第89話◇届かないのだと誰に言われても
「マルク」
「あぁ」
二人が走り出す。
並走ではなく、フィリップさんの後ろにマルクさんがついていく形だ。
魔力の動きからするに、白魔法がフィリップさんのみに掛けられている。
対象人数を減らし、強化箇所を絞ることで効力を上げているようだ。
おそらく、攻撃力。
ぴったりついて走ることで分断を避けるだけでなく、ベリトの迎撃を突破する攻防力を確保したのではないか。
彼は【金剛の勇者】。防御力に優れた剣士だ。
妹の魔法も知っている。突破可能との判断か。
「ベリト」
「うん」
僕らも動き出す。
二手に分かれ、僕が弧を描くようにマルクさんに接近。
壁を作る要領で、地面から斜めに円錐が幾つも突き出る。
フィリップさんは止まらない。
剣を横に薙ぎ、円錐を真っ二つにして飛び越える。
マルクさんは僕が死角に入るギリギリのタイミングで方向転換。【清白騎士】がこちらに向かって駆け出してきた。
フィリップさんは迷わずベリトに突進。
「コンビネーションが優秀なら、連携をさせなければいい」
そう。
単純な答えだ。簡単ではないだけ。
連携が厄介なら、邪魔すればいい。
僕らの連携には、穴というか条件がある。
僕が戦闘をするなら、魔法に割く思考力が削られる。
ベリトが僕のサポートをするなら、同時に発動する壁の耐久力や拳の攻撃力が下がり、発動までの時間も長くなる。
助け合うということは、自分の能力の一部を他人の為に使うということ。
その間、それ以前よりも自分のことが疎かになってしまう。
良い悪いではなく、単なる事実。
助け合うことで勝利を重ねる者達がいるなら、それを妨害するのは有効な手だ。
特に、僕は【黒魔導士】。これまで見せた魔法も、それだけで退場するものではない。これまで見せた戦闘能力だって、魔法と組み合わせたところで戦闘職に敵うものではない。
ベリトと僕の連携を崩し、僕を倒し、サポートを失ったベリトを倒す。
理想的で現実的な作戦といえるだろう。
だから、僕らは決めていた。
「!?」
彼らが一瞬、動揺するのが分かった。
マルクさんが僕に、フィリップさんがベリトに、それぞれ接近しているのに、僕らがまったく――互いを気にしていないから。
「……正気か?」
マルクさんが怒気を滲ませた声で呟く。
それも当然。白魔法への適性があるものの、総合的には【聖騎士】の劣化版と言われる【清白騎士】。
けれど決して弱いものではない。魔法使いが剣で敵う相手ではない。
だが僕は今、仕込み杖を抜いて彼と対峙している。
ベリトのサポートは無し。
それはつまり、【
真面目に努力している者ほど、腹立たしい筈だ。
勝てると思うのか、と。
自分はその程度に見えるのか、と。
彼が怒るのも分かる。というか、分かっていてやっていることだ。
「これは正気を競う戦いですか?」
敢えて、煽るような言い方をする。
剣技で勝てないのは分かっている。
戦闘に関する才能の壁は厚く、努力の成果も相手が勝る。
それでも勝たなければならない場面はあって。
そういう時に、不屈だけではどうにもならない。
だから、使えるものはなんでも使う。
それが言葉で、半歩にも足りない前進だとしても。
勝利に近づく為ならば。
「……いいでしょう。貴殿がその気ならば、全霊を以って斬るのみ」
マルクさんは、おそらく気づいていて乗った。
僕の策を全て受け止めた上で、勝つつもりなのだ。
戦いが始まる。
◇
「ベリト殿といったかな。昔、貴女とよく似た戦い方をする【勇者】を見ましたよ」
「……」
ボクは巨人の拳を――兄さんの拳が迫っていた。
――速い!
咄嗟に纏える分だけを腕に展開し、拳が狙っていた腹部を守る。
衝撃。
腕に纏わせた白銀は罅割れ、砕け散り、ボクの体が後方に浮き、大きく後退。
「その【勇者】は、幼い頃の夢を兄に肯定されたばかりに冒険者を志し、時代と当人に合っていないスタイルを選んだが故に挫折に追い込まれた」
盾を地面から出――……ッ!
