第207話◇理想の世界?

 



 【役職ジョブ】判明の日から、十年が経った。


 俺のパーティーは世界ランク第四位にまで上がり、更なるランクアップを狙って――魔王城への挑戦を決定。

 世界ランク第四位レメパーティーは、第一層を突破。


「どうしたレメ、浮かねぇ顔だな?」


 同じパーティーの【戦士】アルバが、そんなことを言う。


 灰の短髪、鋭い視線など荒々しい雰囲気の青年だ。袖のないロング丈の上着の他には、心臓を守る胸当てを装着している。

 鍛え抜かれた上半身は惜しげもなく晒されており、身軽さがウリの【戦士】らしい軽装と言えば、そうなのだろう。


 育成機関スクールの同期だ。


 四大精霊の本体と契約した【炎の勇者】である田舎者の俺は、控えめに言って他のみんなに好かれていなかった。遠巻きに眺められるか、打算見え見えで近づかれるか、他の【勇者】には露骨に嫌われたり。


 そんな中、アルバは堂々と勝負を申し込んできた。

 戦いが終わると、「お前強ぇな! なぁ、パーティー組もうぜ!」と笑った。


 俺が一位を目指していると言うと「当たり前だろ! やるからにはテッペン目指さねぇとな!」と言った。

 実際のところ、アルバのように考えられる人間は少ない。


 口では一位を目指すと言っても、業界の現状を知っている者が目指しているのは生き残ることだったりする。冒険者で食っていければいい、という者が大半。

 【役職ジョブ】が戦闘系だから通っているだけで、興味の薄い者さえ少なくなかった。


 そんな中、本気で【炎の勇者】に勝とうと勝負を挑んできたり、一位を目指すのは当然と口にする彼は、少数派。

 とても好ましい、同志だった。


 口が悪いのが難点だが、俺たちはパーティーを組むことにした。

 卒校後、新たに三人の仲間を集め、デビューしたのだ。


「ん、いや大丈夫」


 俺たちのパーティーは、ダンジョン攻略後に打ち上げをするのが通例になっていた。

 騒がしい酒場で、円卓を囲む。


「頼むぜ、リーダー。まだ一層クリアしたばっかなんだからよ」


「分かってるよ」


 魔王城の第一層は、番犬の領域。

 荒野のフィールドに【黒妖犬】の群れが登場する。

 レア魔物は【不可視の殺戮者】グラシャラボラス。

 フロアボスは【地獄の番犬】ナベリウス。


 グラシャラボラスによる不可視化能力は厄介だったが、魔力反応が消えるわけじゃあない。

 適宜焼き払い、【狩人】リリーもまた研ぎ澄まされた感覚で射抜いていった。


 グラシャラボラスを倒したあとは、アルバの『伸びる魔法剣』で一掃。

 【聖騎士】ラークは今日も安定していたし、新人の【氷の勇者】ベーラも良い調子だった。


「欲を言えば、少しは新人にも活躍のチャンスを与えてほしいですね」


 そう呟いたのは、ベーラだ。


 青みを帯びた白の長髪、氷のような瞳、白と黒のコントラストの映える衣装など、全体的に儚げな印象を受ける少女だ。年はまだ十三で、卒校したて。

 聖剣はレイピア型。


 少し前にメンバーの一人が故郷に帰ると言ってパーティーを抜けたことで、新たに迎え入れたメンバーだ。


「あはは、そっか。じゃあ次はベーラに活躍してもらおうかな」


 視聴者にベーラという新人を受け入れてもらうためには、彼女を知ってもらう必要がある。


「ベーラ、お前はもっと積極性出してけ。オレらより先に敵ぶっ倒すぐれぇの気持ちでいかねぇとな」


「……アルバ先輩の魔法剣が邪魔で、下手に氷結しようものなら魔物だけでなく伸びた魔法剣も巻き込んでしまいそうでしたので」


「あん?」


「睨むのはやめなさい、アルバ」


「テメーは関係ねぇだろ、ツンツンエルフ」


 アルバとリリーは仲があまりよろしくない。

 それでいて連携はしっかりしているので、特に問題視していなかった。


「またわけの分からない形容を……。とにかく、ベーラの言うことにも一理あります。新体制にまだ慣れないのは分かりますが、ベーラの強みを理解した上で戦うようにしなければなりません」


