第20話◇氷の勇者は何かに感づく。そして……?
【黒魔導士】は冒険者業界でとにかく冷遇されている。
それが不当な扱いならば正義の為に立ち上がる者もいるだろうが、残念ながら多くの場合において不当とはいえない。
現代の冒険者の仕組みに、【黒魔導士】は適していないのだ。
そんな中、ベーラはレメを無能と断定しなかった。
「多分、私が他の三人より冷めてるからですよ。貴方が本当に親友贔屓なだけなら、最終的にでも脱退を認めたでしょうか……? アルバさんを追い出す方が自然です。ほんとに親友最優先なら。でもリーダーは公平だから、好き嫌いでチームメンバーを選ばなかった。そんな人が認めているなら、世間が言うほど無能ではないのでしょう」
ですが、とベーラは続けた。
「もし四位に相応しい【黒魔導士】だったなら、実力を隠してた理由が分かりません。まさか悪魔に魂でも売って、黒魔術や古の邪法を修めていたわけでもないでしょうし」
ベーラは自分で馬鹿げたことを言っている自覚があるのか、半笑いだった。
私は呆れではなく半分当たっていることに表情を歪めたのだが、ベーラはそこには気づかなかったようだ。
魂は売ってない。師事し、鍛えられた。
「なんて、冗談です。だとしたら冒険者以前に、国に脅威認定されてしまいますもんね。ほら、ここの有名な先々代? も確か疑惑を掛けられて行方をくらませたじゃないですか。黒魔術使えるとしても、冒険者なんて能力露見のリスク満点な仕事選ばないでしょうしね。……私も可能なら、人気商売はしたくないですし」
ベーラは憧れからではなく、稼ぎで冒険者をやっているようだ。
私と同じように、『精霊の祠』で妙な精霊に気に入られるようなことを言ってしまったから【氷の勇者】になったのかもしれない。
「黒魔術でもない限り、秘密にすることなんてないんだから言ってしまえばいいのに。とか、何も知らない新人は思ってしまうわけですけど」
黒魔術だから秘密にしていたのだ、とは言えない。
一瞬探るような視線を向けるベーラだったが、私が何も言わないでいるとすぐに引いた。
「それにしても、ここ放送に使われますかね?」
生放送は滅多にない。基本的には局が映像を買い取り、視聴者に受けそうな編集をして放送する。この攻略に無関係な会話もカットされるだろう。
追放された【黒魔導士】への会話というと気にする人間もいそうだが、ベーラは否定派ではなく、実力に関してはあったものとして考えてくれている。
テレビ的には面白くない会話だろう。
「全カットとかしないでいただけると……私としてはなるべく早くフェニクスパーティーの一員として認めてもらいたいので」
フェニクスパーティーのメンバー補充は世界中で話題になった。
精霊と契約している特別な【勇者】であるベーラが見つかった為にすぐに募集を打ち切ったが、まだ納得出来ていない者も多い。連日我こそはという冒険者が誰かしらに声を掛けてくるのだ。
「この五人で魔王城を攻略すると言っただろう?」
「それでも価値は示さないと。ここは実力主義のようなので」
二人の話はそこで終わる。
三人がなんとか回復したからだ。
「あー……クソッ。二日酔いみてぇな気分だ」
「……自分が情けないです。フェニクス、ベーラ、申し訳ありません」
「……悪夢だねこれ。あのー、僕らの醜態はいい具合に短めに編集して、ベーラの氷結ぶっぱを前面に押し出すようにしようよ。正直見られたくないけど、【夢魔】なんて滅多にいないし注目はされると思う」
「……でもラーク先輩は先程、テレビで使えるかな? と」
「珍しい魔物、苦戦する勇者パーティー、だが期待の新メンバーによって窮地を脱する――ってのがいいんじゃないか。僕らの恥ずかしいところは、テレビがフォローしてくれるさ」
三人が
損なわれた魔力を一時的に補充するアイテムで、一回限りの消耗品。これで補充した魔力はダメージ以外にも一定時間ごとに抜けていくので、回復薬ではない。
一回の攻略で使用出来るのは一人一回まで。ただし二層以上を同日に連続で攻略する場合は一階層一つまでとなる。
それとは別に、セーフルームまでたどり着けたらそこで一人一つまで購入可能。
ただし修復薬は高価であることや、視聴者のウケがよくないことから冒険者に好まれない。
それでも今この状況では必要だった。
「『難攻不落の魔王城』か。これあれだな、一応は魔族の本拠地って『設定』だからよ、それに沿って最悪魔物全部盛りなんじゃねぇか」
「確かに一層から珍しい魔物がいましたね。さすがに全種族は揃えられないでしょうが、有名な種は揃えているかもしれません」
