第173話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域6/到達

 



 ダンジョン攻略。

 これは娯楽。でも、単なる娯楽とは違う、と僕は思う。

 いや、僕にとってはそうじゃない、というべきか。


 僕とフェニクスの育った村はド田舎。

 ドの数で田舎度が増すなら、ドドド田舎くらいの地域だ。

 子供の遊び場は山。住んでる人、みんな知り合いなくらいの規模。


 師匠は正確には村に住んでいたわけではないので除外されるが、仲が悪いから避けるというのも難しいくらいの狭い世界だった。

 だからこそ、当時フェニクスをいじめていた奴らとの喧嘩も絶えなかったわけだけど、どんな険悪な人達でも一緒になって楽しめるものが、一つだけあった。


 それが、ダンジョン攻略。

 映像板テレビが村に一台しかない関係で、必然的に一つの家に集まる形になる。

 始まる前にどんな諍いがあっても、始まればみんな、画面に夢中になる。


 老若男女問わず、互いの関係さえも忘れて、冒険者がダンジョンを攻略出来るのかだけに一喜一憂する。

 あの時間が、僕は好きだった。

 世代を越え、人を惹き付けてしまう娯楽なのだ。


 僕が勇者に憧れる子供だった時、既に彼は一線級の冒険者だった。

 そう思うと、不思議だ。


「やぁ」


 生ける伝説、憧れの勇者と戦う時がくるなんて。


「来たか」


 友達にでも挨拶するみたいに手を上げてやってきたのは、【嵐の勇者】エアリアル。

 僕の控える最終エリアは、フェニクスパーティーを迎え入れた時と同じ。


 長く暗い通路の先に、階段がある。そこには石製の椅子があり、その背後に最深部へと続く扉がある。正確にはセーフルームだが、魔王軍参謀を倒せば魔王と戦うことが出来るというわけだ。


