第186話◇僕達の冒険は、終わらない




 レイド戦が終わったあと、レイスくんから連絡がきた。


「むむ……あの少年、まだレメさんのパーティー加入を諦めていないのでしょうか? それにしても、私だってまだご褒美をいただけていないというのに……」


 家を出る時、ミラさんは片頬を膨らませながら言うので、僕は苦笑。


「あっちはすぐ済むって話だったから」


 そう言うと、ミラさんが一瞬目を丸くし、それから蠱惑的な表情を浮かべる。


「あら、ということは、私はレメさんとたっぷりデート出来るのですね?」


「あ、あはは……」 


 第三層での戦いで素晴らしい戦果を上げたミラさん。そのお祝いに一緒に出かけることになったのだが、レイド戦が終わるまで待ってもらっていたのだ。


「レメさんのエスコート、とっっっっても、楽しみにしていますから」


「……頑張ります」


 そんな会話をしつつ、「行ってらっしゃいませ」「うん、行ってきます」と挨拶を交わし、僕は家を出る。


 向かったのは、前回も使った喫茶店だ。

 前回同様客入りは程々だが、落ち着いて話をするには良い雰囲気だと思う。


「あ、こっちこっち」


 ひらひらと席から手をふる少年がいたので、近づいていく。

 四人がけのテーブル席で、片側二席は埋まっている。

 【湖の勇者】レイスくんと【破壊者】フランさんだ。

 僕は向かい側に腰を下ろした。


「ごめんね急に呼び出して。来てくれてありがとう」


「いいんだ」


 正直、気になっていたし。

 戦いの後で映像は確認したが、やっぱり直接会う方が確実だ。

 僕は彼を見る。【役職ジョブ】が判明したばかりの十歳。深海を思わせる青の髪と目。人懐っこい笑みを浮かべ、僕を見ている少年。


 ……うん、大丈夫そうだな。


 レイスくんが囚われていたのは、罪の意識だ。自分がこの世に生じたために、最高の勇者が一位の座を取り戻すことが出来なくなったのだと、彼は自分を呪った。

 その呪縛から解放されるには父の正しさを証明する他ないと、レイスくんは考えた。


 彼の生き方に口出しする権利は、僕にはない。

 しかし、彼は精霊に認められたのだ。

 【不屈の勇者】を目指すにしても、大事なのは精霊術を使わないという表面的なことではない筈。

 彼の父は精霊に選ばれなかったが、仲間を重んじ、連携を磨き、どのような苦境にあっても決して諦めなかった。最善と全力を尽くした。


 そのことを、レイスくんはもう分かっていることだろう。

 ゆっくりとその心を締め付けるような、苦しげな雰囲気が綺麗に晴れている。


「フランさんも来ていたんだね。こんにちは」


「……ん。こんにちは」


「あー、なんかレメさんにお礼を言いたいとかでついてきたんだよね」


「あと、レイスが迷子にならないように」


「そーかよ、そりゃどーも。ほら、あーん」


「あーん」


 そうなのだ。さっきからずっと、レイスくんがパフェをスプーンで掬っては、フランさんに食べさせている。フランさんは親鳥から食べ物を与えられるひな鳥のように、レイスくんから供給される甘味を享受している。

