第291話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』13/白き極北
【大聖女】パナケア。
冒険者業界において【黒魔導士】【白魔導士】が冷遇されているこの時代に、世界ランク第一位パーティーに所属していた、偉大な先人。
圧倒的な才覚、それを十全に活かす技術、活発で親しみやすい性格に、艶やかな黒い髪と美貌。
仲間の傷を癒やす様も、彼女ほどの腕があれば見どころとなる。
なにせ、たとえば仲間の腕が弾けとんでも、彼女ならば癒やしてしまえるのだから。
失われた腕が生えてくるレベルの白魔法ならば、誰だって見て効果を実感できよう。
治癒に関してその域なのだから、仲間の強化もそれは凄まじい効果を発揮する。
他の【白魔導士】を馬鹿にする者でも、彼女だけは否定しようがない。
突然変異的な天才。
その評は事実であるが、僕はそれで片付けたくなかった。
彼女の活躍を支える技術は途方もない努力がなければ獲得できぬものであるし、あのエアリアルさんが才能だけで人を選ぶとは思えないからだ。
自分が【黒魔導士】と分かってからの僕にとって、パナケアさんの存在は希望だった。
不遇【
パーティーに貢献し、仲間を勝たせることができるなら、それは立派な冒険者。
それを目指して頑張ったが……僕は失敗してしまったのだろう。
フェニクスパーティーを抜ける結果となってしまった。
だが、幸いにも道はそこで途絶えなかった。
だから僕は今、ここに立っている。
憧れの勇者アルトリートさん、不遇【
追ってきた全ての背中が集まった今日この日、全てに打ち勝つ。
◇
旧魔王軍と伝説の冒険者たちは別々に行動している。
滅多なことがない限り、それらが交わることはないだろう。
旧魔王軍は仲間に任せ、僕は一旦、冒険者側へと意識を向ける。
冒険者レメの退場からそう時間が経過していないこともあり、戦局に急な変化はない。
冒険者側の戦いは、大きく四つに分けられる。
その一。
世界ランク第一位【剣の錬金術師】リューイ&【疾風の勇者】ユアン&世界ランク第四位【狩人】リリー&【氷の勇者】ベーラ
VS
元世界ランク第一位【銀の弓】オライオン&【聖なる騎士】マクシミリアン。
その二。
世界ランク第一位【サムライ】マサムネ
VS
元世界ランク第一位【大勇士】ヘクトル
その三。
世界ランク第一位【紅蓮の魔法使い】ミシェル
VS
元世界ランク第一位【善なる魔女】ロジェスティラ
その四。
【湖の勇者】レイス&【破壊者】フラン&世界ランク第四位【炎の勇者】フェニクス&世界ランク第一位【嵐の勇者】エアリアル
VS
元世界ランク第一位【大聖女】パナケア
僕が介入するのはその四だ。
アルトリートさんを倒す際、レイスくん達は一旦冒険者側の試合開始位置まで戻って来ており、僕の退場後改めてパナケアさんに向かって行った形。
だとしてもまだ到達していないのは少し妙だ……と思ったのだが。
すぐに理由を察する。
炎や風、水属性などで牽制は入れつつも、本格的に攻め立ててはいなかったわけとは、つまり。
――レメゲトンの召喚を読んでいたから、か。
奇しくも、この場の四大精霊契約者たちは僕の正体も指輪の存在も知っている。
今回、指輪を魔王様が嵌めて参加したことなど、見れば分かること。
ならば、あとはそう難しくないのか。
単なる僕への配慮ではなく、黒魔法を当てにしてくれているということ。
ならば期待に応えねばなるまい。
だがその前に――。
キンッ、と金属の跳ねる音。
「よくやった」
「ハッ」
【銀の弓】オライオンさんの放った弓が、彼の魔法具によって空間を越え、僕の背中を射抜こうとしていた。
それを、盾を持ったミノタウロスの【黒魔導士】が守ってくれたのだ。
オライオンさんならば有り得ると考え、先んじて召喚していてよかった。