「その椅子にはフェニクスの時にも腰掛けていたね。では、ここが最終エリアということだろうか」


「いかにも。そして、貴様の退場するエリアでもある」


 彼は、ニヤりと笑う。好戦的で、喜ばしいことでも起こったみたいな笑み。


「嬉しいね。最近では、そういうセリフは中々聞けないものだから」


 それもそうだろう。世界一位を捕まえて、お前を倒すと言い切れる者は少ない。

 だが僕は魔王城参謀。第十層フロアボス。魔王様へと続く扉を守護する者。

 相手が誰であっても、ここより後ろには通すわけにはいかない。


「だが、貴殿と戦う前の障害がまだあるようだ」


 彼の視線は僕の横に向いていた。

 僕の近くには二人の人物がいる。


 一人は傍らに控える【牛人】の【黒魔導士】。

 参謀直属の三体が一、【黒き探索者】フォラス。

 剣と盾を装備した彼は騎士職っぽい雰囲気だが、得意なのは黒魔法。それも僕と同じ鍛え方に自力で辿り着いた努力の人。


 もう一人は、椅子の手すりに腰掛ける美しき人間の女性。

 銀灰の長髪に、自信に満ちた同色の瞳。

 ランク九十五位【絶世の勇者】エリー。


 彼女はまさに今、魔法で空から下りてきて、ここに座った。


「あら、さすがは第一位というところかしら。驚かないのね」


「驚いているよ、エリー嬢。それ以上に楽しいのだ。私の知っている魔王城とは違うが、実に面白い。勇者パーティーまで仲間にしてしまうとは」


「同盟を結んだの、今回限りのね」


「一応、訊ねるべきだろうか。何故、魔物側に与する?」


「アナタがここにいるのと同じよ、おじさま?」


 僕の職員募集に設けられた条件は一つ。

 勇者を倒す気概のある者。


 エリーさんはそれを見て応募したと言っていた。

 エアリアルさんは求めていた。自分と渡り合えるような強者との戦いを。

 二人の望みは、同質。

 満足のゆく戦いだ。



「そうか。それは明快だ」


 エアリアルさんの周囲で風が巻き起こる。


「先に楽しませてもらうわよ、レン」


「あぁ」


 彼女が風魔法で移動すると、物陰から彼女の仲間である四人が出てくる。

 二人が【黒魔導士】、二人が【白魔導師】という変則的な構成のパーティー。


 それでありながらイロモノで終わらない確かな実力を有し、数万組いるパーティーの中で上位百パーティーに食い込む冒険者。

 最終エリアに最初からいるのはエリーパーティーの五人と、僕と三体の配下。計九人。

 だけではない。


「我々も手を貸そう」


 重装備のオークが進み出る。

 『初級・始まりのダンジョン』、そのダンジョンボスである【寛大なる賢君】ロノウェだ。


 彼の横には【馬人】の射手【零騎なる弓兵】オロバスがおり、周囲には同ダンジョンの魔物であるゴブリン、コボルド、オークが群れをなしている。

 今回のレイド戦に際し、派遣、、されてきた魔物達だ。


 過去、僕とフルカスさんがやったのと逆。

 魔王城から送り出すのではなく、魔王城に送り出された戦力。


 『初級・始まりのダンジョン』という名前ではあるが、今は『全レベル対応』のダンジョンでもある。

 その実力は、エリーさん達と同じくランク九十位台のニコラパーティーを撃退するほど。


「おや……貴殿らは確か」


 エアリアルさんは、トールさん改めロノウェさん達にも見覚えがあるようだ。

 ニコラパーティーの件で映像板テレビに取り上げられることも多かったので、おかしくはない。


「レメゲトン殿の敵は我々の敵でもある! 第一位だからといって怯むことはない! この場はレメゲトン殿の戦場! 故に勝利は約束されている! そうだろう!」


 ロノウェさんの叫びに、配下達が呼応した。

 トールさん時の自信なさげな態度とは異なり、ダンジョンボスの風格を備えている。

 彼はニコラさんの兄である【金剛の勇者】フィリップさんとの殴り合いに耐えられる肉体を持つ、強いダンジョンボスだ。


 更に――。


「ハンサムなおじさまだからといってハシャいではいけませんよ~?」


 無数のアルラウネを従えるのは、ユニコーンの血を継ぐ【一角詩人】アムドゥシアス。


 【調教師】持ちであり、馬人と人間どちらの姿にもなれる女性。螺旋状の一本角を有し、薄紫の髪は肩まで。戦闘系の適性も持っているようで、【調教師】でありながら戦闘も得意とする。

 扱いの難しい植物系の亜獣と心を通わせ、自身も高い機動力を誇る魔物だ。


「【嵐の勇者】よ、貴様は言っていたな」


 僕が話している最中にも、戦いは進む。

 真正面から斬り掛かったエリーさんの聖剣を、エアリアルさんが同じく聖剣で受け止める。


「……これは」


「あら、反応が遅いわね。何かあった?」


 防ぎはしたが、その動きは僅かに遅くなっていたのだ。


 エリーパーティーの二人、始まりのダンジョンの【黒魔導士】、フォラス。

 そして、僕。

 全員の黒魔法が、【嵐の勇者】に襲いかかっていた。


 その大部分は抵抗レジストされているが、彼の想定以上の黒魔法が瞬間的に叩き込まれたことで通ったものもある。

 彼にしてみれば、そちらに魔力と意識を割き過ぎるわけにはいかない。攻撃面が疎かになってしまう。


 抵抗レジストは魔力を放出して身に纏うことで、他者の魔力の影響から逃れる術だ。

 体外に放出されたただの魔力はすぐに霧散してしまうので、維持には大量の魔力が必要。


 だが、エアリアルさんはここまでも大胆に魔力を使い続けていた。

 普段は上手く調整して立ち回っているが、今回は魔力消費を無視して僕を追った。

 それは僕を苦しめもしたが、経験を重ねた今の彼が得意とする安定した戦いから遠ざかる行為でもある。


「どうだ? 我々の黒魔法は」


 エリーさんと風刃の攻防を繰り広げる彼に、僕の声はしっかりと届いているようだった。


「……あぁ、素晴らしいよ」


 彼はすぐさま抵抗レジストの方向性を調整。

 以前フェニクスがやったのと同じ。戦闘続行の邪魔となるものを優先的に弾き、防御力低下などの機動力を下げないものについては受け入れることで負担を低減。


 【黒魔導士】の幼馴染を持つフェニクスは別だが、普通に出来ることではない。

 黒魔法を選別する能力が必要だが、エアリアルさんほどの人物なら身につけていても不思議ではない、か。


「次は貴殿の角を見られるよう、頑張るとしよう」


 【嵐の勇者】の魔力が膨れ上がる。

 彼一人でも脅威。

 だが、敵は彼だけではないようだった。


 新たに、最終エリアに到達する者がいた。

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