第205話◇撤退禁止




 セーフルーム仮設中、手持ち無沙汰な僕はその様子を眺めていた。

 そんな僕の横に、エクスさんがやってくる。


「今日も見事な采配だったね、レメ」


「……ありがとうございます。でも、マーリンさんもエクスさんも、どうして僕に?」


 エクスさんの指揮能力にも、マーリンさんの魔法にも不安はない。

 でも二人共、自分がそれを出来る場面で僕に機会を与えることが多いように思えたのだ。


「マーリンのやつは、単に君の魔法が見たいんだろうさ」


「なる、ほど。確かに僕も生でマーリンさんの魔法を見られて、とても勉強になってます」


 魔力の制御や運用、魔力を杖に流して使う時の立ち回りなど、攻撃魔法を真似出来なくても学べることが多い。

 マーリンさんの側も、僕の黒魔法を見て得るものがあったなら嬉しい。


「俺の場合は……少し、戦いだけに専念してみたかったのかもしれない」


 エクスさんの声色が、僅かに暗いものに変わる。


「……【勇者】がリーダーを兼ねるのが通例ですけど、負担も大きいですもんね」


 全体の状況を把握し、適宜指示を出しながら、自分も全力で戦う。

 【勇者】とリーダーを兼任することの難しさは、分かる気がした。


 黒魔法のサポート単体と、サポートに加え戦闘もこなすのでは、難度が変わってくる。それと同じだろう。


「そうだね。指示を人に任せてみて、かなり楽になるのが分かったよ。まぁその分の負担を君に背負わせてしまったわけだが」


「あはは。このメンバーの戦いを特等席で見れたことを思えば、安いものです」


「君は前向きだな」


 エクスさんは、どこか遠い目をして言った。

 僕は、マーリンさんとの会話を思い出していた。

 少し考え、口を開く。


「後ろを見るのが怖いだけかもしれません」


 ネガティブな表現を意外に思ったのか、彼の視線が僕に向く。


「……振り返れば、何があると思う?」


 想像してみる。


「崖っぷち、でしょうか。進み続けないと、どんどん足場が崩れていくんです」


 冒険者は人気商売。それに付きまとう恐怖は、スポーツ選手と似ているかもしれない。

 業界で大活躍して大金を稼いでも、それは人の一生から見ればとても短い期間でしかない。


 若く才能のある人間はドンドン出てくる。それと張り合って業界に残れるのは、一部の者だけ。

 業界に居場所が無くなった後、どれだけの人間が上手にその後の人生を歩んでいけるだろう。


「あぁ、それは怖いな。落下しないように、走り続けるしかない」


「えぇ、前を向いて」


 魔物だからといって安心は出来ない。


 かつてのミラさんのように、優秀でも上司の判断一つで冷遇されることはある。

 『初級・始まりのダンジョン』のように経営難で職を失いかけることだって。

 当然、実力不足と判断されればダンジョンをクビになるだろう。


 僕らは目的を果たす為、消えてしまわない為、全力で走り続ける以外に無いのだ。


「いつか、安住の地に辿り着けるだろうか」


「少なくとも、目指す場所は決まってます」


 僕は、魔物の勇者。

 冒険者達は、ランク一位。

 一位の後には、世界最強への挑戦か。

 やることはいくらでもある。


「……だな」


 気づけば、ちらちらとみんなの意識がこちらに向いていた。

 ……多分だけど、僕の黒魔法についてだろう。


「これは独り言だが」


 エクスさんが顎を撫でながら、そう前置きした。

 彼も、みんなの視線に気づいたのだろう。


「フェニクスパーティー時代のレメの方針は、『自分の黒魔法で仲間を活躍させること』だったのではないかと思う。己の力をアピールするよりも、仲間にも気づかせないまま最高の結果を出してもらう方が、ランク上位への近道だと考えたわけだ。上位到達という目的を考えれば、少なくともその方法が失敗でなかったことは分かるだろう」


 その後、パーティーを抜けることになってしまったが。

 上位には入れた。ランク四位まで上がることが出来た。


「同時に、冒険者というのは有能であれば報われる、という職業ではない。どの業界でもある程度言えることかもしれないがね。特にレメは【黒魔導士】だ。能力ではなく、【役職ジョブ】から不要と判断することを否定出来る者は……残念ながら少ないだろうね」