「パーティーは五人だから、【白魔導士】がいない場合【勇者】以外を酷く消耗させる【夢魔】って脅威だよね。普通出すなよって思うけど……魔王城くらいになると一周回ってアリかもしれない。そのあたりは、最初に攻略するパーティーとして割り切らないと」
最初以降の者ならば対策を練って攻略に臨めるが、フェニクス達はぶっつけ本番。一度負ければ一層からやり直しで再挑戦可能だが、負けるつもりはない。
「問題はこの層が【夢魔】だらけだと、僕ら三人が役立たずになることなんだけど」
「矢……矢を放ちます。その、『魅了』の効果範囲外から攻撃出来ればですが」
「んならオレだって魔法剣使うっつの。ごちゃごちゃしたこんな空間が続くんじゃあどうしようもねぇ。突破力のあるパーティーを崩す為の空間と配置だろこれ」
三人の言葉を聞き、フェニクスは決断する。
「私とベーラが先行する」
「あ、じゃあ私が先頭に立ちます。フェニクスさんはご指示を」
魔王城でも魔法が上手く決まったことで自信がついたのか、ベーラの声には心なし張りがあった。
「では、任せよう」
「はい」
彼女が氷柱を避けながら進んでいく。
閉じ込められた【夢魔】は氷魔法のダメージからほとんどが退場しており、そうでないものもじきにそうなるだろう。
彼女が、垂れ幕で隠されていた次の空間への扉を見つけ――絶句した。
「どうした?」
訊くが、答えは得られなかった。
だがすぐにベーラが何を言いたかったか理解することになる。
「ダメでしょ~。氷漬けだからってさ、退場してない敵の近くで他に目を向けるなんて」
氷漬けになっていた内の一体、ピンクの髪をした少女が氷柱を砕き脱出、一瞬の隙を衝いてベーラの胸を腕で貫いていた。
魔力の粒子がきらきらと舞い、致死レベルのダメージを負ったベーラの体が崩れていく。
「あ……」
ベーラが私を見た。ごめんなさい、と言おうとしたのか。途中で彼女が完全に消えた。
退場だ。
死ぬわけではないが、今回の第五層攻略には戻ってこられない。
ベーラは最後の力を振り絞って、垂れ幕を思い切り引っ張り、外していた。
落ちる幕、露わになる扉。
その扉には、階層間のセーフルームに繋がるものにだけ描かれる、ダンジョンの紋章が描かれていた。
つまりここは、入ってすぐがフロアボス戦の階層だったのだ。
【夢魔】の中に、フロアボスが隠れていたのだ。
そして、それはおそらくピンク髪の少女だろう。
油断しており、経験の浅い新人とはいえ【勇者】を一撃で退場させる腕前の持ち主。
彼女が息を深く吸う。すると散ったベーラの魔力が、彼女の口内に飲み込まれていった。
――
まだ退場していなかった他の【夢魔】達も続々と氷柱を砕いて出てくる。
数は七と相当減ってはいるが、再び仲間に『魅了』を掛けられるのは厄介だ。
「ちょっとびっくりしたけど、さすがにあの早さでみんな凍らせるには、魔法威力を下げる必要があったみたいだね」
「いきなりフロアボスと戦うことになるとは」
「君、フロアボスは一撃で倒すんでしょ? 氷の子が何もしなかったら、君が炎を使ってたよね。そうしたら、君の気取ったやり方が失敗に終わったのになぁ」
「その時は、貴方ごと一撃で焼き払うことになっただろう」
「……可愛くない子だね」
「【勇者】は格好いい存在でなければならない」
「君、嫌い」
「私は貴方を好ましく思う。勝利の為に策を講じ、難敵を最小の労力で退場させる。【勇者】以外の戦力も削いだ。実に優秀な魔物だ」
「その割には、君達は真っ直ぐなやり方ばかりじゃん」
「そういう【勇者】に、人々は憧れる」
聖剣――精霊が宿ったことで普通の剣が聖剣になった――を鞘から抜く。
これがフロアボス戦ならば、仲間の消耗に気を遣う理由も無い。
「あぁ、クソッ!」
アルバが魔法剣を伸ばさず、単なる剣として振るう。近付こうとしていた【夢魔】が大きく引いた。ラークは盾で敵を弾き、リリーは弓ではなく鉈で応戦。
数が大幅に減ったことで『魅了』にも多少耐えられるようになったのだ。
彼らも、自分の為すべきことは分かっているだろう。
「私達の戦いに敗北はない」
剣から噴き上がる魔力を見て、少女は顔を引き攣らせた。
戦意は消えない。
――素晴らしい。
「でも、一人減った。魔王サマにたどり着けるなんて思わないで」
「【炎の勇者】フェニクス、貴方を倒して先へ進む者だ」
「……【恋情の悪魔】シトリー……君、ほんと大っきらい」
豪炎を纏った聖剣を手に、私はシトリーへと突き進む。
その日、私達は第五層を攻略。
可能な限り早く、第六層へと攻略を進めることに決定した。
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