第208話◇許せないことがあるとするなら




「どうしてここが? お前まさかまた魔力反応探ってきたんじゃないよな」


 咄嗟に口から出た言葉だったが、フェニクスはきょとんとした顔をする。


「……? また? よく分からないけど、僕にそんなこと出来ないよ」


「あ……あ、あぁ、そうだよな。悪い」


 言われて、自分のおかしさに気付く。

 そうだ、俺は何をわけの分からないことを言ってるんだ。


「それに、レメの方から連絡をくれたんじゃないか」


「そ、そうだったな」


 そう、確か……魔王城のある街にはフェニクスの職場があると思い出し、連絡したのだ。

 フェニクスは職場からそのまま来たのか、【神官】らしい格好をしていた。


「大丈夫かい? どこか悪いなら、診ようか?」


 【神官】持ちは白魔法適性も持っている。

 人の痛みが分かる心優しいフェニクスには、似合っている【役職ジョブ】だと思う。


「いや、男なんか診察しても楽しくないだろ」


「レメ……診察に男女は関係ないよ」


「そういうもんか? 美女がきたらドキドキするだろ?」


「救いを求めにきた者を邪な目で見ないよう、修行を積んだから大丈夫」


「あはは、そういう訓練があるのか」


「冗談はさておき、本当に大丈夫かい? 顔色が悪いけど」


「大丈夫だって。メシ行こうぜ」


「あ、あぁ……」


 逢うのは随分と久しぶりだ。

 幼い頃の親友と言っても、大体はそんなものだろう。


 でも、逢ったらまるでかつてのように話すことが出来る。

 俺たちは近況を話し合い、昔の話で笑い合ったりして、食事した。


「ねぇ、レメ。覚えているかい? 【役職ジョブ】が決まった日のことを」


「あぁ、もちろん」


「あの時、君は言ってくれたよね。戦闘系の【役職ジョブ】だったらパーティーを組もうかって」


「言ったな、覚えてるよ」


 フェニクスが、懐かしむように顔を綻ばせた。


「嬉しかった。君は世界一位になるって夢があるのに、それでも僕なんかを誘ってくれて」


「友達だから誘ったわけじゃないぞ」


「……そうなのかい?」


「お前が本当は強いやつだって、俺は知ってたからな」


「強い? ……僕が?」


 フェニクスが驚いたような顔をした。


「お前は何があっても誰も馬鹿にしなかったし、自分が怪我した時でも先に俺の心配しただろ。いつもすげぇなって思ってたよ。俺は……俺さ、あの日……ほんとは、お前が【勇者】になると思ってたんだ」


「…………有り得ないよ」


「有り得なくない……!」


 ずっと、何度も考えたことだ。

 【勇者】も、火精霊の加護も、聖剣も、全部。

 こいつの方が相応しいんじゃないかって。


「……レメは、そっちの方がよかったかい?」


 フェニクスを見ると、衣装が変わっていた。

 先程まで俺が着ていた、勇者の衣装だった。


 だが瞬きのあとには、神官服に戻っている。


「君は、最高の勇者になるんだろう? 僕はそれを、応援しているよ」


「………………あ、あぁ。ありがとう。なぁ、フェニクス」


「なんだい?」


「今の生活、気に入ってるか?」


 フェニクスは何も言わず、困ったように微笑んだ。

 その後は、また適当な話をしながら楽しく過ごした。


 親友と別れ、宿に戻る。

 次に逢うのはいつになるだろう。


 もしかしたら、もう逢うことはないかも。


 ◇


 魔王城の第十層まで来た。


 暗い通路。

 一番奥に、玉座らしきものがある。


 そこに座っていた魔人が、ゆっくりと立ち上がった。

 その魔人は、角が片方しか無かった。

 どこかで見たことがあるような気がする。


『本当に、よく出来た理想の世界だよ』


 ぐっ、と体が重くなった。


 『速度低下』――黒魔法か!