 第四位パーティーに在籍した経歴があっても、次のパーティーが見つからなかったくらいだ。

 【黒魔導士】というのは、それだけのマイナス要素ということ。


「もちろん、例外的な存在はいる。【黒魔導士】や【白魔導士】を採用するパーティーは存在するし、レメの場合はエアリアルやレイス少年に勧誘された事実がある。フェニクスとパーティーを結成したことだってそうだ」


 エクスさんは僕にではなく、クランメンバーに向かって説明しているのだ。


「ここで疑問が出るとすれば、パナケアほどの実力があるならば、最初から隠さないという選択肢もあったのではないか、ということだろう。尤もな意見だが、少し考えてみてほしい。フェニクスとレメのデビューは、十三歳、、、だ。今から七年も前のことだ。当然、彼の方針は現在基準ではなく、当時の実力、、、、、をもとに決定された筈だろう?」


 フェニクスが育成機関スクールを卒業するのに合わせ、修行期間は三年。

 最高の師に巡り逢い、地獄の鍛錬を乗り越えたが、三年で一流になれるほど世界は甘くない。


 角に溜めた魔力や魔力器官の成長、魔法を使用し続けることによる効力上昇や持続時間の伸び、魔力操作の感覚と技術などは、デビュー後の訓練や戦闘経験で大きく磨かれた。


 確かに、急いで三位以内に食い込むための策は、十三歳の頃の僕が立てたもの。

 今の実力や精神状態で十三の頃に戻れたら、選択肢は他にも幾つか見つかったかも。


「あとはもちろん、強すぎる黒魔法は黒魔術に通ずる……なんて理由で叩かれることも容易に想像がつく。俺のパーティーはそういうのに慣れているから、分かるんだ。実際は魔法と魔術は別物。『速度低下』の黒魔法を鍛えても、『完全停止』の黒魔術は覚えられない。それでも、噂一つで人気は簡単に上下する。危険は犯せないという判断を、考えすぎとは言えないね」


 黒魔法と黒魔術は別物。

 精霊術の劣化が魔法なのと同じ。魔法を鍛えても精霊術には至れない。


 マーリンさんは最高の魔法使いで、精霊術に匹敵する魔法威力さえ出せるが、だからってその延長に『深奥』はない。

 近づけることは出来ても、届くことはない。


 黒魔法を鍛えるだけじゃ、黒魔術には至れないのだ。


 ……ただ、僕はその黒魔術を、師匠に教わったわけだけど。


 とはいえ、黒魔法が黒魔術に繋がるわけじゃない、という話は事実。

 そして、マーリンさんの魔法みたいに、限りなく原初の魔術に近づけた魔法を使えるという事実それ自体が、不都合を招くことがある。


 エクスパーティーは、長い時を掛けて苦境を乗り越えたのだ。

 僕の選んだ方法には問題もあったが、理由があって選んだことでもある。


「とにかく。俺からすれば、重要なのはこのオリジナルダンジョン調査において、レメの力に大いに助けられたという事実のみ。【役職ジョブ】や所属と無関係に集められたのが、我々なんだ。過去なんて些細なものじゃあないか」


 エクスさんは全員を見回した。


「既に退場した者含めて、俺はみんなと戦えて光栄だった。みんなはどうだろうか、同じ気持ちだと、嬉しく思うよ」


 既に退場した人達も、キャンプでこの声を聞いている筈だ。さりげなく、エクスさんがチャンネルを全体に合わせていたから。


「ふっ、たまには良いことを言うじゃないか」


 そう笑ったのはマーリンさんだ。


「それに説得力もある。『四大から外れた影精霊と契約した怪しい【勇者】』『【勇者】じゃないくせにこれまた四大から外れた光精霊の加護を得た【聖騎士】』『特殊な先祖返りで十を超える亜人の特性を再現出来る人間ノーマル【戦士】』『【破壊者】と対をなす【役職ジョブ】でありながらその希少性はずっと上という超マイナー【役職ジョブ】【守護者】』『美し過ぎる【魔法使い】』なんて構成のパーティーで、二位まで上がってきただけあるというものだ」