 もう完全に僕ってばお邪魔では? というくらいに完成された関係と空間。

 微笑ましく思えるのは、彼らがまだ年若い男女だからだろうか。


「僕にお礼?」


「ん。レイスを助けてくれて、ありがとう……ございます。わたしじゃ、出来なかったから……」


 この様子だと、彼女も気づいたか。

 レイスくんの事情を知っている者からすると、僕とベヌウのあの対応は分かりやす過ぎたかもしれない。導くとは違うが、なんとか気づかせようとしたのは事実。

 フランさんは彼の幼馴染だし、レイスくんが僕と逢っていたことも知っている。そこにあんなことがあれば、ピンときてもおかしくない。

 レイスくんが話したという可能性もあるが、なんとなくそうは思わなかった。


「お前がいてくれて助かってるよ。本当に、すごく」


「……そう」


 レイスくんが頬を掻きながらそんなことを言い、フランさんが無表情のまま俯く。照れている……のだろうか。

 レイスくんが視線を僕に戻した。


「俺の方からも、ありがとう。レメさんが誘いを断った理由が分かったよ。あんなに良い仲間が沢山いたら、勘違いしたガキとは組めないよね」


「……レイスくんは良い勇者だよ」


「あはは、勇者に値するかな?」


 冗談っぽく笑うレイスくん。レメゲトンの時に、彼に対して勇者に値しないと厳しいことを言ったのだった。

 僕は笑顔で頷く。


「あぁ、勝利のために全力を尽くす、格好いい勇者だった」


「……へへ、そっか」


 照れたようにはにかむ姿は、年相応に見えた。


「それでね、レメさん」


「ん? なんだい?」


 パフェの最後の一口をフランさんが平らげたところで、レイスくんが身を乗り出す。

 にやぁ、と笑いながら僕を見る。


「改めて相談なんだけど、俺のパーティーに入ってくれないかな?」


「…………あはは」


 こういうところは、お父さんと似ているのかもしれない。

 一度二度断られたくらいでは、諦めないということか。


「やっぱり、レメさんがいいんだ。俺達と一緒に、一位になろう。レメさんは最高の【黒魔導士】だ。俺は、俺達は、くだらないノイズは気にしない。勝って勝って勝ちまくって、エアおじを二位に落としてやろうよ」


 きらきらとした瞳で、未来を語るレイスくん。

 とても眩しいし、とても胸が熱くなる。光栄だし、本当に本当に嬉しい。

 けれど。


「今の仕事が、好きなんだ」


 これは、僕の本心。

 レイスくんは、驚かなかった。


「やっぱだめか~」


 と、背もたれに寄りかかり、肩を落とす。


「でも」


 と、すぐに復活した彼は自信を漲らせて続ける。


「諦めないよ。俺は【不屈の勇者】の息子だからね」


 その言葉は誇らしげで、彼を蝕んでいた苦悩は感じられない。

 あぁ、よかったと僕は思う。


「俺は最高のパーティーを作る。今は俺と、フランと、ウンディーネだけだけど、残りの仲間も見つける。どれだけ粘ってもいいけどさ、レメさんの枠は残しておくから。いつか、一緒に冒険することになるさ」


 ◇


 レイド戦後の参加者について。

 僕が観た、各パーティーのインタビューを抜粋しようと思う。


 まずは世界ランク第五位・スカハパーティー。


『――レイド戦を振り返ってみて、いかがでしょう?』


『第一層で落ちてしまったのが悔やまれます……それだけ魔王城がレベルの高いダンジョンということではありますが、やはりもっとパーティーに貢献したかったなと』


 【魔弾の射手】カリナさんは、大人しそうな顔を悔しげに歪めて言う。


『ひっじょうに! スリリングな戦いでございました! ワタシの糸は応用の効く武器と自負しておりましたが、敵はその様々な応用への対策を用意している印象でしたね!』


 【糸繰り奇術師】セオさんは楽しげに語る。


『おれ? おれはほら、超大活躍しちゃったから。充実してたっていうか、楽しめたよ。世界中のハミルファンも大歓喜の映像になったんじゃないかな! ね!』


『……はぁ、第十層での戦いは格好よかったのに』


『カリナちゃんそのマジっぽい溜息やめて?』


『ワタシも第十層でのハミル殿には大変感動いたしました! 特にユアン殿を笑顔で送り出したあと、死が確実の体を引きずってリーダーの許へ駆けつけようとする様は涙が出ましたね!』


『ばっ、セオっちそれは言わない約束でしょ!? カットされてるよね? 流れないよね?』


 顔を赤くする【遠刃の剣士】ハミルさん。……しっかり流れました。


『「……くそ」』


『カリナちゃん? それ真似? おれの真似しちゃってる?』


『「リーダーはおれがついてないとダメだかんね、助けに行かないと」』


『それは言ってないやつじゃん! おれっぽい軽口だけど! 捏造よくない!』


『冗談です。でも、ヘラヘラしてないでいつもあぁなら、もっとみんなハミルさんのことを好きになってくれますよ』


『カリナちゃんも?』


『……はぁ』


『さっきより溜息が深い!』


 スカハパーティーは仲がいい。

 わいわいした空気が一段落し、カメラが【無貌の射手】スーリさんに向く。


『……敵が、自分の想定を上回った。敗因は明らかだ。修正していく』


 彼はその日も顔を隠していた。

 そして、【迅雷の勇者】スカハさんの順番がやってくる。


『反省点は山積みです。後になってもっと「こうすればよかった、あぁしたら結果は変わっていたかも」と思うことは沢山あります。俺が一度目、フルカス殿に殺されなければ他の者に復活権を使えていた。カリナを復活させられなかったことも悔しいです、素晴らしい【狩人】なので。第十層で下した幾つもの判断は、今も正しかったのだろうかと己に問うています。ただ、俺達はベストを尽くして、負けました。それを認めて、次に進むだけです』


