第90話◇勝てない大きな理由があるなら、勝つ為の小さな策を幾つでも
冒険者業界ではよくあること。
メンバーの脱退や加入。またパーティーの解散。
これは本人達の方針や組合との契約によるが、『解散』の場合だと過去投稿された動画も削除されることが多い。
基本はバラバラになるが、ニコラさんとレイラさん、フィリップさんとルリさんのように数人がそのまま新たなパーティーに入ることもある。
「――」
僕と対峙するマルクさんが、無言で走り出す。
【清白騎士】マルクさんの前パーティー動画は発見出来なかった。
なので、情報は現パーティーのものとニコラさんから齎されたもののみ。
ちなみにニコラさんとフィリップさんの前パーティー動画ももう公開されていない。
僕が見せてもらったのは、彼女が個人的に残していた映像だ。
マルクさんは高身長で、細身ながら引き締まった身体をしている。
【
たとえば、盾持ちの前衛は身長に恵まれ、その長い腕から放たれる剣撃はよく伸び、鍛えられた身体で構える盾は敵の攻撃に柔軟に対応する。
こういった要素は共通していた。
これとこれとこれがあるからこの【
神様が適職を教えてくれる世界。
なりたいものに関係なく、なれるものが十歳で判明する世界。
彼は何になりたかったのだろう。
「疾ッ――!」
地面にめり込むほどの踏み込みから放たれる一閃は、僕を縦に真っ二つにする軌道で放たれた。
動画で散々見た、彼の基本攻撃の一つ。
だが目前にすると迫力が桁違い。ブレのない極めて高い精度の斬撃。
だからこそ、不安要素は僕の動きくらい。
「……!」
僕の黒魔法に、彼の表情がピクリと動く。
雨の日にレインコートを纏うようなイメージだろうか。
だから同様に、豪雨に晒されることでびしょ濡れになることもある。もし嵐に見舞われたら、一たまりもない。
黒魔法に
雨の勢いや持続時間などが知れているからだ。
こういうものを纏えば、無力化が可能という経験則。
だが彼も愚かじゃない。常識よりもこれまでの試合で見た僕の黒魔法の推定効力に合わせた魔力を纏った。
ただ、直前に掛けたフィリップさんへの白魔法維持もある為、出力の問題で纏える魔力に制限がある。
それでも、計算上は黒魔法を無効化した上で僕を斬るに充分なものだったのだろう。
足りなかった。
「――――」
僕が掛けたのは、効果時間をたった一瞬に絞ることで効力を限界まで高めた――速度低下。
通常、魔法はどこかの項目を伸ばそうとすると、違う項目が弱くなる。
攻撃力を上げようとすると、効果範囲が狭まる、みたいに。
逆に言えば、効果範囲を極小の点にでもすれば、その分を攻撃力に回すことが可能になる。
もし、ランク四位パーティー相応の実力を持った【黒魔導士】が、一つの黒魔法を一人の対象に一瞬だけ、杖に通した魔力を用いて掛けたら。
その効力は、凄まじいものになるのではないか。
ぐっ、と彼の体の動きが遅くなる。斬撃の遅延が起こる。
それでも、ギリギリだった。
僕はなんとか半歩横に移動し、柄頭を天に向けるように剣を構える。
瞬間、容易に人を断ち切る金属の塊が、すぐ横を滑っていく。
彼の振り下ろしを、受け流したのだ。
痛覚はないが感覚はある
そして、速度低下の解けた彼は地面を叩いた剣を――跳ね上げるように僕へ振るう。
速さ重視だった為か刃ではなく腹の部分による攻撃で、どちらかというと叩きつけるようなもの。
それが僕の剣にぶちあたり、僕の体が蹴られたボールのように吹き飛ぶ。
――
歓声が上がる。
調子に乗っていた【黒魔導士】が、力ある者にやられる。
所詮は嫌われ者、すぐに全員が応援に回ってくれるという方が異常というもの。
これでいい。
『やっちまえ!』『パートナー抜きで勝てるわけねぇだろ』『【黒魔導士】は所詮【黒魔導士】なんだっての』『多少鍛えたくらいで本職に適うわけがないのに』『冒険者舐めんな』
マルクさんの表情は、苦々しげ。
彼と僕だけが、分かっている。
『おおっと! 初撃を上手く受け流したレメ選手ですが、マルク選手の素早い二撃目に吹き飛ばされてしまいました。なんとか立ち上がっていますが、内部のダメージは相当なものではないでしょうか』
『……えぇ、レメが一撃目に対応したことに動揺することなく、即座に剣を跳ね上げた。見事ですね。
……いや、そうだ。此処にはエアリアルさんがいる。フェニクスの奴も。彼らは気づいているだろう。
観客が思っているほど、僕にダメージはない。
吹き飛ばされたというより、衝撃を逃しつつ跳んだのだ。
