第88話◇森の守護者と偽りの蟲人

 



 一日目は二回戦まで。

 三回戦……準決勝と、決勝は明日。


 僕らが控え室に戻り、本体に精神を戻そうとしたその時。

 部屋の扉がノックされた。


「レメ? いますか?」


「え」


 と、思わず声を上げる僕。


 その声は聞き覚えのあるもの。

 もちろん関係者以外立ち入り禁止だったりするのだが、彼女はパーティーごと主催者に観戦席を与えられているようだったから、こういう無理も効くのか。


 それにしても、理由がまったく分からない。


「女性の声だね」


 ベリトの声には抑揚がない。

 仮面の奥の瞳が細くなっているような……。


「君も見たことはある人だよ。どうぞ――リリー」


 しっかり僕の返事を待ってから、扉が開く。

 美しい金色の長髪、翠玉の双眼、白磁の肌に見惚れるほどの美貌。そして尖った耳。


 エルフの【狩人】リリーだった。


「久方ぶり……ではないですね」


「そう、だね」


「以前に比べたら顔を合わせる頻度も減りましたので、そう思ったのかもしれません」


「あぁ、分かるよ」


「……いえ、失言でした。わたくしたちが貴方を追い出したようなものなのに」


「僕の方に問題があったのも事実だし」


「いえ、たとえ隠されていても、仲間の実力を見誤るべきではありませんでした。あの戦いで、貴方の側はメンバーの動きを完全に頭に入れていた。でもわたくしは……いえ、今日は止しましょう」


 ということは、用件は脱退関連ではないのか。

 彼女の視線が、ランク四位【狩人】を前にして固まるベリトに向く。


「貴女は、蟲人ではありませんね?」


 あ――。


「――」


 想定はしていたが、問題にはならないと判断した。


 たとえば吸血鬼に化けたとして、吸血鬼らしからぬ動きというものがあったとして、それをしてしまえば、吸血鬼やそれに詳しい者は違和感を覚えるだろう。

 吸血鬼っぽくないな、と。


 エルフは元々森の民。今でも多くは森の中に住んでいるという。そこではダンジョン攻略どころか映像板テレビの存在も知らない人ばかりなのだとか。

 以前、彼女に聞いた話だ。


 そして、蟲人も森の民。

 リリーは本物を知っている。


「この大会では、魔力体アバターで別種族を模すことも許されているよ」


「承知していますよ。ですが気になりまして。貴方のことですから考えがあるのでしょうが、以前のそれは……成功したとは言い切れないものでしたから」


 最短距離で駆け上がることを優先した結果、【黒魔導士】不要論によって脱退することになった。四位というところで。


 僕だって人間。立てる計画だって当然、完璧とはいかない。


「心配して、来てくれたのかい?」


「勘違いなさらないで下さい。これは好意や贖罪の念によるものではありませんよ。ただ……わたくしの魔力体アバターをそのままでいいと言ってくれた貴方が、パートナーに己を偽らせているのが気になっただけです」


 エルフも亜人。パーティー加入時に耳を消すかどうかが議題に上がった。

 まぁ消す派はアルバだけだったけど。


「君はありのままの自分で勝負したかったんだろう? だから耳を消す必要はないと思った。ベリトは、望む自分になる為にこの姿が必要なんだ。覆う為じゃなく、前を向く為の仮面なんだ」