魔王軍参謀直属の配下――【黒き探索者】フォラス。
直接戦闘系の【
それでも挫けず【黒魔導士】としての腕を磨いた彼を、僕はレイドの際に仲間として雇うことにしたのだ。
「しばし任せるぞ」
【黒魔導士】として働かせてやりたい気持ちもあるが、オライオンさんの矢をなんとかせねばならない。ここは信頼できる部下に守ってもらうことに。
それにしても、リリー達に矢を射掛けながら、こちらも狙ってみせるとは……。
しかも直後に魔王様に向かっても矢を放っている。
忌々しげな顔をしたアガレスさんが手刀で払ったが、こちらの集中を乱すという意味で脅威だ。
とにかく、集中――。
「――『天空の箱庭』」
エアリアルさんが早速、精霊術の深奥を発動。
空間の連続性を乱す精霊術だ。
一歩踏み出せば、通常は目の前に一歩分進むことができる。
だが【嵐の勇者】に乱されてしまったこの空間では、一歩先が空の上かもしれない。
この精霊術の狙いは明白。
パナケアさんの放つ白魔法が、他の仲間に届かないようにしたのだ。
白魔法も黒魔法も、飛ばした魔力を対象に当てねば発動できない。
魔力の行き先を迷路のようにされては、仲間まで中々辿り着けない、という単純な理屈。
これほどの精霊術を発動したことからも、エアリアルさんがどれだけパナケアさんを評価しているかが分かるというもの。
そしてもう一つ、この精霊術の利点は――。
「――――っ」
パナケアさんが一瞬、険しい顔をする。
僕が正面に放った黒魔法が、パナケアさんを背後から襲ったからだ。
彼女は
それは僕には届かない。
瞬間的に空間が入れ替えられ、彼女が反撃する頃には僕への道が絶たれてしまったのだ。
「パナ、君の腕は私たちが一番よく分かっている。油断する筈がないだろう?」
たった一人に過剰戦力と思う観客もいるかもしれないが、それだけの価値がパナケアさんにはあるのだ。
「マサ!」
「うむ!」
今ならばヘクトルさんへの白魔法支援が切れている筈。
相対するマサムネさんにとってはこれが好機。
こちらに回復役がいないことで、マサムネさん側にだけ傷が蓄積していたのだ。
エアリアルさんが勝負を急がせるのは正しい。
――待てよ。
どういうわけか、僕の無意識が異議を唱えた。
よくわからないが、誤った選択をした気持ちになったのだ。
その正体を探るべく、思考を巡らせ、僕はある考えに辿り着く。
――この正しさは、あまりに分かりやす過ぎないか? と。
だって、そうだ。失念してはいけないことがある。
パナケアの凄さを一番分かっているのはエアリアルパーティーだ。
ならば、エアリアルパーティーの凄さを一番分かっているのも、パナケアさんではないか。
ただの勘に過ぎないが、僕はマサムネさんに警戒を呼びかけようとし、だが――それは遅かった。
剣を振り上げたヘクトルさんの両手首を、マサムネさんは強引な切り上げで両断。
だが、剣は
「ぬっ……ぉおおおッ!」
すんでのところで、マサムネさんは飛び退る。
だが、彼の左腕が斬り落とされてしまった。
傷口から、血液の代わりに魔力粒子が流れ散る。
「……どういうことだ」
それを口にしたのは、マサムネさんかエアリアルさんか。
つまり、エアリアルパーティーにとっても未知のこと。
起きた事実だけで言えば単純。
切断と同時にヘクトルさんの傷が治った為に、振り下ろしはそのまま機能したのだ。
だが、ここからがおかしなこと。
パナケアさんの白魔法は『天空の箱庭』によって阻まれていた。
なのに、白魔法の加護をヘクトルさんが受けているのは、理屈に合わない。
合わない部分を、合わせようとするなら……。
「……事前構築式の、継続回復か」
僕の声が聞こえたわけではないだろうが、パナケアさんがにっこりと微笑んだ。
だがそれは、机上の空論だった筈。
白魔法でも黒魔法でも同じだが、魔法の構築式には二種類ある。
事前構築式と、接続構築式だ。
