第206話◇夢




「……俺が一人で行くつもりだったんだが」


「お前が行くと言うなら、そこには私もいるのさ」


 エクスさんとアーサーさんは幼馴染。【役職ジョブ】判明前から仲が良かったのだという。

 生身での戦いだろうと、片方だけに行かせはしないということか。


「精霊はよほど私達に逢いたいらしいな。招待までされちゃあ、行くしかなかろう」


 マーリンさんも行くようだ。


「僕も行きます。村のみんなを、早く安心させてあげたい」


「無論、私も行きます」


「自分も行く」


「じゃあシトリーも行こっかな。留守番ヤダし」


 メンバーは決まった。

 【漆黒の勇者】エクス、【騎士王】アーサー、【先見の魔法使い】マーリン、【黒魔導士】レメ、【操血師そうけつし】のミラ、【刈除騎士】フルカス、【恋情の悪魔】シトリー。


 僕とミラさんにはそれぞれ【隻角の闇魔道士】レメゲトン、【吸血鬼の女王】カーミラという別の名もある。


「……お止めしても無駄、なのですね。私は責任者として残らねばなりません。……皆様、どうかお気をつけて」


 マルさんの許可を得て、僕らは出発する。


「レメさん!」


 ヨスくんだった。


「……その……僕も……」


 彼の気持ちは、嬉しい。これは本当。


「村人のことは聞いたかな」


「は、はい」


「僕らで必ず連れ帰るから、ヨスくんにはその人達を診てほしいんだ。頼めるかい?」


「! ……っ。はい! 【白魔導士】や医者の皆さんと相談して、帰還を待ちます!」


「ありがとう」


 今度こそ、僕らは転移用記録石でセーフルームへ転移。

 増えた入り口を使わなかったのは、確実性の問題だ。


 生身でダンジョンに挑戦することによる緊張は、想定以上にあった。

 それでも、立ち止まりはしない。

 全員で第五層に繋がる扉まで進んでいく。


 エクスさんが扉に触れると、ひとりでに開いていく。

 向こう側は真っ暗で、よく見えない。


「注意して進もう」


 一同を見回し、エクスさんが言った。


 僕らは一歩踏み出し、そして――。


 ◇


「れ、レメ……」


 袖をくいっと引かれた。

 そこには気遣うようにこちらを見る、フェニクスの顔があった。


 昼。

 森。

 沢山の同年代と、列になってぞろぞろ歩いている。


「ん? あ、あぁ。ぼうっとしてた」


「そ、っか……」


 親友は、笑おうとして失敗したみたいな顔をする。


「なんだよフェニクス、緊張してるのか?」


 その年に十歳になる子供を、年に一回集めて行う儀式があった。

 地域ごとに、最寄りの神殿へ連れて行かれるのだ。


「う、うん……。レメは、楽しそうだね」


 儀式なんていっても、村の大人の引率で、世界中にある神殿の一つに行くだけ。

 とはいえ、緊張はしていた。


 それ以上に、わくわくしている。

 今日、【役職ジョブ】が判明するのだ。


「フェニちゃんは【泣き虫】にでもなるんじゃね? 既にそうか! アハハ!」


 三馬鹿の一人がそんなことを言うので、は尻を蹴飛ばしてやった。


「じゃあお前は【愚者】だな。おろかもの、って意味分かるか?」


「てめぇ……レメこの野郎、お前が【勇者】じゃなかったらみんなで笑ってやるからな!」


「俺は絶対勇者になるんだよ」


「無理無理!」「落とし穴使って戦う【勇者】がいるかよ!」「喧嘩も別に強くねぇしなぁ?」


「その落とし穴使う強くねぇやつに毎度泣かされてるやつらがいた気がするなぁ。誰だっけ?」


「ちっ」「けっ」「くっ」


 三馬鹿に関っていても楽しいことなんてないので、無視することにする。


「レメは、さ……【勇者】になったら、村を出るの、かな」


 フェニクスが不安そうな顔で、そんなことを言う。

 まるで映像板テレビに出てくるような美少年なのだが、とにかく気が弱い。


 家が隣という縁で友達になったのだが、いつもひよこみたいに俺の後ろを付いてくる。

 人付き合いが苦手なようで、俺から言わないと他の友だちとの遊びに加わろうともしない。

 最初はちょっと変なやつだと思ったが、遊んでいる内に分かった。


 こいつは、適当に流すということが出来ないのだ。なんとなくやる、ということが出来ない。

 しっかり考え、ちゃんと答えを出してからでないと喋れないし、動けない。

 それがこいつの個性なんだろう。


 言葉は待てばいいし、考えもそうだ。困っているようなら一緒に考えればいい。

 それが友達ってやつだ。


 なにより、フェニクスは良いやつなのだ。