 リリーの視線がベリトへ向く。


「そうなのですか?」


 こくり、と頷くベリト。


「そうですか。仲間のサポートが正しく得られれば、貴方の力は存分に発揮されましょう。事情は分かりませんが、仮面をとれる日が早く訪れるといいですね」


「あ、ありがとう」


「なんとなくですが、話は分かりました。レメ」


「うん」


「思うに彼女は現状、本体が何者か知られたくない。そうですね?」


「そう、なるね」


「では、わたくしが蟲人らしい振る舞いをお教えしましょう」


「え」


「許可はとってあります。この控え室を使用してもいいそうです」


「どうして、そこまでしてくれるのかな」


「……別に。貴方が借りを返せと言わないものだから、わたくしが勝手に返すことにしたまでです。それとも、他に要望が?」


 借り? 流れ的に、魔力体アバターの耳の件か。そのまま派の僕とフェニクスに、彼女は感謝していたのか。


 気にしなくていい、なんて言っても気になるのだろう。

 ここは申し出をありがたく受けるべきか。


 ちらりとベリトを見ると、控えめにだが頷くのが確認出来た。


 彼女からしたら短期間に僕、フェニクス、リリーと会ったわけで、そろそろ慣れ……てはいないようだ。緊張しているのが見てとれる。


「では、よろしくお願いしますね、ベリト」


 リリーは自分に厳しい分、他人にも厳しい。


 速さへの執着を捨て、『神速』をあくまで一つのスキルとして運用するようになった彼女は、日々命中精度を上げている。


 と、フェニクスに聞いた。他のみんなも魔王城以降、試行錯誤しているようだ。


 次に戦う時は苦労しそうだ、なんて魔王軍参謀っぽいことを考えながら、リリーのスパルタ指導にビシバシしごかれるベリトを眺める僕だった。


「レメ、丁度いい機会です。蟲人が戦いで使う土魔法を教えますから、ベリトにそれを使わせた際の動きを考えてはどうですか? 何も明日使えというわけではありませんが、知っておくに越したことはないでしょう」


「あ、ありがとう」


「よいのです」


 ふっ、と溢れるように小さく笑った彼女の顔は、穏やかだった。

 

 ◇


 リリーの特訓、始まりのダンジョンの人々と応援に来てくれた魔王軍の面々を合わせての食事、興奮気味に感想を語ってくれたカシュ、何か二人で盛り上がっていたミラさんとニコラさん、距離感が近くなったシトリーさん、恐縮するトールさんと鷹揚に頷く魔王様。その口許についた食べ物をハンカチで拭うアガレスさん。仕事ではない筈だがいつのまにか店の手伝いをし始めて完璧に回すケイさん。


 明日も試合があるというのと、カシュが眠そうになっていたので、僕らは早めに切り上げた。


 別れ際、ミラさんが柔らかく微笑んで応援の言葉をくれた。

 前回のような不安はないようだ。


 エアリアルさんに勧誘された僕が、魔王城を辞めると考えたように。

 大会でこれまでとは違った評価をする人達が現れたことで、再び冒険者になるのではと。


 もちろん僕が望んでそれを選べば、彼女は後押ししてくれるだろう。

 だけど、今の仕事を投げ出しはしない。


 それを、今の彼女は分かってくれている。

 そして、翌日。


「フェロー殿の言葉通りだったか」


 現れたフィリップさんの顔に、もはや嘲りは無い。


 彼のパートナーは、【清白騎士】のマルクさん。

 言葉少なに、自分の仕事をこなすタイプのようだ。


 予選の時にそのことを知ったニコラさんは少し驚いていた。兄ならば魔法の見栄えする妖精【魔法使い】ルリを連れてくると思っていたのだという。


 魔法よりも体格と剣技が必要だと、彼は考えたのか。

 誰が出るか、彼が把握していたのは一組。仮に全員を知る術があったとしても、タッグを組む時には誰が本戦に進むかなど分からない。


 おそらくこれは、ニコラさん――ベリトと僕を倒す為の構成。


「確かに、以前とは違うようだ。だが、快勝ばかりがダンジョン攻略ではない」


 フィリップさんが僕にだけ聞こえる声量で言う。

 僕の懸念と同じことを、彼も気づいたようだ。それはそうか、ずっと妹を知っているのだから。


「はい。互いに力を尽くして、どちらかが勝つのが勝負です」


「勝ち方まで拘らねば、この世界でやっていくのは難しいんだよレメ殿。知っているだろう」


「拘ってますよ、だから僕らは此処にいる」


「……そうだな、そして此処で現実を知ることになる」


 ベリトは黙っている。


 そうして、準決勝が始まった。


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