第19話◇恋情の悪魔、勇者パーティーを翻弄する

 



 一昨日。つまり参謀になると決めてから初めて出勤した日。 

 僕はマルコシアスさんの後にも、多くの魔物に挨拶をしようと出向いた。


 マルコシアスさんの時ほど好意的でスムーズとはいかなかったが、契約をしてくれる人もいたし、力を見せてくれと言う人も、働きぶりを見てから判断すると言った人もいた。

 どの人の意見も間違っていなくて、考え方の違いに過ぎない。僕は全て納得。


 ちなみに契約してくれたのは第一層のフロアボス・【地獄の番犬】ナベリウスさんと、その配下の【不可視の殺戮者】グラシャラボラスさんや、第二層のフロアボス・【死霊統べし勇将】キマリスさんとその副官である【闇疵の狩人】レラージェさんなどだ。


 この四人はマルコシアスさんと概ね同じ動機で、つまりはフェニクスパーティへの再戦が望み。

 基本的に魔物のダンジョンネームと共に『【】』で表現されるのは種族。ただしフロアボス相当の強さを持つとダンジョンが認定した場合は、個別の銘を与えられる。


 たとえばミラさんを魔物として表現するなら、単に【吸血鬼】か【吸血鬼】カーミラだけど、実際は【吸血鬼の女王】カーミラなどと言われることが多い。

 冒険者側としても強そうな敵の方が盛り上がるし、倒した時に箔がつくので魔物の銘は歓迎しており、配信動画でも積極的に触れる。


 【吸血鬼の女王】カーミラ撃破! 【人狼の首領】マルコシアス一刀のもとにたおれる! といった具合に。


 【勇者】を【炎の勇者】【氷の勇者】などと表現するのに似ているだろうか。

 とにかく銘でイメージを刺激するのだ。その点、希少な種族などは強さのイメージがつき辛いので、銘でどんな敵かを示す。


 僕にも銘が付けられる。今魔王様が考えてくれているところだ。

 さて、今フェニクス達とあたっている魔物は、銘を【恋情の悪魔】、ダンジョンネームをシトリーという。


 僕が初めて魔王城の会議室に招かれた時、唯一欠席していた四天王だ。

 彼女はネコ科を思わせる瞳と、ピンクの髪をしている。小柄で顔も小さく、見た目には十代前半の少女といった感じ。ツインテールに結われた髪も彼女を幼く見せていた。


 中々女性の魔物と僕を会わせようとしないミラさんだったが、シトリーさんには会わせてくれたし、会話中も特に介入してこなかった。

 シトリーさんは僕の参謀就任をあまりよく思っていないらしく、魔王様に最も近い地位が四天王から参謀に変わってしまったのを悔しがっていた。


 それだけ【魔王】ルーシーさんが慕われているということ。

 彼女は僕を見ると「可愛くない」と拗ねたように言って、配下のところに行ってしまった。

 まぁいきなり信用されることの方がおかしいのだ。


 全体で言えば順調過ぎるくらいに順調。

 僕の担当は、やはり十層だった。

 だが十層のフロアボスの他に、別の仕事も割り振られた。


 それは――っと、今は画面に集中しないと。

 僕はメイドに満ちた喫茶店を見る。

 彼女とその配下は、中々ダンジョン攻略では見かけない方法で冒険者を倒すのだ。


 ◇


 部屋に入った瞬間から、妙な感覚がしていた。

 それに、この甘い匂い。思考にモヤをかけ、難しいことが考えられなくなるような香り。


「えー、それ魔法剣ですかぁ? すご~い、初めて見た~。触ってみてもいいですか?」


 一人のメイドがアルバに近づく。

 普段ならば敵の接近をそう易易と許すアルバではないが、どういうわけか警戒は無し。


「あ? ……あ、あぁ。構わねぇよ?」


 何を馬鹿な――いや、『魅了』か!?