『――また、魔王城に挑まれますか?』


『俺の仲間は、すごいやつらばかりなんです。こいつらに加えてレイド戦のメンバーもいたのに、勝てなかった。それを受け止めて、精進します。再挑戦は必ず、だがすぐにではない』


 真っ直ぐとした瞳で、スカハさんは言った。


『ありがとうリーダー。おれのことを……世界一すごい剣士だなんて、そんな』


『そこまで言ってない』


『えー、おほん。ここで重大発表!』


 ハミルさんは本当に自由だ。


『冒険者業界の七大神秘に数えられる、うちのスーリっちの素顔ですが』


『初耳ですよ……』


 カリナさんは呆れている。

 七大神秘というフレーズは僕も聞いたことがないが、確かにファンも知らない謎を持つ冒険者は何人もいる。


『それを、なんと今ここで発表しちゃいます! いえーい! ぱちぱちぱち! 拍手とどよめきの音入れて!』 


 カリナさんは額を押さえ、セオさんは声を上げて笑い、スカハさんも微かに笑っている。

 その様子からするにハミルさんの思いつきではなく、パーティー内で決めたことのようだ。発表の仕方がアドリブなのかな、発表それ自体に驚いた様子はないから、そんなところだろう。


『さぁ、スーリっちの素顔をご覧ください!』


 いつの間にかマイクを握っているハミルさんだった。

 彼のハイテンションにあてられながらも、スーリさんは冷静。


 静かに、フードを下ろす。

 金の毛髪、蒼い瞳、白い肌に、美しい顔、そして――尖った耳。

 エルフの顔が、そこにはあった。

 フードも口布も取り払ったスーリさんは、ゆっくりと口を開く。


『これが顔を隠していた理由だ。どのような批判でも受け入れるつもりでいる。だが、自分を受け入れてくれた仲間のため、うちの勇者を一位にするため、今後も冒険者は続けていく。何があっても、諦めることだけはしない。……以上』


『フードの下に隠された素顔はなんと――超絶イケメンエルフだったぁああああ! まぁおれらは知ってたんだけども、みなさんは驚きでしょうそうでしょう。今後はハンサム四人に美女一人のスカハパーティーをよろしくお願いしまーす!』


『自分で言うな、恥ずかしい』


 ハミルさんからマイクを取り上げるスカハさん。


『スーリは当時の亜人冒険者への扱いを考え、顔を隠す決断をしました。俺達はそれを承諾した。けれど、間違っていたかもしれない。誰が何を言おうとスーリは素晴らしい【狩人】だし、自慢の仲間です。隠すことなんて、なにもない。これが、スカハパーティーです。よろしく』


 当然、このインタビューは大変な話題になった。レイド戦関連はトピックが満載過ぎるが、そのどれもがファンを騒がせた。

 好意的な意見ばかりではなかったが、スカハパーティーなら大丈夫だろう。


 これはのちに聞いた話なのだが、スーリさんの女性ファンがその後、びっくりするほど急増したらしい。

 ……寡黙で優秀で仲間のために己を殺せる、イケメン【狩人】。

 心を掴まれる人が多いのも、頷ける話だ。


 ◇


 世界ランク第三位・ヘルヴォールパーティーのインタビューはさっぱりとしたものだった。

 というのも、第二層で落ちた【軽戦士】・【崩閃ほうせんの剣士】エロイーズさんは「悔しい、もっとやりかった!」と発言。


 他の三人も次の第三層でリーダー含め脱落したことから、あまり活躍出来なかったと反省を示す。

 復活権で蘇ったのはヘルさんと【千変せんぺん召喚士】マルグレットさん。マルグレットさんの方は第七層の謎解きで大活躍だったが、本人は謙遜していた。第九層で、アガレスさんによって即座に退場させられたことを気にしているのかもしれない。


 リーダーのヘルさんは上機嫌に仲間を励ましながら、「次勝ちゃあいいんだよ!」と豪快に笑っていた。


『――復活してからも、素晴らしい活躍でしたね』


『復活は助かったな。おかげで楽しめた。ハーゲンティとカーミラとは二度も戦えたしな。あたしは今すぐにでも挑戦したい気分なんだが、あれだろ? エアリアルのおっさんとレメゲトンがぶっ壊したから、しばらく第十層にゃ行けねぇんだろ?』


