第87話◇二回戦の終わり、VIP席から

 




「【黒魔導士】が……【勇者】を?」「いやいやいや……」「ド新人だった……とか」「いや三百位台だろ、今二年目で」「フェニクスん時と同じだろ、今回もパートナーがすごいだけ」「同じではなくね? 明らかに自分も動いてたし」「タイミングとかも、あれ片方だけじゃあんな揃わないだろ」「はぁ? あのレメだぞ? ないない」「でもエアリアルも言ってたし……」「黒魔法がクソ地味ってのは解決されてねぇじゃん」「ダンジョンと違って本人がめっちゃ動くし、見てて面白いけどなぁ」「奇策なんてすぐ通じなくなるだろ」「通じてるのは楽しいんだから、それでよくね?」「やっぱ正面から潰し合ってくれないと、【黒魔導士】って時点でさ――」


「どうやら、オレは二人で戦うということの意味を分かっていなかったようだ」


 【爆砕の勇者】が、どこか悔しそうに笑っている。その視線は僕らだけでなく、観客席へも向けられている。


 強者と強者が同じチームというだけでは、足し算。

 だけど二人の力を掛け合わせることで、戦術の幅は広がる。


 彼らは強いからこそ、珍しい催しという認識で挑んだからこそ、捉え損ねたのかもしれない。


「あるいはこれは、貴方のような者を掬い上げる受け皿となるのかもしれないな」


 フェローさんの理念や構想自体は、僕も賛成だった。

 既存のダンジョン攻略をなくしてしまうという目的さえなければ、問題はなかったというくらいに。


 彼がベリトを見た。


「断ってもらって構わないが、一つ頼みがある。次の一撃、オレは全力を乗せる。叶うなら、ベリト殿の魔法とオレの魔法、どちらが上かを試してみたい」


 ベリトが僕を見る。応じたい気持ちは充分に伝わってきた。

 僕は彼女に頷きを返す。


 力比べを求められれば、応じた上で勝利する。

 彼女の憧れる勇者ならば、そうするだろうから。


 彼が戦斧を頭上に構える。

 ベリトが巨人の拳を纏う。


 両者は何物にも邪魔されることなく、激突。


 迫る拳を斧が迎撃し、鼓膜を揺るがす爆発音が会場に広がった。

 【烈風の勇者】と同じく、彼もまた一撃に力の全てを注いだ。


 分霊といえど、格はまちまち。

 彼ら彼女らはみな、四大精霊の欠片のようなもの。分かたれた欠片が大きいほど、その分霊が契約者に与えられる加護は増大する。


 彼の分霊は、大きな欠片のようだった。

 巨人の拳はボロボロで、拳と判別出来なくなっていた。壊れた柱、といった感じか。


 斧使いの彼は、退場していなかった。

 だが、時間の問題。


 その上半身はえぐれ、断面は白く淡く光を放っている。

 左上半身が、無くなっていた。


「どこに行けば、再戦が叶う」


「……ダンジョンで働いているわけじゃない」


「残念だ」


 残る魔力体アバターが魔力に還り、空間に溶けて消える。


 退場だ。


 試合終了。そうして僕らは二回戦も突破した。


 ここまでで、観客には印象付けられただろう。

 ベリトは派手で高火力な魔法と、繊細で多彩な魔法を兼ね備えていると。


 そして、自身は正面から敵を打倒し、同時にパートナーが相手と戦えるようサポートも行う。


 今のところ、感触は悪くない。

 だが、懸念もある。


 ここまで、上手く勝ち進んだからこそ問題にならなかったもの。

 泥臭く粘り強く、見栄えなど気にせず勝利に手を伸ばす勇者。


 彼女が真に憧れ、挫折を味わうことになったスタイル。


 三回戦の相手は、フィリップさん達だ。

 誰よりも彼が、妹のことは把握している筈。


 ここまでの相手が強敵だとすれば、彼は難敵。

 真剣勝負が大好きな観客からの喝采を受けるベリトを横目に、僕らはフィールドを後にした。


 ◇


「マジかよ……勝ちやがった」


 【戦士】アルバが苦々しい顔で呟く。


「レメさんの動きも【黒魔導士】とは思えないくらいいいですし、なによりもコンビネーションですね。互いの呼吸が合っている。レメさんの方が合わせているんですかね。一瞬ズレたら失敗するような場面でもしっかり決めてくるのは、見ていて感心させられます」


 【氷の勇者】ベーラが下唇に指をあてがいながら、ぼそぼそと言っている。


「一つひとつは一見大したことないんだよね。壁とか、囮とか、魔法の援護を受けるとか。だけど、使い所と組み合わせがいやらしいね。よく考えてるよ、ほんと」


 【聖騎士】ラークの言葉に、アルバが舌打ちする。


「ケッ、なんでうちにいる時にやんなかったんだって話だ」


「やってたら、『動ける黒魔導士』って売り出してた?」


 ラークが問うと、アルバは微妙な顔をしながら顎を掻く。


「もの珍しくはあんだろ」


「それをしていたら、たとえ受けても今四位の座にはいなかったでしょうね。俊敏な動きの代わりに、多くの黒魔法が犠牲になったでしょうから。大会中の動きを発揮するには、思考に割く余裕を確保しなければならないと思います。魔法にも思考は必須です。脳の計算能力的に、両立は無理だったのではないですか?」


 みなはもう、レメの存在とランクの急上昇が無関係でなかったと理解している。


「お前が賢いのはもう分かったっつぅの」


「ごめんなさい、アルバ先輩の頭脳が少しばかり残念であることを失念して、真面目にお答えしてしまいました」


「お前ちょっと生意気になってきたな?」


「【勇者】はそれくらいの方が面白いけどね。健康的な薄味が体にはいいんだろけど、人が求めるのは刺激的な濃い味だ」


「ちっ……まぁそりゃそうだな? 最近動画でも『ベーラちゃんに正論でボコボコに殴られたい』みてーなコメント増えてきたしな?

人気が出りゃあ、冒険者としては正義だ。人間的にどんだけむかついても、そこはな」


「私も同じ気持ちでいますよ、アルバ先輩」


「あ? オレのどこがむかつくって?」


「リーダーはどう思われますか? 大好きな親友が見知らぬ魔物とタッグを組んでいますけど」


 ベーラに話を振られ、試合後の解説を聞いていた私の意識が仲間に戻る。


 アルバの「無視すんなや!」という言葉も無視するベーラに、応じる。


「ん、あぁ。楽しめているよ。ただ……」


 折角の機会なのだ。互いに支え合っての勝利は素晴らしいが、今ニコラ嬢が一対一で勝利を収めたように、彼自身の力のみで相手を打倒する機会があってもいいかもしれない。


 そうなれば、さすがにごちゃごちゃ騒ぐ者も多少は減るのではないか。


 次の試合、その一対一の機会がレメに巡ってきた。


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