第17話◇人狼、童女の境遇に慟哭する
マルコシアスさんの疑問は尤も。
彼はその場に屈み込み、カシュを見た。元が大柄なのでそれでも目線の高さが合うということはなかったが、どうしても見下ろす形になってしまう先程までよりは威圧感は減っただろう。
「挨拶が遅れてしまったな、オレはマルコシアス。この魔王城で第四層を任されている者だ」
僕の後ろに隠れていたカシュが、にゅっと顔を出して名乗り返す。
「か、カシュです……。れめ……さんぼーのひしょです」
「ほほう、秘書とな。なるほどレメゲトンは参謀だ。補佐の一人や二人はついてもおかしくない。が、カシュ。お前は若すぎるのではないか? あぁいや、否定するつもりはないぞ。ただ少し、気になってな」
マルコシアスさんはカシュを心配しているようだ。
カシュは僕を見て、ミラさんを見て、また僕を見た。
「カシュが嫌じゃなければ、言っていいんだよ」
僕の言葉に頷き、カシュがぽつぽつと語りだす。
それを聞いたマルコシアスさんは――男泣きした。
目頭を押さえ、くッ! と堪えるようにしながらも涙を流す。
「レメゲトン、貴殿はやはり漢だなッ! そしてカーミラ嬢も漢だなッ!」
「いえ私は女です」
「そういうことではないのだッ!」
ミラさんは冷静だが、褒められて悪い気はしないようだ。
「しかしそうなってくると、父親は何をしているのだ?」
母子家庭なのは聞いたが、プライベートなことに突っ込んで聞くことは躊躇われたのでしなかった。
マルコシアスさんは僕の魔力についても疑問を抱いたが、深く尋ねはしない気遣いも見せた。
ただそれでも、気になったことは訊いてしまうタチらしい。その上で答えにくそうならば追求はしないというところか。
カシュは少しだけ悲しげな顔になったが、躊躇いは見せなかった。
「宝くじを買いに行くといって……そのまま」
帰ってこなかったのか。
それが本当で、買いに行った先で何かしらの被害に遭ったなら家族にも伝わりそうなものだ。
最初から疑って掛かりたくはないが、見知らぬ父親かカシュならば僕はカシュの味方。彼女を悲しませている時点で良い悪いなら悪いし、もし妻子を捨てて逃げたのならば……見つけなければならないだろう。カシュにバレないようになんとかしよう。
万が一誰かに攫われたなら、助ければいい。どちらにしろ見つけねば。
と、他の二人も同じことを思ったらしい。
ただし、秘密裏にという考えはなかったようだ。
「そうか。ならばカシュ、父親の持ち物は何か家に残っているか?」
「え? いえ……その、自分のものは持っていってしまったようで」
宝くじじゃないなこれ。
「どんな小さなものでもいいぞ。奴の匂いが残っているものであれば、そこからオレ達が必ず見つけ出し――八つ裂きにしよう。二人もそれでいいな?」
八つ裂きはダメじゃないですか?
ダンジョンなら退場で済むけど、現実世界だとバラバラ死体が出来上がってしまう。
「いいえ、よくありません」
ミラさんが言う。
そうだよね。ミラさんならばそう言ってくれると思っていた。
「それよりも生きたまま広場に磔にし、彼の罪を記した板を配置しましょう。沢山の籠を用意し中には石を盛るのです。そうすればものの数時間で妻子を捨てたことから果てはこの世に生を受けたことまで後悔する筈です」
刑の種類が変わっただけだった。
「むぅ……しかし漢の風上にも置けぬ輩とはいえ、一方的に嬲るのはよくなかろう。正々堂々正面から挑み、ねじ伏せるが正道」
「罪人に必要なのは罪を理解し悔いる程の罰です。切り裂かれて死んだのでは何を後悔出来ましょう」
「ふむ……そうか。レメゲトンはどう思う?」
ここで僕に振るのか?