 ……そうなのだ。

 フェニクスといい、四大精霊契約者が本気を出すと魔力空間がたないのである。

 いや、今回は僕とベヌウもあれだったけど……まぁ、とにかく壊れてしまった。

 またまた修繕が必要になり、第十層はしばらく閉じることになっている。


『直り次第行きましょう姉貴!』


『黙れエロ。姐さん、あたしらに鍛え直す時間ください。次は負けないんで』


『……ぼくも全然ぶっ放せなかったし、次は大活躍する』


『皆さん素晴らしいですね。私はお仕事がありますので、再戦には時間をけて頂けると助かりますわ』


 エロイーズさん、【破岩はがんの拳闘士】アメーリアさん、【轟撃ごうげきの砲手】エムリーヌさん、マルグレットさんの順で発言。


『ねぇアメちゃん、エロって呼ぶなって言ってるよね?』


『うちのエロイは真っ先に落ちたのに声が大きいなぁ』


『なっ、エムこの野郎! そこで区切るのは悪意があるでしょ!』


『落ち着いてくださいエロイー様』


『マル? そこまで言ったらズをつけて?』


 ヘルヴォールパーティーも、仲間同士の関係は良好。


『魔王城は最高だった。次は攻略する、あたしらがな』


 そう言って、ヘルさんは牙を剥くように笑ったのだった。


 ◇


『あー、俺達だけ二人でなんか寂しいな? いや、精霊もいるけど他の人には見えないし』


『……レイスがいれば、寂しくない』


『いや、そういうことじゃない……まぁいいか』


『――お二人は【役職ジョブ】判明から間もないながら、大活躍でしたね』


 【湖の勇者】レイスくんと【破壊者】フランさんは、パーティーとしての参加ではなかった。

 例外的に、二人組での参戦。


『仲間が一流揃いだからだよ。十を要求したら、絶対十以上が返ってくるような人達だ。こっちがサポートしたら上手くいくし、向こうのサポートは超助かる。そんなメンバーだから、あそこまで行けたんだと思うよ』


『――なるほど。ところで、レイス氏は第十層戦前まで精霊術は決して使わないと繰り返し発言していましたが……』


『うん、そうあれね。俺が間違ってました。本当に恥ずかしいけど、勇者って存在を勘違いしてたんだ。本当に格好いい勇者ってのは、仲間を勝たせるやつだよね。俺がやってたのは、精霊っていう大切な仲間を、意地張ってシカトするっていう幼稚な行いだった。反省してます。でも』