咄嗟に後方へ跳ぶ。
一瞬後、生えている途中の壁が切り裂かれ、その向こうから兄さんがやってきた。
――『ボク、勇者になりたいんだ。相手がどんな大きくても、怖くても、多くても、強くても、ボロボロになったって、最後は勝つんだよ。かっこういいよねぇ』
――『あぁ、なれるよ』
一瞬甦るのは、幼い頃の記憶。
「愚かな兄は現実を知らなかったのです。自分が失敗した後も、妹ならばあるいはと干渉しなかった。ようやく再会したのは、彼女の失敗が明らかになった段階でした。愚かなその兄は、本当にとても愚かで、何が出来るわけでもないのに励まそうとしました」
彼はボクにだけ聞こえるように、小さな、風でも吹けば掠れるような声で話し続ける。
「仲間に捨てられる【勇者】は悲惨です。何故なら、【勇者】がいなければパーティーは組めない。必須の存在なのに不要とされるということは、パーティーの
『流行らないんだよ、なんで分からないんだ』『お前に合わせて戦うからいつもみんなボロボロだよ。
昔の仲間が言っていたことに間違いはない。
だから引き止めなかったし、申し訳ない気持ちで一杯だった。
最初はみんな、ボクのやり方に賛成してくれた。いいじゃん、格好いいパーティーになろうって。
でも、現実を生きるのには色々なものが必要で。
自分のやり方でそれらが満たされない、得られないと知ると、やっぱり不満を覚えるものだ。
仕方がない。
ボクのなりたい勇者に、誰も興味がなかったというだけ。
残ってくれた子もいた。【盗賊】のレイラだ。彼女だけはやり方を変える前も後もずっと一緒にいてくれた。
『白銀王子』が気に入っているようで、そこだけは少し意見が違うけど。
「憔悴しながらも兄を見て笑みを浮かべようとする妹を前にして、その男は決心しました。二度とクソの役にも立たない、優しいだけの言葉は吐くまいと。そして必ず、彼女の存在を世に知らしめてやるのだと。何故なら愚かな兄と違い、妹には美と、才覚と、不屈の精神が備わっていたからです。これを、誰にも無視出来ないものにする。それが、男の目的となりました」
彼の振り下ろしが地面を抉り、周囲の地面が捲り上がる。
それによって体勢を崩したように見せかけ、ボクは彼に裏拳を打ち込む。
彼がそれを目で捉え、反応した瞬間、足を跳ね上げる。
拳ではなく、最初から回し蹴りを叩き込むつもりだったのだ。
「――」
僅かに目を大きくした彼だったが、すぐに側頭部を狙った蹴りを腕で防ぐ。
彼の体が流れ、距離が僅かに開いた。
「よく、分からないけど。もしボクがその子なら、お兄ちゃんに『なれるよ』って言ってもらったことは、その後に何があろうと一生良い思い出で。自分のしたことを悔やむことはあっても、背中を押されたことを恨むことは有り得ない」
「
兄さんは、本当に苦しそうに言った。すぐにその表情は消えてしまう。
「私は、夢を見せるべきではなかった」
敬語が消えている。ベリトに向けた言葉は、今妹に向けられている。
「夢は本人が勝手に見るものだよ。誰の所為にも出来ないし、するべきじゃない」
巨人の拳用の魔力を練りつつ、別途白銀の腕を形成し、彼を襲わせる。
「いやするべきだ。全てが自己責任なら、応援した責任は? 優しくして、おだてて、挑戦させて、失敗したら知らないふりか? 出来ない、そんなことは決して」
「その子が決めたんだろ。全部、その子が」
「あぁ、そして私は私が自分で決めたことをする」
その全てを斬り裂き、彼は再度接近してくる。
「成功したんじゃないの、それはさ」
「いいや、私の妹は……まだ夢を見ているようなのですよ」
再び心の距離を離される。
「それの、何がいけないんだ」
破壊された白銀が液状化し、スライムのように蠢いて集まる。
「いつかは夢と現実の妥協点を見出すものと思っていたが、違ったのです。折角築いた今を、偶然逢った男に唆されてふいにするつもりだ」
――あ。
そうか。そういうことだったのか。ボクはその時になって気づいた。
兄さんにとって、レメさんは過去の自分でもあったのだ。
妹の無謀な夢を否定せず、無責任にも肯定する。
それをして、痛い目を見るのは妹だけ。
だから、ミラさんもいたのにあんな言動をした。普段一般の人たちに接する時の仮面を被り忘れるほどに、怒っていたのだ。
「ふっ」
「……私は何か、面白いことを言いましたか?」
「妹さんは、君に感謝してると思うよ。ただ、諦めきれないものがあるんだって、知ってもらいたいだけだったんじゃないかな」
本当に、最初は話をするだけのつもりだった。
かつて兄に一緒にパーティーを組もうと言われ、乗ったのは自分だ。
『白銀王子』を演じたのも自分。別に、嫌いなわけじゃない。
ただ、理想の自分との乖離を感じる。続けていくごとに息苦しさが増していく。
かつてボクは、いつか望む自分になれるように、まずは人気が必要なんだと説得された。
人気も集まってきたし、望む自分を再び目指してもいいのではと思ったのだ。
それが結局、こういうことになったわけだけど。
「知っているが、認めるつもりはありません。くだらない夢から、そろそろ覚めてもらわないといけない」
「きっと覚めないよ。叶えたいんだ」
破壊された白銀が集まり、巨大な腕となる。
腕が、彼の正面から振り下ろされる。
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