第86話◇行こうか二回戦




 本戦は二日掛けて行われる。

 最初の一日で二回戦まで、二日目で決勝までだ。


 試合数的に均等ではないが、後半の試合の方が演出に時間を掛けたりするのだろう。

 紹介映像とか意気込みとかが流されたり。


 というわけで、二回戦だ。

 僕らの相手は【勇者】と【勇者】。


 別のパーティーのリーダー同士が、この大会でタッグを組んだようだ。


 ダンジョン攻略では、パーティーは基本固定。

 気軽に交換や入れ替えは出来ない。


 たとえばこういう大会なら、エアリアルさんとフェニクスの四大精霊契約者が共に戦うなんてドリームタッグも実現し得るわけだ。


 その場合、誰が勝てるんだよとなるわけだけど。

 僕の頭に浮かぶのは、師匠くらいだ。ただ師匠は出たがらないだろう。


 今回の参加者で多いのは同じ職場の魔物同士、同じパーティーの冒険者同士。

 本戦に残った者の中で、人間と魔物のタッグは僕らを含めて三組。


 違う職場の魔物同士がフルカスさんとケイさんで、違うパーティーの冒険者同士が今回の相手。


「まずは謝らせてください、レメ殿!」


 【烈風の勇者】は、十四くらいの少年だった。ハキハキした喋り方で、快活な印象を受ける。


「一回戦を見るまで、おれはレメ殿を見誤っていました。優秀なのだとしても、【黒魔導師】では厳しいだろうと。タッグバトルとなれば、より個人の力が重要になりますから」


 五人の力を合わせて勝つよりも、二人で力を合わせて勝つ方が個人の担うべきものが多くなる。勝利に必要なものを分担する人数が減るわけだから。


「ですが、貴方の動きを見て分かりました。前パーティー時代とは違う。サポートする仲間が減ったからか、黒魔法を掛ける敵が減ったからか、自分で動く選択肢を得た貴方は――強い」