 よく見れば、メイド全員が側頭部から上向きの角を生やしているし、腰近くから蝙蝠のような翼が生えているし、先端が鏃のような形状をしている尻尾が生えている。


 強く意識しなければ、それらが印象に残らない。

 『魅了』はサキュバスやインキュバス……【夢魔】が持つとされる魔法だ。

 

 非常に厄介ではあるが、現代ではそもそも【夢魔】がダンジョンに現れることはほとんどない。

 『ネタダンジョン』などと言われる極端な雇用や構造で注目を集めるダンジョンで見かけることがあるようだが、普通はない。


 理由は幾つがあるが、要するに全年齢向けではないのだ。

 世間が求めるのはドキドキとワクワクと爽快感だ。戦いの熱量を求める者や、恐ろしい魔物を好む者もいるが、分かりやすく格好良くが基本。


 『魅了』は分かりやすく格好悪い姿を晒してしまうし、画面の向こうには『魅了』が届かないので視聴者を置き去りにしてしまうし、敵の攻撃による画面の変化が勇者パーティーの発情しかないので見るに堪えないし、何より一般的に想像される『魔物との戦い』とは掛け離れてしまう。


 彼女達は顔を隠すことを好まない。その美しい顔貌が晒されていては、種族的特徴があろうともどうしても『美女を攻撃する勇者達』という構図になってしまうのだ。

 以上の理由から需要が無く、ダンジョン側も【夢魔】を雇うことは少なくなっていった。


 だが、それは実際に出てくれば強敵ということ。

 【戦士】は攻撃力と機動力がウリだが、その分魔法耐性が低い。

 パーティー内で真っ先にアルバが『魅了』されてしまうのも無理は無かった。


 ――まずいな、このパーティーには【白魔導士】がいない。


 広い店内を埋め尽くす程の美女、放たれる『魅了』。

 見た目には美女の集団が微笑みながら近づいているだけだが、窮地だった。


 私とベーラは【勇者】である為抵抗レジスト出来るが、それでもクるものがある。心を強く持たねば、攻略中など関係なしに誘いに乗ってしまいそうだ。

 【勇者】でこれなのだから、それ以外の【役職ジョブ】は抗えないだろう。


 ラークは盾を落としかけているし、リリーは弓を構えもしない。

 戦闘能力とは別のところでの戦い。

 更に【夢魔】は、現代のダンジョン防衛において有利な存在でもある。


 私達は全員、魔力体アバターで攻略と防衛を行う。

 魔力体アバターは魔力で出来ている。

 そして【夢魔】が支配下に置いた人間から吸う生気や精気とは、魔力のことを指す。


 人間状態なら体内魔力をゆっくり吸われるだけだが。

 全身が魔力で出来ている魔力体アバター吸収ドレインされると、体そのものが崩れて行ってしまう。


「こ、これ……は、てれびで、あはは……つかえる、かな」 


 ラークはまだなんとかダンジョン攻略への意識が残っているようだ。

 確かに局はこれを喜ばないだろう。後で魔王城へ抗議するかもしれない。だが内容の明かされていない層への攻略を決めたのは自分達。


 入った以上は勝利を目指すべきで、視聴者への受けなどは一旦置いておく。

 さすがは魔王城の魔物というべきか、遠距離からの吸収ドレインが出来るようだ。


 直接接触よりも効率は落ちるようだが、いかんせん数が多い。

 庇うことも出来ないので、速やかに敵を全て退場させるのが最適か。


「……あ、フェニクスさん。私に任せてください。ちょうど、新人としてアピールするタイミング欲しかったので」


 私と同じく【勇者】であるベーラが進み出た。

 許可するように頷いた、その瞬間。


「え」「きゃ」「な――」と小さな悲鳴が幾つも上がる。


 そして、すぐに全ての敵が氷柱の中に閉じ込められた。


「……大した展開力だ」


 広い店内を埋め尽くすようにしていたメイド達が一体ずつ、時に数体まとめて氷結された。

 他の三人はまだ魅了の余韻が残っているのか、ぼうっとしている。


 じきに元に戻るだろう。大きく体の崩れている者はいないが、脆くはなっている筈だ。

 この先のダメージには気をつけた方がいいだろう。


「一つずつに込める魔力を少なくしているんです。そうすると、威力は下がりますが展開が早くなって、数も用意出来る」


 十三歳ということは、【役職ジョブ】を得てから三年。

 大体三年で冒険者育成機関の課程を卒えることが出来るから、ほとんど出たて。

 まだ魔力操作に甘いところはあるが、将来有望な【勇者】と言えた。


「前回の【黒魔導士】さんがどれだけ優秀だったかは分かりませんが、私の方が分かりやすく役に立ってみせます。それが求められているのでしょうから。顔面的に美女じゃないのは、実力で補う感じでいければと」


 【黒魔導士】を追い出し【勇者】を入れる。理由は誰でも分かるというもの。

 戦力強化と人気とり。


 意外だったのは、レメが無能故に追い出されたと決めつけていないこと。

 視線でフェニクスの言いたいことが分かったのか、ベーラは自嘲するように笑う。

 そして彼女は口を開いた。


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