「……取り敢えず先の四人分は置いておくとして、『美し過ぎる魔法使い』とはなんだ。『四属性全てを精霊術に極めて近いレベルで扱う異常な魔法使い』だろう」


 アーサーさんが苦笑しながら訂正する。


「いや、私の特異な点はこの美貌だろう。なぁマル」


「マーリン様は大変美しい方ですが、比類なき魔法の技量には感服するばかりですわ」


「いやいや、魔法の修行よりこのプロポーションを保つ方が難しいんだ。分かるだろう?」


 ……マーリンさんはもう完全に冗談モードに入っている。


 心の整理がとっくについていて、冗談に出来るくらいの過去に分類されているのだ。

 態度から、アーサーさんも同じだと分かる。


 エクスさんも、表面上は同様。

 肩を揺らして穏やかに笑っているように見える。

 僕がかつて愛想笑いに慣れていたからか、その笑顔が嘘だと、なんとなく分かってしまった。


 そんなこんながあり、セーフルームの仮設が完了。


 転移用記録石を設置したので、魔力体アバターだろうと生身だろうと一瞬で此処まで飛んでこられる。

 戻ってすぐに生身で転移して、精霊の試練を受けることも出来るわけだ。

 そうはならないだろうけど。


「さぁ、戻ろう」


 僕らはそれぞれ転移用記録石に触れ、キャンプに帰還した。

 そのあとで行われた話し合いの結論は、簡潔。


 内容不明、第五層に入れば強制参加の可能性もあり、生身での挑戦が条件など危険極まりない。

 参加はしない方が賢明。


 以後は第一層から外にモンスターが出てくることを警戒し、第一陣と第二陣で巡回。

 オリジナルダンジョンの消滅までキャンプを維持する。


 反対意見は出なかった。

 正確にはもったいないとか叶えたい願いがあるという発言はあったが、ちょっとした感想のようなもの。

 挑戦したい、という意思表示をした者はいなかった。


 精霊に逢うのが夢というマーリンさんも、渋い顔をしながら何も言わなかった。

 これまでの四層分のモンスターを思えば、生身で挑戦するのがどれだけ危険か想像出来る。

 精霊の試練は戦闘とは限らないが、どんなものか試してみるわけにもいかない。


 大事な時に命懸けで戦えることと、命知らずは違う。

 そう、僕らは精霊の試練を受けるつもりなんて、なかったのだ。


 状況が変わったのは、次の日。

 日付が変わってまもない、深夜のことだった。


 キャンプが慌ただしくなるのを感じ、目が覚めた僕は天幕を抜け出す。

 寝ていたところを起こされたのだろう、珍しく髪に寝癖のついたマルさんが報告を受けていた。


「何かあったんですか……?」


「あ……レメ様……。はい、何か……なんと申し上げればいいか……」


 僕は報告していた調査員の方に目を向ける。

 彼はマルさんが頷くのを確認してから、僕を見た。


「我々はオリジナルダンジョンの周囲を巡回する役目を担っています。近づく周辺住民や動物がいればその侵入を防ぎ、ダンジョンに変化があればただちに報告が出来るように、です」


「はい」


 大事な役割だ。今だって深夜にもかかわらず、安全を確認してくれていた。


「先程、複数箇所で同様の報告が上がってきました。それは――『入り口が出来ている』というものです」


「――――」


 意味は、分かった。

 意図を推測するのに、時間が必要だった。

 マルさんも同じように悩んだのだろう。


 今更構造変化、それも外観に手を加えた……?


