメと勇者の話
第187話◇色々な意味で、先へ
お風呂から上がると、ミラさんがリビングで端末を弄っていた。
その画面には一組のカップルが映っている。
『いや最初は「何逃げてんだコイツ」って感じだったんスけど、自分で戦い出してからは好きっすね。あのエアリアル負かすとかマジすげーっしょ。思わずぱねぇー、って口に出たんで。強すぎてやべぇ! って感じで』
『逃げてるっていうか、あれも作戦でしょ? ってゆーか召喚って超魔力使うんだから、あんな強い魔物ばっか喚んでたら自分は戦えないよ普通。そもそも喚べるのがすごいし。「天空の箱庭」も攻略しちゃうし角の出力もすごいし、ヘルヴォールまで仲間と倒しちゃうし。最後なんか空間に黒魔法を満たすってなに? ベヌウとの合体もすごかったけど、魔法使いとしての実力が高すぎるって。何者なんだろ』
それを見つめているのは、ミラさんだ。
「彼氏の方は残念な語彙なのであれですが、彼女さんの方のコメントは素晴らしいので悩みますね。しかし彼女さんの方はこれ、結構なオタクの者とお見受けします。……えぇ、彼女さんに免じて残しておきましょう」
カチカチ、とマウスを動かすミラさん。
彼女はここ最近、暇を見つけてはその作業に没頭している。
ニュースで流れた街頭インタビューを全て録画し、端末に取り込み、編集しているのだ。
『魔力だけ優れた敵であれば、あのメンバーが負けるわけもない。特筆すべきは魔力の使い方と本人の立ち回りでしょうな』『フェニクス戦で魔力使い切ったって予想してた人いましたけど、外れてましたね……。何百年あればあれだけの魔力溜められるんですかね?』『魔物が出てくるたびに前の放送とかも思い出せて楽しかった!』『見ようによっては魔物の使い捨てというか特攻させてるようにも思えちゃうんですけど、みんな進んでレメゲトンのために動いてるのが映像やセリフから分かって、信頼関係の上に成り立った作戦なんだな、と。面白かったです』etc……etc……。
「ふ……ふふっ……レメゲトン様の素晴らしさに気づいた者がこんなに……ふふふ」
ミラさんは、普段僕に見せるのとは違うどこかねっとりした笑い声を上げている。
街頭インタビューに関しては僕も
もちろん中には厳しい意見もあるし、
しかし、全体で見れば楽しんでくれた人の方が多い、という印象だ。
また、今回は特に亜人へのインタビューが増えているようだった。
『自分も【黒魔導士】なんですけど、レメゲトンは自分が黒魔法得意だからか、積極的に【黒魔導士】を使ってて嬉しくなりましたね。本人もすごいですけど、ゴブリン達いたでしょ? 重ねると強いんすよ黒魔法は。冒険者側だとそれが中々出来ないんで評価低めなんですけど……。だからエリーパーティーが参加したのも不思議じゃなかったですね。レメゲトンもエリーも黒魔法の有用性を分かってくれてるので』
『名無しの魔物って簡単に蹴散らされて後は見向きもされないんですけど、魔王城は倒される一体一体の価値を、残った魔物達が証明してくれる感じで……感動しました』
『当代の魔王様を見られただけでこのレイド戦には価値がありましたね……お強かった……小さかった……ハッ。と、ところで魔王様を召喚できちゃう参謀って……?』
などなど、あの防衛を見て明るい表情になった亜人の人々を見て、僕も胸が熱くなった。
『カーミラ様に血吸われてぇ~』
「ちっ……誰が貴方の血など吸うものですか。ヘルヴォールは彼女を倒すためやむなく信条を曲げただけで私には心に決めた方が……」
そろそろ、声を掛けた方がいいかもしれない。
「あのー、ミラさん? お風呂上がったよ」
「……っ!!??」
ミラさんがバッと顔を上げ、僕を見た。
「い、いちゅから……!」
噛んでいる。
「い、今出たところだよ」
ちなみに、お風呂は僕が先にいただいている。僕より先に入るのは何か恥ずかしいとのこと。一緒に入るのなら……と言われたことがあり、以来僕が先に入ることになった。
「そ、そうですか……。あの、では、はい。お風呂、いただきますね?」
「う、うん」
ミラさんは顔を赤くしながらも優雅に微笑み、ゆっくりと立ち上がる。
「あ、そうだ。僕も端末使っていいかな?」
「え、えぇもちろん。そもそもレメさんのお部屋ですし。ちなみに何をされるのですか?」
「メールを確認しようと思って」
レイド戦で世話になった人達と、最近ちょくちょく連絡を取り合っているのだ。
【銀砂の豪腕】ベリト改め【銀嶺の勇者】ニコラさん。
【深き森の射手】ストラス改め【狩人】リリー。
【不死の悪魔】ベヌウ改め【炎の勇者】フェニクス。
他にも『初級・始まりのダンジョン』の面々や、【絶世の勇者】エリーさんなどなど。
「……ご迷惑でなければ、私もご一緒してもよろしいですか?」
「え? うぅん……迷惑ではないけど、一応相手が僕に向けて書いたメッセージだから」
「そうですね。では、メールを読むレメさんの表情を眺めていますので」
「……それで、何を判断するのかな」
「うふふ」
「ま、まぁ、うん。ミラさんがそれでいいなら」
僕はメールに目を通すことに。椅子を持ってきたミラさんは僕の表情を観察している。
一通り確認したところで、僕は表情を歪める。
「う……」
「レメさん? どうされました?」
「あー、いや、母からメールがね」
「お母様ですか? レメさんを産んだ……つまり創造神……?」
「普通の人だよ」
「……そのご様子ですと、関係は良好ではない……とか?」