単純に、『最初に全部効果を決めて放つ』か『相手に当てたあとも魔力を流し続けて維持する』という違いだ。
前者は対象に火矢を当てるようなもの、後者は火をつけたあとに薪を焚べ続けるようなもの。
どちらにも一長一短あるが、白魔法において継続回復を事前構築式で作るのは不可能とされている。
傷を負った仲間の傷を癒やすべく、治癒魔法を掛け続けるのが接続構築式。
だが事前構築式ではそうはいかない。
仲間が傷つく前の段階で、『いつ、どのタイミングで、どこを癒やすか』を決めないことには、詳細な魔法式を編むことが出来ないからだ。
いくら癒やしの力であっても、健康な肉体に過剰に注ぎ込むと、逆に害を及ぼしてしまう。
未来予知能力でもない限り、己と切り離した白魔法によって、仲間の傷を継続的に癒やすことなど出来はしない。
故に、『事前構築式の継続回復』は不可能なのだ。
やるならば、仲間と自分を魔力の線で繋ぐ『接続構築式』しかない。
だが、もし、もし不可能を可能に出来たのなら。
パナケアさんを封じたところで、意味はない。
その白魔法は、彼女の描いた式の通り、最初に注いだ魔力の限り、仲間を勝手に癒す。
彼女に未来予知能力は、ない。
つまり、それに等しい戦況予測を行った上で、魔法式を組んだということになる。
先程の一幕で言えば、彼女を封じ込めたと勘違いしたマサムネさんが強引にヘクトルさんの両手首を切断すると読み、そのタイミングまで詳細に計算した上で、その瞬間、ヘクトルさんの両手首を癒やすよう魔法を編み上げた。
「し、しかし参謀殿……それは」
フォラスが震える声で言う。
「あぁ」
そうだ。もしそうなら、一つ、とんでもない事実が発覚する。
その継続回復が、この最終戦前に編み出した新魔法だとするのなら。
【黒魔導士】レメと戦う【不屈の勇者】アルトリートさんに対して、事前に掛けておかなかったのはおかしい。
『事前構築式』の利点は、術者と魔力の線で結ぶ必要がないこと。
つまり、後から対象が魔力を外に展開しても、その
アルトリートさんはパナケアさんの白魔法を宿しながら、僕の黒魔法を
だがそうはなっていない。
何故か。
答えを導くのは簡単だが、その答えを口にするのは、とても恐ろしい。
いや、恐怖というよりは、驚嘆の方が近いだろう。
そんなことができる人類が、この世界にいたのか、という驚きが確定してしまう。
どうやら同じ答えに至ったらしいエアリアルさんが、『天空の箱庭』を解除する。
「パナ……君ってやつは」
「……父さんが退場してから、エアおじが深奥で閉じ込めるまでの短時間に」
「不可能事を可能としたのですか」
彼女に迫る三勇者全員が同じ答えを導き出す。
「そうしないと勝てなさそうだったんだもん。やるしかないよね」
【大聖女】パナケアさんは、そんなふうに軽く肯定するのだった。
『あはは。すごいね。君たちの区分で言うなら、あの子のはもう「白魔術」の領域だ』
黒魔術を劣化させたのが黒魔法、と言われている。
ならば、白魔術を劣化させたのが白魔法、となるのか。
ということは、今、パナケアさんは一段階上の術者になったということ。
必要に駆られたという理由一つで、不可能を可能に変え。
人類未到達の魔法に、一瞬で辿り着いた。
封じることさえ出来ぬ、究極の支援職。
彼女が、僕を見た。
「レメくんがいれば、また違った展開になったかもしれないけれどね」
レメと同じ黒魔法使いとして、僕に向けて言ったのか。
「ふっ……」
僕はわざとらしく、杖を彼女に向ける。
「その違った展開とやら、見せてやろう」
アルトリートさんもそうだったが、憧れた背中が、今もなお大きくなり続けるというのは、こうも嬉しいものなのか。
パナケアさんが好戦的に笑う。
「楽しみ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます