第18話◇炎の勇者は先へと進む
「ようこそ魔王城へ。【炎の勇者】フェニクス様と、その御一行ですね」
入ってすぐのホールに、魔王城の受け付けはあった。
「えぇ」
私は一つ頷き、登録証を受付嬢に渡す。女性は猫の亜人で、顔の上半分を隠す仮面を着用していた。
他の四人も同じように登録証を出した。
本人確認が行われる。
「【勇者】フェニクス、【戦士】アルバ、【聖騎士】ラーク、【狩人】リリー、……あら、こちらは前回と違う方なのですね。【勇者】ベーラ。以上五名、確認致しました」
一瞬、受付嬢の口許の形が不自然に歪んだように見えたが、気の所為だろうか。
「ありがとう」
返却される登録証を受け取ると、女性が言った。
「【黒魔導士】レメはどうなされたのですか?」
「ハッ、どっかで野垂れ死んでるんじゃねぇか? それか通りで物乞いやってるか、でもなきゃ犯罪者まがいのことしてんだろ。【黒魔導士】じゃ食ってけねぇからな」
受付嬢は私に訊いた筈だが、アルバが勝手に答えた。
「……アルバ、貴方という人は」
蔑むようなリリーの視線もどこ吹く風だ。
「お前な、オレばっか悪人にすんじゃねぇよ。レメが可哀想ってんならリリー、どうして庇わなかった? オレがお前に耳隠せっつった時、アイツはお前を庇ってたじゃねぇか。オレはなーんもアイツに借りなんかねぇから好き勝手言ったが? 何もしなかったお前の方がよっぽど薄情だっての! オレを下に見んなや」
エルフの【狩人】リリーが美しい眉を顰めた。
確かにかつて
「感謝を理由に、思ってもいないことを言えと? もちろん彼に頼られれば、一度は仲間であった者として可能な限りの助力はしましょう。ですがあの話し合い――というより貴方の下品なショーというべきですか――は、レメがこのパーティーに相応しい実力を備えているか否かが焦点だった筈です。仮に命の恩人であっても、わたしは仕事のことで嘘はつけません」
「ケッ、良い子ぶってんじゃねぇよ」
「……下劣」
「あぁ!?」
「叫ばないで下さい、耳障りです」
「てめぇ……」
「あ、あのっ、喧嘩は、その……やめた方が……今から一緒にダンジョン攻略するんですし……なんて」
【氷の勇者】ベーラが控えめに介入した。
氷のような髪と瞳をした、小柄な少女だ。自信なさげで猫背なのは、【勇者】としては非常に珍しい。自分のパーティーを作ろうとすらせずに他のパーティーに入るというのも、中々ない。
「……恥ずかしいところを見せましたね、ベーラ。すみません、猿に人の言葉を向けたわたしが悪いのです。対話など成り立つ筈がないのだと、とうに気付いていたというのに」
「ざけんなよクソエルフ」
「……あーあー、面倒くさい……。何、苛々してんのさ」
【聖騎士】ラークまで話に加わる。
「てめーには話しかけてねぇんだよ根暗。つーか攻略中もっと動けや、サボろうとすっからミスが増えんだろうが」
「……君も、ご自慢の魔法剣の精度ガタガタだったけど? 女遊びに時間使いすぎて、腕鈍ってんじゃないの」
「童貞は黙ってろや」
「悪いけど、君より経験あるんじゃないかな。そういうの、鏡見て察せない?」
「……殺す」
一応この場にもカメラはあるが、買い取りの対象ではない。
だからといって、今から準備しようという時に喧嘩とは。
これまで、パーティーの不満点はレメだった。
パーティーのというよりは三人の、だが。
レメを共通の問題とすることで、三人はある意味まとまっていた。
レメはそれを知りながらもパーティーが上手く回るならそれでいいと、小さく笑った。
そのレメのおかげで、彼らが一流から超一流の冒険者として活躍出来ていたことを、三人は当然知らない。
要を欠いたことに気づくことなく、彼がいなくなったことで互いの欠点に目がつくようになった。その欠点というのは、レメのサポートで限りなく目立たなくなっていたもの。
彼らは自分自身でさえ、何故調子が悪くなったのか分かっていないだろう。
悪くなってなどいないのだ。
超一流から、一流に戻っただけ。
感じる落差がそのままレメの功績なのだが、三人はその可能性を考えもしていないだろう。
「あの、喧嘩はやめてくださいって私、言いました」
意外にも、三人を止めたのはベーラだった。
三人の靴裏と床が固定される。
氷結されたのだ。
「ベーラの言う通りだ。新人が一番まともでどうする」
冷たくなり過ぎないよう気をつけつつ、だが呆れを滲ませて言う。
三人はバツが悪そうな顔をし、誰ともなく顔を逸した。
「……フェニクスさん、何故止めなかったんですか」
本来はリーダーである私が率先して仲裁すべきだったと、ベーラは暗に言っている。