 まず、僕らに合わせた変更ではない。

 確認してみないと分からないが、第四層を真っ黒に作ったくらいだ、今更新エリアに繋がるということはないだろう。


 そもそも、そんなものを作るなら第五層として作ればいいのだ。

 つまり、第一層に繋がる入り口が増えた、ということ。


 ――いや。


「誰か入った者はいますか?」


 マルさんも興味深そうに話に耳を傾けた。

 どうやら報告の途中で僕が声を掛けてしまったらしい。

 ここから先は彼女もまだ聞いていなかった、ということ。


「緊急時の手順に従い、第一陣の冒険者が侵入を試みましたが――一歩踏み入れた途端に退場してしまったのです。ただ本人が言うには、魔力体アバターにダメージを受けた感覚はなかったとのことで……」


 僕とマルさんは顔を見合わせた。


「直通……。ですが、何故そのような……」


 侵入さえ出来ない。魔力体アバターで入れない。

 第五層だ。


「僕らの話し合いを聞いていた、、、、、のだとしたら、調査団の第五層挑戦はないと分かった筈です。その上での対応だとすると……」


「調査団の中から方針を無視して挑戦する者が出ることを、誘っているのでしょうか?」


 ダメってことになったけど、願いが叶うなら挑戦してみたい。

 そういう想いを抱いてしまうところまでは、仕方がないと思う。


 そこを律するのが理性。

 しかし誘惑されれば、屈する者が出てくることもある。


 なんとなく、違うような気がする。有り得なくはないが、スマートではない。

 この精霊なら、もっとピンポイントに個人を見極め、第五層まで誘導しそうなものだ。


「全員の所在確認と、増えた入り口の警戒を。また、新たに入り口が発生することが考えられます。巡回の数を二倍に」


「ハッ」


 彼が下がると、改めてマルさんと目が合った。

 彼女は真剣な顔をしていたが、僕の格好を見て、自分もまた簡易ベッドから抜け出したばかりだと思い出したようだ。


 慌てて髪を手ぐしで整えつつ、俯むいてしまう。こう、なるべく僕の視界に収まる自分の顔の面積を減らそうとするような。


「お、お見苦しいものを……」


「え、いや、僕こそ……」


「緊急事態のようですね?」


 ……はい、分かっていました。

 そろそろ来られるのでは、と思っていました。


 マルさんはビクッと肩を揺らした。

 身だしなみを完璧に整えたミラさんが、僕の横までやってきた。


「真剣な話をしていたのでは?」


 まったくその通りなので、僕らはこくこくと頷く。


「調査団の中に、指示を無視して挑戦する者がいるとは考えたくないけど……」


「え、えぇ。問題は――」


 僕らの間から、和やかな空気は消える。


「――周辺住民が巻き込まれた場合、だ」


「……村に警告すべきでしょうね。精霊の声を聞いても、従わぬようにと」


 この時間に村のみんなを叩き起こすのは気が引けるが、そんなことを言っている場合ではない。


「……僕が行くよ」


「俺とアーサーも行こう」


 気づけば、エクスさんとアーサーさんも出てきていた。

 第二位パーティーのメンバーがいてくれれば、心強い。

 みんなも話の重大さを理解してくれるだろう。


「私もお供します」


 ミラさんも声を上げた。

 村人全員を起こし、所在を確認するのは時間が掛かる。人手は多いほうが助かる。

 他にも何人かの調査員を借り、僕らは馬車で村へと急いだ。


 結論から言えば――最悪だった。


 みんなを起こしていく中で判明したのは――十三人もの失踪。


 事態の深刻さを悟ったみんなは村の集会所に集められ、みんな動揺している。失踪した人の家族には取り乱す者もいた。

 当然の反応だ。愛する者が得体の知れないダンジョンに消え、内容も分からない試練に挑戦したかもしれないというのだから。

 僕らの責任を問う者が出るのも、当然のこと。


「やめんか。ダンジョン攻略ならまだしも、精霊の悪戯さえ防げというのは酷というもの。調査団の怠慢が引き起こした事態ではなかろう、責めるのは筋違いというもの」


 村長がそう言ってくれたこともあり、なんとか話が出来る程度に場が落ち着く。


「精霊は、願いが叶うと言って誘い出したんだと思う。みんなの中に……精霊の声を聞いた人はいるかな?」


 すると、何人かが手を上げた。

 その中には父の姿もあった。