「……チッ。わぁってるよ」


 ラークは一人ぼーっと料理を口に運んでいる。

 彼が積極的に会話に参加するのは稀だ。話しかけられると応えてくれるので、話すのが嫌というわけではなさそうだが。


「そういえば、リーダー」


「なんだい、ベーラ」


「その……勘違いでしたら申し訳ないのですが、今日は調子が悪かったのですか?」


「……どうしてそう思うんだ?」


「いえ、その……戦いづらそうに見えたので。すみません、新人なんかが……」


「いや、いいんだ。思ったことは言ってくれた方がいいし、そう出来てこそ健全なパーティーだと思うから」


「では……実際、どうなのですか?」


「調子は良いさ。ただ……」


「ただ……?」


「そうだな、ベーラの言う通り、戦い辛さを感じているよ。それだけ魔王城の魔物のレベルが高いということだと思う」


「……そう、ですか」


 嘘ではないが、全て本心でもなかった。


 【黒妖犬】を倒そうとした時、妙な光景がよぎった気がしたのだ。

 彼らと触れ合い、共に戦ったような。


 それはグラシャラボラスとの時も感じたし、ケルベロスではなく亜人状態と思しきナベリウスと談笑する自分の姿も幻視した。

 そんなわけのわからないことを、仲間に相談出来るわけなかった。


 誤魔化すようにジョッキを口許に運び、なんとなく中の酒に目を移す。

 水面に反射する自分の顔。



 何故か、側頭部から一本、角が生えていた。



「――――!?」


 思わずジョッキから手を離してしまう。

 ジョッキが卓上に落ち、酒がこぼれた。


「おいおい、どうしたよ」


 アルバが心配げな視線を寄越す。

 咄嗟に自分の頭を触るが、当然角なんて生えてない。


「ご、ごめん……。僕は先に戻るよ」


「あ? だぁ? どうしちまったんだよ、レメ。今日のお前、やっぱおかしいぞ」


「え? 今、俺……」


 僕って言ったのか、自分のこと。

 これ以上此処にいたくなくて、逃げ出すように酒場を後にする。


 あれ……泊まってた宿、どこだっけ。

 朝も利用した場所なのに、記憶が朧気だ。


 彷徨うように歩いていると、服屋が目に入った。

 初めて見る場所なのに、前に誰かと来たことがあるような気がする。


 金の髪をした美女が、一瞬脳裏をよぎる。顔はよく見えない。



 ショーウィンドウに映る自分の姿が次の瞬間――【黒魔導士】のローブに変わった。



「…………!? なっ、なんなんだ……!」


 本格的におかしい。

 【黒魔導士】とは縁がない。衣装を身に着けたこともないはずだ。


 なのに、勇者姿の自分よりよっぽどしっくりきた。


 その場を離れるように歩き続けると、市場に迷い込んでしまった。


「くだものは、いかがでしょうか……!」


 子供の声。

 目を向けると、果物の屋台――の、横。


 布を敷いて、果物を売る子供がいた。

 犬の亜人で、質素な服を来た童女だ。

 茶色のふわふわした髪に、つぶらな瞳の色は薄緑色。

 緊張に強張った声と表情。


「く、くだもの……?」


「ありゃ、もしかして【炎の勇者】レメさんじゃねぇですか!?」


 隣の禿頭とくとうの男性が驚いたような声を上げる。


「あ、え、えぇ、まぁ」


「すげぇ! どうしてこんなとこに? いやそれよりサインを!」


 男性の圧に押され、俺は声を小さくするよう頼みつつサインに応じた。

 これまで他の人に気づかれなかったことに今更驚きながら、ローブのフードを被る。


「……その子も、働いているんですか?」


「えぇ、少しでも家庭の足しにって、頑張り屋な子でね」


「そう、ですか……」


 僕は童女の前にかがみ込み、「一ついただけますか?」と声を掛ける。


「は、はい……!」


 耳をぴんっと立て、大急ぎで果物を吟味する童女。

 その表情があまりに真剣で、思わず表情が緩む。


「これ……で、どうでしょうっ」


「うん、ありがとう」


 代金を支払い、果物を受け取る。


「あ、あの……ゆうめいなひと、なんですか?」


「え? あ、あぁ、どうだろう。冒険者をやってるんだ」


「あ……うち、映像板テレビなくて……ごめんなさい」


「あはは、いいんだよ。果物、ありがとう」


「は、はいっ。あの、ありがとうございましたっ!」


 可愛い子だな、と思う。

 ただ、もう逢うことはないだろう。


 なんとなく齧った果物は、なんだか懐かしい味がした。


 ――『わたしは……レメさんと……けーやく、する……です』


 涙が出そうになるのは、なんでだろう。



 ◇



 その後も、俺たちはどんどん魔王城の攻略を進めていった。

 