 その視線はまっすぐで、嘘は感じない。

 基本的なことになるが、魔法の発動には思考が必須。どういう魔法にするかという考えをまとめ、効果を継続させるには考え続けなければならない。


 出てくる敵全員に黒魔法を掛け、実際の効力を仲間と視聴者に知られることなく、それでいてパーティーメンバーが気持ちよく戦えるようにと考えた。

 そんな状態では、鍛えた体など使いようがない。


 考えるべきことが多すぎるのだ。


「【黒魔導師】であそこまで動ける者を、おれは知りません。その上で勝つ為に手を尽くす姿勢も素晴らしい。努力と工夫が報われる様は、胸が熱くなる」



 彼が、剣を抜く。


「けれど、いやだからこそ、全力で行きます。そうしなければ、貴方に失礼だろうから」


 どうやら、彼も胸に熱いものを秘めているようだ。


「じゃあオレが、蟲人の方だな」


 【爆砕の勇者】は体格のいい少年で、パートナーより年上に見えた。

 彼が戦斧を構える。


 試合開始の合図と共に、二人の【勇者】が駆け出した。

 【烈風の勇者】は僕に向かって真っ直ぐ、【爆砕の勇者】はベリトが開始直後に発生させた無数の壁に阻まれる。

 すぐに聞こえてくる破壊音からするに、精霊術で爆破しながら進んできているだろう。

 破壊されるところまでは織り込み済み。斧使いと風使いの進行速度をズラすための壁。


「風よ!」


 空気の渦巻く音が聞こえる。

 それは彼が近づくごとに大きくなる。

 刃に風を纏わせているのか。

 今、少年は極小の嵐を構えて走っている。


「ベリト」


「あぁ」


 僕と少年を、白銀の壁が阻む。

 彼らの側からは、そう見えている筈だ。


「構いませんよレメ殿! 相棒と協力するのがタッグバトルだ、その白銀ごと、おれが貴方を倒します!」


 壁を迂回するか、破壊するか。

 どちらにしろ、彼は警戒していることだろう。

 それでいて、自分ならば反応出来ると思っている筈だ。実際その力はあるのだから、何も間違っていない。


 その正しい認識を、利用する。


 ◇


 レメ殿に勝つ。


 自信を持つのは、その分野にリスペクトがあるほど難しいと、おれは思う。


 子供の頃は一位になりたいと笑顔で言えたが、冒険者になってからは喉まで出かかっても止まってしまう。

 その言葉の重みを知ってるから、容易には口に出来ない。


 レメ殿の勇者になりたい発言は有名だ。悪い意味で、だが。

 役立たずが四大精霊契約者の親友の横で分不相応な夢を語っていると。

 言い方はともかく、内容に否定出来る部分はないと思っていた。


 勇者になるなどと、冒険者を選んだならそれがどういうことか分からないわけではないだろうに。

 だが彼は分かっていたのだ。それを、おれたちが分かっていなかった。


 彼の動きは才無き者が数ヶ月で身につけられるものではない。もっとずっと、何年も鍛え抜かれたもの。

 それだけではない、相手の動きを見切るまでが早く、そこからの動きも大胆で正確。


 攻撃魔法がきていて、その方向に回避行動をとれるとは。

 剣も悪くない。技巧に優れるわけではないが、目と動きでカバーしている。


 もちろん自分が彼に劣るとは思わないが、前提が違い過ぎる。

 彼の適性を考慮すると、血の滲むような努力が必要だっただろう。

 そのことに尊敬の念を覚えるし、他の者と同じように彼を下に見ていた自分が恥ずかしい。

 

 全力の魔法で、勇者を目指す者を打倒する。


 眼の前に壁が出現。だがこれは既知。まったく同じものならば問題なく対処可能。


 だがもし違うなら? レメ殿が工夫を凝らしているなら?


 瞬間、魔力の高まりと移動を感じた。

 レメ殿の魔力は感じにくい。魔法使いは魔力操作に適性があるから、魔力器官性能を隠すのが得意な者も多い。


 だが杖に魔力を流した場合は別。

 だから分かる。


 駆け上っている、、、、、、、


 ――そうか! こちらからは壁だが、反対側からは坂や階段のようになっているのだ。


 正面から突き進む自分の頭上に出るつもりか。

 杖の魔力で黒魔法を掛け、自分が怯んだ隙を切る作戦か。

 彼の実力を疑っている者ならばあるいは、【勇者】でも引っかかったかもしれない。


 だが自分は分かっている。

 だから。


 足元に人型の影が見えたのと同時、剣に纏わせた風を解放。

 彼ごと空を裂くつもりで、剣を切り上げる。

 瞬間、頭上にあった人型も杖もバラバラになる。

 そこから遅れること数瞬、青空に浮かぶ雲が、ぶわりと形を変えた気がした。あそこまで届いたのだろうか。


 

 とにかくレメ殿に命中。確実に退場しただろう。


 ◇


 ――と、そんなところか。


「な、に……?」


 彼の対応は間違っていない。目視で確認してから攻撃するのでは、一瞬遅れる。来ると思った瞬間に攻撃する速さは、得難い才能だ。努力で磨かれた才能。


 彼が切ったのは、僕の杖の鞘部分と、人型の――白銀だった。

 魔力は杖の機能を備えた鞘に注いだもの。


 そして立ち止まった彼の足元に白銀が絡みつく。

 彼女が脆くした壁を突き破り、僕は【烈風の勇者】の前方に飛び出す。


 宣言通りの全力を魔法に注いだ少年。この距離では攻撃魔法は間に合わない。


 僕は剣で彼を貫かんと疾走。

 さすがは【勇者】、彼はそのまま剣を振り下ろそうとした。


 迎撃は間に合う筈だった。それくらい、【勇者】と【黒魔導士】の近接における能力差は明確で残酷。


 だが、そんなことは承知の上。

 床を踏む僕の足は、次に跳ぶように床を離れる。


 しかし、この一歩は違った。床の方が跳ねるようにせり上がったのだ。

 ベリトの白銀で押し出されるように加速した僕は、一瞬だけ彼のスピードを上回る。


 その一瞬で、剣が振り下ろされる直前の彼の胸に、剣が突き刺さる。


「――――。あぁ、おれが見誤っていたのは、あなただけではなく――」


 【烈風の勇者】が、退場した。

 脳と心臓ばかりは、人間であれば耐久に関係なく退場レベルのダメージとなる。


 これまで、ベリトは派手な技ばかりを見せてきた。

 鉄壁、フィールドの端から端まで届くほどの壁による分断、巨人の拳。


 強く、大雑把な印象を与えてきた。


 だからこそ、『白銀王子』寄りの繊細な魔法の使い方は無意識的に選択肢から除かれていた。


 この結果に、観客席は騒然。

 だがその音を、僕はシャットアウト。

 まだ残っているのだ。


 斧で壁を爆破、破砕しながら迫る【勇者】が。


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