『――でも?』


 レイスくんは、眩しいくらいの笑顔で言う。


『これからは本当に、仲間と力を合わせてやっていくから。歴代最強の【湖の勇者】になるし、世界ランク一位にもなる』


 そこから、にぃっと笑う。あ、この笑顔最近見たぞ。


『でー、ここからが相談なんだけど』


『――そ、相談、ですか?』


『そう! 俺達と一緒に一位になってくれる人を募集するよ! 二人ね。条件は一位を目指すことだけ。当然、種族も関係なし!』


『――は、え、はい……?』


『二人なのは、最後の一人は決めてるから。メールのアドレス言うから気になる人はメモって連絡して。えーっとね――』


『――レイス氏?』


 実に彼らしい自由な発想だ。

 多くの人が観ている場で仲間を募集すれば、それだけ多くの人にメッセージが届く。


 ……最後の一人って、やっぱり僕のことだよな。


 隣で映像板テレビを観ていたミラさんの視線が凄まじいことになるのを感じながら、僕は彼がどんなパーティーを作るのか楽しみに思うのだった。


 ◇


『己の軟弱な精神を鍛え直す』


 【サムライ】マサムネさんはそう言って、腕を組む。


『あはは、パナさんに叱られたんですか? 若い子の色香に騙されて、仲間に斬りかかったんですもんね?』


 【紅蓮の魔法使い】ミシェルさんが楽しげに笑う。


『一生の不覚……!』


『それだけマサを脅威に思ったのだろう。なにせ魔王城の【夢魔】全員で、マサ一人に魅了チャームを掛けたんだからな』


 【剣の錬金術師】リューイさんがフォローを入れた。

 実際、精神力の高い傾向にある【サムライ】の中でもトップのマサムネさんがやられたのだ、抵抗レジスト用の魔力を大量に確保出来る者でなければ、抗えなかっただろう。

 ミシェルさんもそこを分かっていて、からかっているのだろうけど。


『拙者が悔しいのは、エアリアルと切り結んだ記憶がないことだ……! 映像を観たがなんだあれは。拙者はもっとやれる!』


『あははっ、そこですかー?』


『あぁ、マサの精神がまともなまま敵対していたら、あの場で何人か落とされていただろうね』


 エアリアルさんも頷く。


『今回の魔王城は、明確に「誰がやってくるか」を意識した策が多かったように感じられたな。ただ強い魔物がいるだけであれば、我々は決して負けない。だが奴らは誰をいつどのように殺すかまで考え、動いていたように思う』


 リューイさんは髭を撫でながら、称賛するように言う。


『あー、それはありますねー。リューさんなんて、何を作る間もなく【時の悪魔】に首をとられちゃいましたし。あたしはあたしで【刈除騎士】の槍のすんごいやつにやられちゃって。あの枝分かれするやつ、初披露ですよね? その点、うちの新人くんは超頑張ったんじゃないですか?』


『あ、ありがとうございます……!』


『うんうん初々しい感じが可愛いね。にしても攻略中にどんどん成長しちゃって、今回のレイド戦でみんなユアンくんのこと認めてくれたと思うよ』


 マサムネさんとリューイさんも頷き、ユアンくんは顔を赤くする。


『ありがとうございます……』


『そうだね。良かった。最後、レイスを助けに行ったのも良い判断だ。自分のダメージを考えた上で、勝利に必要なのは誰かと考え動いた。良くやったね』


 エアリアルさんは一通り彼を褒めたが、しかしと続けた。


『あれで満足してはいけないよ。負けて、仲間を助け、落ちるのではなく。勝って、仲間を助け、敵を落とす。そういう勇者の方が格好良くはないかい?』


『……! はいっ、頑張ります!』


『よし……。まぁ、私も負けてしまったわけだが』


『いえ、凄まじい戦いでした!』


『あはは、ありがとう。とはいえ、私の行いには賛否が分かれましょう。あれが正しかったかと問われると、私にも正直分からない。ただ……楽しかった、、、、、。本当に、とてもとても、胸が躍る戦いでした』


 子供みたいに笑うエアリアルさんに、誰も何も言わなかった。

 ただ、彼の仲間はみんな、どこか嬉しそうに笑っていた。

 しばらくして、インタビューが再開される。


『――レイド戦まで、二十年以上魔王城に挑まなかったことには、何か理由があるのでしょうか?』


『あぁ、よく聞かれます。えぇと、当時何度挑戦しても勝てなくてですね、しかも魔王城の動画ばかり投稿していたこともあって視聴者の方々からも「またか」という意見が寄せられまして。これはまずいぞってなったんですね』


『……金が無ければ、飯も食えん』


『あの時は済まなかった……。いや本当にびっくりするくらい金欠になりまして。私が頑なに魔王城に挑み、みんなもついてきてくれたのですが、そろそろ限界だなとなって、修行も必要だと思っていたので別のダンジョンに向かったんです。ここまでは、ご存知の方も多いかもしれませんね』


『――その後、パーティーが安定されてからも再挑戦はされていませんでしたね。やはり、魔王ルキフェルの引退が理由なのでしょうか?』


『求めていた最強の敵が消えたことは、確かにショックでした。彼のいない魔王城を攻略して、冒険者と魔物の戦いを終わらせたなどと誇れるものか、と』


『――魔王城からはその後、続々と強力な魔物が消えました』


 これは若者だらけとなった魔王城の現状にも繋がる。実際はここから更にフェローさんによる引き抜きなどもあって、今に至るわけだけれど。


『そうですね。私達はその後、他のダンジョンに移った者を探し出し、再戦を求めました。彼らにも負けまくっていましたからね。彼らを超えねば、真に魔王城を攻略したとは言えないという思いもありました。今の世代の子には関係ありませんが、私達は直接彼らに負けた経験があるので』


『――かつて自分たちを負かした元魔王城の魔物も、エアリアルパーティーは続々と撃破していきました。ダンジョン攻略以外での活躍も多い中、魔王城攻略を求めるファンの声は常に一定数ありましたが、レイド戦という形でそれが実現したのはどういう理由なのでしょう?』