 第二層、死霊術師の領域。

 【生ける屍ゾンビ】や【骸骨騎士スケルトン】との戦いでは、幸いにも妙な光景がよぎることはなかった。


 しかし、【闇疵あんしの狩人】レラージェと【死霊統べし勇将】キマリスとの戦いでは、それが起こった。

 作戦会議を行ったり、どういうわけかレラージェとリリーを交えて喋っているのだ。


 第三層、吸血鬼の領域。

 ここは違和感が凄まじかった。


 吸血鬼を倒し、館で謎を解き、地下空間でフロアボスと対峙した。

 【吸血鬼の女王】ハーゲンティ、、、、、、

 彼女は強敵だったが、俺は強烈にこう思った。


 彼女じゃない、、、、、、

 第三層のフロアボスは、ハーゲンティじゃない。そんなわけのわからない感情が居座って、頭の中から消えてくれない。


 ――『レメさん』。


 優しく自分を呼ぶ声が、頭が痛くなるほど聞こえてきた。

 胸が苦しくてならなかった。


 声が聞こえる度に生じる温もりは、正体が掴めないからかすぐに消えてなくなってしまう。

 とても大切なものな気がするのに、手に入れた記憶がない。


 魔王城攻略を進めるほどに、頭痛はひどくなった。


 第四層、人狼の領域。

 みんな同じに見えそうなものなのに、人狼一人ひとりの区別がついた。何故か名前も分かった。

 【人狼の首領】マルコシアスと共に訓練する自分という、存在しない記憶が再生された。


 第五層、夢魔の領域。

 可憐な夢魔達も、やはり区別がついた。更には、誰がフロアボスかひと目で分かった。

 ピンクの髪をした猫っぽい少女だ。彼女は【恋情の悪魔】シトリーと言った。

 

 第六層、水棲魔物の領域。

 もはや人魚や魚人に見覚えがあるのも驚かない。

 【海の怪物】フォルネウスの優しい話し方や、乗り心地を知っているのは気の所為だ。

 【水域の支配者】ウェパルの意外な一面を知っているのは、きっと妄想だ。


 第七層、空と試練の領域。

 鳥人や【怪盗鴉】ラウムに運んでもらったことがある気がする。

 【雄弁なる鶫公】カイムの作るなぞなぞを、よく解いていたなぁと思う。


 第八層、武の領域。

 龍人のみんなにも、手合わせを願ったことがある。

 【刈除騎士】フルカスは実は小さな少女で、あの黒い鎧は纏うのではなく搭乗する魔法具なのだ。

 食いしん坊で、口数は少ないが冗談も言うし、厳しいが優しい剣の師。


 第九層、時空の領域。

 魔人のみんなの強さは分かっている。

 【時の悪魔】アガレスは凄まじい強さを誇るが、あれで小さな子供に弱いのだ。特に幼女。


「くそ……」


 頭がおかしくなりそうだった。

 俺の知るはずもない情報が、頭の中に入っている。

 経験したわけもない記憶が、当たり前のように脳内で再生される。


 それでいて、詳細を掴もうとすると消えてしまうのだ。

 まるで目覚めた瞬間に内容の薄れる夢について、頑張って思い出そうとするみたいな。


 宿の一室で、俺は頭を抱えていた。


「頭が割れそうだ……」


 あと少しで、難攻不落の魔王城を攻略出来るというのに。

 あのエアリアルパーティーでさえ果たせていない偉業だ。

 それを成し遂げ、俺たちはより高みを目指す。


 コンコン、と。ドアがノックされた。


「レメ……?」


 その声には、聞き覚えがあった。

 俺は急いで立ち上がり、ドアまで駆け寄る。


 開くと、そこには久々に見る親友の顔があった。


「フェニクス……!」


「久しぶりだね、レメ」


 十年前【神官】に目覚めた親友が、柔らかい微笑を浮かべる。


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