 証言をまとめると、こうだ。

 『強い心で試練に打ち勝てば、願いを叶えてあげる』と、大体そんなようなことを囁かれた。


「……ついていこうとは思わなかった?」


「精霊に叶えてもらうような願いなんて、ないからな」


 我が父ながら、心の強い人だ。

 しかし精霊はなんのつもりだろう。


 誘惑に負けた者達を集めて、強い心を示せとは……。

 いや、目的なんて知れている。

 僕らを呼び寄せることだ。


「こんな言葉で安心出来るとは思わないけど、この精霊は人を殺すようなやつじゃあない。人を殺して楽しむような精霊なら、とっくに調査団に死者が出てるからね」


 ダンジョン攻略を可能な限り再現し、全力でこちらを潰そうとしていた。

 あくまでルールの中で、だ。


 強敵を倒せば、報酬も惜しまず与えた。

 今回の行動は、僕らが最深部への挑戦に消極的だったから、だろう。

 最後まで戦え、というメッセージ。


「し、試練に失敗したらどうなるんだ……?」


 震えた声で言うのは、例の三人組の一人だ。残り二人は、失踪した。


「分からない。ただみんなに約束するよ、ひとり残らず連れて帰る。絶対にね」


 がしっ、と横から肩を抱かれた。

 エクスさんだった。


「よく言った、レメ。当然、俺たちエクスパーティーも救出作戦に参加します。不安でしょうが、どうか冷静に。助け出します、必ず」


 力強い第二位【勇者】の宣言に、幾分みんなの不安が軽減されるのが分かった。

 僕の両親とホークさんカナリーさん夫婦は最後まで心配気な顔をしていた。

 微笑みを向け、その場を後にする。


「レメさん……」


 ミラさんの気遣うような声に、反応している余裕がない。


「確かにこの精霊は人への害意というものがない。ダンジョンを防衛するのに必要な悪意はあれど、人の生身を傷つけてやろうという邪な思いは無かった。レメの言うように、死者は出ないだろう」


 エクスさんの言葉に、アーサーさんが応じる。


「……あぁ、だが第五層は生身での参加が条件だ。死なないまでも、ペナルティーが考えられる。そもそも、消えた十三人は既に第五層に入ったのか? 入り口は警戒しているのだろう?」


「『空間移動』という線もある。巡回の目を掻い潜る精霊術などいくらでも方法はある筈だ」


「強い心、というのも気になるな。村人でも挑戦可能な試練なのか? それとも私達と村人では違う試練が用意されているのか。あまりに情報が少ない」


「幸い通信機がある。一人が第五層に入り、状況をみなに伝えることは出来る筈だ」


「そういうことならば――」


 馬車に乗っている最中も、二人は建設的な会話を続けていた。


 キャンプに戻った僕は、すぐに装備を整えた。

 【黒魔導士】のローブ、仕込杖に、父に貰った剣。


 体の調子は良い。

 天幕の外に出ると、フルカスさんがいた。


 褐色肌の映える白い髪は顔の輪郭に沿って伸びているが、クセがあってところどころ跳ねている。紫の瞳からは感情を読み取れない。少女のような矮躯だが、体格に見合わない豊満な胸は人目を引く。

 【刈除騎士】フルカス。魔王城第八層フロア。我が剣の師。

 

「レメ、屈め」


「……あの、今は急いでいて」


「師匠命令」


 …………。

 フルカスさんは指導こそしてくれたが、命令なんてされたことがない。

 そんな彼女がここまで言うのだから、何か重大なことなのかもしれない。


 僕は彼女の言う通り、屈んだ。

 瞬間、彼女の小さな手で両頬を挟まれた。

 ふにふにした手に、ぐにぐに頬を弄られる。


「お前の強みは、心が熱くとも、頭は冴えたまま、ということ」


「――――」


「悔しくても乱れない。驚いても乱れない。怖くとも乱れない。心が強い。だからレメ、怒っても乱れるな。弱くなる」


 熱くなった頭が冷えていくのを感じる。

 そうだ、僕は村から失踪者が出たこと、みんなを不安にさせたことに、怒っていた。

 そして、冷静さを欠いてしまっていた。


「…………はい、師匠」


「ん。まだまだ未熟、修行が足りない」


「あはは、精進します」


 笑う。笑うことが出来た。心の余裕を確保出来た。これでいい。

 フルカスさんと共にみんなと合流する。



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