 即座に抵抗レジストを試みる。


『僕は、【勇者】になりたかった。今も勇者を目指している。でも、この世界の幸せに浸れないのは何故だと思う?』


 声の調子は変えられているようだが、なんだか聞き覚えがあった。


「アルバ! 魔法剣! ベーラは氷結を!」


『そのパーティーのリーダーは、君じゃあないだろ』


 二人共反応がない。

 視線を向けると、誰もいなかった。


「え」


 消えていた。

 最初から存在しなかったみたいに。

 アルバもリリーもラークもベーラも、いない。


 此処にはいるのは、俺と魔人だけ。


『この世界は、勇者を夢見た子供の理想であっても、勇者を目指して生きる【黒魔導士】の理想じゃあない』


 この魔人、何言ってる。

 黒装束の魔人が、仮面を取った。


 そこにあったのは――俺の顔だった。


 ◇


 その感覚を、どう説明すればいいのか。


 夢の中で、自分の意識はちゃんとあるんだけど、それとは関係無しに夢の中の自分が動く、みたいな。


 ようやく、だ。

 なんとか、レメゲトンとして彼の前に現れることが出来た。


 この試練は、強い心を持っていないと突破出来ない。

 僕自身の人生を強く思い起こすこの魔王城が、夢の世界でも登場してくれたのはありがたかった。


 人生が変わった所為で、師匠との出逢いも、ミラさんとの出逢いもなくなってしまった。


 だが、最高の冒険者を目指しているからこそ、魔王城攻略は避けては通れない。

 そして、魔王城とこの街には、僕にとって大切な記憶が沢山詰まっている。


 おかげで、攻略を進めるごとに仲間のことを思い出すことが出来た。

 街を歩く中で、大切な記憶を刺激された。


 その積み重ねが今、僕自身の心に、夢の中で動く体を与えた。

 夢に打ち勝つ強い心を持つことが出来た。


 【隻角の闇魔導士】レメゲトンは、対峙している。

 【炎の勇者】レメと。


 この世界のレメの人生は、辛いことが皆無ではなかったが、充実していた。


 自分が世界に求められ、その活躍に世間が強い関心を持ってくれている。

 僕に憧れる子供が沢山いて、世界中の人を元気づけることが出来ているのだ。


 当然、仲間を勝たせまくり。

 理想の世界。最高の環境。素晴らしい人生。


 それでも、僕が呑まれなかったのには、理由がある。

 現実に、大切なものを沢山残しているから。


 なにより、この世界には――彼女がいない。

 【黒魔導士】の僕を応援し、新たな夢を見せてくれた人がいない。


 理想ではあっても、完璧ではない。

 大事なものが、欠けている。


「この夢は、僕の願望から作ったんじゃない。僕の心を読んで、君が作り上げたんだろ」


 きっと見ているであろう精霊に向かって、僕は言う。


「確かに、僕は【勇者】になりたかった。四大精霊と契約出来たら最高だろうさ。だけど――」


 困惑している【炎の勇者】レメとの距離を詰める。

 すぅ、と息を吸い込む。

 思いの全てを、声に変換する。


 どうしても、言ってやりたいことがあった。 

 どうしても、許せないことがあった。


 あのさ、何を勘違いしているのか知らないけど――、



「親友の席を奪ってまで手に入れたいものなんて、あるわけないだろ……ッッッ!」



 レメが、一歩後ずさる。


「お前……何言ってるんだ。なんで俺と同じ顔してる」


「師匠との出逢いを! フェニクスと努力した日々を! カシュとの! ミラさんとの! 魔王城に入ってから得た出逢いの全てを、無かったことに出来るわけがない!」


「何言ってる。お前、何を……」


「幼い頃に思い描いた未来を生きられなくても! 僕は僕の人生を否定したいと思ったことはない! 理想の中を生きられなくても構わない! 僕にとって大事なものは、全部現実にある!」


ダメだ、、、!」


 レメが叫んだ。

 理想を生きる僕が、慌てて叫ぶ。


 彼にも、僕がどういう存在かは分かったようだ。

 いや、とっくに気づいていて、気づかないフリをしていただけなのかも。


「お前、馬鹿か……? 【黒魔導士】になってからの日々を忘れたのか? 村中のガキに馬鹿にされて、友達はフェニクスだけになった。大人には憐れまれ、親は悲しんだ。師匠のもとで死ぬ気で努力したのに、デビュー後はずっと馬鹿にされた。仲間を勝たせたのに、七年もお荷物扱い。角の力も黒魔術も隠さなきゃいけなかった。で、結局追い出された。魔王軍? 魔物の勇者? ほんとは冒険者でいたかったくせに。世界ランク一位になりたかったくせに。お前、ずっと――」


 レメは、それを口にする。


「フェニクスに嫉妬してたくせに」


当たり前だろ、、、、、、


「――――」


「僕は聖人じゃないんだから、悔しかったに決まってる。妬まなかったわけない。でも、納得したじゃないか。フェニクスなら仕方ないって思っただろ」


「…………っ」


「僕は【勇者】じゃない。でも、僕たちが憧れたのは【役職ジョブ】じゃない。勇者っていう、生き方じゃないか」


「い、嫌だ……」


 レメが、聖剣を抜いた。

 炎が噴き上がる。


「馬鹿にされる度、笑われる度、心が引き裂けそうになるくらい苦しいくせに。愛想笑いの度に自分を嫌いになっていくくせに。此処なら、苦しみとは無縁でいられる。称賛の嵐に憧れの的だ。自然と笑える。なんで、【黒魔導士】の人生なんて歩まなきゃいけない」


 彼は僕だ。誰よりも僕の痛みを知っている。

 僕の葛藤。心の中で何度も思ったこと。けれど、とっくに答えは出ている。


「それが僕だから」


「お前、馬鹿だ」


「かもね」


「精霊よ……!」


 炎を纏った聖剣を握り、レメが斬りかかってくる。

 僕は角を解放し、彼の剣を右腕で受け止めた。

 師から受け継いだ魔王の角が、右側頭部から生える。


「なっ――」


「あとさ、君も分かってると思うけど。僕は【炎の勇者】フェニクスの友達で、ライバルで、あいつの――ファン一号なんだ」


「……っ!」


「あいつの方がずっと強い。君の攻略じゃ、燃えないよ、、、、、


「俺は――」


「僕たちは【黒魔導士】レメで、【隻角の闇魔導士】レメゲトンで、【隻角の黒魔術師】レメだ。いつか【最良の黒魔導士】って呼ばれる日がくるといいよね」


 腕に力を込める。

 夢の世界の聖剣は、あっさり砕け散った。


「だから、戻ろう」


 気づけば、レメが小さくなっていた。

 十歳の頃の、僕だった。


「俺、【勇者】になりたいんだ」


「……うん」


「俺がわくわくしたみたいに、誰かの人生を楽しくするような冒険がしたいんだ」


「……知ってるよ」


「【黒魔導士】でなれるのかよ」


「さぁ、どうかな。でも……どんな【役職ジョブ】だったとしても、諦められないだろ?」


 十歳の頃の僕は、泣き出しそうな顔で、それでも笑った。


「……当たり前だろ、諦めるなんてそんなの……格好悪いからな」


 僕も笑う。きっと、同じような顔をしていることだろう。


「それでこそレメだ」


 彼に手を伸ばす。

 幼い頃の僕は、レメゲトンの手を――掴んだ。


「勇者になろう。どれだけ時間が掛かっても、夢を叶えよう。眠って見るんじゃなくてさ」



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