彼からすれば、斬撃を受け流された上に二撃目を読まれ、そのダメージはほぼ無し。だというのに観客はそれに気づかず、自分が有利かのように騒いでいる。
他者の評価と自己評価のズレを、人は不快に思うものだ。
不当な評価は当然として、実際以上に高く評価されることにも抵抗がある者が多いのではないか。
今、先程の攻防について、彼と観客の評価にズレが生じている。
彼が自信家で未熟者なら、その評価に乗るばかりかそもそも僕の行動にも気づかないだろう。
だがマルクさんは違う。
彼は僕のやったことに気づき、自分の行動が歓声に値しないと感じている筈。
だからといって、この場でそれを口にする冒険者はいまい。折角沸いた観客の熱を冷ますエンターテイナーがいるだろうか。
真面目な人間なら――評価を釣り合わせようと動くのではないか。
職と己の性質から導かれる妥協点。
僕に勝ち、観客の評価と自分の評価を最終的に合わせる。
その意識はどれだけ冷静に努めようと、僅かに、ほんの僅かであっても確実に、動きに影響を及ぼす。
「……これが、貴殿の戦いというわけですか」
「情けないと思いますか?」
小賢しいと、思う人もいるかもしれない。
だが彼は首を横に振った。
「いえ……。だが、負けられない」
【清白騎士】はただでさえ、【聖騎士】の下位互換と思われがち。白魔法適性という個性が、今の時代に望まれるものではないからだ。
だからこそ、九十九位パーティーに貢献出来ている現状は結果として最高の部類。
【勇者】相当の土魔法を使うベリトのサポート込みであっても、敗北は尾を引くだろう。
一騎打ちで【黒魔導士】に敗北することは、自分の評価を大きく下げることに繋がりかねない。
勝負はいつだって勝つ為に挑むものだが、これは特別負けられない戦い。
「同じですね」
「……えぇ」
でも、どちらかが負ける。
『マルク選手、動き出しました! 一方フィリップ選手は今大会では初披露の「金剛」を展開! いやぁ、タッグバトルでバラバラに戦われると、どこを見て何を語るべきか悩んでしまいますねぇ』
『ダンジョン攻略では「勇者パーティー」が主役で、そこから個々の活躍にスポットをあてる方式ですからね。録画したものを編集し、後から声を当てる。タッグバトルでは全員が主役で、リアルタイムで戦いを目にする観客の方々がおられる。確かに難しいですね』
マルクさんが盾を構えて突進してくる。
僕が剣で何をしようと、面で吹き飛ばすつもりか。
盾でぶつかるという単純にして高威力を見込める攻撃ならば、各種黒魔法に一瞬晒されたくらいでは、大きなミスには繋がらないと考えたのかもしれない。
それに対し、僕は――彼から離れるように走り出す。
『は……? え、えぇと? レメ選手、距離を取って……というよりこれは、逃走でしょうか。全力疾走しているように見えます』
解説さんの困ったような声。
『はぁ!?』『逃げんな腰抜け!』『正々堂々戦って死ね!』『怖いなら棄権しろよ』
何か騒がしい観客席。
『あっはっはっは! なるほど! 盾持ちは装備からして重いですから、攻略中は彼らに進行速度を合わせたりします。軽装備の【戦士】などに比べると、足が遅いわけです。これは仕方がない。レメは今、それを利用して距離をとったわけですね』
『は、はぁ……。ですがそれに何の意味があるのでしょう……いえ、もしかして?』
『そうです。観客席にいる冒険者達は分かるね? レメは魔力を生成し、それを杖に込めている。態勢を整える為の一時退却のようなものなのですね』
『なるほど……! ですが冒険者として考えると、敵前逃亡というのは……』
『そう、そういう既成概念に囚われないのが彼の面白いところです。大前提ですが、これはダンジョン攻略ではありません』
『あ――。確かにその通りですね。ダンジョン攻略であれば、正義の味方である【勇者】パーティーが魔物を前に背を向けるという行為は推奨されません。ですがこれは人も亜人も関係なしのタッグバトル。求められるのはあくまで勝利のみ』
『環境に合わせて、選択肢を増やす。勝利に必要なものを考え、用意する。剣を振るい、亜人と最高のコンビネーションを見せ、次の魔法の為に背を向けることも厭わない。彼の行動の全ては、勝利の為のものなのです』
マルクさんが僕の後を追ってくる。
僕は杖に魔力を流す。
次は――。
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