 なのに、合わないからと突っかかってくる三馬鹿のようなやつが多くて困る。


「もちろんだろ? 育成機関スクールのある街まで行くよ」


「そ、そっ、か……」


 それだけでフェニクスは泣き出しそうな顔になってしまう。

 確かに、この親友を置いていくことに不安がないではないのだが。


「冒険者向きの【役職ジョブ】だったらさ、一緒にパーティー組むか?」


「ぼ、僕が? ……む、無理だよ。戦うなんて、出来ないし。そ、それに……」


「興味もないし?」


「…………ごめん」


「なんで謝るんだよ。別にいいさ」


「お……応援、するよ。君が、最高の勇者になれるよう」


「あはは、やっぱお前良いやつだな」


 神殿と言っても、うちの村の近くにあるのは廃墟だった。

 折れた円柱や元の形が分からない岩なんかが転がっている。


 一つだけ、神像だけが手入れされていた。

 あとは一人ずつ神像の前に行って、目を瞑るだけ。

 そうすると、神様が【役職ジョブ】を教えてくれるのだ。


 儀式は世界中でやってる筈だけど、神様って一度に色んな場所で喋れるのかな。神様だから出来るとか? よくわかんないけど、すげー。


「さぁ、誰からやる?」


 村長代理の引率役のおじさんが言う。

 俺は勢いよく手を上げた。


「はいはいはい! 俺がやるよ!」


「おっ、レメか。よぉし、行って来い」


 走り出した俺は、神像の手前で一瞬、立ち止まった。


 違和感。


 まるで、この後何が起こるか、、、、、、、、、知っているかのような、、、、、、、、、、


「どうしたレメ、ビビったか?」


「有り得ないから!」


 俺はおじさんにそう言い返して、目を瞑った。

 頭の中で、【役職ジョブ】が知らされる。



 ――【勇者、、】。



 違和感。


「どうだったレメ! 【勇者】にはなれたかよ」「どうせ【木こり】とかだろ!」「【黒魔導士】だったりして! 黒魔法~、つって。あはは!」


 なんでだ。

 なんで。

 なんで、どうしてだろう。分からないんだ。


 俺は、憧れの【勇者】になれたんだぞ。

 なのになんで違う、、なんて、そんな妙な考えが胸の内をぐるぐる巡っているんだ?


「レメ……?」


 フェニクスの声。


「俺……【勇者】になった」


 違和感を押し殺し、そう口にする。

 みんな、驚いた。


 三馬鹿は口をあんぐり開け、おじさんは「おぉ!」と喜び、友達はみんな祝福してくれた。


「……おめでとう、レメ」


「なんでお前が泣くんだよ」


 ぽろぽろと涙を流し、それを袖で拭う親友に、俺は笑いかける。


「良かった、と、思って。君は、勇者に相応しいと思う、から」


「そっか……ありがとな」


 そうだ。

 親友が、別れを知りながら喜んでくれているのだ。


 何が違和感。

 きっとまだ実感出来ていないだけなのだろう。


「俺は最強のパーティーを作って、世界一位になる!」


 改めて、俺は宣言した。



『戦いに強いやつは幾らでもいる。こっちが見たいのは、戦いに強くて、心も強いやつ。理想の世界を与えられても、辛く苦しい現実に戻って生き抜こうとするやつ』



「フェニクス、なんか言ったか?」


 何か、ぼそぼそと言っているのが聞こえた気がする。

 障害物越しみたいに、くぐもった声。


「……?」


 フェニクスは首を横に振った。涙の粒が散り、光を反射しながら地面に落ちる。



『……驚いた。まだ現実に心を残してるのか。ちょっと面白いね。君が完全に夢に染まった時、試練は失敗。永遠の理想を上げるよ。ずっと眠ってるといい。でも、一人でも自力で現実に戻れたなら――脱落者全員を目覚めさせて、願いも叶えてあげるとも』


 

 また聞こえた。なんか、さっきより聞こえ辛くなった。


「げっ、【木こり】!?」


 三馬鹿の一人の叫び声。

 俺の意識は謎の幻聴的な何かよりも、そいつの【役職ジョブ】に向いた。


 とにかく、俺は【勇者】になった。なれたのだ。

 これから頼れる仲間を集めて、みんなで勝ちまくって、世界中を沸かせ、世界ランキングを駆け上がる。


 こんなに嬉しいことはない。

 これから俺には、最高の人生が待っている。


 なのに、なんでなんだ。


 何かを訴えかけるように、胸が痛むのは。

 【勇者】は自分じゃなく、目の前の親友に相応しいなんて、そんな思いが消えないのは。

 まったく、意味が分からない。



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