普段はおどおどしているように見えるが、自分が言うべきと思ったことは言うようだ。
「顧みる機会になればいいと思って」
「かえり、みる? 何をですか?」
「自分達が何をしたか」
「あの……よく、分からないのですが」
「いや、いいんだ。君には期待している」
私は疑問に答えず、会話を終える。
三人の氷結が解除されたところで、
「あー、クソ。マジでむしゃくしゃするわ。なんなんだこれ、なんかおかしくねぇか。パーティーが強化されたってのに、いまいちパッとしねぇっていうかよ」
「ベーラはよくやってくれています。最初こそ慌てていましたが、すぐに素晴らしい【勇者】になるでしょう」
「リリーは女子が増えて嬉しいんでしょ。まぁ、攻撃力や制圧力は上がったよね。なのになんていうか……体はいつも通りなのに、結果が伴わない、というか」
その時。ポン、と手を叩いてアルバが笑い出す。
「あ! もしかしてあれじゃねぇか? 無職のレメがオレ達を恨んでしょっぱい黒魔法を掛けてんだよ。ハッ、あいつならやりかねな――ッ!?」
我慢の限界だった。
アルバの胸ぐらを掴み上げる。
彼の体が浮き、足が地面に戻ろうとじたばたともがく。
全員が呆気にとられる。
「アルバ、アルバ。何度言えばいいんだアルバ。彼を悪く言うな。仲間の誰も、悪く言うな。君は何故それが出来ない。性格なのだろうな、きっと」
「ガッ、あっ、ふぇ、にく」
「私がこれまで君を罰しなかったのは、君とレメが仲間で、レメが君の振る舞いを許容していたからだ。だが考えてみてほしい。レメは君が追い出したようなものだ。それはパーティーを思ってのこと、私はそのこと自体を咎めはしなかっただろう。君がこのパーティーのことを思っているのだと、信じているからだ。では何故、私は憤っているのだと思う?」
彼の顔が蒼くなる。
リリーが私の腕を下ろそうとし、あのラークまでもが慌て顔になった。
ベーラは絶句している。
「君達がレメを快く思っていないのは知っている。彼がいなくなって、清々したことだろう。ならばそれで終わりではダメか? 追い出した後もかつての仲間を貶めなければならない理由があるか? 一つハッキリさせておこう。仲間の欠点を指摘するのはいい。遠慮すべきではない。だが悪しざまに言うべきではないんだよ。そしてアルバ、君は最早レメを仲間だと思っていないね?」
アルバが私の指を剥がそうとするが、彼の力では両手であっても叶わない。
「彼が仲間ではないなら、それはもう、ただの私の親友だ。このフェニクスが、友を愚弄されて笑う男だとでも思ったのか? そこが分からないんだよアルバ。分からない。仲間の大切なモノを尊重出来ない者とは、やっていけない。だからアルバ、今此処で約束してくれ。私は君を仲間だと思いたいのだ。レメや、仲間を、悪く言うな。約束するか?」
アルバは目が虚ろになりかけていたが、それでも辛うじて頷いた。
手を離す。
彼が落ち、思い切り咳き込んだ。
「……フェニクスさん。世界第四位のパーティーって、こんなにギクシャクしてるものなんですね。やっぱり上に行くほど辛いことも増えるんだ……あぁ、冒険者って……」
ベーラは何か絶望している。
リリーがアルバの背中をさすっていた。普段犬猿の仲である二人だが、仲間意識はしっかりとあるのだ。
――レメがいなくなって緩んだ団結は、別の何かで固めねばならない。
最初から、自分が断固たる態度で率いるべきだったのだ。
元々私は人をまとめられるような人間ではない。ただのいじめられっ子だった。
だから、レメが損な役回りを演じてくれていることに申し訳無さを覚えつつも、リーダーとしての姿勢を変えようとはしなかった。
「他の三人も同じだ。仲良しごっこをしろとは言わないよ。気安い会話も些細な喧嘩も構わない。だが、心から仲間を蔑むことはもう、許さない」
自分以外の四人を見回す。
「従います、私は。第一、見下していたら仲間ではないでしょう」
ベーラは異論ないのか、すぐに応えた。
「あー、そうだね。フェニクスの言う通りだ。でも『分からない』ってのは嘘だろ。僕もアルバもリリーも、互いを好きじゃないけど、みんな君が好きだ。君のパーティーにいたいし、君の役に立ちたいし、君を一番にしたい。レメは明らかにこのパーティーに見合う魔法使いじゃなかった」
そもそも実力不足ではないが、問題はそこではない。
ラークは続ける。
「アルバの馬鹿はまぁ、実際言い過ぎだ。レメも気の毒だね。でもさ、大好きな君が実力不足の親友を頑なに庇ってたら、嫌な気分にもなるよ。悪く言いたくなる気持ちも、僕には分かる。だってそうだろ、昔の友だちが無条件で最優先なら、僕らはどう頑張って君に認めてもらえばいいんだ」