「いや、どうかな。まぁ、僕【黒魔導士】だし、色々あってね」
「……そう、ですか」
「あぁ、話せないとかそういうことじゃないよ。楽しい話じゃないってだけで」
「私は、レメさんのことであればどんなことでも知りたいです」
あまりに真っ直ぐと言われたものだから、僕は頷くしか出来なかった。
「わ、分かった。えぇと、どこから話そうかな」
僕と両親の仲は険悪ではない。まずこれが前提。
【
で、目覚めたのは【黒魔導士】。
親は絶望した。まぁ、
もっと言うなら、田舎での【黒魔導士】は更に酷い。だって田舎の暮らしに役立てようがないし。
狩りに使えなくもないが、それだって相当の遣い手でなければ厳しい。
ただ、僕の両親は息子を投げ出さなかった。なんとか必死に働き口を探してくれたのだ。
けど、息子の方は勇者を諦めなかった。それどころか
フェニクスが絶対に一緒にパーティーを組むからと説得して、ようやく許可が下りたのだ。
冒険者になってからは、あまり連絡をとっていない。実家に帰ってもいない。
たまにくる連絡に、軽い返事を書くくらい。
「とまぁそんな感じでね。パーティーを抜けた時も連絡来たけど、ミラさんのおかげで『新しい職場見つけたから大丈夫』って返信出来たし、うん。問題があるわけじゃないんだ」
「……そう、なのですね。あの、それでは今回はどのような内容で?」
「あー、どこで働いてるかをボカし続けてたら、『フェニくんに連絡とってそっち行くから』って……あ、フェニくんはフェニクスのことで……どうでもいいか」
フェニクスは僕がパーティーを抜けた件で、両親に謝罪していたらしい。
あいつの責任ではないが、僕の両親を説得した時に一緒にパーティーをやると言ったことを覚えていたのだろう。
両親もフェニクスは責めなかったようだ。というか、僕より僕の両親と連絡をとってると思う。
「ご両親がこちらに?」
「いや、僕の方が行くことになりそうかな……気になることが書いてあって」
「気になること、ですか?」
「……うん、母が言うには村の近くに――オリジナルダンジョンが発生したみたいなんだ」
「――――なっ」
ミラさんが驚くのも無理はない。
ダンジョンは、ダンジョンコアが集めた魔力で作られる魔力空間だ。
このダンジョンコアは、今は滅びた種族が作ったものと考えられ、再現は不可能。
ダンジョンコアで動く全てのダンジョンは、言ってしまえば人工ダンジョンなわけだ。
一番初めにダンジョンと呼ばれていたのは、自然発生したもの。一夜にして城が出来たとか、地下迷宮が生じたとか、そういうやつだ。
天然の魔力溜まりに意志を持った精霊が近づき、考えがあったりなかったりでダンジョンを作るというもの。
これはダンジョンコアのように安定した魔力吸収のシステムなどないので、しばらくすると消えてしまうという特徴がある。
だが、オリジナルダンジョンのすごいところは、中で生じたものを外に持ち出しても消えてしまわないことだ。
ダンジョンコアは、生み出した魔力をダンジョン外で運用出来ない。
しかしオリジナルダンジョンは天然の魔力に精霊の意志だけで作られるので、そういう制約がないのだ。
また、精霊がダンジョンの魔力で踏破者の願いを叶えてくれたという例もあるらしい。
「既に国が動いてるみたいで僕が行っても何が出来るわけじゃないけど……親だし」
「そ、そう、ですね。不安に思っているでしょうし、レメさんが行けば安心されるかと」
何に役立つわけではないが、こういう時は姿を確認することが大事だったりする。
「第十層は修繕中だし、明日にでも発つよ。魔王様には連絡を入れるけど、一応ミラさんの方からも話しておいてくれるかい。あ、カシュにも話さないと。出発前に家を訪ねて……」
すぐ行くと返事を書き、僕は準備のために立ち上がる。
「あ、あのっ、レメさん……!」
勇気を振り絞ったような、ミラさんの声。
「どうしたんだい?」
僕は立ち止まり、彼女を見る。ミラさんは顔を真っ赤にしていた。
「わ、私もご一緒してもよろしいでしょうかっ……!」
「え」
「れ、レメさんのご両親に、挨拶もさせていただきたいですし……!」
「え」
それって……。
「だ、ダメ……でしょうか……」
僕は、このセリフを防御する術を持っていない。
「ダメじゃないです……」
気づけば承諾していた。
ミラさんの表情がぱぁっと明るくなる。
「で、では早速準備に取り掛かりますっ」
彼女が動き出したところで、玄関から音。ノックされているようだ。
「……こんな時間に誰でしょう?」
「僕が出るよ」
玄関に向かう。
「レメ殿はおられますか?」
その声には聞き覚えがあった……確かそう、フェローさんだ。
魔王様のお父さんである。
扉を開けると、赤い髪に魔王様や師匠と同じ角。やはり彼だった。
「お久しぶり……でもないですね。こんばんは、フェローさん」
「あはは、そうですね、こんばんは。色々仰りたいことはあるでしょうが、急ぎお耳に入れたい話がありましてね」
フェローさんのその言葉と、彼の謎に広大な人脈と交渉力、更には母からのメール。
僕は頭に浮かんだことを、そのまま口に出してみる。
「オリジナルダンジョンの件ですか?」
彼は少し驚いたように目を見開く。
「おや、耳が早い」
「……故郷なので」
「存じております。そのことで至急お話したいことがありまして」
「……上がってください」
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