『理由は色々あります。もう少し後の予定でしたが、他のパーティーと組むのは楽しそうでしたし、パナが抜けて私達もずっと若くはいられないと再認識したというのもありますし、後はやはり……』


『――やはり?』


『四大精霊契約者を殺せる男と、戦ってみたかった』


 インタビュアーが息を呑むのが伝わってきた。 


『――…………。戦ってみて、いかがでしたか』


『それは素晴らしかったですよ。彼だけではない、魔王城の魔物全員が素晴らしかった。勇者さえ殺してみせる魔物が何体もいました。その命に迫った者だって。個々の力で我々に劣る者達も、「最後に冒険者を落とす」、その礎となっているのがよく分かる防衛でした』


『――次の魔王城攻略の予定などは立っていますか?』


『分かりません。先程若くないと言いましたが、負けたことで思い出しました。敗北とはこうも悔しいものだったんだな、と。今はすぐにでも鍛錬をしたい気持ちです。正直、スタジオから飛び出したいところを必死に抑えているんです』


『――すみません、もう少しだけ。ファンの間では、そろそろ引退してしまうのではという不安の声も上がっていますが……』


 エアリアルさんは笑った。


『冒険者は不思議な生き物です。勝てば嬉しいけれど、すぐ次も勝たねばと思う。次も次もその次も。負けたくはないのに、勝ち続けると虚しい気持ちになることがある。きっと、私達はドキドキしたいんだな。わくわくしたいんだ。ハラハラしたい。死ぬまで冒険していたいんだと思います。この世界は広くて、ダンジョンも沢山ある。一生あってもきっと足りないでしょう。魔王城という、永遠の戦いの象徴も健在だ。引退? しませんよ。出来っこない。だって』


 エアリアルさんが仲間を見て、それから僕を見た。

 違う。あまりに彼の視線が強くて、カメラ越しというのを忘れそうになってしまった。


達は、まだまだ冒険し足りない』


 ◇



 フェニクスパーティー戦でも分かっていたことだが、多くの視聴者は冒険者側の勝利を望みながらも、真剣勝負と分かっているからこそ、健闘は称えてくれる。

 中には厳しい意見もあるが、それもまた感想の一つ。

 僕達は自分たちの目標に向かって、日々仕事をこなしていく他ない。


 レイド戦は、大きな反響を呼んだ。

 話題は沢山だ。当代の魔王の登場、謎の魔人ベヌウと、タッグトーナメントで優勝したベリトの登場、更にはエリーパーティーの登場と奮闘に、魔王軍参謀直属の三体の配下、最近『全レベル対応』ダンジョンという噂が広まりつつある『初級・始まりのダンジョン』の魔物達の健闘や、【湖の勇者】の精霊術、ヘルさんの久々の精霊術に、エアリアルさんの全力などなど、最終エリアに絞ってもこんなにあるのだ。


 第十層全体に目を向けると、見どころだらけで困るくらいだ。

 スーリさんの素顔やエアリアルさんの引退しない宣言など、終了後も次なる話題がどんどん生まれてくる。



 課題はある、問題も。けれど、それに一つ一つ取り組んでいけばいい。

 エアリアルさんの言う通りだ。僕もまったく同意見。


 目覚めた【役職ジョブ】が【黒魔導士】だった? 知らないよ。

 パーティーを抜けることになった? そんなことで諦めてなるものか。

 親友との戦いも、潰れかけダンジョンの立て直しも、在り方に悩む勇者とのタッグトーナメントも、業界最高峰の実力者だらけのレイド戦も、遥か遠い目的地までの道のり。


 僕の夢は、最高の勇者になること。魔物の勇者になること。

 結果が分かるのは、ずっと遠い未来のことだろう。それに、決めるのは僕じゃない。

 今までの、これからの、僕達の戦いを観た人が決めることだ。


 彼ら彼女らが決めてくれたあとも、きっと僕は戦い続けるだろう。苦しいことも多いけれど、それでも楽しくてやめられない筈だ。


「来たな、我が参謀」


 魔王軍の会議室。四天王と参謀、そして魔王だけしか入れない空間。

 既に【吸血鬼の女王】カーミラも、【恋情の悪魔】シトリーも、【刈除騎士】フルカスも、【時の悪魔】アガレスも、【魔王】ルシファーも集まっていた。


 難攻不落の魔王城が、僕の職場。


 これからも色んなことが起こるだろう。

 けど、何があっても。

 きっと、永遠に。

 僕達の冒険は、終わらない。

 


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