結局、そこなのだ。
私の態度が問題。
あるいはレメであれば、自分が悪いと言うかもしれない。
多分、両方だろう。私もレメも、レメの力を隠した。理由はあれど、そんなもの他の三人には知りようがないのだから。
だが同時に、不満があるからといってアルバの発言が正当化されるわけでもない。
「私は最初から仲間全員を見ていたし、その上でレメを必要だと思っていた。君達からの共感が得られるとは思わないよ。だから過去ではなく、これからの話をしよう」
手を差し出すと、アルバは顔を歪めながらも手をとって立ち上がった。
「死ぬかと思ったぜ」
「謝罪しようか」
「……ふっ、要らねぇ。オレへの罰だろ、納得したよ。レメの野郎はマジで嫌いだけどな。おっと蔑んでるんじゃねぇぜ、相性の問題だ。それくらいは仕方ないだろう?」
何故か、アルバは嬉しそうに笑った。
「えぇ……首絞められて笑ってる……このパーティーなんかすごく闇が深いような……」
「新入りにゃ分かんねぇよ。この男は何年経っても仲間と距離を空けてたようなヤツなわけ。大親友レメ以外とは、どういうわけか一線を引いて接してた」
……そんな風に思っていたのか。
単に人と話すことがいまだに得意ではないだけなのだが。
もしかすると私の態度が、レメを嫌わせる理由の一端を担っていたのかもしれない。
……昔から、迷惑を掛けてばかりだなぁ。
一緒のパーティーになって恩を返す筈が、出来なかった。
「それが、コホッ、感情バリバリ剥き出しにしたんだ。あーぐそっ、いってぇ……。これぐらいは、どうってことねぇっつの」
「明らかにどうってことあるでしょう」
「うるせぇオレの心配をするんじゃねぇよクソマジメエルフ。鳥肌立つだろうが」
「なんて失礼な人。それとも、柄にもなく照れているのかしら」
「あぁん?」
「……君ら、懲りてないでしょ」
アルバとリリー、そしてラークは通常運転に戻った。
ベーラだけが「え……丸く収まってるのこれ?」と困惑している。
「アルバ、ラーク、リリー、そしてベーラ。私と君達、この五人で魔王城を完全攻略する。難攻不落の魔王城を落とせば、世界ランク一位への道はグッと近づくだろう」
全員を見回す。
「君達の力は、私が認めた。だから、二度とくだらないことを考えるな」
アルバが鼻を鳴らし、ラークが肩を竦め、リリーが頷き、ベーラは黙ってこちらを見た。
「私達の前に敗北はない。何故なら――」
親友の言葉を思い出す。
「勇者とは、最後に必ず勝つからだ」
自分の心に深く刻まれている言葉。
唯一憧れた勇者が幼い頃に、何度も見せてくれた戦いと勝利。
だからこそ、フェニクスは疑ったことがない。いや、絶対に嘘に出来ないと思っていた。
必ず勝つのが勇者だ。だから自分は負けてはならない。
「君達が私を一番の【勇者】にするというなら、私は君達を世界一の冒険者にしよう」
歩き出す。
「さぁ、ダンジョン攻略だ」
◇
「おかえりなさいませっ、ご主人さま~」
「……………………」
私は一瞬幻覚を疑った。
明らかにおかしな光景が目の前に広がっていたからだ。
私達は
魔王城の階層情報はほとんどない。
人類は第七層まで侵入したことがあるとなっているが、階層情報はフロアボスが変わるとリセットされる。
今の魔王城で明らかになっているのは第四層まで。私達以外の人類が到達出来たのは三層まで。
現代の第四層は私達の攻略によって世界に初めて知られたくらいだ。
先代の頃に何かあったのか、当代の魔王の配下は若い者中心になっている。
実力はなるほど魔王城に相応しいが、歴戦の猛者といった感じではなかった。
そして第五層。これまた情報の無い階層だ。
セーフルームの扉を開き、一歩踏み出した瞬間のことである。
何故か喫茶店のような場所に続いており、店内には美女が大勢いた。
それも、全員がメイドのような格好をしているのだ。
「さぁ、旦那様、お嬢様、お疲れでしょう? わたくし共が、身も心も癒やして差し上げますからね?」
「……なんだ、これは」
◇
「これはやりにくいだろうなぁ」
僕は映像室にいた。
巨大な画面は幾つにも分割され、一つ一つがダンジョン内に設置されたカメラの映像を映し出している。
今は第五層に入ってすぐの場所を画面に展開。
メイド服の女性達が、喫茶店に満ちている。
ちなみに五層の防衛に僕は関わっていない。
「さぁ、新生フェニクスパーティーの力を見せてくれよ」
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