僕はだが、なんとか気づくことが出来た。ミラさんが少し笑っている。
冗談とは違うが、『そうしてやりたい程許せない奴だ』という話である、と判断。
マルコシアスさんからは本気度が感じられたが、さすがに実行には移すまい。
「そうですね、許せない思いはありますが……それはカシュが決めることかと」
僕が言うと、マルコシアスさんは大きく頷いた。
「おぉ、まったくその通りだな。よしカシュ、オレ達は味方だ。お前が望む形で、悪い奴にバチを与えようと思う」
「え、えぇと……」
カシュは困ったようにおろおろする。
「わ、わたしは……べつに、だいじょうぶ、です」
「何故だ?」
彼女は小さな指と指をむにむにと絡ませながら、頬を赤らめ、声を上擦らせながらも言った。
「お父さんがいなくなったのは悲しかったですけど……その、それがあったから、てんちょーのところで働けて…………レメさんに、あえたので」
ちらり、と僕を見上げるカシュ。
…………。
……………………ハッ。
あまりの健気さに心が耐えられず意識が一瞬飛んでしまった。
ミラさんは『分かる』とでも言いたげに頷き、マルコシアスさんは自分の膝を叩いた。
「なるほどなぁ! 確かにオレもレメゲトンを追い出したというパーティーに憤りを感じるが、そのことがあったから兄弟となれたことを考えれば、恨みも湧かん」
ある一つのことが辛かったり悲しかったり悔しかったりしても、その苦しみの先で自分が何かを選び、それによって得るものがある。
得たものが、自分にとって大切なものになった時。
ある一つの嫌な記憶は、大切なものへと至る道の途中だったことになり、自分を永遠に苦しめるものではなくなる。
事実は変わらない。捉え方が変わる。
カシュがそんなことを思っているとは知らなかったが、とても光栄に思った。
「ありがとうカシュ。僕もカシュに逢えたから、自分も頑張ろうって思えたよ」
思わず頭を撫でると、カシュは控えめにくっついてきた。
ミラさんが一瞬片頬を膨らませているように見えたが、瞬きの後には元に戻っていた。
「そうか。お前が納得しているならばオレ達が何かするべきではないな。だが困ったことであればいつでも頼るといい。まぁレメゲトンがいれば大抵の問題が片付こうが」
「買いかぶりですよ」
「いいえ、マルコシアスの言う通りです。レメさんは動ける【黒魔導士】ですから」
ダンジョン攻略では【黒魔導士】としての役目を果たし、そこから逸脱するような動きはしなかった。
ひったくりを捕まえたのはブリッツさんだ。
……ではミラさんは、僕が動けるという情報をどこで手に入れたのだろう。
僕の視線に気付いたミラさんが、にっこりと微笑む。
もしかすると、前にどこかで――?
「レメゲトン」
マルコシアスさんが立ち上がり、僕を見た。
「はい」
「オレはいつでも力を貸す。貴殿がどの階層の所属になり、どのように契約者以外の配下を得るかは分からんが、よければオレの兄弟も何人か使ってやってはくれまいか」
僕も全て聞かされているわけではなく、そもそも決まっていないことも多いようだ。
だが、このダンジョンはある問題を抱えていて、その解消の為にも雇われたのだとは理解している。
「そう、ですね。たとえば戦闘訓練などを見学させてもらうことは可能でしょうか?」
「おう! もちろんだとも! 後でスケジュールを届けさせよう。可憐な秘書殿にお渡しするよう言っておく」
仕事の話だと分かったカシュが、「おまかせくださいっ」と元気いっぱいに応える。
「この後はどうするのだ? 一緒に汗を流すか?」
いまだ走り込みを続けている【人狼】さん達に目をやりつつ、やんわりと断る。
「なるべく色んな方に逢っておこうと思ってます」
「そうか、そうだな! 次の機会にしよう! 体力なら負けんぞ!」
「楽しみです」
こう見えてあの師匠に鍛えられているのだ。いい勝負が出来るだろう。
第二運動場から去る時、マルコシアスさんが思い出したように言った。
「レメゲトン! 明後日は【炎の勇者】が五層を攻略するぞ! どうする?」
そう。その情報はもう公開されていた。
「……そうでしたね。新メンバーもいるので、その子含め動きをよく見ておくようにお願いします。再び戦う時はフェニクス達もマルコシアスさんの戦い方を知っている。こちら側も同じように相手の動きを理解しておくべきです。これは卑怯なことじゃあない」
「はっはっは! 分かっておるとも。まぁ漢同士出逢ったその瞬間の力で戦ってこそとも思うが、これはダンジョン防衛でオレ達は魔物だからな。矜持もいいが仕事もせねば」
プライドは忘れないが、柔軟な思考も持ち合わせている。
好感の持てる人だな、と思った。
「貴殿は出ないのか?」
「魔王様が言うには、今フェニクス達に僕をあてるつもりはないようです」
「そうか。魔王様がそう言うならば、考えがあるのだろう」
頼りになるフロアボスとは言え、仲間が二人では心許ない。担当する階層さえ決まっていないのだから、作戦も立てられない。
だが、僕は予想していた。
多分僕が任せられるのは、十層だ。
魔王様のいる十一層の、一つ上。
魔王軍最後の砦。
十層までを、フェニクスの奴ならば突破する。
おそらく、それまでに仲間を集め、魔物側の立ち回りを己のものにしろということ。
「それじゃあ、また」
「あぁ、いつでも来い。カシュもな!」
「はいっ、まるこ……し、あすっ、さんっ!」
ちょっと呼びにくかったらしい。
「カーミラ嬢もいつでも走りに来るといい」
「私は第一の方でやってるので」
「ふむ、そうか」
そうして僕らは第二運動場を後にした。
……【氷の勇者】を加えたフェニクスのパーティーが、魔王城攻略を続ける。
親友との激突の日はきっと、そう遠くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます